知の旅は終わらない 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと (文春新書)

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 50
  • Amazon.co.jp ・本 (415ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784166612475

作品紹介・あらすじ

立花隆を要約するのは非常に困難である。まさに万夫不当にして前人未踏の仕事の山だからだ。時の最高権力者を退陣に追い込んだ74年の「田中角栄研究ーその金脈と人脈」は氏の業績の筆頭として常に語られるが、ほぼ同時進行していた『日本共産党の研究』で左翼陣営に与えた激震はそれ以上のものがある。『宇宙からの帰還』にはじまるサイエンスものでは、『サル学の現在』でサルと人間に細かく分け入り、『精神と物質 分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』でノーベル賞科学者の利根川進に綿密な取材を施し、『脳死』では安易な脳死判定基準に鋭く切り込んだ。科学を立花ほど非科学者の下に届けてくれた書き手はいない。浩瀚な書物である『ロッキード裁判とその時代』『巨悪vs言論』『天皇と東大』『武満徹・音楽創造への旅』は余人の及ばない仕事であり、また旅を語っても、哲学、キリスト教、書物を論じても冠絶しておもしろい。立花隆はどのようにして出来上がったのか、そして何をしてきたのかーー。それに迫るべくして、彼の記憶の原初の北京時代から、悩み多き青春期、中東や地中海の旅に明け暮れた青年期、膀胱がんを罹患し、死がこわくなくなった現在までを縦横無尽に語りつくしたのが本書である。彼が成し遂げた広範な仕事の足跡をたどることは、同時代人として必須なのではないだろうか。

感想・レビュー・書評

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  • ◆「負けてたまるか」気迫の原点
    [評]木俣正剛(きまた・せいごう)(元文芸春秋編集長)
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/3470

    文春新書『知の旅は終わらない 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと』立花隆 | 新書 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166612475

  • 立花隆の〝語り下ろし自叙伝〟である。
    編集者(?)のインタビューに答える形で、生い立ちから現在までがほぼ時系列順にたどられていく。
    面白くて400ページ超を一気読み。

    立花の旧著『ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊』(2007年)にも、これまでの仕事を概観するロングインタビューが収録されていた。
    それは例の「ネコビル」(立花の仕事場)内部を立花と一緒に見て回り、膨大な蔵書を眺めながらそれらの本にまつわる仕事の思い出を聞いていく……というものだった。

    このインタビューもかなり面白かったが、本書はそれを大幅に拡大した内容となっている。
    『ぼくの血となり~』のインタビューに出てくる話も多いが、その場合にも本書のほうがより詳細に語られている。

    今回は生い立ちからじっくり語られているから、立花の精神形成史が理解できるし、物書きになってからの記述は主要作品の「メイキングオブ」として読むこともできる。

    田中角栄との攻防をめぐる裏話など、驚愕のエピソードもちりばめられている。

    たとえば、豊田商事会長刺殺事件の主犯は田中角栄に心酔しており、事件のはるか前、角栄を批判した立花に恐喝まがいの電話をかけてきたそうだ。

    また、立花が『日本共産党の研究』を書いていたころ、取材スタッフの中に共産党から送り込まれたスパイが一人いた(!)ことが、あとでわかったという。

    ……そのようなエピソードを知るだけでも面白い。

    また、随所で立花がポロッと深い言葉を口にする。たとえば――。

    《人間の知的な営みについてひとこといっておくと、人間はすべて実体験というものが先なんです。これは何だろうという驚きがまずあって、それを理解したいから、本を読んだり、考えたりするんです。これは外国文化だけの話ではありません。ひとつの文化体系を本で読むことだけで勉強しようとしても、基本的には無理なんです。それはとても勉強しきれるものではない。ある文化体系を理解しようと思ったら、そこに飛び込んでその中に身を置いてしまうしかないんですね。
     理解とは、百科全書的な知識をただ自分の頭の中に移し替えて獲得できるという性格のものではないということです。自分の全存在をその中に置いたときに、はじめて見えてくるものがある。あるひとりの人が、ある具体的な人間存在として、あるときある場所で、ある具体的な世界を見ている。そういう具体的な事実関係抜きの認識なんてない》

    この言葉に象徴されるような思索的深みもあり、読ませる本である。

  • 一気に読んだ。
    世界一周旅行を終えたような読後感。
    (したことないけど.....笑)

