承久の乱 日本史のターニングポイント (文春新書)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 文藝春秋 (2019年1月18日発売)
3.95
  • (31)
  • (68)
  • (32)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 517
感想 : 74
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784166611997

作品紹介・あらすじ

『日本史のツボ』(文春新書)、『ヤバイ日本史』などで知られる人気歴史学者が、専門である鎌倉時代を舞台に、満を持して取り組んだ意欲作です。本郷さんは鎌倉時代の基本史料『現代語訳 吾妻鏡』の編者の一人でもあります。



誰もが日本史上の重要トピックとして覚えた経験はあるが、敗れた後鳥羽上皇が隠岐島に島流しにされたこと、北条政子の演説で鎌倉武士がひとつにまとまったことくらいで、実はよく知られていない「承久の乱」。



そもそも後鳥羽上皇はなぜ幕府に戦いを挑んだのか?

「錦の御旗」を敵に回して勝利したリーダー、北条義時はどんな人物だったのか?



それを理解するには、後鳥羽上皇が歴代天皇のなかでも指折りの文武に長けたカリスマだったこと、そして頼朝以降の鎌倉幕府で繰り広げられた、血で血を洗う「仁義なき政争」を知る必要がある、と本郷さんは説きます。



さらにこの戦いは、朝廷と幕府の関係を決定的に変えました。以後、明治維新までのおよそ六百五十年間、武士が日本の政治を動かす時代となったのです。まさに承久の乱の起きた一二二一年こそ日本史の大きなターニングポイントといえます。



日本史ブームの中、第一人者による決定版の登場です。



主な内容

・鎌倉幕府の正体は「頼朝とその仲間たち」

・まったく異質だった武士の殺生観

・上皇の絶大な経済力

・北条氏よりも優遇された比企氏、平賀氏

・なぜ源氏将軍は三代で絶えたのか?

・血で血を洗う闘争に勝ち残った北条義時

・武士の切り崩しに成功した後鳥羽上皇

・実朝暗殺の“仕掛け人”は?

・戦いの本質は「在地領主vs.朝廷支配」だった

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 「鎌倉殿の十三人」にハマってしまい、手に取りました。すごくわかりやすいです。
    鎌倉幕府の凄惨ともいえる政争や複雑な朝廷の事情がわかります。
    また、武蔵、相模、駿河、伊豆の地方政権にすぎない鎌倉幕府が全国へとその力を広げた歴史上の画期もわかりました。
    一見地味で仁義なきこの時代を大河ドラマは実に面白くしていることがわかります。キャストの妙、人間くささやコミカルさがちりばめられて絶妙な脚本なのです。ドラマの方も気になってしまう、そんな書でした。
    それにしても「摂関政治」の藤原氏は、藤原氏出身の天皇が170年ぶりにでなかったために、荘園の権利を大きく失いその最盛期、道長の子頼通存命の時代に突如力を失ったことは意外でした。

