パンデミックの文明論 (文春新書)

  • 文藝春秋 (2020年8月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784166612765

作品紹介・あらすじ

新型コロナについての議論で意気投合した二人が緊急対談。
古代ローマ帝国から現代日本まで、歴史を縦軸に、洋の東西を横軸に目からウロコの文明論が繰り広げられる。世界各国のコロナ対策を見れば、国民性がハッキリ見える。

・「空気」という戒律が、日本でコロナを生きづらくさせた
・イタリアで大流行してしまったのは、ハンカチで洟をかむから?
・古代ローマ帝国の弱体化もパンデミックから始まった
・「自粛警察」は不倫カップルのことも許せない
・オランダ人の50%はトイレに行っても手を洗わない
・「浮気遺伝子」と感染拡大地域のビミョーな関係
・疫病が拡大すると「マイノリティ」排除が起きやすい

みんなの感想まとめ

多様な文化や国の特性を通じて、パンデミックがどのように社会に影響を及ぼすかを探る対談が展開されます。日本とイタリアのコロナ対策の違いを中心に、国民性や社会制度の違いが浮き彫りにされ、特に日本の同調圧力...

感想・レビュー・書評

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  • 国が違えば、文化・思想・経済・社会制度・生活常識なども異なり、日本とイタリアで同じコロナ対策はあり得ない。
    自国基準を善として他国の批判をしてしまいがちだが、その国の事情を理解して考えなくてはいけない。

    2020年8月発行なので、ちょうど1年前のコロナの状況をふまえての対談です。
    緩いコロナ対応なのに感染が低く抑え込まれていた日本を、欧州の国々は「ミラクルジャパン」と不思議がっていた。

    入浴や手洗いなど清潔な習慣ができている。
    握手やハグやキスなどの習慣がなく、ソーシャルディスタンスが保たれている。
    普通にマスクも受け入れるし、大声でしゃべったりしないので飛沫感染も防いでいる。
    未知の「ファクターX」を日本人は持っていて、コロナ耐性があるのではとも言われていた。

    だが、「ミラクルジャパン」なんて言ってる場合じゃなくなる可能性だって大いにあるとのマリさんの懸念が現実になってしまった。

    この対談は、コロナをきっかけに企画されたものですが、主にイタリアとの対比で日本の特徴が語られています。

    日本人は空気を読む、皆と異なることを許さない同調圧力が強い。
    イタリア人は空気を読まない、他人と同じは良しとせず自分の意見を求められる。
    日本人は窮地に立つと苦笑いでごまかす。
    イタリア人は窮状を受け止め強く耐え脱却する。

    良しも悪しきもオープンにするイタリアから見ると、都合の悪いことを隠ぺいしちゃう国と見られているのが中国・日本らしい。

    日本は社会が安定的であれば、体制を長く保持できるように作り上げられてきた。
    利権が損なわれる改革や大きな変化は望まない、身の危険と自粛警察の圧力でテレワークはできたが、自身への影響が希薄な9月入学は拒まれた。

    ヤマザキマリさんは次のように言っている。
    「日本は建前としては実力主義や民主主義だとされているが、確立している質感がない。」
    「日本みたいに空気を読みつつ、自らの欠点や汚点と向き合わない社会に、民主主義は果たして合っているのか考えさせられた。」
    これは、近年の日本の政治とそれを良しとしている国民から感じることなんだろう。

  • ヤマザキマリさんと中野信子さんは普通に
    電話やLINEでこういう会話をしているんだ。
    さすが。

    たしか中野信子さんはジェーン・スーさんとも
    こういうやり取りをしていると言っていた気がします。
    対談を読んだから。
    いったい何人とこういうつき合いをしているんでしょう。

    彼女たちにとって、こういうコロナという奇怪は、
    いろいろなことを考え分析し語り合うという
    すごく良い機会を与えられているのだと思いました。

    それを読む私も、非常に有意義な時間をすごせました。
    面白くてどんどん読み進めました。

  • 「パンデミックの文明論」ヤマザキマリ、中野信子著|日刊ゲンダイDIGITAL
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/279268

    文春新書『パンデミックの文明論』ヤマザキマリ 中野信子 | 新書 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166612765

