さよなら! 僕らのソニー (文春新書)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 162
  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166608324

感想・レビュー・書評

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  • ソニーの創業から現在に至るまでについて書かれた本。過去技術のソニーとしてエレクトロニクス業に特化した事業を展開し、ウォークマンなど画期的で人々の琴線に触れる商品を供給してきた。しかしながら、昨今ではストリンガー会長のエンターテイメント重視の経営より、技術力は衰退し、革新的な商品が生み出されなくなっている。またこれに伴い技術力の高い人材がサムソンやLGへ流出するという事態まで起きている。アメリカは元来製造業はうまくいかず、エンタメ重視の経営で評価されてきた。そのアメリカのストリンガー氏を会長に据えるのは技術のソニーの終焉を意味する。また、ストリンガー氏は日本のソニーの会長でありながら、日本には月に1週間程度しか滞在しない。さらに、重大な問題が起きたときにも自ら謝罪の場に立つのでなく、現場のトップに謝罪させる。このように現在のソニーは創業者である盛田氏による技術のソニーとしての面影はない。さよなら僕らのソニー。

  • 企業の衰退について。

  • ソニーの迷走を経営陣に焦点を当ててまとめた本。出井氏やストリンガー氏の経営方針が井深氏、盛田氏が創った古き良きソニーをどう変えてしまったかと切々と著している。

    ソニーファンであった著者のソニーへの愛を感じるが、ソニーとの別離(=ソニー復活の諦め)の宣言ともとれる。

    『週刊ダイヤモンド』の特集「さようなら!伝説のソニー」とセットで購入。

  • レビュー省略

  • ソニーの凋落が、うまく描かれている。グローバル企業の宿命といえば、それまでの話。

  • 成功し成長を続けたベンチャー企業において、やがて創業者が第一線から離れ、普通の大企業に脱皮するということがいかに難しいか。本書はソニーの内情を題材にしているが、その意味で多くの企業にとっても非常に示唆に富んだ一冊である。

    本書では、技術にこだわり革新的なモノづくりを進めてきたソニーが、創業者の引退とともに、製品へのこだわりをなくし、米国流の経営手法に基づいた短期的な数字を目標にした会社に変わったことが現在の凋落の一因であると指摘し、出井氏、ストリンガー氏の経営を批判している。たしかに豊富な内部取材に基づく具体的なエピソードの数々は説得力がある。

    しかし、創業者というビジネスオーナーが明確で、その意思を反映させることそのもの戦略そのものであるベンチャー企業が、やがて巨大化し、創業者が引退した後に普通の大企業に脱皮する際には、株主、市場、従業員を納得させるために経営数値にこだわるのは当然だろう。問題は、数値自体がが目的化し、ビジネスの方向性が失われることだろう。

    創業者なきあとの普通の大企業であっても、いかにビジネスオーナーシップを明確にして、成長のダイナミズムを維持するか。最近のAppleなどをみていても同様な課題に直面しているようであり、他の多くの企業にとっても、ソニーの事例は示唆に富んでいるのは間違いない。

  • 【目次】
    1. 僕らのソニー
    2. ソニー神話の崩壊
    3. 「ソニーらしい」商品
    4. 「技術のソニー」とテレビ凋落
    5. ホワッツ・ソニー
    6. 黒船来襲
    7. ストリンガー独裁
    8. さよなら!僕らのソニー

    【概要】
    高い技術力で独自の製品を生み出すことで夢を与えてきたソニーが、技術を失うことでそのブランド価値を失っていく。
    ソニー神話に心を躍らせた一人である著者が、経営人事を軸に、ソニーの栄枯盛衰を語る。

    【感想】
    以前読んだ「The Laxuary」に、ブランドビジネスにとって最も大切なことは、その製品に対する「あこがれ」を生み出すことだ、と書かれていた。
    そういう意味で、ソニー製品は高性能であることにブランド価値があり、自ら高性能路線を捨てたことによりソニー神話が自壊した、と。

    まぁ、大筋その通りなのだろうけど、いくつか疑問もわく。

    (1)ソニー=高性能って、どの時代まで実感があったんだろうか。
     少なくとも、自分がテレビやパソコンやポータブルMDプレイヤーを買う頃には、既にソニー製品はオンリーワンではなく、数ある選択肢の一つにすぎなかった。
     むしろ、「ソニータイマー」の悪名もあるとおり、しょっちゅう故障して買い替える羽目になった、という記憶しかない。
     「音のソニー」という単語に胸がドキドキするのは、今の50代よりも上くらいなのかな。

    (2)創業者や生え抜きじゃない経営者に、ブランドを維持することって可能なのだろうか。
     製品に対する「あこがれ」を生むのに、その製品にまつわる開発秘話や歴史が大きな役割を果たすと思う。
     そういう意味で、創業者一族って、それだけで有利。
     自伝がほとんどそのまま製品の開発秘話なわけだし。
     また、生え抜きの経営者も、入社以来受け継いできた創業者スピリットだとか、過去からつながる製品群の一部の開発に携わった経験だとか、その人の歴史がブランドを体現することができる。
     しかし、外から来た経営者に、そのブランドの夢を見ることってできるんだろうか。
     アップルとかグーグルとか、あと20年後にもまだあこがれられているんだろうか。

