日本人へ リーダー篇 (文春新書 752)

  • 文藝春秋 (2010年5月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784166607525

みんなの感想まとめ

国際情勢やリーダーシップについて深く考察する本書は、歴史的視点を交えながら、現代の政治や国防の重要性を説いています。特に著者は、ローマ帝国の歴史から学ぶことを強調し、他国との関係構築や平和維持のための...

感想・レビュー・書評

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  • 題名と中身が少し異なる印象(※)だが、塩野七生氏の考察が面白い本だった。ローマ人の物語もぜひ読みたい。
    (※リーダー編とのことで、ローマ史に基づいて組織の中でリーダーシップを発揮する手法が書かれていると思ったが、雑誌連載コラムをまとめただけの要素が強かった。)

    ビジネスにおいて参考になりそうだったのは、政策の継続が大事だということ。
    危機の時代は、状況を打開できると夢をみるためか指導者が頻繁に変わる。そのため、政策の継続性を失うらしい。神曲を書いたダンテは、「痛みに対処する、病床の上で輾転と身体の向きを変える病人」として例えている。

    よく組織の中で「上が悪いから」と思うことがサラリーマンなら一度は思うかもしれないが、指導者が変わったところであまり効果がないことをローマ史から学べた。

  • 戦争を潜ってきた女は、口がわるい。

  • 面白くて勉強になる。どんな政治評論家よりも納得感がある。

    この人の外交センス、国防センス、国際関係の感覚はすごい。長年ローマ帝国の歴史を見てきているので、他国とどのような関係を築がなければならないか、どのような駆け引きが重要か、どのようにすれば平和な状態が続くのか、トップはどうあるべきなのか、そういうセンスが卓越している。文章は言うまでもなくわかりやすくて面白い。

    各国これまで積み上げてきた歴史を経て今があるのでそれを尊重しながらだと難しい。特に宗教はややこしい。綺麗事でなくどのような人も国もソントクで動くことを理解しながら合理的な考え方のできる人だと思う。

    この本に、小泉純一郎について書かれている。調べると、彼が総理大臣だったのは2001年から2006年なので、文章としてはその頃に書かれたものだろう。20年くらい前の文章を今読んでいることになる。この頃の情勢についての予想を書いたりしている。正直に言えば、国際情勢については、恥ずかしながらその後どういう経緯で今に至っているか知らない、または忘れてしまったことが多い。復習したい。

    この本の中で「「事」に通じていながら「事前」に書かれたものを「事後」に読み、書き手の資質、つまり事後でも読むに耐えるものを書ける能力」ということに触れているが、十分に読み応えがある。20年どころか、2000年前の話を読ませる力があるのだから当然と言えば当然だろう。

    しばらくこの人の本を読み漁ると思う。

  • 「律法」と「法律」の話は非常に興味深かった。ルールに自分を合わせるべきか、ルールに自分を合わせるかというスタンスはどちらが正解という訳ではないが、盲目的にならずにしっかり自分で考えなければいけないと思った。

    そして、何よりローマ史についての自分の不勉強を痛感した。。

  • 塩野さんの「ローマ人の物語」を3分の2ほど読み終えたのですが、いつも思うのは歴史から学ぶことは多い、と言うことです。この本は彼女が10年ほど前に書いた著書で、まだ「ローマ人の物語」が完結していない時に書かれたようです。執筆中の心境なども綴られていて興味深いのですが、なんと言っても国の在り方や政治についてなど、国際情勢を交えながら日本のリーダーたちへ物申している内容が、ローマ人の物語で再三取り上げていることに通じているので、やっぱり黙って見ているわけにはいかないのだろうと思ってしまいます。
    私自身もローマ人の物語を読んでいて文章を抜き出していますが、政治家やビジネスマンには必携の書ではと常々思っていたので、この本の苦言は塩野さんなら、さもありなんと思ったのでした。
    この時代のブッシュはいなくなり、アメリカはトランプへ。イギリスはEU離脱を巡り国が割れ、安倍首相は長期政権下で外交に精を出しても、日本の立ち位置はパッとせず、北朝鮮の動きに手も足も出せず、韓国とは犬猿の仲状態の現在。これを彼女はどう思っているのか気になります。この頃の首相は小泉さんでしたが、案外塩野さんが彼を評価しています。この本の筋とは離れますが、最近では息子の進次郎氏に注目している記事が雑誌にあったようなので、政治オンチの日本人にあって彼が本物のリーダーになるのか…ホント誰かいないのか…と思うのです。
    それにしても、世界における日本の非力は目に見えるし、国際連合の力の低下も今じゃ歴然。国際政治におけるプレーヤーの持つ切れ味の良い剣は、5つということです。1.拒否権をもっている 2.常任理事国である 3.海外派遣も可能な軍事力 4.核をもっている 5.他国に援助も可能な経済力 。日本はこの中で一つしか持っていないのですから、力がある筈はありません。そこでどういう国を目指すのか考えるのは私たちなのですが…

  • 週刊誌連載のエッセイをまとめたもの、同じような話が何度も出てくるのは仕方ないかな。
    古代ローマの歴史には詳しくないが、もっと知りたいという気持ちになった。そっち方面の著書を読んでみたい。

  • ☆2(付箋8枚/P254→割合3.15%)

    あのローマ帝国が何故滅びたのか、通して書き終えた著者の視点は現代にもいかんなく生きる。
    ローマから比べれば、アメリカの文化も寛容ではない。

    日本の政治に対しても、
    “人を代えようと、奇跡が起るわけではない。
    誰が最高責任者になろうと、やらねばならないことはもはやはっきりしている。
    ならば、政策の継続性を保持するためだけでも、政権交代は避けたほうがよいと思うのだ。政策のちがいはあると言う人がいるが、私にはそれは、何を優先するかのちがいにすぎないように思える。”
    と述べる。ユリウス・カエサルの先見と個人の力をつぶさに見た著者からすれば、十把一絡げに見えるんだろうなあ、今の政治家。

    ***以下抜き書き***
    ・アメリカ合衆国は多くの人種の混合体であり、ゆえにアメリカ人は多民族との共生に長じているとの見方は、私には大変に疑わしい。
    アメリカ人は、自分たちの国に来て仕事をしたいと願っている他民族との共生には慣れていても、アメリカには行きたくなくあの国とは関係を持ちたくないと思っている他民族との共生となると、その成果としては半世紀昔の日本を持ち出さざるをえなかったことが示すように実績にとぼしい。

    ・しかし、このローマ帝国でも滅亡を免れることはできなかった。だが、これほども手をつくしたうえでの崩壊だからこそ、なぜローマは滅亡したのかという議論が、今に至るまで絶えないのである。そして、これだけは厳たる史実だ。近代の帝国は植民地が次々と独立したことで帝国でなくなったが、最後まで属州の離反がなかったローマは、帝国として滅亡したのだった。
    (戦争で勝利した属州に市民権を与え、指導層には家門名や元老院の地位を与える。基地を作り、属州民と兵士の混血をすすめる。このローマ帝国を彼らはラテン語でfamiriaファミリアと呼んだ。)

    ・アメリカでは何でも豊富なので、その効率良い活用となると鈍感だ。しかもこの鈍感は、これから味方にしなければならない人々に対しても同様なのは、たとえ肉体的には生存していようと統治的にはゼロにできたサダム・フセインの存在を、大きくする時間的余裕を与えてしまったことが示している。

    ・そのうえ、部下たちをやる気にさせる心理上の手腕。人間は、苦労に耐えるのも犠牲を払うのも、必要となればやるのです。ただ、喜んでやりたいのです。だから、それらを喜んでやる気持ちにさせてくれる人に、従いていくのです。

    ・私には、キリスト教とイスラム教という一神教同士の抗争の根の深さは、ローマ帝国、つまり古代はいつ終わりを告げたのかをめぐる諸説にさえも見え隠れしているように思えるのである。
    忘れてはならないのは、ローマ帝国の事実上の終焉はキリスト教が支配するようになった四世紀と考える人は、政治と宗教は別物と考える政教分離主義者に多い。一方、イスラムが後世に出てきた七世紀だとするのは、これとは反対の考えをもつ人々である。

    ・「いかなる分野でも共通して必要とされる重要な能力が、一つある。それは創造力だ」とは私の言ではなく、五百年前にマキアヴェッリが遺した言葉である。

    ・なぜ「情けない」かというと、重要極まりない問題も賛成反対の論争を重ねていくうちに本題から離れ、賛成派も反対派も問題の本質を忘れてしまうところなのだ。日本滞在中に郵政民営化に関する国会の委員会の討議をテレビで見ていて、またそれを解説するマスコミの記事を読んでいて、衰亡途上のローマ帝国を前にしているのと似た想いになった。