  • 頭のいい人たちの世間話。
    第3波で感染爆発が起きてる今と対談時期との間では状況が異なるので、ズレ感はあるが、話題が多岐にわたるので、隙間時間にちょろっと読むのにちょうどよい。
    コロナ禍で約1年友達と会えてない。わたしもバカ話がしたい。

  • なんだか壮大で深刻なタイトルだけど、読みながら何度もふきだした。笑って読んでいるうちに何がパンデミックの文明論なのかわからなくなった。

    抽象論というか、机上の空論がいっさいなく、話が具体的なのがいい。それにヤマザキマリも中野信子も、たとえばローマ帝国の皇帝ネロを自分の知り合いみたいな口ぶりで語るところが可笑しいし、つい耳を傾けたくなるところ。

    とくにヤマザキマリの、イタリア人と日本人のCovid-19に対する反応の比較論に、いろいろと気づかされることがあった。
    キリスト教がペストの恐怖を広告として利用して広まったという話にはびっくり。けっこう知られている話だそうだが自分は寡聞にして知らなかった。
    欧米の、例えばイタリアの、コロナを根絶しようと躍起になっている姿勢の背後には、古くからのキリスト教の思考の枠組みが横たわっているようだ。
    キリスト教を病という観点から見たら面白そう。そういう本て書かれてないのかな。

  • コロナ・ウィルス(COVID-19)をテーマに、オンライン対談による思索が展開されています。コロナ禍での国民性(生活習慣の違い)、文化人類学や感染学(アジア、モンゴロイド系のもつ特別抗体遺伝子の研究)、歴史学(ペストやスペイン風邪終息後の変化)など、地球レベルでの鬼気迫る白熱の討論に釘づけになります。日本人の世間体〝もし自分がコロナに感染し、ウィルスを撒き散らしていたことがご近所に知れ渡ったら、朝のゴミ出しもできなくなる、どうしよう・・・〟この体裁の戒律こそが、感染予防に有効なのかも知れません。

  • ヤマザキマリと中野信子の対談形式の文章
    コロナ禍で会話した内容を文字起こししたようになっている

    発売されたのは2020年8月20日
    確かにあの頃は真っ最中でもあり、徐々に何かが分かりかけてきた時期でもありましたねぇ

    パンデミックが歴史的にどう影響を与えてきたのかという縦軸と、洋の東西を横軸に語られる影響
    文化的な背景、国民性による対策の違いなど

    こういう軸で語られる知識人の対談は面白いですよね

    目次
    第1章 コロナでわかった世界各国「パンツの色」
    第2章 パンデミックが変えた人類の歴史
    第3章 古代ローマの女性と日本の女性
    第4章 「新しい日常」への高いハードル
    第5章 私たちのルネッサンス計画


    ヨーロッパはハンカチで鼻をかむ文化なので感染しやすかった?
    マスクとは、病気に負けた証拠のイメージなので拒否反応を示す

    各国の指導者の演説の違い
    「平時には隠れていた世界各国の『本性』が明らかになった気がする。下世話な表現を使うと、コロナが『お前はどんなパンツをはいているのか、脱いで見せてみろ』とそれぞれの国に迫ったような感があった」

    スペイン風邪のときにように、危機的状況に陥るとポピュリズムが蔓延し、独裁者がもてはやされてファシズムが台頭しやすくなる
    民主主義のもつ脆弱性やセキュリティホールのようなもの


    日本は普段から身体的な接触が少なく、ソーシャルディスタンスが取られている

    疫病に対する文化的な比較
    ヨーロッパは疫病を敵と考えて「戦い」「打ち勝つもの」
    日本は耐えてやり過ごすもの
    または下位の立場から交渉して共存するもの

    観光に依存しているイタリアでロックダウンをしたら経済が死んでしまうという意見に対し
    経済は生き延びている人間がいればなんとかなる
    お金よりも人命が優先
    日本の場合はリーマンショックでの自殺者増加した事実があるが
    自殺を罪とするキリスト教圏では、貧困が原因で自殺するという事にリアリティが感じられない
    必然、対策が同じにはならない
    危機管理の優先順位が各国で異なるので、対策を比較する事は無意味

