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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784166607587
みんなの感想まとめ
戦争の激動の中での人間の生と死を描いた本作は、樋口季一郎という陸軍中将の生涯を通じて、彼がどのように決断を下したのかを探求します。特に、彼がナチスから逃れるユダヤ人を満州に救出したことや、アッツ島での...
感想・レビュー・書評
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著者、早坂隆さん、ウィキペディアには、次のように書かれています。
---引用開始
早坂 隆(はやさか たかし、1973年〈昭和48年〉9月2日 - )は、日本のノンフィクション作家、ルポライター。日本文藝家協会会員。
---引用終了
で、本作の内容は、次のとおり。
---引用開始
昭和十三年、ナチスに追われたユダヤ人を満州に逃がした陸軍軍人・樋口季一郎。五年後、戦局が傾く中、今度は司令官として非情の決断を迫られる-。運命に翻弄されたヒューマニストの生涯を追い、戦場における生と死のドラマを描く力作評伝。
---引用終了
本日(2024年8月18日)の産経新聞の産経抄により、樋口季一郎を知りました。
産経抄によると、終戦時にソ連が千島列島に攻め込んできた際に、「断乎、反撃に転じ、上陸軍を粉砕せよ」と守備隊に命じるという英断をした人物とのことです。
以下、ウィキペディアによると、樋口季一郎は、次のように書かれています。
---引用開始
樋口 季一郎(ひぐち きいちろう、1888年〈明治21年〉8月20日 - 1970年〈昭和45年〉10月11日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。兵庫県淡路島出身。歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団長等を経て、第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官。
---引用終了
●2025年2月28日、追記
産経新聞によると、昭和18年5月の激戦で日本軍2600人が亡くなった。大本営が玉砕という言葉を初めて使った戦い。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
満州とアッツの将軍 樋口季一郎 指揮官の決断
著:早坂 隆
文春新書
陸軍の特務将校 樋口季一郎の生涯の記録です
・杉原千畝に先立つ、ユダヤ人特別ビザ発給事件 オトポール事件
樋口 「参謀長 ヒットラーのお先棒を担いで弱い者いじめすることを正しいと思われますか」
東条英機は頑固者で、こうと思ったら一歩もあとへ引かない性格の持ち主であったが、筋が通ればいたって話の分かる人である
樋口の学歴はかがやかしい
・淡路島 尋常小学校
・三原高等小学校
・大阪陸軍地方幼年学校 KD ドイツ語で士官候補生
・東京 中央幼年学校
・第一師団歩兵第1連隊
・陸軍士官学校
・陸軍大学校
陸軍の仮想敵国はロシアであるが、海軍の仮想敵国がアメリカという不思議、もともとベクトルがあっていない
特務機関員は外国語の達人、複数の言語を使いこなす
ドイツ語 ロシア語 フランス語 ポーランド語
ウラジオストック とは、ロシア語で、東方を支配せよという意味
ロシア人は一人一人は良いのだが、国家となるとあんなに危険な国はない
八紘一宇 日本書紀にある言葉で、八紘とは、四方と四隅、一宇は、一つの家を意味する
ポーランド公使館付武官というポストは、当時、対ロシア研究における最重要ポストとして位置づけられており、特に将来を嘱望された人物が代々その任についていた
クーデター史
1931(S06)十月事件
1932(S07)515事件
1935(S10)相沢事件 相沢は樋口の部下だった
1936(S11)226事件
樋口は東条と同じく、統制派のメンバーと目されていたが、ロシア通であったために、皇道派の将校もよく樋口のもとを訪れていた
樋口と石原莞爾は、盟友だった
アッツ島 大本営の方針で見殺しをせざるを得なかったことを生涯背負って生きている
キスカ島 米軍にパーフェクトと言わしめる采配
占守島 終戦後にソ連兵が攻撃してきた
樋口の持論のひとつは、「死ぬまで勉強」であった
目次
序章
第1章 オトポール事件の発生
第2章 出生~インテリジェンスの世界へ
第3章 ポーランド駐在~相沢事件
第4章 オトポール事件とその後
第5章 アッツ島玉砕
第6章 占守島の戦い
最終章 軍服を脱いで
あとがき
樋口季一郎年譜
ISBN:9784166607587
出版社:文藝春秋
判型:新書
ページ数:256ページ
定価:900円(本体)
発売日:2010年06月20日第1刷発行 -
アッツ島の玉砕・キスカ島の撤退時に北部軍司令官として指揮を執った樋口李一郎中将の人生を綴る本です。
樋口中将の人生には3つの大きな出来事が起こりました。上記のキスカ・アッツでの戦いに加えて、杉浦千畝よりも先にユダヤ人の命を助けたこと、ポツダム宣言受諾後にソ連軍を交戦したことです。
本著はこれら3つの出来事に対して樋口中将がいかに決断したか、中将の人生を紐解くことで、人柄の面からアプローチして理解しようとするものです。
日本の上級指揮官は当時の教育・人事もありますが、優れた戦略眼を持った人物は少なく、それが原因となって必要以上に命が失われた側面もあります。そのなかで樋口中将は人命を大切にする優れた戦略眼を持つ指揮官だということがわかります。どのような教育や経験を経て重大な決断を行うに至ったかを注目して読むことを勧めます。 -
自伝にはなかった終戦直前のアッツ島玉砕の様子が良く描けていた。つきさっぶ郷土資料館の場所も確認できた。
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日本人が戦時、多数のユダヤ人を救出した話は、リトアニア領事館の外交官だった杉原千畝がナチスに追われた6000人のユダヤ人に、日本領の通過を許可するビザを発行して救出した話は良く知られている。(命のビザ)
今回、早坂隆の「指揮官の決断」は太平洋戦争末期、アリューシャン列島のアッツ島玉砕、キスカ島救出、さらにポツダム宣言受諾後、日本の敗戦が確定した後、ソ連が樺太→千島列島と南下し、北海道占領まで目論んだ時、樋口季一郎(陸軍中将)の第五方面軍は、終戦後の戦いとして、樺太、占守島(しむしゅとう)で防衛戦をしていた。その北方戦争の内容を知るために購入した本であったが、意外にも軍人だった樋口には、杉原千畝を上回る2万人のユダヤ人を満州に逃し救出した過去があることを知った。
日本は、ドイツと軍事同盟を結んでいたわけだから、ナチスからユダヤ人を救出することは、ドイツに敵対する行為になる。命を賭けてユダヤ人を救出したことは、軍人(特務機関)であっても人の命を大切にする立派な人であると感嘆した。
晩年、樋口が不運だったとき、彼が助けたユダヤ人達に多いなる援助を受けたとのことである。
今日、イスラエルがガザのパレスチナ人を大量に虐殺している現実を見ると、ナチスのジェノサイドを受けたユダヤ人が、今立場を変えて同じような大量虐殺をやめない姿に悲憤を感じる次第である。
イスラエル軍人のパレスチナ人に対する行為は、異常そのものであり、どんな時でも人の命を大切に考えた樋口季一郎の行為を今日のユダヤ人達にも知って頂きたいものである。本書はなかなか良い作品であった。一読を推奨する。
2023.5.14 公祥 -
オトポール事件のことがほとんど書いていなかった。当人はアッツ島玉砕、キスカ島撤退のことが頭にあったんだに違いない。オトポール事件か薄れていても感動は最上級した!
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第二次世界大戦満州とアッツ島の将軍樋口季一郎について書かれている。
ユダヤ人難民を助けたオトポール事件
ポーランド駐在
アッツ島での玉砕
占守島の戦い
など -
日本人は樋口季一郎の事を学ぶべき
知らなかったことを後悔した
道徳観に満ちた人間性と組織人としての規律をあわせもつ
この人がいなければ味方も敵も亡くなっていた人は多くなったのでは。
また、穏健に組織としての規律を学ぶ姿と、その規律が人道に反することであれば自分の反することであれば断固たる意志をもって、自分の決断を実行する姿は理想のリーダーと言える -
樋口季一郎将軍。
日本人はもっとこの将軍のことを知らなければならない。
北海道に住む人は特にそうだ。
樋口将軍がいなければ、北海道はソ連の手に落ちていた可能性が極めて高い。
そして、もしソ連の手に落ちていれば未だソ連の属国として存在していた可能性が非常に高い。
浅田次郎、池上司と占守島での戦闘を描いた小説は多いがこの戦闘がなければ、ソ連は楽々北海道に到達し、東ドイツや北朝鮮状態になっていた可能性を考えると、樋口将軍への感謝がやまない。 -
第二次世界大戦において見事な撤退を成功させることができた樋口中将の生涯についての話。
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樋口季一郎と言う名前を知らなかった。大戦は、ネガティブに扱われる事が多いが、その中に尊敬できる人がいた事をたまに知る。
国の方針、上官の立場がある中で、自分の、人としての考えを述べ、難局にあっても最大限できる事を実行する。普通、どこかで諦めてしまう事を、彼は手を抜かずやり遂げる。
これは、彼だけができる事だったのか、学び、経験すれば、他の人もできるようになる事なのか。このような素晴らしいリーダーは、どうやって生み出されるのか、とても興味を持った。
良き家庭人という対象的な姿も、好印象に感じる。 -
