あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)

  • 文藝春秋
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レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166605101

作品紹介・あらすじ

「対米戦争の目的は何だったのか」、「陸軍エリートはどこで問違えた」等、戦後六十余年、「あの戦争」に改めて向き合った六人の論客が、参戦から敗戦までの疑問を徹底的に掘り下げる。「文藝春秋」読者賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 今現在の現状を理解するのに先の大戦ってとても重要だと思う。例えば、開戦の理由は石油をアメリカに止められたのが直接の要因で、エネルギーに関しては当時とあんまり変わっていない。負けた要因をきちんと分析、理解ることもこれまたとても重要。さっきバラカンさんのラジオで戦争は二度と起こしてはならない、みたいなこといってたけど、起こしてはならないからこそ、きちんと抑止力としての武力は必要だし、憲法もちゃんと改正しないといけない。戦争ダメの理想論だけで思考停止に陥るってのは、先の大戦の理解が足りないからなんだよね。

  • 目次は以下の通り。

    第1部 半藤一利・保坂正康・中西輝政・戸高一成・福田和也・加藤陽子による座談会。
    1. 対米戦争の目的は何だったのか
    2. ヒトラーとの同盟は昭和史の謎
    3. 開明派・海軍が持つ致命的欠陥
    4. 陸軍エリートはどこで間違えた
    5. 大元帥閣下・昭和天皇の孤独
    6. 新聞も国民も戦争に熱狂した
    7. 真珠湾の罠 大戦略なき戦い
    8. 特攻、玉砕、零戦、戦艦大和
    第2部 あの戦争に思うこと(各人の寄稿)

    対談の個別の話はそれぞれ情況証拠のような形では、理解できるのであるが、いくら統帥権を振りかざして暴走する軍部でも、日米間では国力に圧倒的な差があり、更に石油まで米国から輸入しているにも関わらず、何故日本は対米戦争の決断をしたのかが、いま一つよく分からない。

    第2部の最後に、東大助教授(当時)の加藤陽子が以下のように述べているのが、その解であろうか?

    「『米関係史』や『太平洋戦争への道』などの古典にはじまり現在にいたる厚い実証研究の蓄積は、開戦にいたる日米関係について、外交・政治・経済の各方面から詳細に明らかにしてきた。開戦直前の日米交渉が挫折した理由もほぼ解明されている。・・・(略)・・・ただ、以上のような説得力ある説明を読んでもなお、次のような感想を抱いてしまう人は依然として存在するのではないだろうか。なるほど、大西洋における戦線を維持するためアメリカは、ドイツの攻撃を受け止めているソ連の戦線離脱を阻止しようと、いわば、裏口からソ連・英国を支持するため太平洋戦争に入っていったようだ。ということは、日本とアメリカのあいだには、その固有の二国間関係から結果的に導かれる、戦争にいたらねばならなかった死活的な争点といったものはなかったのではないか。ならば、なぜ日米戦争は起こったのか・・・そう、いつのまにか、議論はふりだしへと戻っていく・・・(略)・・・やはり日本が米英蘭との開戦を決意しなければ、太平洋戦争はあのようなかたちではおこらなかった。その点をしっかりと見つめる必要がある」

    このあと、加藤は、当時の中国文学者竹内好の日記に例を引いて、以下のように述べている。
    「開戦とともに、歴史は作られたとの感慨を抱ける当時の知識人の感性。国と自らを一体と認識できる感性。泥沼の日中戦争が太平洋戦争へと果てしもなく拡大してしまった、という現代のわれわれが抱く受け止め方とは、まったく違った認識がここにはある。さらにいえば、歴史と国と自己を重ねて捉えようとする竹内の認識には、当時、軍部が、自らの存在意義を語る際の、ある論理と響きあうものがある」
    更に、討幕の例を持ち出して、「武士たちは、本務としての戦闘に自己の生命をかけたのと同様に、国家の政治組織の中で与えられた職務上の責任を果たすためにも、必要であれば生命をかける覚悟でこれに臨み、私的な利害関係には全く捉われない態度を貫くことを理想としていた・・・(略)・・・幕府が列強の武力のまえに己の武威の実体が露見することを恐れ、決然たる態度をとらなかったのは、私心あるゆえ、とみなされた。公儀という言葉には、私心を去った公平無私な正しさ、という重要な意味があった。攘夷を出来なかった幕府は、名分論に目覚めた武士にとっては、もはや公儀たる資格を失ったのである。
    明治維新によって、近代日本の繁栄が築かれたとの歴史観は、統帥部のみならず、(前述の)竹内好にも国民にも共有されていた。そのような歴史観が前提となっている社会にあっては、まずは、既成政党が私的利害をを代表するものとして斥けられ、ついで、国民組織による軍事と政治の一体化をめざした近衛新体制運動が幕府として斥けられた。歴史と国と自己とを同一化させ、自らが新しい歴史にたちあうとの自己イメージを持つ者に、もっとも近く寄り添っていたものが軍の歴史認識であったということ、この点が重要であろう。
    日本側が開戦を決意する背景には、このような歴史認識が流れていた」

