百人斬り裁判から南京へ (文春新書)

  • 文藝春秋 (2007年4月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784166605668

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

南京大虐殺に関連する裁判を通じて、歴史の真実と向き合う姿勢が描かれています。著者は、戦争におけるメディアの役割や、事実確認の重要性を問い直し、特に百人斬り事件の報道がどのように国益を損なったのかを検証...

感想・レビュー・書評

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  • 政治家としての筆者のことはそれ程多くは知らない。黒縁眼鏡にいかにも教育ママといった見た目の印象はあるが、政治的には安倍チルドレンの有望株、防衛大臣なども務められており、どことなく右寄り保守派なイメージもある。最近はLGBTの理解を促進させる派としてやや左寄りとも言われている様である。
    元々早稲田卒の弁護士として活躍されており、本書はその弁護士活動の集大成となった「南京事件、百人斬り裁判」での闘いを収めたものである。何より紙面からは筆者の熱い想いを超えた怒りが文字を浮かび上がらせて来るように押し寄せ、読んでいて怒りに同調しつつ迫力に飲み込まれていく自分がいる。
    筆者の主張としては、百人斬り自体が事実無根であり、小隊長レベルが日本刀を振り翳して住民を切りつけていく様な戦闘についても、そもそも砲兵隊の性質上あり得ない。何より当時南京従軍中に市民に会う事もほとんどなかった事、日本刀が物質的に刃こぼれするのにどうやって?という疑問が次から次へと証人の言により明らかになるにつれ、筆者と同じ気持ちで判決は勝利を確信していく。
    そもそも記事を書いた新聞記者や撮影したカメラマンが捏造と分かりながら書いた記事であるから、当然事実では無いのだが、後に出版された書籍により、事実の証明もなく宣伝的に「虚偽」は世界中に広まっていく。当時当たり前だが、日本は悪い国、中国もアメリカも敵国日本を貶めるためのプロパガンダとして利用する。日本は日本で虚偽の作り話でも関係なく戦意高揚として扱う。百人斬り(競争)を行った当事者からすれば、勝手に名前を使われた上に、後のBC級裁判で死刑になるのだからたまったものでは無い。何より残された遺族は百人斬りの子孫として名誉も何も無い。
    この様な状況で立ち上がった筆者と裁判記録から怒りを感じるのは当然である。
    今となっては関係者もほとんど居らず、何より祭り上げられた当事者は死刑となった。筆者が何より南京事件(30万人が虐殺されたと言われるが、時間的にも4万人程度か/秦郁彦)自体を否定することから始めるのは理解できるが、対中関係が立ちはだかる。様々な困難を多くの人々の協力を得ながら戦っていく姿は、裁判の記録というより冒険物を読んでいる感覚にさえ陥る。
    前述の通り、政治家としての評価はわからないが、願わくば弱者を守る法戦士を続けていてくれたなら、また面白い一冊が書けたのでは無いかと思う。
    今、筆者が当時と同じ気持ちで国民特に弱者を守るために政治の場で戦い続けているなら応援したい、と思わせる一冊だ。

  • 最近大好きな政治家の稲田先生が南京に関して書いてあったので読んでみた。
    なんと魂を揺さぶられる本であろうか。ここまで作者の魂が宿っている書籍を僕は読んだことがない。全国民読むべきとすら思う。
    戦意高揚のために捏造した新聞記事が中国で大きく取り上げられ、著しく国益を損なうことになったが、東京日日新聞(現毎日新聞)や朝日新聞は自身の誤りを訂正する自浄作用を持ちあわせておらず、百人斬りと南京虐殺はあったのだと肯定する。稲田先生が「法廷で争うべく」集めた当事者たちからの証言からは虐殺どころか捕虜殺害が1件出てきたのみで、大マスコミや中国が主張する内容は全く出てこなかった。にもかかわらず日本の司法は「真っ白であることを証明できないので棄却」だと。何に配慮しての判決だ?三権分立はお題目だけか?本当に腹立たしい。ハラワタ煮えくり返るとはこのことだろうか。
    稲田先生がこの裁判と併行して議員になられて、そして安倍政権のカムバックと共に第一線に戻られたことを心から祝福したいし、それにより、ここでグレーな判決をされた事案に対し、再度挑戦されることを期待して止みません。
    向井少尉、野田少尉、の遺書を読んで、言われているような凶行におよんだとは到底思えない。