  • 天皇中心の政権から以後約650年続く武家政権へと切り替わる日本史におけるターニングポイントでありながら、関ケ原合戦や幕末維新に比べ取り上げられる機会が少ないという、鎌倉時代史の専門家である著者の嘆きから始まり、「鎌倉時代の本なんか誰も読まない」と某出版社からは本書の企画はボツにされたという打ち明け話しで締めくくられる。歴史学者界隈では学者が一般向けの著作を出すことは低俗であるという認識の中、なんとかこの「承久の乱」とそこに至るまでの北条氏の鎌倉幕府政権誕生の面白さを広く伝えたいという思いから著された本書は、推測や想像で面白く盛った通俗的なものにならず、史料を元にした正確さを保ちながら、かつわかりやすく気軽に面白く読めるように書かれた会心の一冊となっていると思う。大河ドラマにも取り上げられず一般に馴染みがないからなぁ…という著者の忸怩たる思いは、この数年後「鎌倉殿の十三人」の大ヒットで報われることに。荘園という私有地で骨抜きとなった律令制が前提となり、天皇中心の政権であれ東国の武家たちであれ、その権力の元になるのは私有地の所有であり、この土地を武力で保全することがこの時代において権力者を権力者たらしめる。そういう中で源氏を根絶やしにし、他の有力御家人たちを次々と排除しトップに踊り出た東の北条義時と、あるべき天皇政権の理想を掲げ政治経済に通じおまけに武闘派でもあった西の後鳥羽上皇との覇権を賭けた戦いの面白さはまさに「鎌倉殿の十三人」の面白さであり、なんなら三谷幸喜さんこの本を読んであれを書いたんじゃない?とも思わせる(もっともあのドラマでも「承久の乱」自体はあまり大体的に描かれておらず、承久の乱が関ケ原の戦いとくらべ一般に興味が持たれないのは、戦自体がワンサイドゲームでつまらないからかなぁという著者の見立て通りとなっていて草)。源氏三代目の将軍の源実朝が自分で和歌集を編纂しちゃうくらいの文化人であり、後鳥羽院は彼を抱き込むことで、二重権力になっている武家政権を自らの権力構造下に支配し政権を再構成しようともくろむのだが、実朝の暗殺により事態が大きく変わってしまう。これによって後鳥羽院自らが承久の乱を起こしてしまうわけで、もし実朝が死んでいなかったら、なんとなく西と東の二重政権が続いていき、よもや敗戦処理の中で自分が島流しになり、以後天皇の後継者も武家が決めることになって完全に立場が逆転するような事態にはならなかったかも知れない。

    本書と関係ないが、百人一首の後鳥羽院の
    ”人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふ故に もの思ふ身は”
    は、武家の勢力が台頭してきた世の中がとても不愉快である(あぢきなく)と歌っていて、結局この9年後に承久の乱を起こすのだ。これが百人一首の99番目で、100番目が後鳥羽院の息子の順徳院で
    ”百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり”
    と今は没落の身となった貴族社会の栄華を懐かしむ歌となっている。
    脱線ついでに百人一首の93番目に源実朝の歌も選ばれていて、それが
    ”世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも”
    と、のどかな日常が永遠に変わらないで欲しいという歌だった。政権争いに巻き込まれた自分の身の境遇を歌っていたのだと思うと哀しい。してみると百人一首をまとめた藤原定家って、歌単体として優れたものだけを選んだのではなく、全体としてそこに貴族社会の総括というものを織り込み時代のうねりを表そうとしたんですね〜。

  • 藤原氏は鎌足・不比等の活躍のあと長い歳月をかけてライバルを失脚させ権力の座を不動のものにしました。これもえげつないと思いますが、鎌倉幕府において北条氏(時政・義時)がしてきたことの方がえげつない。短期間でライバルを根絶やしにして天皇家も屈服させて、権力を奪取します。土地の完全収奪を目指す殲滅戦を生き抜いてきた北条氏が相手では、いかに文武に秀でた後鳥羽上皇とて、かなう敵ではありませんでした。ちなみに「承久の変」って習いました。今は「承久の乱」と教わるのですか?

  • 朝廷中心の世を覆し、武士が優位に立った歴史の転換となる
    承久の乱。武士とは、鎌倉幕府とは、そして承久の乱に
    至った経緯とその後について、著者の考察を交え、解説する。
    第一章 「鎌倉幕府」とはどんな政権なのか
    第二章 北条時政の“将軍殺し”
    第三章 希代のカリスマ後鳥羽上皇の登場
    第四章 義時、鎌倉の「王」となる
    第五章 後鳥羽上皇の軍拡政策  第六章 実朝暗殺事件
    第七章 乱、起こる     第八章 後鳥羽上皇の敗因
    第九章 承久の乱がもたらしたもの
    現在の都道府県と旧国名、各章初めに略年表有り。