  • 塩野さんが2006年頃に連載していた記事。経済力を高めることに注力みたいな簡単にそんなこと言えるのは素人だからなってゆうとこと、やっぱローマ史やイタリア生活を通して養われた人物を見る力ってのは参考になる。

  • p.2010/5/24

  • 月刊「文藝春秋」の連載の新書化。
    リーダ篇とありますが、私あるいは民に対する「公」はどうあるべきかを論じた内容。
    とはいえ、割とさらっと読めました。塩野氏自身が丸くなったのかもしれません。(2010.6.23)

  • なぜ彼らにだけ優れた戦略なり戦術を考えだすことができたのか。それらは彼らが他の人々よりは柔軟な思考法をする人であったからです他者が考えつくことと同じことを考えていたのでは絶対に勝てない。疑問を常に抱きその疑問を他者が考え付きもしなかったやり方で解決していく。それには思考や発想の柔軟性こそが不可欠でこれこそが勝敗を分けるカギになるのです。
    国益とは具体的な利益になって帰ってこない限りそれを追求したことにはならないのである。ではそれをどうやれば国益追求には有効か。500年昔の外務官僚だったマキャベリは次のように言っている。「いかなる事業といえどもその成否は参加する全員が利益を得るシステムを作れたか否かにかかっている
    マキャベリの次の言葉を明日の外生担当者たちに送りたい「常に勝ち続ける秘訣とは中位の商社で居続けることにある」
    自己反省は絶対に1人でなされなされねばならない。決断を下すのも孤独だな反省もまた孤独な行為なのである自分、自分と向き合うのだから1人でしかやれない。もしかしたらプロとアマを分ける条件の1つである「絶対感覚」とはそれを磨くことと反省を怠らないことの2つを常に行っていない限り習得も維持もできないものなのかもしれない。
    会社でも破産でもすれば最も被害を被るのは外資でもどこでも行き先に不足しない人ではなく会社が潰れようものなら行き場のない人々であろう。ならば会社の経営状態に誰よりも関心を持ちその工場を誰よりも願うのは幹部社員ではなくて一般社員であるはずだ。国家もそれと同じなのである。
    マキャベリは次のように言っている。「天国へ行くのに最も有効な方法は地獄へ行く道を熟知することである」国政担当者ならば二股かける位当然ではないか。この人たちにとっての責務は国民を天国に向かわせることにあるのだから。この程度の事前対策はいくらなんでもなさっていたのでしょうね。
    歴史に親しむ日常の中で私が学んだ最大の事はいかなる民族も自らの資質に合わないことを無理してやって成功できた例は無いと言うことであった。
    要するに交流・安定期と衰退期を分けるのは大同小異と言う人間の健全な知恵を取り戻せるか取り戻せないかにかかっているのではないかと思っている。つまり問題の本質は何かに関心を戻すことなのだ。言い換えれば問題の単純化である。そして単純化ができなければ百家争鳴をしても改革は頓挫する。
    それは日本人の法律に対する盲信と言っても良い位の過剰な信頼である。まるで宗教でもあるかのようにいちど決めたら一切買えないいや変えてはならないと思っているのではないか。法律とは政策であり人間の考えたものである以上完全と言う事はありえない。それ故法律は通ってもその後には微調整が必要なのは当然のことなのだ。法律を通すことでの国家改革と個人のダイエットは完全に違うのである。ダイエットならば微調整しながら進むのが健康を損なわないで成功する唯一の道だから体格はこの反対でまず先に大筋を変えその後で微調整をすると言う順序にしないと効果がない。


  • 文藝春秋連載のエッセイ集。イタリアに住む著者の視点から、日本への鋭い批判、提言が面白い。印象に残った記述を記す。
    「ユリウス・カエサルは、言っている。「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない」
    「なぜか、危機の時代は、指導者が頻繁に変わる。首をすげ代えれば、危機も打開できるかと、人々は夢見るのであろうか。だがこれは、夢であって現実ではない」
    「情報に接する時間を少し節約して、その分を考えることにあててはいかが」