    なかなかうまく纏めることが出来ないが、要するに軍部の独走を許す、国民的な「気分があった」。その気分というものは、確かに日本の歴史の中で、「忠臣蔵」や「二・二六事件」に見られるように、動機が私心を去ったものであれば、日本人は拍手喝采を送るという心情に由来していると。
    今日のようにメリット・デメリットを計算して合理的な行動を取る日本人がそこには居なかったということであろうか? その時代の空気というものは、その場に居ない未来に位置する我々から想像することは、難しい問題ではある。

  • 太平洋戦争がなぜ起こったのかを色々な観点から見ていく。 日本の中国侵略から端を発してアメリカ・イギリス等々の包囲網からの石油のストップ。 日本は遅れてきた植民地政策による帝国であった。

  • 第一部の座談会は話があちこちに飛んで、結局なぜあの戦争に負けたのか結論が分かりにくい。この手の設問にはいくつかの回答パターンがあって、①圧倒的な国力差で最初から勝ち目がなかった、②戦争指導者に終戦に至る大局的展望がなかった、③補給の軽視や精神論の偏重など実戦レベルでの無能力、の3パターンである。
    本書にもこれらがもれなく登場し、いつもの議論で新たな視座はない。
    だが色々知らなかった史実があったり、昭和天皇が意外に『君主』だったり面白かった。

  • 対談。なぜ戦争になったのか。どこで間違えたのか。こういう本を読むと、自分がいかに知らなかったということを痛感する。そしてこういう本を読んで思うのは、過去のこととして知識にするのではなく、今、自分のいるまわりに活かせることはないか、ということなんだよね。

     大正七年の原敬首相から昭和七年犬養毅が五・一五事件で暗殺されるまでを日本の政党政治の黄金期という。

     では、原敬の何がすごかったのか。

     偉大だったのは、としていわれること。

     原敬日記をひいて、すごくこまめに軍人に会っていることを指摘している。

     こまめに、ひょっとしたら自分と反対意見の人とも会って、パイプをつくっていたことが、強い力を持つことになったということだろうか。

     意見が違う人とも、交流する。それによって単純に自分や自分の側の利益を押し通すのではなく、より多くの人が満足する道をさぐる。それが大きな仕事をするうえで肝要なのではないかな。

    少なくとも、自分に反対する人間に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」というのは、スケールが小さいんだなと思う。

  • 近衛は首相の強い意思もあり、昭和16年10月中旬に、アラスカにおいてルーズベルト米大統領との首脳会談が計画されていた。ところが近衛書簡の内容の概ねが漏れてアメリカの新聞に発表されてしまう。日本政府はアメリカに泣きを入れた!対米強硬・親ドイツ派の右翼や小壮軍人や軽噪な言論人は、この方に激昂した。一般の国民の気持ちまでもがぐんぐん激烈になり、アメリカに対する敵愾心をいっそう燃え立たせることになる。日本国内の世論の熱狂が、アメリカ小竹に良い口実を与えたことになる。こうして一気に、首脳会談の望みは微塵に砕け散ったのである。

  • 日本がなぜアメリカとの戦争に踏み切り、そして負けたのかという点について、近代史に造詣の深い6名の方が対談形式で述べる本。「なぜ負けたのか」よりも「なぜ国力に圧倒的な差があったアメリカとの戦争に踏み切ったのか」という点に関する部分には、ちょっときな臭い雰囲気になりつつある今日、考え直す意味は深いと感じます。
    対米戦争に限らずほとんどの戦争が「自衛・自存」を大義名分に始められ、ブレーキをかけるはずのメディアも政権や大衆に迎合していく流れであった事などは同じ過ちを繰り返さないためにも知っておくべき事実であると思います。
    なぜヒトラーのドイツと同盟を結んだのか、海軍・陸軍エリートはなぜ判断を誤って開戦に向かったのか、開戦以後の戦略は存在したのか、など8つのテーマに分けて議論されています。
    物凄く深い議論が展開されているのに、私自身の近代史に関する知識不足で、いまいちよく分からない印象を受ける箇所もありました。でも逆に言うと新書サイズでここまでの内容の本だけにお買い得なのかも。歴史(特に近代史)はちゃんと勉強しないといけませんね。

  • 戦争の裏にあったエリートたちの多様な思惑や昭和天皇の孤独さ、特攻兵の上官たちの無責任さなどを知ることができ、新たな視点を得られた。

  • この本を読むと官僚組織が力を持ちトップダウンで政策を指示、遂行していくという流れが戦前から変わっていない事がわかります。(力を持ったものが武官が文官に代わっただけ。)過去の戦争での悲劇をを風化させてはいけないと強く思います。

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著者プロフィール

半藤 一利(はんどう かずとし)
1930年、東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、文藝春秋新社に入社。編集者として活動しながら匿名記事も記す。1965年に大宅壮一の名義を借りて『日本のいちばん長い日』を執筆、発行。『漫画読本』『増刊文藝春秋』『週刊文春』『文藝春秋』編集長を歴任。1995年に文藝春秋を退社してから作家・評論活動専任となる。
1993年『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞、1998年『ノモンハンの夏』で山本七平賞、2006年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞をそれぞれ受賞。2009年の語りおろし『昭和史 1926-1945』『昭和史 戦後篇 1945-1989』はベストセラーとなった。
妻の半藤末利子は、松岡譲と、夏目漱石の長女・筆子の四女で、夏目漱石が義祖父にあたる。

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