さよなら! 僕らのソニー (文春新書)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166608324

感想・レビュー・書評

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  • 日本を代表するメーカー、ソニー衰退の裏事情。
    かつてのソニーは、高品質な製品を作る代表的な企業として有名だったが、創業者亡き後、徐々にその評判が低下し現在では普通の電機メーカーになってしまった。長年ソニーを取材し続けてきた著者は、経営の度重なる方針転換が現在の状況を招いたと考える。時代をリードする技術を持ちながら、それを製品に生かせなかったこと。時代の流れを読み切れず、ユーザーの志向の変化についていけなかったこと。創業時の指針に反し、メーカーでありながら、コンテンツビジネスを重視したことで、核となる収益手段を失ったことが要因と指摘する。経営者が会社を纏めきれないことも原因としている。
    著者は、様々な問題を抱えて、昔のような優秀な製品を生み出すソニーは戻ってこないと考えている。
    若い頃、ソニーの製品を買った人達は、みんな誇らしげでした。ソニーは高性能の代名詞で、高価でなかなか手が出ないので、持っている人が羨ましかった記憶があります。
    また、優秀な企業として、多くのビジネス書に成功例として採り上げられていたのを思い出します。しかし、創業者が相次いで亡くなった頃から、革新的な製品が出なくなり業績が悪くなってきている印象があります。この本を読むとその理由が判るような気がしました。

  • これが現実なのか、と思ってしまうが大企業、グローバル企業はこういう問題をいつもはらんでいることだと思う。

  • ソニーと聞いても、昔ウォークマンを作っていて、今はパソコンやゲーム機のメーカーというイメージしかない。
    映画や音楽のコンテンツを購入するにしても、ソニーだから買うのではない。

    そういう意味で、自分にとってはすでに単なる一企業でしかなく、実際この本で説明しているソニーの目指している将来がくれば、おそらくソニーは存在感のない単なる一企業になってしまうのだろう。

    果たして「盛者必衰」なのか、それとも「奇跡の復活」があるのだろうか。

  • ソニーの現状を見るとこの本は説得力がある。ただ、現在の全従業員を養うために短期的な収益が求められるのも仕方がないかと。昔のソニーらしさを求めるにはソニーが大きくなりすぎた感があるのは事実で、アップルや任天堂のようなファブレス路線とTV事業の縮小等の絞り込みを行い、新規事業に投資して誰もが欲しくなるようなソニー製品を作ってほしい。

  • ソニーかぶれの著者が、90年代後半から現在に至るまでの
    ソニーの凋落の原因を考察し、栄光の復活を期待しつつ失望する書籍。

    2011年11月に出版されているのでストリンガー政権で本書は終わっている。

    著者は「エレクトロニクス」のソニー好き故の厳しい内容だが、
    根底に流れているのはソニー愛。
    その愛は創業者からの流れを汲む時代のソニーまで。


    何故この本を手に取ったのかイマイチ覚えていない。
    取り分けソニー好きな訳ではない。
    CDを生み出したのに、ラジカセにコンポとソニー製品で
    いつも一番最初に不調になった箇所はCD読み取り部だった。
    いまでは稼働する箇所が最も壊れやすいと身をもって理解しているが、
    いち消費者としてはブランドイメージの低下になりうる。


    プレステだって仕方なしに買った。
    ナムコのシステム11の下位互換だというし。
    持っていたソフトの9割はナムコ製だったし。
    プレステはナムコ専用機と思っていた。

    気づけばドラクエVIIが出たけど、何度熱暴走でデータが飛んだことか。
    「ふっかつのじゅもん」の写し間違えなら自己責任だけど、
    エアコンの効いた部屋で扇風機を直当てしないとダメなゲーム機を
    出荷しちゃうなんて信じられない!今考えると。
    コンシューマ品ってそんなもの?
    いやコンシューマ品だからこそ重要なんじゃないの!

    だからソニー信奉者ではなかった。

    ソニー製品で唯一満足したのはMDウォークマン(MZ-E30)くらい。
    あれも充電池部分が出っ張っていて不思議な外観だった、いま思えば。

    技術に絡む話は面白かったが、経営者の話、特に技術系出身でない人の話になってから
    読むのが怠くなってきた。
    つまり本書が言いたい部分ってきっとココなんだよねきっと!

    年明けの週アスではCESの英語スピーチで「KANDO」と連呼していたと報道されていたが
    VAIOでは感動できないんだね、もう二度と。
    VAIO持ったことないけど505RXって響きに憧れたなぁ。

    是非昨今の話題を増補版で扱ってほしいな。

    それにしても、こうもアンチ巨人のように愛されるソニーってすごい。

  • さよなら!僕らのソニー、と言いつつエールを送る本だと感じた。著者はかつてのトリニトロンやウォークマンにときめいたようなことは二度と起こらないと断言する。ハードからソフトへ人々の関心が移っているのは確かだし、すでにソニーはエレクトロニクス一辺倒の企業ではない。ウォークマンに代表される、ライフスタイルを変えるような商品はもう出ないのだろうか。