    大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」の後、承久の乱について
    知りたくなっての読書ですが平安時代後期から鎌倉時代、
    承久の乱へ至るまでの、歴史の流れと、武士と朝廷の状況に
    ついても、分かり易く解き明かしています。
    何はともあれ、土地!
    在地領主が守りたい土地、得たい土地。
    朝廷が入手するのも土地。経済の基盤たる荘園。
    武士の、武士による、武士のための政権を目指す、
    頼朝とその仲間たち。
    だが、将軍への権力集中や朝廷との関係の危うさから、
    元首としての将軍から象徴としての将軍へ。
    それは、御家人による御家人のための政治。
    仁義なき政争を制した北条義時と、その仲間たち。
    院政は天皇家の家長である上皇による政治。
    摂関政治が最盛期から急に衰退した理由も。
    朝廷中心の秩序と理念の実現のため、多くの荘園を支配するため、
    最高権力者「治天の君」後鳥羽上皇による軍拡政策。
    実朝を手の内に収めようとしたが、彼は暗殺されてしまう。
    そして両者が真っ向から対決する承久の乱へ。
    乱後の戦後処理は、武士の論理による処断で、貴族すら追放や
    処刑、そして天皇や上皇にも及ぶものでした。
    その後の朝廷と幕府の変化にまでも言及し、
    かなり面白く読み進めることができました。
    う~む、なんか更に他の承久の乱に関する歴史書や
    「吾妻鏡」も読んでみたくなってしまったぞ。

  • 『龍馬伝』以来、久々に放送を心待ちにしている
    大河ドラマ『鎌倉殿と13人』。

    平家を滅亡せしめ、いよいよ征夷大将軍に…という段階にたどり着いたというのに、義経追討の宣旨…そこに泰平さはなく、不穏な空気が漂う。

    ただ、これはあくまでも前半の山場。今後は頼朝急死後に繰り広げられる、濡れ衣・謀殺・暗殺…血で血を洗うサバイバルトーナメントが待ち構える。

    御家人の権力闘争となると大学受験の日本史程度の知識では歯が立たないので、承久の乱までの流れをより深く理解するべく中世史が専門の本郷先生の冴え渡る解説書を手に取った。

    さて鎌倉幕府というと、朝廷政治から武家政権への転回点。以後650年間、武士が政治を司る起点となった。その先駆者である源頼朝には政権奪取後の〈平時の手本〉がなかった。有事には頼りになる強者揃いであったが、いかんせん字の読み書きができない武装集団。

    そこで、行政事務を担う人材を求め、大江広元を筆頭に下級公家を片っ端からスカウトし、文官集団を組織し、統治力の整備に腐心。無手勝流に走らざるを得ないにもかかわらず、頼朝は政治家として現実課題に対処する、極めてプラグマティストな人であった。

    著者はその鎌倉幕府を指して〈源頼朝とその仲間たち〉と表現。絶対的味方がいない中での天下取りには、御家人との良好な関係づくりが必須。

    所謂『御恩と奉公』。いつの世も、土地をめぐる係争は同じ。豪族たちに〈ここはお前の土地だと安堵をしてやる〉。誰かが奪い取ろうとすれば、頼朝が時に武力を持って撃退する。代わりに、あいつを懲らしめるからすぐに来い!と言われれば駆けつけ、奉公に励む。あまりにも有名な、『いざ鎌倉』。

    本書を読んで驚いたのは、ドラマにみる北条義時の父親である北条時政の描かれ方。NHKの番宣では愛すべき田舎侍と紹介されているが、実際は何の何のとんでもない権力闘争に明け暮れた人であった。

    頼朝亡き後の〈13人による合議制〉を企図し、北条家台頭のきっかけを作るのはまだまだ序章。ライバルの有力御家人 梶原景時・比企一族を誅殺し、自らが殺害を命じておきながら実行犯を口封じで殺害なんて…どこを指して愛すべき人なのか。二代将軍 頼家の後継者問題においても周到な準備に整えるなど機を見るに敏な権謀術数の人であった。

    息子の義時も然り。現時点では人の痛みを理解する心優しき人物として描かれるが、史実では父親を追放するなど、時政顔負けの悪漢。ドラマでは三浦義村が義時に対して『おまえ、鎌倉殿に似てきたぞ』というくだりは今後変貌していく義時を示唆しているが、はたしてその変貌たるやいかなるものか…。

    源氏の棟梁といえども所詮流浪者。頼朝を一か八か担いだことから始まる時政・義時の権力闘争への旅路。突然、田舎侍の親子が歴史の表舞台に躍り出、覇者への階段を駆け上がる。