アッツ島の戦いで援軍が送れなくなることを部下にどんな想いで伝えたのかと思うと考えさせられた。高級軍人でありながら部下想いでそして家族想いであった樋口季一郎の人間性が伺えました。この本からの気付いたことは明治から昭和にかけて数多くの優秀な軍人たちがいるが共通することは上を見ずとも信念に従って独断できる人だなと思う。
オトポール事件はそれが象徴される例かなと。ソ連から戦犯にされそうだったがユダヤ人が守ってくれるのを知り、最後は人間性やなとも思う。
キスカ島の撤退だって陸軍や海軍と連携できたこともすごいが、まずは人命を大切にする樋口季一郎だからこそ実現できたことだなと思う。
そんな人間性から占守島の戦いも勝てたのではないかと私は感じる。自分も人の上に立つ時がくれば樋口季一郎みたいになりたい。 -
オトポール駅のユダヤ人救出劇。アッツ島玉砕命令とキスカ島奇跡の撤退。占守島攻防戦。指揮官たるものの悲哀。今も昔も、人物はいるもんだ。淡々とした筆致で迫ってくるゼネラルヒグチ奇跡の物語。
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組織人としていかに生きるかという視点で読んだ。与えられた役割の中で何をなすか。満州やアッツでの決断。戦後の占守島での決断。人間性、教養を磨くのが一番。日々の実践で人間を磨いていく。
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陸軍中将の樋口季一郎は、ソ連通の情報将校であった。ハルビン特務機関長時代にユダヤ人難民を救出。玉砕したアッツ島守備隊を所管する北部軍司令官でもあった。
その経歴をみても、永田鉄山を刺殺した相沢三郎の上司だったなど興味深いものがあるが、本書を読むと陸軍の良識派であった事がある。
著者は、樋口を讃美する事なく迫ろうとしており、そのスタンスには好感がもてるが、巻末に参考文献一覧がないのは残念である。 -
2011/10/02 23:53 面白くはなかったが、この人を知ることが出来たのは良かった。でも題名は疑問。
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戦前の陸軍のキーマン達との交流、オトポール事件(ユダヤ人救出)、アッツ島玉砕、撤退戦を潜り抜けた陸軍将軍樋口季一郎の評伝。
「栄光」も「苦しみ」も墓場まで持っていくタイプの人物であるが故に、評価されるべき人である事は絶対に間違いない。
捕虜虐待・虐殺であったり、部下を見殺して自分の保身を中心に考えた悪役達が、帝国陸軍の固定概念としてしまいがちである。本人は、烈しく苦労しているのだが、周りの人達を不快にさせない生き方には、当たり前であるが感動的である。
戦争という異常事態の中にある軍隊の中にでも、(軍隊も当然社会であるのだから一定の確率でいるはずであるが)、粛々と正々堂々と生き残った人がいる事を知る良書。 -
樋口季一郎中将が関った幾多の事件について、また彼の生涯についてを綴ったものである。
色々と伝わっている話しに関して、“話しの尾鰭”を検証する部分―可能な限りの史料を掘り起こしている著者に敬意を表したい―も混じっており、真摯に「“事実”を読者と分かち合おう」というような筆者の姿勢が非常に伝わる綴り方である。そういう姿勢で伝えられる数々の事実が、非常に興味深い。
本書を通じ、北海道にも縁の興味深い人物の事績を知ることが叶ったのは大変幸いだ。多くの人に薦めたい一冊である。 -
樋口季一郎を知らない日本人が多い。もっと歴史を勉強しないと駄目だね。世界で尊敬されている日本人の一人だと思う。オトポール事件は歴史の教科書にも出ていないらしい。誇り高き日本人だ。
杉原よりも2年以上も前にユダヤ人を救ったのだ。
1934年には、ビロビロジャン・ユダヤ自治州が正式に発足。世界各地からユダヤ人が集まった。ドイツを脱出したユダヤ人難民たちが目指したのがこの極寒の不毛のビロビロジャンだった。この地に唯一の望みを託して。
ユダヤ人の願いは満州国を通って上海へぬけ、そしてアメリカやオーストラリアといった国々へと渡ることだった。上海は当時、世界でただ一か所、ユダヤ人難民をビザなしで受け入れている土地だった。
樋口はユダヤ人から世界で最も構成な人物と称されている。
樋口はドイツにいて、ナチスドイツがユダヤ人迫害を着々と進めていることを実際に目の当たりにしていた。
人は自らの人生において、風や波自体を作り出すことはできない。時に人生は思わぬ方向からの強い風によって、本人も与り知らぬ場所へと誘われることがある。
樋口の発給したビザで、約2万人のユダヤ人が救出された。
満州でのユダヤ人利用論が当時あった。非常にリアリスティックな考えがあった。日本人にとってはユダヤ人を迫害する宗教的な理由も伝統的蓄積もなかったが、そんな中検討されたのは、ユダヤ人を退けるのではなく、時刻のために利用しようというもの。
樋口はヨーロッパにいた時にユダヤ人の家に下宿していた。だからそんな体験もあって、ユダヤ人のためにビザを発給した。
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