天才と発達障害 (文春新書)

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  • 文藝春秋 (2019年4月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784166612123

作品紹介・あらすじ

アインシュタイン、モーツァルト、ヴィトゲンシュタイン、南方熊楠、芥川龍之介……
「異脳の人」を殺さないための処方箋を明かす!

本書は、「創造」「才能」がいったいどのようにして生まれてくるのかを、誰もが知る天才たちを具体的に挙げながら、精神医学的見地から解き明かす作品である。
歴史上の天才たちには、精神疾患の傾向がみられることが多い。これは数々の医学的データから明らかになっている。
たとえば音楽の天才モーツァルトは、明らかに発達障害(ADHD:注意欠如多動性障害)の特徴があった。落ち着きない動作、「空気」を読まない所作などで周囲から嫌がられた。一方、創作に入ると「過剰な集中力」を示し、素晴らしい作品を瞬く間に書き上げた。
物理学の歴史を変えたアインシュタインは、ASD(自閉症スペクトラム)の症状を示していた。他者とのコミュニケーションに障害を抱え、言葉の発達も遅れていた。しかし、飛び抜けた数理的洞察力によって、古典的物理学の常識を覆す理論を打ち立てた。
発達障害の患者のなかには、映像記憶(一度見たものは、写真を撮ったように丸暗記できる能力)、共感覚(数字を見ると脳内に音楽が流れる、音楽を聴くと匂いを感じるなど)、特異な計算能力(何万桁もの暗算を瞬時におこなうなど)といった天才も多い。
著者は、発達障害には「マインド・ワンダリング」(いわゆる「心ここにあらず」の状態)、そして「過剰な集中」という2つの特性があることを指摘。そして、相反するこの2つの特性が、天才の特異な能力と密接に結びついているという仮説を提示する。
そして、「才能をもつ子供や若者をいかに殺さずに育てるか?」というテーマについて、日本社会が取り組むべき解決策を提案する。
発達障害に悩む親や本人にとっても福音となる作品だ。

感想・レビュー・書評

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  • 世界の古今の「天才」からその特性を探っていく。天才は異能の持ち主で、単に秀才で能力の高い人とは違う。「天才」は傑出した才能の持ち主。だけど孤独であったり破滅と背中合わせだったり、一言で言うならもう、壮絶。波乱万丈。時代を切り開くほどの業績を残しながら、燃え尽きるように消えていく。天才はある意味極端な例だけれど、予測困難で答えのない現代、異能を持つ人はますます求められている。もっとサポートされないといけないし、特別な教育も必要なのかもしれない。
    また、ADHD、ASD、LDなど数々の特性が顕在化するなかで、これらにかすりもしない人が一体どれ位いるのだろう?
    やはり、これからは少人数で、特性にあったカリキュラムを一人ひとりが受けられるようにしていく時代に向かっていくのだろうと思う。その点、移民や多民族であったりする外国は多様性が前提としてあり、進んでいる面があるのかもしれない。日本の高い文化と知性ある国民性をうまく融合していけたらと思った。

  • 途中で読むのをやめました。

    伝記を読んだ著者の感想を発達障害の視点でまとめた(というか単に列挙した)に過ぎないと感じました。

  • 野口英世、南方熊楠、モーツアルト、マーク・トウェイン、ヴィトゲンシュタイン、山下清、大村益次郎、ダーウィン、アインシュタイン、ドイル、サティ、ヘミングウェイ、チャーチル、ルーズベルト、夏目漱石、芥川龍之介、サリンジャー、中原中也、エリック・クラプトン、フレディ・マーキュリー。。。

    本書で、ADHD, ASD、うつ病、統合失調症として紹介された人々のエピソードが満載でした。人類の歴史や科学、芸術の発展に寄与したこれらの人々が、平均的性格傾向から、程度の差はあれ解離していたという事実に、大きな業績を生むにはある意味、その心的風景も並外れていることが求められているのか、という印象も持ちました。