    元気が出る。

    この世には、知らないことばかり。

  • 4月30日にNHKスペシャル「立花隆 最後の旅~知の巨人は何を遺したのか~」を見た。それは立花隆が死んで1年経ったドキュメントだった。最後の終い方には、立花隆らしいと思った。「本は全て古本屋へ。遺体はゴミとして捨ててくれ」ということだった。その中で、立花隆が「見当識」(自分たちは何者か。どこからきて、今どこにいて、どこへいくのか?)を持っていたという。知には限界がない。勉強が大好きで、自分のことは勉強屋さんだと思うという。宇宙と地球、人間とサル、精神と物質、生と死。常にその境界を追及していた。
    人間はなんのために生きているのか?死ぬためだ。
    死を迎えたときに。ありがとうと感謝が言えること。
    がんの探求の中で、筑紫哲也が死んだときを回想する時に、立花隆が涙する。
    死すべき運命を自覚する。いくつもの生命に支えられ、生命連環体であり、生命連続体という。
    猫ビルの本棚の空っぽになったシーンに、何か無常なるものを感じた。いい番組だった。
    立花隆の本は、『アポロ奇跡の生還』『宇宙からの帰還』『精神と物質』が好きだった。
    最近立花隆の本を読んでいないなぁと思って、本書『知の旅は終わらない』を読んだ。
    立花隆の自分史だった。その時々の中心的な出会いと自分の変化が客観的に見られていて興味がそそられ、一気に読むことができた。うーん。立花隆って、こんな奴だったのか。
    立花隆は、猫ビルのうずたかく積まれた本の中に生息する人物というイメージが強い。
    この本を読みながら、まさに知的好奇心が旺盛なこと、人が読まない本を読んでいる。語学も習得する努力をして、原文で読む。なるほど、思想があった本に接しているのだ。
    長崎生まれ、小学1年生の時にはIQテストで1番となる。模擬試験では全国1位だったという。よくできた子だったんだ。それに実によく本を読んでいる。東大生の時に、原水爆反対の運動に参加し、ロンドンの「国際学生青年核軍縮会議」に、カンパを集めて参加して、ヨーロッパを半年めぐる。
    学生の頃から、行動力があった。そして、お金がないので、美術館、博物館を見て回ったという。
    共産党系の人が、ソ連の核兵器は平和のためにあると主張すると、反共産党系の人が、持つべきではないと激論になったという。「核抑止力」という問題は、その当時から論議していた。ある意味では、今回のロシアのウクライナ侵攻によって、核抑止力はいかにもインチキくさい。抜け駆けありの世界だった。やはり、核兵器廃絶が基本だと思う。
     立花隆は、キリスト教が非常に複雑な背景があり、土着宗教であるという。そんなものかもしれない。日本の真言密教の護摩のような儀式もする。青春期に、世界を見て回理、話し合いをしたことが、思想的な重層性を作ったのだ。卒論は、メーヌ・ド・ビラン(1766〜1824)デカルトの「我思うゆえに我あり」を否定して、「我意欲すゆえに我あり」をとなえた人の研究。さすが!
     それで、週刊文春の編集部に就職する。物書きの訓練を受けて、再び東大に学士入学をする。
    『記号論理学』のヴィトケンシュタインに衝撃を受ける。
    フリーのライターとして、記事を書く生活の中で、「田中角栄研究」が始まる。
    その後の活躍は、大体見えていた。それにしても、香月泰男と武満徹に入れ込んでいたとはね。
    この本を読みながら、その時代の中で表象した事件を追いながら、その底流を見つめようとする姿勢は、学ぶべきものがある。

  • 立花隆が自身の人生を振り返った自伝。私の人生にも大きな影響を与えてくれた著者が、どのような人生を歩んできたのかは非常に興味があった。
    最初に著者の作品と出会ったのは高校時代に病気で入院して落ち込んでいた時に、仲の良かった先生から借りた「宇宙からの帰還」であった。天文学を志望していたこともあり、本書によってさらにその気持ちが高まり、病気に負けずに受験に立ち向かうことができ、このタイミングで入院となってしまった自分の人生を恨んでいたが、人生観をも考え直すきっかけを与えてくれた。
    その後も著者の作品をいくつか手に取ってきたが、正直なぜ多岐に渡るジャンルの本を書いているのか疑問に思ったこともあった。
    しかし、本書を読むことで著者の中では大きな流れの中で、それらの作品は繋がっており、さらに一つの作品を作り上げるのに膨大な情報を収集していることに今更ながらに驚かされた。
    まさに「知の巨人」の名にふさわしい人物であり、未だに新たな作品への取り組みを構想していることに驚かされた。
    以下は本書で特に気になった個所の抜粋である。

    ------------------------------
    ・「ドストエフスキーの世界観」は、ベルジャーエフがドストエフスキーを、小説家というよりも「偉大な思想家、偉大な予言者、ロシア最大の形而上学者」ととらえ、「その精神の底を極める」ことを目指して書いた本で、それ自体が一つの哲学書でした。(中略)ベルジャーエフを知ったことで、物事を考えるスケールが全く変わりました。

    ・人間の知的な営みについてひとこといっておくと、人間は全て実体験というものが先なんです。これは何だろうという驚きがまずあって、それを理解したいから、本を読んだり、考えたりするんです。ひとつの文化体系を本で読むことだけで勉強しようとしても、基本的には無理なんです。それはとても勉強しきれるものではない。ある文化体系を理解しようと思ったら、そこに飛び込んでその中に身を置いてしまうしかないんです。

    ・読まないと文章は書けない。まず消費者にならないと、ちゃんとした生産者にはなれない。それから、文が鵜を経ないで精神形成をした人は、どうしても物の見方が浅い。物事の理解が図式的になりがちなんじゃないかな。文学というのは、最初に表に見えたものが、裏返すと違うように見えてきて、もう一回裏返すとまた違って見えてくるという世界でしょう。表面だけでは見えないものを見ていくのが文学ですから。