    黒死病ではユダヤ人がスケープゴートにされた
    貴賤貧富の関係なく襲ってくる恐怖
    それを利用してキリスト教が広がる要因になった
    疫病が流行れば、キリスト教会は疫病や凶作は不信心な者どものせいだというプロパガンダをくりひろげて信者を増やしてきた

    メディチ家はパンデミック成金

    魔女狩りの起源
    現代日本でも同様の密告や私刑が横行してるなぁ

    ヨーロッパ世界最悪のパンデミックであるペストがルネサンスや宗教改革をもたらした
    今回のパンデミックはどのような世界の変容をもたらすのか?


    共同体に貢献をせず、利益だけを得て「ただ乗り」するフリーライダー
    フリーライダーが増えてしまうと、ルールは死文化し、共同体は成り立たなくなってしまう
    そこで、フリーライダーを見つけて、その人を罰することに快感を覚える仕組みが備えつけられている
    「正義中毒」という快感

    「自粛警察」は不倫カップルのことも許せないのと同様の心理が働く


    知識のある人達の変わった切り口からの意見や分析は面白く読める
    ただ、対談を文字起こししたようなものなので、情報の出典や根拠となる文献があればもっとよかった

    ま、中には参考資料が示されたとて怪しげな意見も述べられているけどね

  • よくもわるくも、ステイホーム中にひまつぶしでおしゃべりしましたー!みたいな感じ(^^ゞ
    過去の“パンデミック”によって“文明”がどう変わったか?ということを語っているのかなーと思って読むと、かなりアテが外れるw

    とはいうものの、人というのは、どこの国の人でも自らの国の習慣が正しい!と思ってるみたいなw
    そのくせ、コロナ騒動みたいな未曽有のことが起こると、他に責任を押し付ける(それは、自国の政府や他の国だったり)。
    ヒドイのになると、うまくいっている(ように見える)他者/他国に奇異な目を向けたり批判したりっていうのは、
    どこも、いつの時代も同じなんだなーって可笑しかった。

    ヤマザキマリって、実はファンだったりする(ま、漫画も映画も見たことないんだけどさw)。
    一方の中野信子はテレビのバラエティ番組で、番組の内容に沿った「答え」をしゃべる学者って言ったらいいのかな―。
    テレビで視聴者ウケすることを科学的に言う役回りの人みたいな、言ってみれば、バラエティ番組御用達学者っていうイメージがあって。
    中島みゆきの「時刻表」の歌詞に出てくる、
    ♪誰が悪いのか言いあてて どうすればいいのか書き立てて
     評論家やカウンセラーは米を買う
     見えることとできることは別ものだよと米を買う
    の典型みたいな人なんだろうなーって。正直言って、ウサンクサイ人だと思っていた(爆)

    でも、これを読んでいたら、二人とも印象がちょっと変わった。
    中野信子は断言口調で話す時でなく、「こうなんじゃないかなーと思う」みたいに感覚的に言う時の話がユニ―クで。
    この人ならではの面白さがある。
    思わず「ふーん…」って言っちゃうような、特有のひらめきやきらめきあるような気がするのだ。

    脳科学者というと、当然理系だから。その行動は脳からなんだらが分泌されて、それによって、ど―ちゃらこ―ちゃらみたいな、
    その事に科学的な理屈で「答え」を提示してくれる…、
    ていうか―、ぶっちゃけ、起こった事に科学的な理屈をあてはめちゃう、みたいな?(^^ゞ
    確かに、聞いていて、一応は「なるほどな―」とは思うんだけど。
    その反面、「それは科学でそうだからそうなんです(科学ではそれが正解なんだから、それで納得してね」と言われただけ、みたいな気もしちゃうって言ったらいいのかな―w
    そういうイメージだったんだけど、これを読んでいたら、実はこの人って、好奇心にまかせて無意識にいろんなことを見たり感じたりしていて。
    それ故、すごく勘がいい人だったりするのかな―なんて気がした。

