日本型リーダーはなぜ失敗するのか (文春新書)

著者 :
  • 文藝春秋
3.58
  • (30)
  • (75)
  • (71)
  • (14)
  • (4)
本棚登録 : 680
レビュー : 86
  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166608805

作品紹介・あらすじ

決断できない、責任をとらないリーダーはなぜ生まれてしまったのか。エリート参謀の暴走を許したものは何か。ご存知"歴史探偵"が日本のリーダーの源流をたどり、太平洋戦争での実際の指揮ぶりをつぶさに点検。今こそ歴史に学ぶ姿勢が問われているのです。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 『失敗の本質』とそっくり。読む気が失せました・・・。

  • 日本軍の参謀は現場経験もないのに、企画立案し、その上、現場の責任者に対し指図した。しかも、敗戦の責任は自分でとらない。

    p.17- 明治の参謀本部では、あるべき指導者を引き出そうとした。その一部は「旧参謀本部編集」の「日本の戦史」シリーズ(徳間文庫)として刊行されている。
    p.31 鴎外全集 第34巻で鴎外が翻訳したクラウゼヴィッツの戦争論(大戦学理、草稿では戦論)で読める。
    p.45- 西南戦争での経験が、総大将は疎くても参謀さえしっかりしていれば戦には勝てるという日本型リーダーシップが方向づけられた
    p.50- 日本海戦の正史は「極秘明治三十七八年海戦史」として残されていた。
    p.63-帝国陸海軍の理想のリーダーは威厳と人徳を持つ人というである。
     ☆ なんだか西郷隆盛みたいだな。
    p.86- 陸大では上から言われたことだけをするように教育された。堀栄三氏は、陸大時代、情報参謀の教育は皆無だったとしている(「大本営参謀の情報戦記」文春)
    p.146- 2.26事件で銃殺刑を免れた将校5人の証言(「われらが遺言・50年目の2・26事件」文藝春秋 1986.3月号)警視庁占拠の400人以上の兵力のほんとうの狙いは宮城占拠。

    p.153- リーダーの条件
    最大の仕事は決断にあり
    明確な目標を示せー部下との共有
    焦点に位置せよー居場所を明らかに(?)
    情報は確実に捉えよ
    規格された理論にすがるなー成功体験をなぞったり(?)
    部下には最大限の任務の遂行を求めよー仕事の方向性と明確な目的を示し、全力を傾けねばならぬか理解させ、納得させて指揮をとる。ついつい部下を小手先で使ってしまいがち

    p.255 戦前日本にもあったリーダーたちの独善性と硬直性と不勉強と情報無視が、現在に通じているのではないかと思える。大本営陸海軍部は危機に際して「いま起きては困ることは起きるはずはない。いや、ゼッタイに起きない」と独断的に判断する通弊があった。

  • 2019年8月11日読了。

    ●「孫子」「呉子」「六韜・三略(りくとう)」などの
    武経七書
    →武田信玄、上杉謙信、織田信長

    ●「孫子の兵法」
    智…敵に優る智慧、敵に手を読まれず、敵の手の内を
    読み取る力。
    信…心正しく偽りがなく、部下の信頼を集めること。
    仁…思いやり、労りなど、人を慈しむ心。
    勇…ことに臨んでよく忍耐し、危険を恐れず為すべきこ
    とを行う力。
    厳…けじめをはっきりする厳しさのこと。

    ●江戸時代の最も有名な兵法家・山鹿素行(やまがそか
    う)は、このうち一つでも欠けると武将の資格がない
    と言い切る。

    ●日露戦争の直前、日本陸軍では組織的に「戦争論」を読
    んで研究。著者クラウゼウィッツはプロイセン王国の軍
    人であり軍事学者で、ナポレオン・ボナパルトの時代の
    人物。1〜8巻から成り、1、2巻を訳したのは森鴎外。

    ●↑「興奮してもなお心の均衡を失わない」

    ●森鴎外がクラウゼウィッツのリーダー像「軍事的天才」
    という人物像にインスパイアされて書いたと思える小説
    「護持院原の敵討ち」(1913年)

    ●P55
    日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊がどの経路から
    来るか(対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡)、ずっと議論
    がなされていた。
    時間規定で開封する密封命令書もあったが、それは一般
    に公刊された日本海海戦史には書かれていなかった。