    セレンディピティというのは、拡散思考のADHDの人が感応しやすい、と書かれており、創造性と発達障害(ADHD)の相性の良さについても認識を改めました。

  • 岩波明『天才と発達障害』を読み終わった。岩波氏の著書は過去に『精神医療の現実』を読んだことがある。
    本書で取り上げる発達障害はADHD(注意欠如多動症)とASD(自閉スペクトラム症)の2つであり、これらと天才性の関係性について述べている。
    発達障害と天才性の関係で有名なのはサヴァン症候群だが、彼らがどういうメカニズムで特定分野への驚異的な能力を示すのかはわかっていない。
    同様に、ADHDやASDと天才性の関係性についても明らかになっていないが、それに関する過去の研究を参照しつつ、偉人たちがADHDやASDであった事例を紹介している。
    例えば、ヴィトゲンシュタイン(1889-1951)。彼は明らかにASDであった。彼の代表的な論文『論理哲学論考』は第一次世界大戦の従軍中に記したメモをまとめたものである。従軍中に論理哲学について考えていたということだけでも異能の人物であることがよくわかる。
    ADHDやASDの人は学校教育にはなじまないことが多いが、その中にいる天才を社会が殺してはならない。彼らをどう育てるかが大事な点である。

  • 勉強も兼ねて読んでみました。

    ずば抜けた才能があるだけでなく、それを存分に発揮できてしまう特徴も持ち合わせているのかと考えました。

    ただ、一回読んだだけでは、内容を飲み込めた感じが足りないので、また読んでみようと思います。

  • 勉強のために読んだが、途中から面白くて、娯楽的に読めてしまった。

  • 多くの事例から、いわゆる天才とされる方々に内包される精神的な症例に対して目を向ける書。タイトルからある種の重さを予感していましたが、思ったよりも(?)軽く読み進めることができました。最後にあるインクルージョン(包摂)が印象的でした。

  • なんでもかんでも発達障害と関連して
    述べているような感じもしましたが。
    発達障害をベースに独自性をもった人たちにやさしい
    寛容性のある世間になってほしいと改めて、読んで思いました。また自分もそうでありたいと思います。

  • どんな天才と呼ばれる人がいたか、どう生きてきたか、どう思われてたかという話

  • 私には天才を理解する事はもちろん、その才能を伸ばすどころか、見つける事も出来ないと思う。

  • 夏目漱石、芥川龍之介、中原中也、アインシュタインなど歴史上の偉人を発達障害の視点で分析されていた。我が子も発達障害グレー児だが、最終章の日本の教育の中でそういった子達をどう扱うのか?というお話に感銘を受けた。個々の才能を正しく評価するというのは、親でも難しい。自分とは全く違う考え方の我が子を正しく理解することすらできていないのに、それを社会に求めるのは時間もお金もかかる。イスラエルのように個々に対応した教育がなされるなら、救われる子供たちもいると思う。歴史に名を残す代わりに破滅的な人生を送ってもらいたいわけではない。我が子には、自分らしい才能を発揮した人生を送った結果、誰かや社会の役に立つような人になって欲しい。どんな特性を持っていても輝ける教育現場や社会を作っていくべきだと考えさせられた。

  • 発達障害の特性が天才を生み出しやすいという構造、相関はあると思った。
    あらゆる分野の天才のADHDエピソードがあり、その異質性がまさに天才性を物語っていた。
    天才とは何か、という天才の定義において、相対的に異質である存在、トリックスターのような存在という意味で、同じような特性を持つ発達障害の方には物凄い可能性が秘められていると思った。

  • NHKの朝ドラ『らんまん』で牧野富太郎に関心を持ち(小学校の教科書に載っていた人物とのことだが、まったく記憶にない)、朝井まかての『ボタニカ』を読んだ。「類稀なる天才だけど、人間としてどーなのよ!」と思い、本書を手にした。

    本書で、天才の能力が何らかの発達障害と結びついていることを知り、牧野富太郎について理解が深まった。確かに、映画『アマデウス』で描かれたモーツァルトも奇人であったし、テレビドラマ『風よあらしよ』で描かれた伊藤野枝も非常にエキセントリックであった。

    (私は、サリンジャーの作品を読んだことはないが)著者は、作品の内容を精神医学の視点から読解しているが、味気無いと思った。著者は次のように書いている:サリンジャーの研究科によれば、(中略)しかし、このような解釈は納得のいくものではない。

    著者が言いたいことは、最終章「誰が才能を殺すのか?」にあり、日本社会の多様性のなさ、不寛容を問題視しており、仰る通りだと思う。ただ、『ボタニカ』の感想にも書いたように、こうした人たちとは関わり合いになりたくない、というのが正直なところ。

    朝ドラをきっかけに精神医学を勉強することになるとは!