  • 本を読んでいると稀に、自分の頭の後ろがシンとした感覚に包まれ、澄んでいくことがあります。
    刻み込まれている一言一句が、自分の心の琴線にしみ入っていくからなのかも、知れません。

    久々にそんな感覚に包まれたのが、こちら。

    著者の稲田さんは弁護士から衆議院議員となられた方ですが、
    政治家への転身の動機となったのが、この書の題名にもなっている「百人斬り裁判」。

    元々は、東京日日新聞に掲載された記事が発端となったのですが、その内容は、、
    日本軍将校二名が、南京攻略戦の過程で「日本刀で支那人を100名斬り殺す競争」をした、との話。

    当時でも今でも「戦意高揚を目的として掲載された作り話」との評価が強い「小説」なのですが、、
    南京事件を南京大虐殺と喧伝する共産支那(中共)にとっては、虐殺を印象づけさせる事件の一つとしています。

    それでも、共産支那内部だけなら「五月蝿い連中だな」で済んだのですが、
    なにをトチ狂ったのか、日本国内の新聞がソレに迎合したが故に悲劇が始まります。

    巨大メディアからの、捏造による人権侵害という「テロリズム」に全てを狂わされた、人々の悲劇が。

    そのメディアの名は「朝日新聞」、該当記事は昭和46年の「中国の旅」、筆者は本多勝一氏。
    なお、元の記事を掲載した東京日日新聞は、今ではその名を「毎日新聞」と変えています。

    これは、それら第四の権力者とも言われる巨大メディアのテロを相手取っての裁判でした。
    「裁判所は、弱者が正義に挑戦できる唯一の場所」であるが故の。

    冒頭の向井敏明少尉と野田毅少尉の遺書に涙腺が緩み、続けて遺族の方々の苦しみに慨嘆し、
    そして被告である、本多勝一、朝日新聞、毎日新聞、柏書房の主張を目にし、、愕然としました。

    まずは元記事を掲載した東京日日新聞改め毎日新聞は、、

    当の毎日新聞が刊行した「昭和史全記録」では「百人斬り」は「事実無根」と明記しているにも関わらず、
    それはその箇所を書いた執筆者の個人的見解に過ぎず、「百人斬り」は「真実」であるのが公式見解であるとのこと。

    さらに彼らに言わせると「新聞に真実を報道する法的な義務は無い」とのことで、、目を、疑いました。
    「事実を伝える気がさらさら無い」のであれば、新聞の存在意義はなんなのであろうか。

    ジャーナリズムとしての良心も矜持も、欠片も持ち合わせていない、そういうことなのだろうか。
    なお、この毎日新聞はTBSという側面も持っています。

    続けての本多勝一氏(当時朝日新聞記者)に至っては、「私は中国側の主張をそのまま代弁しただけ」と嘯き、
    雑誌の対談かなにかで論破された後は、捕虜斬り競争であったとさらに嘘を重ねるようになっているとのこと、、アホか。

    ここまで見ただけでも、問題なく原告側が勝利できるだろうと言うのが、普通の感覚ではないでしょうか。
    ところが違いました、裁判所が不可解にも原告側をあまりに軽視した態度が続き、結局は原告敗訴に至ります。

    これは、共産支那への政治的な配慮なのでしょうか、そうだとしたら「法」の自殺でありましょう。
    さすがにそんなことはないと思いたい(信じたい)ですが、であるならば、これが今現在の「司法」の限界なのでしょうか。

    高裁判決を抜粋すると、、(本書191頁)。

     - 南京攻略戦当時の戦闘の実態や両少尉の軍隊における任務、
      一本の日本刀の剛性ないし近代戦争における戦闘武器等の有用性等に照らしても、
      本件日日記事にある『百人斬り競争』の実体及びその殺傷数について、同記事の内容を信じることは出来ないのであって、
      同記事の『百人斬り』の戦闘戦果は甚だ疑わしいものと考えるのが合理的である。