    しかし、密封命令書の内容をどのような経緯で撤回し、
    対馬沖での待機を続けることになったのかは、歴史の闇
    に伏せられた。

    ●太平洋戦争における日本の2人の名将
    陸の牛島満中将と海の田中頼三少将

  • 参謀に対する日本独特の組織観には要注意。
    Planning、いわゆる企画業務は企業参謀と言われるが、日本式でやってしまうとグローバルビジネスでは通用しない。
    − 中央(ビジネスの場合は本社か)をバックに指揮権を握ってしまわないように。
    − 上が下に依存してしまわないように、きちんと上が判断を下すように。

    モンゴメリー司令官の言葉、リーダーシップとは人格の力。自分の人間としての人格を磨く、人の悪口を言わない、等。

  • 孫子の兵法、将の将たる人間は智、信、仁、勇、厳
    優れた参謀、1指揮官の頭脳を補う2部隊の末端まで方針を徹底させる3将来の推移を察知する能力

  • 戦争も企業経営もある意味で同じ。多いに通づるところが多い。
    責任と権限、どちらか一方ではだめ。分かり味が深い

  • 戦史に詳しい人間ではないので、参謀の人となりを類型化して示してくれるのはありがたい。
    辻正信の人物評にハッとした。会社人としてご用心。「彼のする事なす事は、小学校の終身教科書が正しいという意味で正しいので、誰も反対のしようがなく、彼の主張は常に、大多数の無言の反抗を尻目にかけて、通るのであった」

  • 旧帝国陸海軍の各指揮官を例にわかりやすく、リーダーとはどういう事に気を付けるべきかを示しています。
    私と同じ自衛隊の若手指揮官には参考になることが多かったです。
    特に、駆逐艦「雪風」の元艦長 寺内正道の部下との付き合い方、指揮の取り方は参考になり、また自身の振る舞いを反省するものでした。

  • 半藤一利氏によるリーダー論。近代戦争の専門家だけあって、リーダー論も戦時中の指揮官の研究結果を述べているところが多い。研究書ではないため内容が薄く感じた。
    「西南戦争で郵便汽船三菱会社(後の三菱財閥)や大倉組商会(後の大倉財閥)は軍需物資の調達や兵站輸送で巨額の利益を上げ、経営拡大の基礎を築いています」p46
    「西南戦争の勝利により「参謀が大事だ」という日本型リーダーシップが成立した。総大将は戦いに疎くても参謀さえしっかりしていれば、戦には勝てる」p47
    「3を3回使って、その解が0から10となる数式を出せ(海大入試問題)(3-3)x3=0,√3x√3÷3=1,(3+3)÷3=2,3+3-3=3,3÷3+3=4,3!-3/3=5,3x3-3=6,3!+3/3=7,(3/3!)3乗=8,3+3+3=9,3.3x3=9.9≒10」P84,98
    「真珠湾攻撃直後、ルーズベルト大統領は、太平洋艦隊司令長官キンメル大将と作戦部長スターク大将を更迭します。そしてニミッツ少将を太平洋艦隊司令長官に登用します。軍令承行令では26番の将校の抜擢でした」p92
    「人間は自分の功を誇りたいのが常です」p112
    「太平洋戦争では不思議なくらい日本の軍人さんは決断ができなかった。その意味では統制好き、すなわち上からの命令遵守の指揮官が多かった」p163
    「(真珠湾攻撃の)機動部隊の指揮は、本当は発案者の一人でもある小沢治三郎中将にすべきでした。が、中将になって一年以上経なければ艦隊司令長官になれない、という不文律があった。小沢は中将になったばかり」p173
    「(クラレ大原総一郎社長)新しい仕事は、十人のうち1人か2人が賛成したときが、始めるとき。全員反対というのはだめ。5人も賛成したら、そのプランを商品化するにはベストタイミングを逃している。いわんや7、8人が賛成するようなときにはトゥーレイトだ」p225

  • 【要約】


    【ノート】

全86件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

半藤 一利(はんどう かずとし)
1930年、東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、文藝春秋新社に入社。編集者として活動しながら匿名記事も記す。1965年に大宅壮一の名義を借りて『日本のいちばん長い日』を執筆、発行。『漫画読本』『増刊文藝春秋』『週刊文春』『文藝春秋』編集長を歴任。1995年に文藝春秋を退社してから作家・評論活動専任となる。
1993年『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞、1998年『ノモンハンの夏』で山本七平賞、2006年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞をそれぞれ受賞。2009年の語りおろし『昭和史 1926-1945』『昭和史 戦後篇 1945-1989』はベストセラーとなった。
妻の半藤末利子は、松岡譲と、夏目漱石の長女・筆子の四女で、夏目漱石が義祖父にあたる。

半藤一利の作品

日本型リーダーはなぜ失敗するのか (文春新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする