退屈力 (文春新書)

  • 文藝春秋 (2008年4月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784166606283

感想・レビュー・書評

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  • 2008年(平成20年)の第1刷発行なので、少々古い本。
    斎藤孝氏の著書は、文章が非常にわかりやすいし、ポジティブな内容の本が多いので手に取ることが多い。

    ブクログに未登録だけれども、「教育力」とか「読書力」とか、けっこう触発を受けて読んだ記憶がある。機会があれば、再読してみたい。

    斎藤氏の著書には、「〇〇力」というタイトルの本が多い。本書もその一つだが、「退屈力」はちょっと内容が想像しにくいタイトルと言える。

    著者は、本書の中で今の社会を「高度刺激社会」と名付けた。人々は退屈であることを恐れ、刺激を求め続けていると、そして社会はその要請に応え、刺激を繰り出し続けていると。あるいは、最近では更に要求がなくとも、TV、インターネットを始め、人びとに過剰な刺激を与え続けていると。その状況は麻薬的であるとまで述べている。

    それに対抗するものが「退屈力」であるという。
    バートランド・ラッセルの「幸福論」の中の「退屈と興奮」の中では、人類の罪の部分は退屈を恐れること(により刺激から興奮を獲ること)に起因していると述べられているらしい。戦争、虐殺、迫害など。

    その帰結として、「興奮に対する要求」を排除するのではなく、それと「退屈力」の二本立てが必要だというのが著者の意見だ。

    「退屈力」というものが理解できるよう随所に例が述べられているが、自分は斎藤氏もやっていたという「空手の型」の練習が分かりやすかった。「基本の繰り返しは退屈なものであるが、その退屈な基本の繰り返しこそが何事にも重要である」というメッセージと理解した。

    「基本」「忍耐力」「持続力」、そういうものがミックスされたものを「退屈力」と表現しているように思えた。

    この「退屈力」というのは武道には、もちろん、その他の分野でも、さらには人生について通用するという。
    ゲーテの「重要なことは、けっして使い尽くすことのない資本をつくることだ」という言葉を引用している。

    著者の言葉としては、次の言葉に集約されているだろうか。「いろいろなものに接したとき、一見退屈そうに見えるものの中に、豊かさを見つけ出してほしい。-それによって独特の喜びが得られる。」

    押し付けられた刺激に飲み込まれないためには、「退屈力」を鍛えることだと。自らの意思で豊かさ(楽しいとか、美しいとか)を見出せる生き方、これは特に老後を充実させる生き方であるとも述べている。

  • 型を身につけている人間は強い。勝海舟も剣術の修業を繰り返し行ったからこそ泰然と時代を乗り切った。画家も作曲家も漫画家もイチロー選手も、地道なトレーニングを重ねて型を作っていった。
    勉強も読書もしかり。地道な作業を積み重ねることで技をつかみ、本物の感動を手に入れるのだ。

  • 斎藤孝さんの2冊の本を読んでいたら、快な目的と質問がリンクするところがありました。
    ちょっと変なフォトリーディングですか、頭の中がスッキリしたので、これはこれでいいかな。
    ”自分の好きなことに目を向けると、人生が豊かになる” と気づきを得ました。

  • あとがきが全て。「地味な作業を積み重ねることで技をつかめ、本物の感動を手にしろ」。

  • ながし読みになってしまった。
    退屈力の大切さはよくわかった。

  • これはなかなかよかった。
    刺激を求めすぎる現代人。
    武道の型、受験勉強、スポーツの基礎、仕事など
    退屈なことを繰り返した末、何かを獲得するという体験が非常に大切。
    読書もそう。退屈さの先に待っているものがあるのが名作。

    目から鱗。

  • 退屈力…それは一見つまらないと思えることでも、基本の型であり、続けていくことで得られる意味があるというもの。つまらないという理由だけで簡単に刺激を受けられる方向に走るのはどうか、というもの。

    ある意味納得できる。まったくもってその通り。退屈力、というより忍耐力、継続は力なり、といったほうが近いのでは。

    ただ、一方で「百聞は一見にしかず」という言葉もあり、たとえば、全然予備知識なく見に行った美術館で本物を見て何がどうでも素晴らしい、と思うことがある私はどうなのか。そのあと勉強する場合だってあるだろうし。著者はテレビゲームとか動かない刺激を照準にしているのか。

    しかし、言いたいことはわかる。最近は我慢が足りない人が多いと思う。実はどうやったら退屈を退屈でないにかえる方法がわかる本なのかと思っていたら違った。もっと根本的なところだった。やっぱり王道はない。

  • ある山を越えないと分からない面白さこそ,最高に面白いことだと思います。

  • 何を言っているのか全くピンと来なかった

  • 「退屈力」という言葉に惹かれて読んでみると、納得できるところが多かった。
    仕事にも生活にも活かせる観点で、より人生を豊かにしてくれるヒントが書かれていた。
    特に印象に残った言葉は「本当の豊かさとは、ゆるやかな刺激の中、退屈なものの中にこそある。」
    私自身もそうだが、刺激を求めて生きていくよりも、周りにあるものと向き合い続けていく中で得られる豊かさを感じていきたいと思いました。
    私にとってそれは教育かな。
    不器用な生き方をしながらも愛される人を目指して、子供たちに勉強という一見退屈そうに見えるものの中にこそ、本当の豊かさ、面白さがあると伝えていきたい。

    ゲームより勉強の面白さを伝えられる人になりたい。
    「きちんと勉強すれば、わかるようになる」と伝え続けていきたい。

    そして、その退屈力を育てるためにまずは私自身から「型」を大切にした授業づくりをしていこうと改めて思った。


  • なんとか力ってタイトル、多すぎる気がするけど、内容はわりと面白いかなあ

  • ラッセルの『幸福論』等を根拠に、TV・ネット・ゲームで興奮欲を刺激されるとバカになる。退屈しのぎには本を読めと。

  • 誰もがより強い刺激を求め続ける社会を、著者は「高刺激社会」と呼んでいます。ゲームや映画などの娯楽は、人びとをますます強い刺激へと駆り立てますが、その刺激は単調なものであることが多いと著者は言います。こうした娯楽ではなく、一見退屈に見える伝統的な芸術や武道、読書や勉強といった営みの中に、刺激の微妙な違いを味わい分ける繊細な感覚を養うことが大切だと、著者は主張しています。

    単純に「高刺激社会」を批判して「昔はよかった」と言い立てるだけの本ではないと思います。小学生に名作の文章を音読させる試みを通じて、子どもたちがどんどん作品世界に深く入り込んでいくようになったというエピソードが紹介されていますが、本書の議論は、ゲームなどの提供する受身の楽しみとは異なる、味わい深い楽しみへと読者を案内しています。

    著者の意図はよく分かるのですが、「高刺激社会」批判というのは、やや勇み足のように感じました。そうした娯楽の中にも、汲むべきものは多くあるのではないかという気がするのですが、著者はあまりにも性急にそうした娯楽を切り捨ててしまっているように思えます。

  • 非常に思いを同じにするところがあったが故に、レビューを書くにあたって考えこんでしまった一冊。
    第一章は高度刺激社会に対する批判。確かに、特にネットの浸透により、拠り強い刺激で無いと満足できない社会になっているのは、間違いない。子供の時間の潰し方や、自分の時間の使い方を見てもそう。これでもかというぐらい、テレビやネットやゲームは面白く、ハマるようになってきている。自分がそうだから間違いない。
    二章、四章は、退屈な状況に耐えうる力を身につけなければ、真の実力は得られないということを述べている。武道の型やイチローの基礎練習や学校の勉強法について説明している。大きく合意。学校で勉強することなんて、社会では役に立たないのだからやらなくていいという人がいるが、勉強の本質がわかっていないと思う。本書も同じにしており、非常に納得感を感じた。
    五章、六章ては、ちょっと視点が変わる。一見刺激が無く、退屈そうに見えることに、喜びや生き甲斐を見出すことが出来る事こそが、本当の退屈力だと。それこそが、豊潤な人生の源泉だと。セカンドライフではこの力こそが効いてくると。これまた私の考えにはストレートに刺さりました。毎日、バタバタと忙しいのは会社人としては幸せかもしれませんが、本質はどうなのだろう、と。
    本書全体で取り上げているエピソードも多岐にわたり、私では全体をまとめきれないのですが、自分の生き方や考え方について、少しでも感じるところがある人にとっては、一読の価値があると思います。

  • 4.8
    せわしない世の中の動きに流されるばかりでなく、碇のように退屈に堪える力を持つ。

  • 常に新しいモノをと刺激を求める現代社会に一石を投じている。最近見たばかりのフェルメール《真珠の首飾りをもつ女》に関して受胎告知としての捉え方があると書かれていたので、もう少し早い時期にこの本を読んでいたらよかったと思った。

  • つい先日読んだ「暇と退屈の倫理学」と似たテーマなので…正直薄っぺらいなぁとしか思えなかった。読んだ順番が悪かった。
    斎藤さんの本ってちょっと衒学的っていうか…自分のことを知識人だと思ってる知識人っぽい文章で鼻につくのが読んでて気になる。そんなに何十冊も読んだことがあるわけじゃないけど。
    でも「え?それちょっと違くない?」って思わせる読書のほうがストレスもかかるけど面白みはあるかも。一種の才能ですね。
    なんか一部のことを一般化しすぎてるような印象が強いんですよね…、新書だし紙幅も限られてて難しいのかもしれませんが。

    「型」って大事!
    現代は「高度刺激社会」なのだ!
    積み重ね大事よ。繰り返しの中に面白みを見出していかなきゃ、それが退屈力!「我慢してやる」のではないのだよ。
    ……まぁそんな本。


    とりあえず段取り力つけるために勉強やり直そうなかなぁ…。って悩む程度には受け入れられた。
    あと数学の証明問題かね。

    生きる力=「真似る力」「段取り力」「コメント力」

  • 現代人は刺激を求めている。それも受身的な刺激である。それは一見すると生命力溢れた所産にようにも見えるが、実は退屈を恐れ、逃れたい一心からのことである。じっくりとにじみ出る味わいを待つことが出来ずに、楽に果実を手に入れようとする。

     刺激は猛スピード走る車で、そこから見える景色はせいぜい大きく派手なものばかりだ。スピードを落とせば落とすほど、それまでに見えなった小さな美・快・楽を発見できる。生きるスピードを遅くする。できるだけ単調に、マンネリズムに体を慣れさせる。そこから感じることの出来るものは実は空虚なものではない、刺激に慣れすぎて麻痺していた五感や知感、情感が先鋭になりわずかな変化に住む大いなる価値を見出すことが出来る。

  • いままで読んだ「ナントカ力(りょく)~」というタイトルの本の中でいちばんマトモな本でした

    型・反復・修練
    古典は尽きることのない資産になる

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著者プロフィール

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。教育学、身体論、コミュニケーション論を専門とする。2001年刊行の『声に出して読みたい日本語』が、シリーズ260万部のベストセラーとなる。その他著書に、『質問力』『段取り力』『コメント力』『齋藤孝の速読塾』『齋藤孝の企画塾』『やる気も成績も必ず上がる家庭勉強法』『恥をかかないスピーチ力』『思考を鍛えるメモ力』『超速読力』『頭がよくなる! 要約力』『新聞力』『こども「学問のすすめ」』『定義』等がある。

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