    なんてこと言うと、科学というのは実験の結果の積み重ねであって…みたいに言う人も多いんだろうけどさw
    でも、自分は算数もわからない文系で、なおかつモノグサだから、勘がよくなきゃ仮説がたてられないじゃん!って安直な方に逃げちゃう人なのだ(^^ゞ
    だから、中野信子はこの話の中で「それって、トンデモだろ!」とツッコまれかねないこととオカルトチックな話題を出すんだけど、そこがいいんだよ!w
    世間から気鋭の脳科学者みたいに思われてる人が、そんなことにも目を向けていて、そして面白がっていろいろ考えてるんだな―ってわかって。
    理系の世界なんて、よくわからないけど。でも、日本の学者はノーベル賞は取っても、世の中を一変させるような技術を開発できないのは、そういう何でも面白がる気持ちが足りないからなんじゃない理由があるんじゃない?な~んてw
    もっとも、ノーベル賞を取るような方だと、さすがに何でも面白がるタイプみたいだけどさ。
    いや、批判じゃなくってね。
    学者の世界だって、やっぱり働き方改革が必要なんじゃない?って思うんだよね(^^)/

    そんなわけで、中野信子はちょっとイメージよくなったんだけど、ヤマザキマリは逆にちょっと下がった(^^ゞ
    ヤマザキマリって、意外と思い込みが強すぎちゃうタイプなんだな―っていうか、自分の経験や知識に固執しすぎっていうかw
    意外や意外、考え方に柔軟さが感じられない。
    だから、「100分de名著」のスペシャルに出てくる時の話のようなユニークさがない。
    だから、「それは、そうだからそうなの」と言われているだけみたいな気がしちゃう。

    一昨年の春くらいだったかな?
    Eテレで、ヤマザキマリが感染症の専門家(だったか?)とあと一人でオンラインで対談した番組があったんだけど、その中で、電車の中で見た女子高生(だったか?)のエピソードが今でもすごく印象に残っている。
    コロナが騒がれ始めた頃というから、2020年の2月の初めくらいか?
    ヤマザキマリが(東京で)電車に乗っていたら、前に高校生くらいの女の子が立っていた。
    電車の中で立っているわけで、当然、その女の子は手すりを掴んだり、つり革を掴んだりしていた。
    ある時、ヤマザキマリの隣が空いて、その子が隣に座った。
    座るなり、カバンからパンを出してそのまま手づかみで食べ始めた…、のを見て、ヤマザキマリは「この子は世の中でこれほど騒がれている事態(新型コロナ)を知らなんだろうか?」と呆れてしまったと(^^;

    ただ、食べ物経由での感染というのはないとされていたわけだ(最近は知らないけど、WHOはそれは「ない」としている。ただし中国では「あった」という報告があるらしい)。
    そう考えると、電車の手すりやつり革を触った手でパンを食べ始めたその子を批判的に見たヤマザキマリの視点というのは、やもすれば自身の知見によるやや過剰な反応になっていた…、とは言えないだろうか?w

    さらに言えば、その子は女子高生くらいだったというのだから、感染しても発症しにくいだろうし。
    また、発症しても重症化しにくいわけだ(ただし、後に後遺症が残りやすいらしいされるわけだが)。

    まー、確かに、ヤマザキマリが「この子は今の事態を知らなんだろうか?」と呆れたように、たぶん、その人は新型コロナを耳にしたことくらいはあったかもしれないけど、でも、それは他人事だと思っていたんだろう。
    だって、ニュースのインタビュー見てもわかるように、そんな人はいくらでもいた/いるわけだ。
    ただ。もしかしたら、その子は自らの生体としての判断(勘みたいなもの?)がつり革や手すりを触った手でパンを食べても問題はないと判断したから、その子はパンを食べたんだという考え方もあるんじゃないかと思うのだ。
    その時点で、その人よりヤマザキマリの方が新型コロナについての知識を持っていたのは確かだろう。
    でも、その知識というのは、専門家ですら手探りで言っていた知見のまた聞きでしかなかったのも確かだ。

