池上彰の宗教がわかれば世界が見える (文春新書)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166608140

感想・レビュー・書評

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  • 少し前にバングラデシュでイスラム過激派によって七名の日本人が殺害されたニュースは、平和な日本に衝撃が走った。なぜ日本人が犠牲に?と疑問に感じた人も多かっただろう。現在、世界では八割の人たちが一神教を信じている。ところが、日本人の七割は自分が"無宗教"だと考えている。欧米で"無宗教"といえばアンチ・キリスト、イスラム圏で"無宗教"といえば反宗教とみなされる。だから自分が"無宗教"だから宗教的なテロとは無関係だと主張しても、一神教の彼らには通じないのだ。日本人の多くは、ある宗教以外は認めないという排他的な思いを持っておらず、広く神仏を信じる気持ちを強く持っている。わたしはそういう日本人の宗教観が好きだ。本著は七名の住職や学者と池上さんの対話形式によって各宗教の始まりや簡潔な説明がされており、初心者向けの分かりやすい宗教解説本になっていた。身近であるはずの仏教が、生まれ変わるということはまた生老病死の苦しみにつながるわけだから、二度と生まれ変わらないことを理想とする宗教だということを初めて知った。またインドではヒンドゥー教のカースト制のおかげでワークシェアリングできていたり、わたしたちがイメージする頭にターバンを巻いているインド人が実は人口の2%しかいなかったり、イスラム過激派に自爆テロが多い理由にも納得がいった。

    p15 人々は、なぜ宗教を求めるか。
    結局は、心の安寧を求めているのです。
    それに応えることが宗教の役割だった。理不尽な世界に生きる人間の心に安寧や平穏を与え、納得させる。それが宗教の始まりであり、変わらぬ役割であろうと思います。

    p22 日本人の多くは、一神教徒ではないし、ある宗教以外は認めないという排他的な思いを持ってはいない。しかし、広く神仏を信じる気持ちは強く持っているのです。

    p25『旧約聖書』と呼ばれている書は、ユダヤ教徒にとって唯一の『聖書』です。ですから、けっして『旧約聖書』とは言いません。それはキリスト教徒からの呼び方なのです。
    キリスト教徒は、神の子キリストがこの世に神から遣わされたことによって、人間は新しく神との契約、つまり約束を結んだと信じています。
    そこでキリストについて書かれた『聖書』を、新しい約束の『聖書』、すなわち『新約聖書』と呼びました。すると、キリスト以前に人間が神と結んだ契約は古い約束になるので、それを『旧約聖書』と呼んだのです。
    キリスト教徒は『旧約聖書』と『新約聖書』の両方を信じています。

    p35西暦三九五年にローマ帝国が東西に分裂すると、二つのローマ帝国の影響下に分かれたキリスト教会にも少しずつ違いが生まれ、一〇五四年に分裂しました。西がローマ・カトリック教会、東が東方正教会(ギリシア正教会ともいいます)です。
    さらにローマ・カトリック教会からは十六世紀になって、プロテスタントが分かれました。…プロテスタントはさらに数多くの宗派に分かれました。

    p53 キリスト教徒であるか否かが政治家の命運を決するなど、日本ではおよそ考えられないことです。
    しかし、アメリカでは、大統領がキリスト教徒でないなど、あってはならないことと考えられているのです。大統領とは、キリスト教の宗教国家であるアメリカの代表者だからです。

    p59カーストは非常に厳密です。たとえば日系の企業が現地でオフィスを掃除する人を雇おうとしたなら、テーブルの上を拭く人と床を拭く人とは、カーストが違います。一人の人に「部屋を掃除しといとね」と簡単に言うわけにはいかないのです。それぞれに人を雇わなければいけない。
    …ところがそうやって仕事を分けることによって、結果的に、ワークシェアリングが成り立っています。十二億の人たちがうまく仕事を分け合ってきたという面もあるのです。たとえ低賃金ではあっても、働く場所はみんなに与えられている。

    p61シク教徒(頭にターバンを巻いている人)はインドの人口のたった2%しかいません。

    p62ヨーロッパの国々が植民地を支配するときには、必ず少数派によって多数派を支配させてきました。
    …ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が多くいるインドでは、少数派のシク教徒を重用して支配しました。シク教徒は、ヒンドゥー教と違ってカーストとは関係ありませんから、才能があれば誰でも取り立てられました。シク教徒はインドのエリートとなり、世界各地にイギリス人に連れられて行くようになります。その結果、インド人といえばターバンを巻いた人というイメージが、世界に定着したのです。

    p102仏教が説くところは、かなり非人間的といいますか、近代のヒューマニズムとずいぶんかけ離れたところがあると思います。喜びも悲しみも苦しみも全て捨象してしまった状態を理想とするのですから。そして、解脱すれば、二度と生をうけることはない。この世に生まれないことを目指すのですね。

    p103…輪廻の中で生まれ変わってくることは苦しみであるので、そういうことがない状態、それが解脱であるとして、輪廻の輪から外へ出ていく。それが、いわゆる涅槃に入るということですよね。

    p137輪廻ということになると、また生老病死の苦しみにつながるわけだから、そうではない、まったくそういった苦しみのない世界である悟りの世界へ行ってほしいというのが、四十九日の祈りの趣旨です。

    p168キリスト教では「最後の審判」がやってくると考えられています。世界の終わりにわ死人が眠りから覚めて復活し、一人ひとりが神の前で、永遠に天国で暮らすか、永久に地獄に堕ちるかが裁かれるとされます。
    …たしかにこの世の終わりに救世主が現れるという終末信仰自体は、ユダヤ教やイスラム教といった一神教の宗教に共通する考え方です。この世の善と悪の闘争の終わりをひたすら待ち、その先にある神の勝利に救いの希望をかける、という生き方です。そのもとをたどれば、それだけ現世がつらく厳しかったということでしょうね。現世が厳しければ厳しいほど、「最後の審判」への期待や希望は強くなり、そして最後は希望それ自体が救いとなる。