  • 常にワンランク上のステイタスとして君臨したSONYの横文字も今や十把一絡げの赤札商品。高品質、高機能のソニーブランドはもはや見る影もない。ソニーの没落をノスタルジックな哀愁をもって寂しく振り返る。巨大化による弊害、戦略の誤り、目先の利益、ドロドロの権力闘争とエゴに翻弄され今も迷走するソニー。復権の糸口は杳として知れない。さよなら!僕らのソニー。

  • 経営者の最大のメッセージは人事である。

    工場を持たないメーカー、
    標準化された廉価商品を外部の製造会社に委託生産させる販売会社、
    例えばパソコンの『デル』や液晶テレビの『ビジオ』など水平分業の申し子たちが、
    ストリンガー氏が目指すソニーのエレキ事業の理想像なのかも知れない。

    ソニーは日本企業であり、エレクトロニクス・メーカーであり続けると
    信じて疑わない日本人とソニーファンにとって認めがたいことであろうが、
    グローバル企業になるということは、そういうことなのである。

  • ソニーがいかにしてエクセレント・カンパニーから普通のパッとしない企業に没落していったかを、経営人事視点で追った本。ノンフィクションライターとして定評のある著者だけに、章立てが上手く読みやすかった。

    通読しての全体的な印象は、ノスタルジー。乱暴にまとめると「昔のソニーはよかったな」だが、もちろんこれで終わると駄作。本書では歴代の社長や役員へのインタビューをベースに、歴代社長がソニーをどうしようと考え行動したか、あるいは行動しなかったかを綴る。時々「それは穿ちすぎでは」と思われるような著者の推測も入るが、おおむね間違ってはいないだろう。

    本書では「ソニーは技術を捨ててしまった」というフレーズが何度も登場する。確かに出井社長時代からソニーはハードウェアビジネスからソフトウェアやネットワークでのビジネスに傾倒していった。著者はそれに対し極めて批判的だが、本当にその判断が間違いだったのかは僕は疑問だ。現に、今我が世の春を謳歌している企業───アップル、グーグル、サムソンなど───は、まさに独自のハードウェア新技術の開発に全く価値を置いていない企業ばかりだ。また、メーカーとして倒産の危機に遭い別業種で復活したIBMのような企業もあるし、逆に自社開発にこだわるあまり没落していった企業は数知れない。後出しジャンケンで「あれは失敗だった」といった批判は意味が無いだろう。

    本書で最大の「戦犯」とされているのが前CEO(2012年現在)のハワード・ストリンガー氏。彼がソニーのDNAを完全に壊してしまったということだが、それを是とするか否とするかは意見が分かれるだろう。確かに彼の経営は大失敗だったが、「創業者の思いが詰まった○○の売却」といった事例を多く紹介してそれを批判するのは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではないか。
    ただし著者自身、本書が多分にノスタルジーが込められたノンフィクションであることは自覚的、というか敢えてそういう一冊にしたのは明らか。題名にも現れているように、この本の主人公は「僕らの」ソニーなのだ。

    最後に、ソニーから離れて本書の感想を述べておく。まとめると、大企業の役員であってもやはり人間というのは客観的な判断だけでなく自身のプライドや情に左右されてしまうのだなという衝撃。会社に長く勤めているとそういう場面は頻繁にお目にかかるが、大企業のトップ人事にもそんな理由で決まったりするのかと驚いた。
    本書で批判されている人物の中で、完全な悪人として描かれている人間は一人もいない。ただ能力が欠けていたり、器でなかったりするに過ぎない。本来のコーポレート・ガバナンス(企業統治)というのはそういった一人の人間の適性などに左右されずに経営が安定的に機能するためのもののはずが、機能していないのが残念。民主主義の限界と同種の問題を感じた。

  • トランジスタラジオ、ウォークマン、CDなど、世の中を変える魅力的な製品を生み出してきたソニーが、なぜ凋落していったかを問う本。
    ソニーは90年代半ばから、目先の売り上げに固執してしまい、強みだった商品開発能力に影を落とすようになったという。確かに当時以前ほどソニー製品に魅力を感じなくなっていたし、ソニー神話の神通力が徐々に失われていったのだろう。ソニーのトップは、大賀、出井、そしてストリンガーへ変わっていくが、エレキ軽視、ネット偏重へと会社の方針は傾いていった。
    出井氏がネット社会に対応した製品を打ち出せなかった理由の一つに、当時ソニーが抱えていた借金の返済に追われていたことがある。大賀社長時代、映画会社と音楽会社の買収で負った有利子負債が重荷になっていた。これら買収会社のアメリカ人経営者による乱脈経営は「ヒット&ラン」という本が出版されているという。
    著者のストリンガー氏の評価は出井氏よりも厳しく、技術軽視、コストカッターとしてもの作りそのものに関心がないと評している。

著者プロフィール

ノンフィクション作家、ジャーナリスト
 1950年、福岡県北九州市生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者や週刊誌記者を経て、1988年独立。
 92年に『覇者の誤算─日米コンピュータ戦争の40年』(日本経済新聞社)で第15回講談社ノンフィクション賞を、2000年に『魔術師─三原脩を西鉄ライオンズ』(文藝春秋)で99年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞する。
 著書に、『ソニーと松下』(講談社)、『さよなら! 僕らのソニー』(文春新書)など多数。

「2017年 『日本企業が社員に「希望」を与えた時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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