    ・小説ばかりでなくノンフィクションも読む必要がある。「世界ノンフィクション全集(全50巻)」はノンフィクションの歴史に残る傑作中の傑作が多い。

    ・人間の肉体は、結局、その人が過去に食べたもので構成されているように、人間の知性は、その人の脳が過去に食べた知的食物によって構成されているのだし、人間の感性は、その人のハートが過去に食べた感性の食べ物によって構成されているのです。全ての人の現在は、結局、その人が過去に経験したことの集大成としてある。
    ・人間存在をこのようなものとしてとらえるとき、その人の全ての形成要因として旅の持つ意味の大きさが分かってきます。
    ・旅は日常性からの脱却そのものだから、その過程で得られた全ての刺激がノヴェルティ(新奇さ)の要素を持ち、記憶されると同時に、その人の個性と知情意のシステムにユニークな刻印を刻んでいきます。旅で経験する全てのことがその人を変えていく。その人を作り直していく。旅の前と旅の後では、その人は同じ人ではありえないのです。

    ・いい言論にも悪い言論にもおなじような存在価値があります。だから言論の自由は無差別に守られる必要がある。これが言論の自由を守る意義の根幹にある真理なのです。

  • 読み・書き・話し・きく(聞く、聴く、訊く)という日常的なインプット、アウトプットスキルの全てが強靭的なレベルであるのはよくわかる。読み切り、書き切り、話し切り、きき切るとはどういうことかが尋常ではない迫力をもって伝わる。だからこれまでずっとファンだった。これらのスキルを扱うにあたり、事実と論理で本質に迫る態度が根底にあるのも感じる。これにも今まであこがれがあった。
    だけれどもこれだけ勉強した方でも読み・書き・話し・きくを「詰め切る」レベルまでにしか押し上げられていないのだなあと感じた。21世紀以降は読み・書き・話し・きくを統合しバージョンアップさせた新たな認知の道筋があるように思うのだよなあ。サイエンスのアプローチの先にあるスピリチュアルなアプローチがあるのではないかなあと。

  • 立花隆氏の本って初めて読んだけど何て言うかすごい読みやすいな。お茶漬けでサラサラご飯をかき込むような感覚。いくらでも読める。超難解で取っ付き難いイメージがあっただけにかなり意外。

  • 読了 20220604

  • 立花隆の自伝的エッセイ。 生い立ちから作家としての活動著作まで人生を振り返る。 生まれは長崎だがすぐに中国に渡り、帰国後は茨城、学生時代からは東京を活動拠点としていた。 東大生の10代の頃に行った欧州旅行、作家になってからの中近東旅行は、彼にとって大きな出来事だったらしい。 田中角栄研究で金脈の政治を暴いてから、一流ジャーナリストとして世間に認知され、その後も文化、歴史、科学、習俗など多くのノンフィクションを書いて一流の作家となる。晩年は、生化学や医学を書くようになるが、これは自分自身が生活習慣病の塊というぐらい無茶な生活を認識しての事だったようだ。 最後は癌、生死の話に尽きるが、どんな作家でも寿命を感じ始めるとこの話題に行き着くのだろう。昨年の夏に亡くなったが、この本を書いている時には、すでに自分の人生の最後を意識していたのかもしれない。 2冊を執筆中とのことだったけれど、出版されるのか気になる。
    自分は、学生の頃に読んだ「宇宙からの帰還」が立花隆との出会いだった。アポロ宇宙飛行士の「その後」を追ったノンフィクションでとても面白かった。政治には興味がなかったので、主に科学や歴史ものを読んだ。 興味深いテーマがたくさん紹介されていて興味深かったけれど、最新研究の論文に飛びついて、時々外すこともあった。でもこれは仕方がない。彼は専門家ではないし、文献で知るしかないのだから。

  • 2カ月ぶりの読書。この勉強期間に立花さんのムックなどが発売になり、どうしても立花隆を復習したくなった。この本はそういう意味では最適。立花さんが生涯どういうテーマを追いかけて、何を書いてきたのかがある程度復習できる一冊。臨死体験や脳死、サル学、分子生物学など立花さんの本で学んだことは多かったけど、田中角栄研究や日本共産党のところは呼んだことが無くて、ますます興味を魅かれました。
    あと、日本の近代を解き明かした「天皇と東大」にはとてつもなく魅力を感じました。
    ということで、「天皇と東大」全4冊と「宇宙からの帰還」を買ってしまいました。

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著者プロフィール

ジャーナリスト、作家。1940年長崎県生まれ。1964年東京大学文学部仏文科卒業後、文藝春秋新社入社。1966年退社し、翌年東京大学文学部哲学科に学士入学。在学中から文筆活動を始め、宇宙科学から生命科学、宗教から政治まで、幅広い執筆活動を続けた。主な著作に『田中角栄研究』『宇宙からの帰還』『青春漂流』『臨死体験』など。東京大学や立教大学では教鞭も取った。2021年4月30日、急性冠症候群のため死去。享年80。

「2022年 『いつか必ず死ぬのになぜ君は生きるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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