    (3)高い技術力を結集したPS3やPS Vitaにあこがれをもてないのはなぜなんだろうか。
     PS3やPS Vitaが高性能なのは疑いがないけれど、それが「ソニー神話」につながっているかというと、結構疑問。
     そもそも、PS3の開発秘話ってあまり聞かないし。
     ニーズ不明の(ムダな)高性能と、高性能をありがたがらないユーザに逆切れする久夛良木健に、あこがれよりも反感を覚えた印象しかない。
     むしろ、山内溥が試作品のゲームボーイを床に叩き付けたという逸話(実話じゃないらしいけど)のほうに、心躍るものがある。
     そして、PS3にしろ、PS Vitaにしろ、「買ってまでやりたいゲームがない」って理由で売れてないのでは。
     そうすると、ハードよりもコンテンツを重視した戦略が、そこまで間違っていなかったという気もする(でも結局コンテンツ不足だった、という点に目をつぶれば)。

     ブランド戦略と、PS3の敗因とについて、もう少し調べてみよう。

  • この本を手に取った私の立場は、「持ってる数は少ないけどソニー商品が好き」「ソニーの昔からの会社の雰囲気が好き」という軽症のソニーファンです。たぶん。

    以下、ツイッターで書いた感想の貼付けです。
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    立石泰則著『さよなら!僕らのソニー』読了。丁寧な取材と調査の上で書かれたと思われる良い本だと思いました。ここにかかれている内容が全てだとも思いませんが、説得力があります。それだけに、本の後半は読みながらずっと怒ってました。怒りが込み上げてくるってまさにこれです。

    自分が過去遭遇したソニー商品とその時期と、本に書かれた内容を照らし合わせて読むと、あーなるほどね確かにねと思わせられてしまったし…ていうかあのガイジン本当に最低!!(←まあここが本音(;´д`))

    自己保身とか味方増やすだのなんだの、そんなパワーゲームにフツーの社員を巻き込むんじゃないっつの!!!(それはガイジンの前の人からだったようだけど)他所でやってちょーだい他所で!!

    ただ、この本を読んだソニーファンは著者と同じように安易にさよならを選ばないでほしいなあと思いました。確かに人はたくさん減ったけど、まだ社内には良い意味でおかしい人も面白い人もたくさんいると思うのです。ソニーが好きだから残ってる人もたくさんいると思うのです。

    本を読んだ人なら共通認識になったと思いますが、問題はトップとその周辺です。やっとあのガイジンがいなくなりますが、次もその流れを組んでいる人です。これからどうしてくつもりなのか、しっかりと見守りたいと思った次第でした。
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    これかも中の人(一般社員)達には頑張ってほしい。
    応援しています。

  •  私にとって、ソニーといえばPlayStationとWalkmanを生み出した世界的に有名な日本の企業であり、企業体質についてあれこれ言われたとしても、それは有名な企業だからこそのやっかみだと思っていた。PSNの流出事件後の対応と、「宣伝戦略」の事を知るまでは。
     一体どうして今のような社風になってしまったのかを知るために、この本を手に取った。

     第一章「僕らのソニー」は、私達が一般的に抱いているソニーのイメージを改めて見つめ直し、かつ筆者の体験談・耳にした話を綴っている。
     筆者はソニー製のテープレコーダー、FMラジオ、ラジカセを例え値段が他社製品よりも高くとも「高性能・高機能・高品質」でかつデザインが良いという理由で購入し、社会人になってからはソニー製品に対する信頼度の高さとブランドの強さを身にしみて感じるようになり、ドキュメンタリー番組で、反日感情が根強い戦後のアメリカで「ソニーは日本の会社であり、私たちは日の丸に恥じないことをやるため」に国旗を掲げ、日本製品のイメージを変えるために奮闘している姿を観て「ソニーは他の日本企業とは違う」と思うようになったという(戦略としては「ブーメラン効果」もあったという)。
     筆者の友人が体験した、「ソニーによって人種差別されていた自分が救われた」というエピソードは、日本人ならば誰もがグッとくる話だ。時代が時代とはいえ、「日本人は猿真似しか出来ない」と言われ続けた友人は胸がスッとしただろう。その一方で、ソニー(米)では「外国人が一人でもいたら日本語は話さない。彼らが疎外感を感じてしまうから」という国際企業への志をはっきりと顕しているのも素晴らしい。が、章の終わりは、そのソニーがどうして「ソニーらしい」商品を作れなくなっているのかを明らかにするという、暗い締めで終わっている。

     第二章では「ソニー神話の崩壊」という、大変ネガティヴな章タイトルがつけられている。
     

     

     

  • ちょっと古い本だが,何かの書評で読んだので,図書館から借りてみた。

    ダメな経営者のせいでSONYがどうでもいい会社になってしまったことがよく分かる。SONYのブランドを信じていた世代にとっては,このテイタラクは残念である。しかし,機械モノは直ぐに壊れるというSONY製品,あるいはPCも宣伝は凄いが,中身はたいしたことない,というのも実感である。

    2013/02/16図書館から借用;02/17から読み始め;02/19の朝の通勤電車で読了

著者プロフィール

ノンフィクション作家、ジャーナリスト
 1950年、福岡県北九州市生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了。経済誌編集者や週刊誌記者を経て、1988年独立。
 92年に『覇者の誤算─日米コンピュータ戦争の40年』(日本経済新聞社)で第15回講談社ノンフィクション賞を、2000年に『魔術師─三原脩を西鉄ライオンズ』(文藝春秋)で99年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞する。
 著書に、『ソニーと松下』(講談社)、『さよなら! 僕らのソニー』(文春新書)など多数。

「2017年 『日本企業が社員に「希望」を与えた時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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