    電車の中でパンを食べても大丈夫なのか? ヤバいのか?
    それこそ、ワクチンを打つ/打たないじゃないけど、たぶんこれからもそういう曖昧な状況で判断をしなきゃならないことはいっぱいあるんだろう。
    「科学という正解」は必ずあるとは限らないわけだ。
    というか、「科学的正解」はない方が多いわけだ。
    科学を否定する気は100%ない。
    でも、だからって、生物である人が生物に備わっている「勘」を軽視するのは間違いだと自分は思う。
    それは、気象庁のナウキャストの予測より、近所のおばさんが洗濯物を干しているか否かの方が意外に確実だったりするのを見ても言えると思うし(爆)
    なにより、一昨年のあの時点でコロナ患者を診た医師や看護師は未知のウイルスに対して、「勘」で行動するしかなかったはずだ。
    新形コロナでは、既存薬を新型コロナに対抗する薬として使われたが、それだって医師たちの「これが効くかもしれない」という必死の「勘」だったはずだ。
    もちろん、医師や看護師には長年の経験と知見があったのは確かだ。
    でも、知見はともかく、自らがそれまで生きてきた経験は誰でも持っているのだ。

    2020年の春の時点で、新型コロナについて確実にわかっていることはあまりなかったはずだ。
    専門家の今までの知見から得られる、「それは言えるだろう」、「恐らくそうだろう」、「たぶんそうじゃないだろうか?」みたいなことが常識になっていたように思う。
    番組で電車の中で平気でパンを食べていたという話を聞いた時、実は自分は「それは大丈夫なんじゃない?」と思った。
    というのは、以前(コロナ前)TVで内科医の方が、「インフルエンザの流行時は診察の合間にお茶を頻繁に飲むようにしている。飲むことで口やのどについたウイルスが胃に流れ、胃酸で死滅するからだ」と言っていたのを思い出したからだ。
    ま、後に新型コロナウイルスはウ●コからも見つかるとわかるわけで、もしかしたら胃酸では死滅しないのかな?とも思うのだがw
    ま、いずれにしても。未知のウイルスによるパンデミックみたいな事態に直面したら、今までの自分の“当たり前”も疑ってみることも必要なんだろう。

    そういう意味でも、この二人が話すことで出てきた、“頻繁に入る風呂(湯に浸かる)習慣があることで日本は感染を抑制出来たのかもしれない”というヤマザキマリの仮説は面白かった。
    風呂に入ることで感染を抑制できるなんて言うと、そんな「ためしてガッテン」みたいなことあるかよってバカにする人も多いと思うけど(爆)
    でも、新型コロナウイルスというのは未知といっていいウイルスだから、それこそ押谷さんや尾身さんみたいな専門家だってわからないことが多いわけだ。
    風呂に入って体を洗えば、外でついたウイルスは流れ落ちるし。湯に浸かれば体が温まるから、免疫機能も上がるだろう。
    また、気持ちよくてリラックスすることでも免疫機能に効果があるだろうし。
    湿度100%みたいな場所だから、ウイルスもきっと嫌だろう。
    そんな風に、外ではみんなマスクをしたり、手洗いや消毒が徹底されていたり、風呂に頻繁に入ったりみたいな、感染を抑える小さな取り組みの積み重ねが、他の感染者が多かった国と比べれば抑えられたというのはあるのかもしれない。
    (ま、今では、日本人だか、東アジアの人には特殊な酵素だか何だかを持っている人の割合が多かったという研究報告もあるみたいだ)

    エビデンスだとか、再現性がど―とか、それはもちろん科学では大事なことだ。
    でも、その前に仮説がなければ、エビデンスも再現性もないわけで。
    そういう意味でも、また、ステイホーム中のたんなる気晴らしとしても、こういうムダなおしゃべりwって、とっても大事なんだろう。

  • 対談のはじめに
    第1章 コロナでわかった世界各国「パンツの色」
    第2章 パンデミックが変えた人類の歴史
    第3章 古代ローマの女性と日本の女性
    第4章 「新しい日常」への高いハードル
    第5章 私たちのルネッサンス計画
    対談を終えて