    朝廷から武家への歴史の転換点でもありながら、北条父子にとっては自身の運命が宿命と悟った時から始まる国盗り物語とも読める。

    頼朝の鎌倉入りから承久の乱までの41年間。その間の政治は〈頼朝とその仲間たち〉から〈義時のその仲間たち〉へと移り、承久の乱後はそれまでの血生臭さは一掃され、1世紀にわたり北条政権が本格稼働し、100年余りその地位を独占する。

    本書は平易に書かれた学術書だけど、壮大な叙事詩を読み終えた感がある一冊。

  • 純粋に面白かったです。
    ただ、やはり歴史書を唄うのであれば、史料と索引は必要かな。
    あと初心者向けなら、年表をまとめて、家系図があればよかったんですが。

  • 承久の乱にいたるまでの幕府の内幕というのが、いわば薄氷の上でバランスをとっていたかのよう。権謀術数というか、だれもが権力を握ろうとするドラマのよう。

  • 表題の承久の乱に関するトピックは後半から。前半はこの時代の政治、土地、主従関係などの社会全般について書かれており、これがおもしろい。

    ・鎌倉幕府は、江戸時代のように確固とした政治システムがあったわけではなく、「頼朝とその仲間たち」くらいの集団だったという説
    ・当時の社会は弱肉強食。朝廷の支配が及んでいたのは局所的かつ間接的という説
    ・自分の土地は自分で守らねばならない。関東では在地の武士が頼朝を中心に集まっただけという説
    ・当時の関東武士は朝廷と幕府の2つの主人がいる状況が普通にあったという説
    ・後鳥羽上皇は武勇にも学問にも優れ、傑出した存在だったという説

  • この本は本当に分かりやすく、おもしろい。後鳥羽上皇の目指すところと頼朝と、その仲間たち、その後の義時とその仲間たちが護りたかったところのギャップを浮き彫りにするための背景を遡って分かりやすく説明してくれている。本郷先生曰く、乱そのものではなく、そこに至るまでが非常に重要であることも納得。さらにはこの乱の結果の歴史的な意味、そして個人的には三上皇配流の説明が分かりやすくまとまっていて、この流れを他の資料を見ていたのだけど、よく分からず困っていたので目から鱗。またそちらの資料に戻ってみよう。

  • 大河ドラマは見ていないのですが実朝死去から北条家への権力の移り方を知らないな…と思い手に取りました。
    鎌倉側の力関係や制度、朝廷側の思惑等がとても分かりやすく書かれており一気に読めました。
    承久の乱以降、朝廷の力が弱くなり武士社会となった理由がよく分かりました。

  • 鎌倉幕府の成立から承久の乱までよくわかる

  • 2022/4/8 読了
     鎌倉幕府の政治史が読みやすく、わかりやすい表現になっている。頼朝誠治は駿河、伊豆、相模、武蔵の在地領主だけの"頼朝とその仲間たち"政権だ、朝廷は権威に頼るだけの権門主義政治だ、というわかりやすい例え。それが承久の乱の北条軍勝利で西国の荘園も義時の手に渡り、650年に及ぶ武士政権の礎になった、という話に納得。

  • 承久の乱といえば北条政子の演説により武士団が結束して勝利を掴んだという話ばかり印象に残るが、実は乱に至るまでのに権謀術数が非常に面白いと認識させてくれた。また、鎌倉幕府の本質は土地の安堵の保証で結びついた頼朝とその仲間達であるとの指摘も腑に落ちるものでした。本郷先生は、鎌倉時代の専門家でもあり、実にノリノリで書いておられるのがわかる。

  • テレビによく登場される本郷先生の本はこれまで読んだことなかったのだが、2021年は「承久の乱」からちょうど800年。再来年の大河ドラマも三谷幸喜脚本の『鎌倉殿の13人』が決定ということで、読んでみた。

    武士の時代の本格的幕開けを告げる画期となった「承久の乱」だが、普通はあまり注目されない事件。後鳥羽上皇が鎌倉幕府を倒そうと挙兵。北条政子が鎌倉武士たちに檄を飛ばすシーンが何となく頭に浮かぶ程度であった。

    本書はそのあまり馴染みのない「承久の乱」について、「東国国家論」(佐藤進一)説に近い立場から、「在地領主 vs.朝廷支配」の構図から明快に解説している。語り口は平易でありながら、重要なポイントはきちんと押さえられている印象。