     - しかしながら、その競争の内実が本件日日記事の内容と異なるものであったとしても、
      次の諸点に照らせば、両少尉が、南京攻略戦において軍務に服する過程で、
      当時としては『百人斬り』として新聞報道されることに違和感を持たない競争をした事実自体を否定することは出来ず、
      本件日日記事の『百人斬り競争』を新聞記者の創作記事であり、全くの虚偽と認めることはできない

    要するに「裁判所も『百人斬り』は虚偽であると考えているが、類似事件が起こった可能性を否定できないので、全くの虚偽であるとは認められず、それ故に人権侵害にはあたらない」とし、原告が敗訴となってしまったようです。

    「類似事件が起こった可能性が否定できない」故に「虚偽ではないと」、、「疑わしきは罰せず」ではないのだろうか、
    この判決を出すのであれば、被告側に「類似事件が起こったことの証拠を提示する義務」は無いのか、、と素人ながら思いました。

    個人的には、日本人の「コンセンサス」がまとまっていない、故に裁判所の限界もココであったのではないかと感じています。

    さて、この面妖な判決に司法の限界を感じ「政治」の舞台に上がることを、稲田さんは選択されました。
    共産支那が喧伝する「百人斬り」及び「南京事件」を是正するのは政治家の役目なのだろうと、考えられて。

    「国家の名誉を守る。私はそのことのために永田町にきた。闘いは今、始まった。」

    そんな言葉と共に深い衝撃に心を揺らされ、自分ならばと沈思し見つめなおす、そんな一冊。

  • [ 内容 ]
    中国人「百人斬り」という捏造記事によって、戦後、二人の将校が処刑された。
    南京陥落から七〇年、遺族が名誉回復を訴えた裁判は新聞の無責任さや司法の不可解さに直面した。

    [ 目次 ]
    第1章 南京事件との出会い―人生は偶然であり、また必然である(平成一八年一二月二三日東京駅ホーム;向井千惠子さんとの出会い―六年前(平成一三年)の一二月東京地裁 ほか)
    第2章 遺族の苦しみ―この同胞の不幸を日本人として見過ごすことはできない(平成一五年四月二八日東京地裁;佐藤振壽さんとの出会い ほか)
    第3章 拒否された証言―裁判所は弱者が正義に挑戦できる唯一の場所(平成一五年夏;偕行社;平成一五年九月鹿児島 ほか)
    第4章 不条理な判決―南京陥落70年…闘いは今、始まった(平成一七年五月一八日;平成一七年八月一五日 ほか)

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    [ 参考となる書評 ]

  • <span style="color:#000000"><span style="font-size:medium;"> 朝、用事をいくつか片付け移動中、妻からメール。広貴の試合の時間の連絡。少々遅れるが、何とかいけそう。4年生として最後の大会らしい。周りの評価はともかく、親としては、惜敗。皆、よくやった。

     私はスーツ姿。ネクタイをはずそうかと思ったが、色物のシャツならともかく、白ワイシャツだったので、かえって不自然と思い、ネクタイを緩めて応援。しかし、スーツ姿で野球を観ていると、ソフトバンク時代に、仕事を早めに切り上げて、仲間と神宮球場や東京ドームに時々出かけたことを思い出す。子供たちの一所懸命な様子に、私も素直に応援。

     仕上げなければいけない仕事に、再びとりかかる。今週中に片付けたい。

    <img src="http://yamano4455.img.jugem.jp/20070917_363000.jpg" width="160" height="160" alt="百人斬り裁判から南京へ" style="float:left;" class="pict" /> 弁護士でもあり衆議院議員でもある<a href="http://www.inada-tomomi.com/" target="_blank">稲田朋美</a>氏の著書「百人斬り裁判から南京へ」を読みきる。重たいテーマ。表題の通り、日本の軍人が日本刀で抵抗もしない中国の一般農民を百人斬って歩いた。しかも、二人の兵士がどちらが多くの農民を切ることができるか競争したというのである。その二人の軍人は、戦後、戦犯として処刑された。しかし、種々の資料や証言によって、その様な事実はなかったということがほぼ証明されている。ほぼ、というのは70年以上前のことを「なかった」と完全に証明することは限りなく不可能なことだからである。それでなくても、「あった」ことを証明するならともかく、「なかった」ことを明らかにすることは、現在進行形のことであったとしても、極めて難しい。稲田氏は弁護士として、処刑された二人の軍人の名誉回復のための裁判を戦った。詳細は、著書に譲るとして、その真摯で理性的な取り組みには心から敬意を感じる。ぜひ、多くの人に読んでほしい。