  • 天才と馬鹿は紙一重と言われる。後世に偉大なる人物として名を残す政治家、文学者、芸術家、科学者たちが、社会から異端とされながらも大きな実績・成果を残してきた事実、その背景について精神面の研究と照らし合わせていく内容。
    大半の人が自分にもそう言う面があると考えるうつ病や、幼い頃を振り返ると何処か当てはまる時があったなと感じるADHDやASD。
    小さい頃は突然授業中に奇声を上げたり、変顔をしながら異常なハイテンションで周囲に話かけてた自分の事を未だ鮮明に覚えてる。現在の私は天才でも優れたビジネスマンでも何でもない人間(普通だと思っている)なのだが。そんな幼い頃がダメだったかと言えば、両親の教育のせい?でテストは100点以外とったこともなく、運動会のリレーのアンカーは不動、学級委員にも毎回選ばれたりはしてた。高校までがピークで大学時代はほぼ若年時代の活力はほぼ使い切っていたには等しい。何事にも「適当、興味無し」だった。
    本書を読んで感じられるのは、人間誰しも生きている間の、能力の発展や情熱を捧げられる総容量(キャパシティ)は凡そ同じくらいであり、それが山型の二次関数の曲線の様に人生の長いスパンの何処かで頂点が来るのではないかと思う。ある人はごく短期間に極めて高い位置まで届くが以降は低迷したり、またある人は緩やかに上がって徐々に加工するといった具合。タイミングや度合いによっては運悪く精神疾患の診断を受けるのだが。要は山の描き方を緩やかにできるか、歯止めが効かず何処までも上り詰めるかの違い。
    私も過去に仕事で天才的なマネジメントをする方に出会った事があるが、発想も判断力も気付きも何もかもが全て超人的と感じた。一度会議が始まると朝まで怒鳴り散らす事もザラ。一方で会議中は虚ろな目でぼーっとしたり目を閉じて(恐らくは)眠ってしまう事もあった(そう言う時に限ってズバリ突っ込まれたくない部分をいきなり指摘もしてくる)。
    読みながら何度も身の回りにいたその様な人達、自分の過去も照らし合わせて、もしかしたら自分もちょっとは天賦の才があったかも?使いどころを間違ったかも?と妄想しながら読める。面白い!

  • 2019I218 141.18/I
    配架場所:C3

  • ・同氏の「発達障害(2017)」を、疾患者と思われる著名人の症状、生活に焦点をあてた読み物。以下、発見
     #マインドワンダリング(現在行っている課題や活動から注意がそれて、無関係な事柄についての思考が生起する現象)は創造性と関連がある(拡散的思考には、思考の流暢性(発想の数の多さ)、柔軟性、独自性につながる要因が関連しているという研究)。そしてマインドワンダリングはADHD、躁鬱など精神疾患と関連性が高いとの報告
     #ADHD:野口英世(人間発電機、借金魔)、南方熊楠(異常な記憶力、癇癪持)、モーツァルト(傲慢、借金魔)、黒柳徹子。
      静かなデスクワークは苦手(特にマルチタスクは混乱)。自分の裁量で仕事を企画し、自分のペースで作業するのが向いている。
     #ASD:山下清、大村益次郎、ダーウィン、アインシュタイン、ヴィトゲンシュタイン、サティ、コナンドイル、江戸川乱歩
      黙々と定型的作業継続が得意だが、途中で話しかけられたり、新しく指示されると混乱しやすいため、比較的変化の少ない事務仕事が向いている。
      軽症自閉症やアスペルガー症候群に伴うサヴァン症候群の報告あり

