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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784166607747
みんなの感想まとめ
テーマは、聖書の深い理解と現代社会への示唆です。新共同訳の聖書を収録し、佐藤優による解説が付されたこの書籍は、特に四福音書に焦点を当てています。佐藤は、自身の立場を明確にしつつ、非キリスト教徒にとって...
感想・レビュー・書評
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新共同訳の聖書を新書に収録し、佐藤優による解説を付している本です。第1巻には、四福音書が収められています。
巻末に収録されている「非キリスト教徒にとっての聖書」で佐藤は、「私は功利主義者だ。役に立たない読書は基本的にしない」とみずからの立場を明言したうえで、現代の世界が直面しているさまざまな問題をより深く理解するために聖書が役に立つということを、「非キリスト教徒」の読者に向けて語っています。
ここで佐藤は、菅直人が掲げた「最小不幸社会」という国家像に対して、「政治に夢や理想、あるいはユートピアを託すことを初めから諦めている」という問題点を指摘し、いっさいの政治的判断が情勢論にもとづいておこなわれることになると批判しています。他方で、柄谷行人の『世界史の構造』を参照し、国家と貨幣が密接に結びついて人びとに対する支配を強化している現状から自由になるために、柄谷の議論を「21世紀の宗教論」として読むことができると主張します。そのうえで、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」というイエスのことばに、国家と貨幣に対する警戒感が示されていることに注目し、その現代的な意義を論じています。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
生まれて初めて通読した聖書は、佐藤優氏による新書となりました。
現代語訳で書かれる、ここまでわかりやすくなるのか、と驚きます。
また、これまで忌避していたのは、その内容以上に
「版が古すぎて文字が小さ過ぎる」とか、
「かなの遣いが自分の感覚にしっくりこない」というような副次的な要因だったかもしれません。
何より、読む理由がなかった。
今回は参加する読書会のテーマ本ということで手にしましたが、そうでなければ手に取ることも無かったでしょう。周りでも、読まずに一生を終える人も多いに違いありません。
読んでみてどうだったのか、と問われたら。
一番は、「宗教を信じるか、信じないか」という究極的な対決を始めるのではなく、彼の言い回し、人間への洞察が鋭い点にうなりました。
宗教書としてではなく、ビジネス書としての観点です。私がいま仕事をしているという理由もあるでしょう。
例えば、福音書の中に、「なぜあなた(イエス)は、人に話す時に例え話ばかり使うのか?」と聞かれる一節があります。
彼はこたえて、
「神(私は「真理」と書き換えたほうがしっくりきます)に近い人間は、それを言葉通り理解できるが、神(真理)に遠い人間にはそのまま話してもちっともわからない。自分たちが普段触れているモノを用いた例え話でなければ伝わらないのだ。」と弟子たちを諭す。
自分が葡萄やパンや、らくだを真理を伝えるための道具として使っていることを認めるのです。
その中でも、私の中では「時が経った葡萄酒が全て酸っぱくなるわけではない。」というセリフが心に残りました。自分に「酸っぱい」中年としての自覚があるからでしょうか。
相手の理解のために例え話を使う。宗教を抜きにして、コミュニケーションに必要不可欠な要素です。
概して宗教意識が低い私や身の回りの人間からすると、宗教書を眉唾なフィクションとして軽視してしまいがちです。しかし、そういう観点ではない見方がありました。
一人の人間は「人の生き方はかくあるべき」と万人伝える時。自らインフルエンサーを名乗る時の思想や手練手管は、東西問わず、学ぶことがあるのです。
そして、もう1つ。私の誤解として読んでいただきたいのですが、
新約聖書は、
「いい生活を送るための100の小さな哲学」
(ナザレ出身のイエス著・●婦の友社刊)と受け取っています。
すでに述べたとおり、聖書は、一般の人にもわかるように、例え話や、誇張したエピソードをふんだんに盛り込んでいます。
ただ、そのフィクションがあまり秀逸で、人の心に刺激的であったため、虚構が、実際の話と同等の価値をもってしまった。
結果、「実用書コーナー」に並ぶはずだった本が、「宗教書」に格上げされてしまったのではないか、と受け止めました。
余談ですが、「クトゥルフ神話」という概念は、ラブクラフトという人が基礎を組み立てた近代フィクションなのですが、本屋によっては、「神話・宗教」カテゴリーに関連本が陳列されている時があります。あれは冗談のつもりなのか、本気なのか・・・気になります。
さて、アドラー心理学本のベストセラー、嫌われる勇気の著者、岸見 一郎さんがこんな言葉を使っています。
「宗教が、ある1つの真理を見極めたら、そこから先には進まない。先の見えない橋を降りるような生き方だとしたら、哲学は少し違う。哲学は、先が見えない橋から降りず、ずっと歩き続けることである。」
聖書の言葉にも同じ感覚を覚えました。