    たとえば、著者は「鎌倉幕府」なるものは存在しなかったと言い切る。あったのは、「源頼朝とその仲間たち」や「北条義時とその仲間たち」といった存在。その中における闘争で勝ち残ったのが、北条義時であった。

    ほかにも謎の多い源実朝が暗殺された理由も説得的な説明であったし、後鳥羽上皇が文武に秀でて経済力があったにもかかわらず、完敗した理由もよくわかったように思う。

    著者は日本社会は、「地位より人」が日本の歴史を貫徹する原理だという(99ページ)。とくにこの時期は院政というルールにない権力が重要な時代。この点の指摘は重要だと思われる。

    国家構想については、後鳥羽上皇の「権威のピラミッド」vs.北条義時の「対面型主従関係」の対立に収斂し、その後、ながく日本史を規定していく。明治時代には「王政復古」となるわけであるが、幕末の朝幕関係から明治期の天皇主権時代への変化も、承久の乱あたりから考えてみるのも面白いかもしれない。

    取りあえず、次は中公新書の坂井孝一『承久の乱』を読もうかと思う。

  • 個人的には、この「承久の乱(自分は「変」と習った世代w)」と「応仁の乱」の二つが、誰でもその名称を知っているのに、どんなことが起きたのか、具体的なことはほとんどの人が説明できない日本史の二大事件だと思っている。
    「壬申の乱」もそれに近いのかなーと思うのだけれど、古代史はあまり興味ないのでとりあえずそれはいいw

    ただ、こうして「承久の乱」として書かれた本を読んでみると、「承久の乱」って、「乱」そのものは(歴史的な影響は別として)そんな大きな事件でもなく、また、それこそ「応仁の乱」のような複雑な話でもなかったんだなーと。
    というのも、これは別に自慢でもなんでもなく、正直な感想なのだが、この本に書かれていたことって、ほぼ知っていたのだ。
    もちろん、乱に直接関わったのが、推定で鎌倉側が1万数千騎。朝廷側が1700騎みたいな細かいことや、朝廷側の兵は、守護が大番役として都の警護させていた者たちだけだった(著者の推測)みたいなことまでは知らない。
    でも、「瀬田の戦い」で朝廷側が橋の板を外しちゃったこととか、「宇治川の戦い」での北条泰時と家臣の会話とか。
    あと、「承久の乱」のクライマックスともいうべき、北条政子が御家人を前に演説する場面って、実は安達景盛を通してだったとかも、この本を読んでみれば、「あー、そうそう。そうだったよね」みたいな。
    いや、それが安達景盛という人だったとまではおぼえてなかったけどw

    それは、「乱」以前の、鎌倉幕府をめぐる様々な出来事や内幕についても同じで。
    読みながら、この辺は結構知ってたなーという感じだったんだけど、なんだろう?
    ずいぶん前に『逆説の日本史』の鎌倉幕府編を読んだ時、あまりに面白くて、鎌倉時代の歴史ついて書かれた本を2冊くらい読んだから、その記憶なのかな?
    ていうか、大河ドラマの「草燃える」は子供の頃見ていたから、その記憶もあるんだろう。
    「草燃える」は凄惨な話のオンパレードで(だって、鎌倉時代だw)、子供心にもウンザリなドラマだったけど、この本を読んでみると、意外と史実に沿っていた(この本とそんなに違和感がないという意味で)んだなーと、今さら感心した。
    (ま、「草燃える」は娯楽目的のドラマだから、北条政子は御家人たちを前に直接演説ぶってたけどw)
    そういう意味じゃ、昔の大河ドラマって、今みたいに視聴率至上でつくられてないせいなのか、視聴者に媚びた部分が少なくてよかったなぁー。

    ……と、この前に読んだ『関ケ原合戦は「作り話」だったのか』と比べて、やけに感想が少ないのだがw、それはこの本が面白くなかったということではなく、読んで納得してしまったからということが大きいと思う。
    いや、だからって『関ケ原合戦は「作り話」だったのか』は納得しなかったというわけでは全然ないのだがw、そこは一般読者が読む「新書」なんだから。一般読者にちょっとは媚びて書いてよ、と思うのだ(爆)
    (ま、大河ドラマの方は、視聴者に媚びない方が面白くなると思うけどねw)

    著者は、あとがきで「ちゃんとした日本史の本を出すことはなかなか難しい」云々と書いているが、そういう意味では、教科書のように出来事がこま切れで出てくるのでなく、流れと因果関係がわかるようになって、よかったと思う。
    ただ、それは「承久の乱」だったから、という面もあるような気もしないでもないでもない…、のかな?(爆)
    冗談はともかく、鎌倉時代は無茶苦茶面白いのに、そのくせあまり詳しくは知らなかったりするので、また次を期待!