  • 天才育成機関ってなんか唆られるものがあるよね。

  • ■感想:
    この本の内容のほとんど(6章中5章分)が過去の偉人や天才と呼ばれる人物を挙げて「天才は、何らかの発達障害や精神疾患と結びついていることが多い」ということをつらつら書かれている。
    Ex)野口英世やモーツァルトは浪費癖があった。これはADHDの特性の一つ(衝動性の症状)。

    んー新しい発見はないかな?と思っていたら最終章にて、天才を殺す社会について述べられいた。イスラエルやアメリカでは国をあげて「才能の育成」(天才の保護育成)に力を入れているらしい。

    一方、日本の教育システムや日本社会は平均を重んじる傾向にある。今後、国民の平均点の向上に重きを置いた教育システムの抜本的な変革、様々な子どもに対応できる個別指導態勢の確率が求められる。

    最近色んな本を読むと日本の教育システムが問題、時代遅れなのは自明と結論付けられているのに、何故変わらないのだろう?というか誰が変えるの?という疑問が浮かぶ。


    ■メモ:
    ・真の天才とは優等生ではなく、不穏分子である。
    →一般社会からは扱いにくい異物として目を背けられやすく、社会から意識的に排除されやすい。

    ・知能と創造性は別モノ。

    ・創造に必要な条件:
    ①独創性
    -未知の関係性の解明、物事に対する新しい視点など
    ②有用性/汎用性
    -社会に恩恵をもたらす 

  • ■マインド・ワンダリングとは現在行っている課題や活動から注意がそれて無関係な事柄についての思考が生起する現象のこと。人間は目が覚めている時間のうち約30~50%を「心ここにあらず」の状態で過ごしているという指摘もある。
    ■マインド・ワンダリングは意識的なものと無意識的なものに大別される。その内容や広がりも、時間(未来、現在、過去)自己との関連性、モダリティ(言語、映像)などで分類され多様なものが含まれる。
    ■過去の多くの研究ではマインド・ワンダリングについてはネガティブな影響が強調され否定的にとらえられていたが最近になってポジティブな側面が注目を集めている。その代表的なものがマインド・ワンダリングと創造性との関連である。
    ・拡散的思考(発散的思考)が創造性における重要な要素
    ・拡散的思考とは新しいアイデアを多く生み出していく思考方法
    ・拡散的思考には思考の流暢性(発想の数の多さ)、柔軟性(発想の多様さや柔軟さ)、独自性(発想の非凡さや稀さ)など、創造性につながる要因が関連していることが明らかになっている
    ・拡散的思考の対極にあるのが、既知の情報から論理的に思考や推論を進めていき正解に到達しようとする「収束的思考」
    ・拡散的思考は既知の情報を元にしながら様々な方向に考えを巡らせてまったく新しいアイデアを生み出そうとする。一つの正解を求める収束的思考と異なり、自由な発想によって無限にアイデアを膨らませていく想像力が必要となる
    ■ランゲ=アイヒバウムによる「天才」の本質
    ①たいていの天才は精神病者ではなくて精神病質者である。
    ⓶こうした精神病質者の天才は内面的に分裂した心を持ち、緊張した神経質かそれとも神経症的である。
    ③精神病質であると同時に何かの麻薬中毒であることが多く、たやすく一過性の精神病になった経験を持っている。
    ④精神病質の基盤の上に極端な精神的例外状態を示すものが多い。心内沈潜、放心、幸福感、創作陶酔、法悦感、霊感の横溢、回心の危機など、このような状態はしばしば誤って「狂気」と周りから思われる。
    ⑤本当に精神病が出現した場合でも精神病的障害と生産的創作との間にいつも原因的な関連が成り立っているとは限らない。時間的に一致したということさえないことがよくある。

  • 創造性、独創性が高い天才たちの多くには発達障害と思わられる性質があった。
    ADHDや自閉症。鬱病や統合失調症らしき人もいた。
    しかし世間では、特に日本では常人から逸脱した人は排除されがち。
    この世界は才能ある人たちにとって生きずら過ぎるかも。

    天才たちのエピソードが単純に面白いので楽しく読める。
    個人的に島倉伊之助さんのエピソード好き。

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著者プロフィール

昭和大学医学部精神医学講座主任教授

「2023年 『これ一冊で大人の発達障害がわかる本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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