新約聖書にテキストとして残っていることは、イエスが哲学をする上で用いたレトリック(手段)の切り抜きであって、それが宗教化している。実はその先にもっともっと深いなにかがあるのではないかと思うのです。
そして、もっともっと先の「何か」最後まで突き詰めようとするのが、「哲学」。逆に人にはわかりようが無いものとして受け入れるのが「神」という考え方。
こう自分の中で注釈をつけながら読んでいくと、初めて手にした聖書が少し飲み下せる何かに変わっていく気がしました。
この初めての1冊を通じて、「神」「真理」といった、知っているけれど、使いこなせていない語彙の意味が深まった気がします。よい1冊でした。
ちなみに続刊は、友人からは「難解だからあまりすすめない」と言われています。
どうなんでしょうか・・・気になります。 -
今どき聖書を読もうと思えば、ネットからダウンロードして無料で読める。kindleストアでも百円ていどで売っている。
それでもこの版をわざわざ選んだのは何といっても佐藤優氏の解説が入っているから。
聖書の解説にしてもそのへんの草花のようにネット上にあるが、それは必ずしも優れた書き手によるものではない。
確かな教養を身につけるのなら確かな知見を持つ案内人が必要であり、佐藤氏なら信用に足る。
この巻一ではマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの四つの福音書を一度に読めて、しかもそれぞれの特色について、事前に詳しく解説が入っているので冒頭から世界に入りやすい。
基本的にイエスの半生をめぐる物語という点は同じだが、四つとも表現角度が大きく異なると感じた。
マタイは比較的あっさりした書きぶりで、ファリサイ派学者との論戦やイエス捕縛など緊張動乱の場面も、うっかりすると軽く読み流してしまいがち。
イエス復活の記述がもともと存在せず、あとから加筆されたマルコ。
劇場的な展開を見せるルカ。読み物としてとらえるとこれが一番読みやすかった。原文でもいちばん表現豊かで、教養の高い人物が書いたそうだ。
共観福音書と比べるとかなり独特なヨハネ。
使徒たちが護身用の剣を二本帯刀したことと、イエス捕縛のさいに追っ手の右耳を切り落としたのがペトロで、切り落とされた相手がマルコスという名前だったことまで、このヨハネだけやたらと詳しく書かれているのが興味深い。
ロシア正教がヨハネの福音書に重きを置いており、ドストエフスキーなどのロシア作家の宗教観もヨハネが基になっているという豆知識を、この本のおかげで知ることができた。 -
個人的に尊敬している方に、「初めて聖書を読むならどれがいいですか?」とお尋ねしてこちらを購入しました。
「ヨハネによる福音書がいちばんおもしろかったです。 -
西洋を理解する手がかりとして、聖書を読みたいとずっと思っていましたが、エッセンスだけでも量が膨大であり中々読みにくいこともあり、本を買っても途中で挫折することが多かった。
この本は、コンパクトに重要部分が掲載されており、佐藤氏の分かりやすい解説と相まって、早く読み進めることができます。 -
新書の聖書で、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる福音書と、佐藤優氏の解説が載っています。各福音書はイエスの生涯を描いていますが、同じストーリーを4回読むことになります。聖書は初めてですが、結構読むのに時間がかかってしまいました。
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世界で一番読まれている書物の中の書物らしい。
1巻は4つの福音書と佐藤氏の解説が収められている。
聖書を読むのは初めてなのだけど、
お釈迦様との比較という罰当たりなことをしてしまうと、
お釈迦様の彼岸は現実を認めるところから始まり、
イエス様の神の国は理想に生きるところから始まっている。
お釈迦様のお説きになった事は頑張ればまだ出来るが、
イエス様のお説きになったことをやるのはとても難しい。
なるほど、お釈迦様は真に目覚めた人で、イエス様は神の子だ。
そして神の子の言うことを聞くことが出来ない我々は罪深い。
しかし、入り口は反対側だが、仏教徒もキリスト教徒も同じく、
自分の持ち物を捨てて、人のために生きろというのは共通している。
お釈迦様の彼岸もイエス様の神の国も同じ場所なのかも知れない。 -
11/9~課題図書。絵画にしても舞台演劇にしても海外の芸術を鑑賞するには、宗教の知識は必須だと感じる。いい書籍を発見しました。
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私は、クリスチャンではない。しかし、興味がある。今、ヨハネの福音書のところをよんでいる。
正直、書かれていることの真偽はわからない。しかし、千年以上昔に書かれた書物が、今でも変わらず読まれていることは事実。
それは、なぜか?。ということを、知りたい、感じたいと思って読み出した。 -
複数の聖書を解説した本やマンガを読んでいる。この本の訳はわかりやすく、そういうことだったのかと腑に落ちた箇所があった。一気には理解できないけど、読むたびに少しずつなるほど…と思えることがあった。
私はキリストのことを、機転が利いて共感覚を持ちカリスマがあって、人よりも賢くて博識で、コミュニケーション能力が高いカウンセラーだと思っている。例えることが上手で、問題解決する能力が高いコンサルタント業のような風に思っている。(呪術廻戦でいうならば、呪言師的な…)
だけど