  • 平成天皇が上皇になり、めでたく令和になりました。
    もし「上皇」という言葉に「心」があったら
    「やれやれ、穏やかで良いお方がなってくれてよかったぜ。」
    と思っているのでは。

    〈大昔の天皇、当時は大王(オオキミ)と呼ばれていた人たちは、自ら兵を率いて各地の豪族を平らげヤマト朝廷の基礎を作ってきました。そもそも天皇とは最強の武人だったのです。しかし、時代が下るにしたがって、武人の側面は失われつつありました。そこに突如として現れたのが後鳥羽上皇だったのです。〉

    たった一か月で勝敗がついた承久の乱。
    その根本的な原因を本郷和人さんは次のように考えます。
    〈後鳥羽上皇に代表される朝廷の国家像と、北条義時に代表される在地領主の国家像の違いです〉

    そういえば前に読んだ佐藤優さんの『「日本」論』という本に、いまでも隠岐島で後鳥羽上皇の墓の世話をしつづけているかたのお話が載っていました。
    闘いで敗れると簡単に殺されてしまう人がたくさんいる時代、後鳥羽上皇は流された島で大事にされていたのでしょうか。

    源頼朝が幕府をつくったのに、いつのまにか北条氏が力を握っていた鎌倉時代。
    また私の大好きな鶴岡八幡宮に実朝が暗殺された場所というのがあります。
    ずーっとわけわからなかったいろいろなことが
    この本を読んですごくわかりました。
    とても面白かった!!

  • よみやすい

  • 承久の乱そのものよりも乱に至るまでの鎌倉や朝廷の情勢に重点がおかれている。源平の合戦後の梶原景時や比企能員の粛清や頼家や実朝の殺害など興味がある内容で面白かった。テレビで歴史の解説としているときのように分かりやすい内容で楽しめた。昔授業で教えてもらったのとはだいぶ変わっているんだな~。色々意外な内容もあったし良かったな。

  • 承久の乱とは、いったい何であったのか。

    本書を読むと、時代の潮目がどのように変わっていったのかが、実に鮮やかに浮かび上がってくる。この戦いによって、朝廷と幕府の関係は決定的な転換を迎えた。

    すなわち、それまで名目的には朝廷が頂点にあった政治構造は大きく揺らぎ、以後は鎌倉幕府を中心とする武士の力が、実質的な統治の中核を担うようになる。

    こうして明治維新に至るまでのおよそ650年、日本は武士が支配する時代へと入っていったのである。

  • まず「幕府」という用語が使われるようになったのは明治時代からという説明に驚き。「武士が天皇を倒す」というまさに「日本史のターニングポイント」がどのようなものであったのか、その背景・経緯・理由を、わかりやすくかつ面白く解説している。

全62件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

本郷 和人
東京大学史料編纂所教授、博士(文学)。専門は日本中世政治史。1960年、東京都生まれ。東京大学文学部国史学科を卒業後、同史料編纂所に入所し『大日本史料』第5編の編纂にあたる。同大学院情報学環准教授を経て、現職。『東大生に教える日本史』(文藝春秋)、『戦国史のミカタ』(祥伝社)、『NHK高校講座 日本史』(NHK Eテレ)、『謎解き! 伝説のミステリー』(テレビ朝日系)など、著書・テレビ出演多数。NHK大河ドラマ『平清盛』をはじめ、ドラマ、漫画、ゲームの時代考証にも携わるなど、歴史の魅力・面白さを積極的に発信し続けている。

「2025年 『図解 豊臣秀長』 で使われていた紹介文から引用しています。」

本郷和人の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×