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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784166606795
みんなの感想まとめ
幕末から明治期にかけての旧幕臣の生涯を描いたこの作品は、当時のサラリーマンとしての苦悩や歴史的背景を生き生きと伝えています。著者は自身の絵を交えながら、貴重な一代記を記録し、読者にその時代のリアルな姿...
感想・レビュー・書評
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まさに幕府側のサラリーマンの苦難の歴史を自らの絵入りで残された貴重な一代記を時代背景をコメントされながら書かれている著作である。
あっという間に読み終える事が出来た。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
幕末から明治期に生きた旧幕臣の生涯。
記録熱心な方のため面白い記録が残っている。
想像ではなく、事実の記録。
読了45分 -
内容は簡単な解説だけで十分だと感じた。
文章が読みにくい。この手のタイプに慣れていないためか? -
御徒組の御家人である山本政恒氏の自伝をもとに、明治維新の際の幕臣が難渋した状況が分かる。政恒は御徒として、本丸御殿の遠侍の番や将軍の外出時の護衛など、お目見え以下とはいえ、将軍の間近で警護するという誇り高き役についていた。明治維新でその誇りは踏みにじられる。明治維新時、元幕臣には、今後の暮らしとして3つの選択肢があったという。1つ目は新政府に出仕すること、2つ目は農業・商業に転職すること、3つ目は静岡藩士になることである。政恒は3つ目の静岡藩士を選ぶ。2つは武士の商法と言われ、上手くいく人は一握りだったようだ。静岡藩士も生活は厳しい。800万石を有した徳川家が70万石と10分の1以下に。しかし、旗本御家人が10分の1になったわけではなく、俸禄の急減で、農家の牛小屋を借りて住むほどの暮らしであったという。政恒は偶々一軒家を借り受けることができ、まだましな生活を送れたが、藩士としての仕事と内職をしながら、家の修繕などは自分で行ったという。器用で何でも自分でやろうとするDIYの精神を持っていたようだ。自分も同じ境遇ならできるだけ自分でやろうと思うだろう。その後、人の紹介で政府や県の職員をしたり、東京国立博物館の職員をしたりと暮らしたようだ。家族を養うため、しなやかに適応していった姿に感銘を受ける。
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本書は、天保12年(1841年)に生まれ、大正5年(1916年)に死去した「山本政恒」という幕臣の「自分史」の研究書である。
「山本政恒」の生涯は、幕臣の子として生まれ、幕末・明治維新という激動期を生き、幕府崩壊後に静岡藩士、そしてその後に政府官吏となるなど、まさに激動と流転の人生を生きている。
「山本政恒」は、還暦後に「政恒一代記」という自分史を残しており、その研究が本書の内容である。
本書は、彼の生き方や人生観等がよくわかるものとなっており、また幕末・明治期の日本社会のあり方も見えるのだが、本書を読んで見えてくる当時の日本の社会には、新たな発見の驚きはないように思える。
これは、当時の日本の社会が現在から見ても違和感を感じないような社会だったのか、それとも本書の研究が浅いのかのどちらかなのだろうが、どうも後者なのではないだろうか。
やはり、歴史の研究というものは、社会と人間に対する深い洞察を要求されるものだと思う。その点で、幕末・明治の激動の時代を生きた幕臣の生き様を「幕末下級武士のリストラ戦記」という視点で総括することは、ちょっと歴史を軽く見すぎているのではないかと思った。
本書の内容が平易過ぎると思ったのは、その視点のゆえではないかと思う。本書はせっかくの貴重な資料を生かしきれなかったようにも思え、残念な書であると感じた。 -
本書は幕府御家人 山本政恒が幕末維新をふりかえった自分史を解説した本である。
山本は将軍警護をつとめる御徒であったが、幕府の職務は勿論、フランス式への軍制改革、京都への上洛、鳥羽伏見敗戦など敗者のみた歴史は貴重なものである。また自筆のイラストも良い。 -
7
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時代の激動期にたまたま生まれ、生き抜いたひとりの人間の記録をかいつまんで収録。ダイジェスト版ではあるけれども、彼の人生がリアルに感じられた。
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武士って大変苦しい職業だったんだなって
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最近は大河ドラマも幕末のものが多く、本も幕末にかなりスポットが
あたっていてなかなか面白い物が多いが、これもそんなタイトルに
引かれて買った一冊。
確かにある日突然幕府が無くなったら、今で言う会社が倒産と
言うことと同じで、かなりの多くの人々が路頭に迷ったであろう。
そんな中でも懸命に生きて家族を支えた名もない下級武士の
日記から普通の人達の生活がうかがえて、かなり興味深いもの
だった。
絵日記だったようでに本人直筆の絵も面白い! -
幕末から明治にかけての御家人の生きざまを御徒だった山本政恒の自分史を基にして綴る。彼の生活ぶりはよく描かれている。
「幕臣たちの明治維新」の方がより広く対象をとらえており優れている。 -
幕末と終戦直後は掛け値なしの激動である。その激動な世の中に翻弄される武士の一代記なんですけど。オモチロイ。
ある日突然、失職しながらも、公務員になってみたり、商売したり、内職したりと生きる為に試行錯誤しながらも、何だか水遊びやキノコ狩りを楽しんじゃうそののんびりさ加減がとてもいい。江戸時代に一週間が位行きたいなあと思ってる僕のツボにはまりました。
ちょっと息抜きにいい本です。この本に興味を持たれたら磯田道史著「武士の家計簿」も合わせてどうぞ。 -
幕府御家人たる御徒として、幕府の終焉と明治維新を迎えた一人の武士の日記をもとに、その生涯を描いた一書。まさに「教科書に載らない歴史」であり、面白かった。
とはいえ、過去の人間の生き様を、「リストラ」というような現代的な語彙を用いて現代にひきつけて考えるのにはちょっと抵抗がある。
史料を読むとき、その読む僕らの「眼」は「現代的なバイアス」がかかってしまうことは避けえないことである。つまり、幕府が崩壊して俸給を失った武士を、「リストラ」と読み取ってしまうのは、「現代的なバイアス」である。
しかし「現代的なバイアス」を出来る限りかけないようにして、その時代とはどのような社会だったのかということを読み取ることも、史料に対峙する際に必要なのではないだろうか。
「現代的バイアス」で歴史を読み取ることは、過去を現代に引き寄せて理解する営みである。これはこれで必要なことだろう。ただし一方で、史料を読むということは、「現代的バイアス」から自らを解き放とうとする営みでもなければらないと思う。すなわち、ベタの視点とメタの視点の両方を、歴史は僕達に提供してくれるはずだからである。そのことを考えておかないと、歴史学は単なる懐古主義として、片付けられてしまいかねないのではないだろうか。
ついでに言うと、扱われている史料は「日記」というより、後年の「回顧談」といったほうがよさそうなものである。後年に書いたものを、同時代的に扱っている印象は拭えない。また、「勝者の歴史」「敗者の歴史」という言い方をしたうえで、さも「勝者の歴史」によって「敗者の歴史」は「隠蔽・消去させられてしまったかのように書いているが、「敗者の歴史」もまた歴史的事実の隠蔽や消去の可能性を持っているはずである。史料として使われている「日記」が、家族や知人に向けて書かれたという意図があるなら、なおさらだろう。
もちろん、筆者もそんなことは百も承知だろうと思うので、そのあたりの説明がもう少しあってもよかったなあ、という印象は残ってしまった。 -
●No.27
●「週刊ダイヤモンド」(2009.03.07号)■ブックレビュー P.98
〜家族のためなら何でもやるぞ。将軍の影武者・山本政恒の珍奇な生涯。巻末に「山本政恒関係年表」あり(p.193〜200)
(幕末下級武士:山本政恒(やまもと・まさひろ)の自分史◎「幕末下級武士の生涯」(時事通信社/1985)(本書p.34参照)をもとに、 幕末から明治までの知られざる歴史を紹介。自著による挿絵あり。農業・内職(「器用貧乏」と自己分析)・役人・商人と職を
変えながら江戸幕府瓦崩壊から明治時代を生き抜く。子供11人)
p.17 ◎「武士道と日本型能力主義」(笠谷和比古/新潮選書)〜関連書
p.24〜25 御家人は5年前の古々米が常食。〜関連書↓
◎「江戸の女の底力」(氏家幹人/世界文化社)
◎「御徒士物語」(最上等の米は奥女中に。以下、要職者、ずっと下がって御家人、
最下等は能役者(四座(観世・宝生・金春・金剛)
p.48 ◎「幕末の毒舌家」(野口武彦/中央公論新社)〜関連書。江戸城の食事の悪さについて
(場内の御台所:「四の間の御料理」(下級武士用)は薪代のピンハネにより調理が短時間で火が通っていない ため美味いとは言えず、「吉田屋」(仕出し屋)から弁当をとっていた。)
p.62 ◎「よしの冊子」(随筆百花苑 9/中央公論社)〜関連書。水練について:「御徒士」は将軍の警護職の為、水泳稽古は重視され、 たとえ水死しても絶家にはならなかった。
p.65 【御無理御尤】(ごむりごもっとも)〜武家社会は先例重視。無事に勤めを果たすには、何事も古参の者の言う事を聞き、
万事敬うのが肝要。そうしないと職務の仕切りを教えて貰えず、とても勤めを果たす事は出来なかった)
p.146 「鳩麦の根」:漢方薬。煎じて服すれば肺病の妙薬との記述あり。(山本政恒が肺病の次男・文次郎に飲ませている。
一時病状好転するも全治ならず、4年後に死去)
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