     どのような取り上げ方にせよ、先の大戦を理性的に議論すること自体がタブーだった時代があまりにも長すぎた。その間に、自分が出しゃばることをしないという奥ゆかしさが、いつの間にか、自分たちを貶めることが謙虚でビューティフルな人物像だと思い込む人種が幅を利かすようになってしまった。正確に言えば、自分はしっかりと安全地帯に踏みとどまり、自分に火の粉がかからない「自分たち」を貶める人種のことである。もっと具体的に言う。日本人はこれまでは散々悪いことばかりをしてきた、自分は決してそのことに関係してはいないが、自分は日本人の一人としてはそのことを認めている。認めることをしない日本人たちはけしからん、全ては日本人が悪い。だけれども、自分は全く関係ない。全く関係ない自分でさえ、日本人の一人として認めているのに、日本人を悪く言わない輩はとんでもない。そんな人種が闊歩するようになってきた。しかも、その手の人種は、絶対に自分たちの誤りを指摘されても、決して認めることはしないという頑迷さをも併せ持ってしまっているので始末に悪い。もう一つ言えば、そうすることによって経済的にも見返りが大きいということも彼らは知っているのである。

     しかし、その彼らに対処するには、その頑迷さを一つ一つ解きほぐしてあげていくしかないのかもしれない。愚直に真実に取り組んでいこうとする人たちからすれば、決定的に不利な作業である。

     稲田氏はその作業を弁護士として政治家として取り組んでおられる。一市井の人間としてささやかながら応援していきたい。<br style="clear:both" />
     最近、「モンスター・ペアレンツ」という和製英語が聞かれるようになった。学校や社会に対して、考えられないような権利の主張をして、その関係者を驚かせるような親達のことである。例えば、「学校給食はこちらから頼んだわけでもないので給食費を払わない」、「子供の習い事の発表会と運動会の日が重なったから、運動会の日を変えろ」、「うちの子にこんな悪い成績をつけるのは、教師の教え方が悪いからだ」等々。まさに、理解不能な「モンスター」である。しかも、訳の悪いことに、その親達は本当に自分が正しいと思っているという。先にあげた、自分はしっかりと安全地帯にいて、自分がお世話になっている人たちを攻撃し、それでいて、自分たちの誤りを指摘されても、その誤りを決して認めようとしない頑迷さを持った人種がこんなふうに、現れ始めてきている。

     稲田氏の仕事は、実は急がされている課題なのかもしれない。私もしっかりしていきたい。</span></span>

  • 平成19年7月17日読了

  • いわゆる百人斬りは当時の新聞の戦意昂揚記事であり、それを中国などに利用されただけであると言うわけですが……。詳しくは<a href="http://d.hatena.ne.jp/rockfield/">こっち</a>に書いてあります。

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著者プロフィール

昭和34年、福井県生まれ。早稲田大学法学部卒業。昭和57年、司法試験合格。昭和60年、弁護士登録(大阪弁護士会)。李秀英名誉毀損訴訟、大阪靖国訴訟補助参加、「百人斬り」報道名誉毀損訴訟等に携わる。平成17年衆議院議員総選挙において初当選(現在5期目)。内閣府特命担当大臣(規制改革)、国家公務員制度担当大臣、防衛大臣、自由民主党政務調査会長、同幹事長代行、同整備新幹線等鉄道調査会会長等を歴任。自民党議員連盟「伝統と創造の会」会長、「女性議員飛躍の会」共同代表、「最新型原子力リプレース推進議員連盟」会長。著書に『百人斬り裁判から南京へ』(文春新書)、『女性議員が永田町の壁を砕く!』(女性議員飛躍の会著、成甲書房)等がある。

「2021年 『強くて優しい国』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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