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」)P158
この一文を読んで、本当に天に選ばれる人というのが、この世に存在するのかもしれないと思った。少し畏怖を感じた。
それと冒頭で佐藤氏が「イエスが出現してから2,000年経ち、キリスト教疲れが現れている」しかもキリスト教のことを斜陽産業と書いていて、神学を学んでいる人が、そんなにはっきりと斜陽産業というくらいなんだから真実味がある。目からうろこ。 -
はじめてキリスト教を知ろうと手に取った。
100分で名著の新約聖書と合わせ、挑んだが、やはり難解。わかるようで、わかったふりをしたくなるが、やはりよくわからない言葉が続く。
また時間を置いて、開いてみよう。 -
マタイによる福音書
マルコによる福音書
ルカによる福音書
ヨハネによる福音書 -
宗教
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新共同訳での新約聖書のうち4つの福音書を収録し、
それぞれに佐藤優氏の解説が添えられている。
通常、聖書と触れ合う機会というのは教会での説教で断片的にーというのが多いため
通読を前提とした(その結果、新書という体裁をとった)本書は新鮮だった。
ゴルゴダの丘でのセリフひとつとってみても、悲嘆にくれながら絶命するマタイ/マルコの福音書と聖人然とした態度を貫くルカの福音書で全く印象が異なる。
ルカ、ヨハネによる福音書が物語としての肉付けもされており、初読者にはとっつきやすいと感じた。 -
佐藤優氏監修の新書版新約聖書。イエスのカエサルのモノはカエサルにとかのエピソードも今までは気にもしなかった。しかし佐藤優氏の解説でYESNOどちらでも駄目な答えをぶち壊す一流の解答という事が分かった。
この本に限った事では無いが弟子の裏切りが心に残る。ユダではなく鶏が3回鳴くまでに貴方は私の事を知らないと言うというエピソード。絶対に裏切らないと言っている奴ほど信用できないという事か。むしろ裏切りを指摘されて売り飛ばしたユダに漢気を感じなくも無い。 -
170317 速読 図書館
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佐藤優氏が「新約聖書を宗教に特別な関心をもっていない標準的な日本人に読んでもらうために書いた」という、全2巻の第1巻。
第1巻では、イエス・キリストの生涯について記した4つの福音書が収められている。
キリスト教の理解では、イエスが出現し、人間の罪をあがない、十字架上で死んだことによって、人間の救済はすでに始まっており、そのメッセージ(福音)を伝える核になるのが4つの福音書であるという。そしてそれは、大きく、「神の国」をイエスの中心的な福音であると考え、互いに近い関係にある「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」と、「永遠の命」をイエスの中心的な福音と考え、言葉(ロゴス)が神であるという独自の神学に基づいて書かれている「ヨハネによる福音書」の二つのカテゴリーに分類されるという。
そして、著者は各福音書について以下のように述べている。
「マタイによる福音書」・・・キリスト教の思想としてよく引用される箇所が多い。「(主の祈り)天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。・・・」は、現在も、カトリック教会、正教会、プロテスタント教会のすべてで唱えられる。
「マルコによる福音書」・・・4福音書の中で最古のもの。「神の国」の到来を中心的な福音と考え、「人間により理想的な社会や国家はできない。神の支配がもうすぐ実現するのだから、人間は悔い改め、その支配を受け入れる準備をせよ」と説く。
「ルカによる福音書」・・・「マルコによる福音書」を下敷きに、知識人が書いたと考えられ、その著者は「使徒言行録」も執筆している。キリスト教における、「この世の終わりは、歴史の目的であり、終焉であり、完成である」という考え方が色濃く反映されている。目的に向かって突き進んでいくという、欧米文明に刷り込まれたキリスト教的発想、目的論がわかる。
「ヨハネによる福音書」・・・他の福音書と全く異なる。ロシアのキリスト教はこの福音書の影響を強く受けており、ロシア人の気質が欧米人とかなり異なるのはそのせいと考えられる。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」ことが強調され、抽象的概念の世界で真理を追求することに意味を認めず、その真理が具体的にどのような意味を持つかについて常に関心を持つという、キリスト教徒に刷り込まれた価値観を表している。また、イエスの出現によって、人間に神に従うか神を拒否するかの二者択一を迫っており、物事を突き詰め、決断を迫るというキリスト教文化圏に埋め込まれた文化のもとを示している。
各福音書の本文訳のみではなく、ビジネス関連の著書も多い著者が、聖書が欧米のキリスト教文化圏の発想・価値観にどのような影響を与えているのかという観点からの解説も加えており、有益な書である。
(2010年11月了) -
キリストの生涯について四人の人が記述した本。目が見えない人を見えるようにしたとか、病気の人を直したとか、湖の上を歩いたとか言われても、逆の反応はあっても、正直キリストには惹かれなかった。
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