  • 文藝春秋への寄稿文(2003/6-2006/9)をまとめたもの。時事テーマである、戦争を通じて、政治について考えさせられる一品。

    以下注目点
    ・意思を持続させるエネルギーの中で、最も燃料効率が良いのは私利私欲。
    ・相手がどう考えどう出てくるかを知って”勝負”に臨むのは、ゲームに参加したければ最低の条件である。
    ・派兵の目的はいずれも軍事ではなく政治にあるのでは共通しているのだから。
    ・「やる」ことよりも、「やりつづける」ことのほうが重要である。
    ・体力、国家にとっての経済力、の回復が必要不可欠になる。
    ・政策の継続性の欠如こそが三世紀のローマ帝国にとって、諸悪の根源であったのだった。
    ・大義とは、客観的ではなくて主観的である場合はなはだ多し。
    ・アレクサンダーとカエサルは、敗者さえも納得する大義に変えた。
    ・他の国が大義と言おうが日本だけは心中でせせら笑い、それでいながら冷徹に国益を考え、その線で行動することだけである。
    ・伸縮自在な距離を保つということは、手段の目的化という、専門家を事象する人々の犯しがちな誤りから、自由でいられるやり方の一つではなかろうか?。
    ・傲慢とは、心中にひそむ劣等感の裏返し。
    ・「いかなる事業といえどもその成否は、参加する全員が利益を得るシステムを、つくれたか否かにかかっている。」
    ・「自分ならばどう考えるだろうか」を、あらゆることのスタート・ラインにしてみてはどうであろうか。
    ・政治とは、個人ではできない事柄を代わって行うことでないか。
    ・魚は頭から腐る。ローマ帝国末期に起こった真の悲劇。

  • 塩野七生『日本人へ リーダー篇』文春新書 読了。年間定期購読しようねw 歴史家ほど政治を見る目に優れた者はいないな。数年前の内容ではあるが、日本外交が崩壊している今、示唆するところは多い。彼女のエッセイが、くだらぬジャーナリズムに陥っていない証拠。
    2010/09/24

  • 著者塩野七生女史の文芸春秋の連載をまとめたもの。連載時期は2003年6月から2006年9月ということもあり、時に小泉純一郎が日本国首相であり、ジョージ・ブッシュがアメリカ合衆国大統領であったこともあり、たびたび登場する。また、ローマ時代のカエサルや敵将ハンニバルもたびたび登場する。マキヤベリの引用もところどころ出てくる。

    本書を通じて一貫して著者が主張していることは、民主主義は血であがなうことである、ということであるように思う。湾岸戦争で多額のお金を出した日本が認められないのはなぜか?なぜ、日本の民主主義はこうも堕落してリーダーシップあふれる真の政治家が少ないのか?に対しての答えとなる。

    著者はローマ時代の専門家だ。ローマ共和国では、市民は政治に参加する権利を有していたが、ローマのために戦う義務も負っていた。市民ではない周辺地域の住民は、政治に参加する権利もなかったが戦う義務もなかった。

    日本の民主主義は、権利だけが尊重され、義務が置き去りにされてしまっている。

    本書は雑誌の連載の再掲でしかないにもかかわらず、連載終了後4年経過した後に新書として出版したというのは、いかがなものかと思う。


    「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。
    多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない。
    ユリウス・カエサル」

    2013.11.02 借りる
    2013.11.12 読了

  • 一つ一つが非常に短い短編になっているので読みやすい。
    あまり知らないイタリア人の特性が読み取れて面白かった。

  • 塩野七生の本(特にローマ人の物語)は、読んでみたいなと思ってはいるのだが、なかなか手が出ないでいる。手始めは軽く読める新書から。

    「野心」やるべきと信じたことをやること
    「虚栄心」よく思われたいこと
    両方持っていてもよいが、問題はどちらが大きいか、小さいか
    理想形は、つまらないこで「虚栄心」を満足させ、重要なことは「野心」で勝負する。

    肝に銘じておこう。

  • 難しいなぁ。
    薦められ本。
    でも、ローマの本は読んでみたいと思った。

  • 塩野節が炸裂、ファンになりました笑

  • いつもながらの爽快な日本へのメッセージ。
    外から見るからこそ見える、日本人の不甲斐なさ。
    著者にはこれからも、どんどん日本への提言をお願いしたい。

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