    p235
    よく言われるのは、『コーラン』の中に「神の道のジハードで倒れたものは死んだと思ってはならない。彼らは神のみもとで生きている」とあって、つまりジハードで死ぬと、この世が終わるのを待たずに天国へ直行できる。それで自ら進んで喜んで自爆テロをやるんだという説明が、以前から特にアメリカでされてきました。

    p256
    神は全知全能ですべてのことを知っているわけですから、そこでは問題は起こらないんですよ。むしろ宗教と科学の切り分けで問題が起こっているんです。生殖医療などが典型ですが、社会組織の問題で、これはどちらの領分だという話になる。

  • それぞれの宗教の世界観が素人にもわかりやすく書かれてあって、勉強になりました。個人的に養老先生の話がしっくりきました。

  • 第一章で池上先生が日本人の宗教についての常識や代表的な疑問に答える。そのあと、様々な宗教家に、素朴な疑問を聞くことから始め、深い話、その宗教家の独自の経験や考えを聞いていく。 "日本人は無宗教ではない。よく死ぬことはよく生きること。
    仏教が、キリスト教やイスラム教と大きく違うのは、世界創生神話がないこと。
    日本人の宗教観については、よく話を聞くが、無宗教といいながら、文化として、思考の方向として、やはり仏教的でゆるやかな縛りのない宗教観を持つ。とてもとても納得のいく話。3大宗教の話プラス神道について語られていたため、ヒンドゥの記述がなかったことに関しては、さびしく思う。それにしても、アメリカが意外にも、保守的で、今でも進化論を信じない人をたくさん持つことに驚いた。これでは、保守派のトランプ氏が優勢になっても、仕方がない。アメリカって、全然進んでいる国ではなかった。子供のころは、アメリカが何事につけ一番だと思っていたが、悩める普通の国なんだなあとは、最近思うことである。"

  • 寺が家業になって失ったものに関して、世襲化したことで五戒も守れず同時にお坊さんが本来なすべき仕事がわからなくなってきたと。
    医療が家業となった現代の開業医に通じるものがあるのかも。。。

  • ニュースで中東情勢は頻繁にみるが、あの地域の宗教問題が
    さっぱり分からないので、取りあえずこれを読めば概略は掴めるだろうと思って読んだもの。
    ユダヤ教、キリスト教のカトリックとプロテスタント、イスラム教については、その歴史から説明していて入門編としてはちょうどよかった。
    もともと宗教の内容にはあまり興味はないのだが(いい死に方とか)、読みやすい対談形式なので、最後まで興味深く読むことができた。
    色々網羅しているので、情報量としては物足りないが、よい本だと思う。

  • テレビで見る池上氏同様本の内容もわかりやすくてよい。ニュースでいっぱい報じられて、よいことも悪いこともゴッチャになってるなかで、はて、宗教ってなんだろう?と立ち止まって考える契機になる。特に最近はイスラム国の過激な報道に偏りがちだけど、割とイスラム教は寛容で柔軟な幅のある宗教であることがわかる。

  • とても勉強になった。
    世界の政治を知るためには、
    その背後にある宗教を勉強する必要があった。

    例えば、アメリカなら
    キリスト教徒に対して十分配慮しないといけないし、
    中東ならイスラム。

    宗教への扱いを間違えたら、
    政権が変わるほどだから。

    あとは、日本の神道の考えを
    古事記から学べるっていうのが興味深かった。寺の地域における役割とかも。

    何よりも日本人の無宗教感は、
    宗教が無いのではなくて、
    仏教でいう「無」つまり、「空」という意味で、無意識に宗教的な意識が入り込んでいるから、無宗教、
    という考えが自然だった。

    どの宗教に対しても、
    寛容になれる性質を僕たちは持っている。



    留学してたこともあって、
    尚更知りたかった。

  • 仏教、キリスト教、イスラム教、神教の専門家の方との対話形式で、それぞれの宗教の特色を簡単に説明しています。
    日本人は無宗教の人が多いですが、神聖なものに対するアンテナは敏感。宗教問わず神聖なモノに対しての畏れや、大切にする気持ちを持っているという話は凄く納得のいく説明でした。

    それぞれの宗教観が分かると、今起きている世界のニュースも、前よりは分かった様な気がします。

  • 「世界が分かる」のだから、もっと各宗教間の関係とか歴史経緯が展開するのかと思えば、仏教・神道・キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の著名人を読んでの対話集。ちょっと肩すかしだった。ただ、無宗教と称される日本人の宗教観が一神教の欧米・イスラムとはかなり違って肌感覚重視というところは斬新だった。

  • やっぱり宗教って難しい。
    確かに池上氏の言う通り社会現象のベースには宗教(というか思想)の相違が大きくかかわっていると思われる。

    それにしてもなんで他人の信仰って理解できないんだろうな。

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著者プロフィール

池上 彰(いけがみ あきら)
1950年、長野県生まれのジャーナリスト。東京工業大学特命教授、京都造形芸術大学客員教授、名城大学教授、信州大学・愛知学院大学特任教授、特定非営利活動法人日本ニュース時事能力検定協会理事を兼任する。
慶應義塾大学経済学部卒業後、1973年から2005年までNHKで記者として勤める。以降、フリーランスのジャーナリストとして活動。ニュース番組で人気になった。2012年から2016年までは東京工業大学リベラルアーツセンター専任教授を勤め、定年退職後も学生教育に関わっている。

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