  • 久々に歯応えのある本を読みました。タメになります。やっぱり外国から見たら日本て変わっているんですね。

  • ●イタリア人曰く「経済は生き延びている人間がいれば何とかなる、歴史上でもそうだった。お金と人命、どっちが大事なの」
    ●日本人曰く「人命が大事って言うけれど、リーマンショックの時日本では不景気で30,000人以上も自殺したのよ」
    ●自殺を罪とするキリスト教の倫理観と共に生きている人たちと日本とでは、対策が同じにならないのは当然なんですよ。
    ●イタリアの鼻ハンカチ。そりゃ蔓延する。
    ●自粛警察。人類の脳には、フリーライダーを見つけて、その人を罰することに快感を覚える仕組みが備え付けられているんです。
    ●透明な存在である自分に耐えられない。承認欲求の表れ。SNS上で上から目線の物言いしかできない人など。誰かを攻撃してネットの世界で有名になることで、「透明な自分」が一気に表舞台に躍り出たような錯覚を起こしてしまう。
    ●日本では演説と言う教育に重点が置かれていない。考えを言語化する訓練もあまりしていない。日本の社会ではそういったスキルは重要視されていないのだ。
    ●民主主義は指導者を選ぶ側に考える力がないと、あっという間にポピュリズムになっていく。そしてその後ファシズムが発芽する。人々が疲弊していて、自分たちの力で考えるエネルギーが残っていません。だからリーダーになってくれる人を待っている。
    ●そもそもイタリアと言う国が統一されたのはたった160年前。それ以前はすべて独立した自治国家でした。ですからおばあさん世代までは、イタリア人と言う自覚を持っていなかったといいます。人々の中にはその意識がまだ残っている。
    ●メディチ家は元々は医療関係。ペスト成金。
    ●プロテスタントの排除の構造は実に苛烈です。いまだにラテン語でミサをすることも含め、カトリックは今の時代においてもなおローマ的特徴が織り込まれた宗派なんだと思います。それに比べてプロテスタントは潔癖で、寛容であればいいと言うわけでもない。それを踏まえると、ユダヤ教やイスラム教とどこか似たような感じがするのは確かだと思います。
    ●ローマ軍はどんなに遠くに遠征しても、まずは浴場を設営することから陣地を整えていきます。同じく旧日本軍もマレーシアのボルネオやパプアニューギニアのラバウルで、温泉浴場を作っていた。日本軍が自分たちの故郷にある温泉などの名前をつけたのがいまだに残っています。台湾にもあります。

  • 日本では若者と高齢者が交流する場がないというのは確かにそうだなと思いました。
    イタリアでは年齢層ごとの雑誌がなく孫と同じ雑誌読むとか、ホームパーティーにおばあちゃんが普通に参加するとか。いいなーと思いました。
    交流があれば、選挙のシニア票とかももしかしてバラけないかなと思ったり。

    民衆の検閲というパワーワードも印象的。

  • なかなかの書籍でシタ。

  • ヨーロッパと日本の、疫病に対するスタンスの話が面白かった。
    ヨーロッパは、疫病は戦うもので、打ち勝つもの。日本は、避けるものと捉えている。らしい。

    読み物として面白いと思った。

  • 中野信子さんとヤマザキマリさんの対談。普段は対談形式の本はあまり読まないのだけど、この二人の対談は面白かった。ヤマザキさんはコロナの現状をイタリア人である夫とその家族の習慣などからお話をしていて、国が違うと考え方がすごく違うものだと考えさせられたし、中野さんの的確な分析などが読んでいて、心にストンと落ちるものがあったように思う。今後はこういった対談形式の本も読んでみようと思った一冊だった。

  • パンデミックの話よりも、各国でのコロナの位置づけや対策などから文化を語る比較文化論。

    読み物としては面白かったものの、パンデミックそのものの分析を期待すると裏切られるかも。

  • S図書館
    オンラインの対談、感染症に対する違いなど
    「立ち止まって考える」と同時期に発売

    《感想》
    出版時は死亡率が高くロックダウンをして、感染対策が手探り状態だった
    感染症に対する日本とイタリアの違い
    古代ローマ時代も多くでてくる
    いろいろ脱線もする

    《抜粋》
    71自省論、イタリアでは学校で学習する
    140日本人は笑ってコロナになったことをいう
    日本人は事態が深刻になると、笑ってごまかすという特徴的な振る舞いをするという研究がある
    客観視しているのではなくて、別の自分になりすますことでしか、苦しかった状況を語れないんですね
    だからむしろ笑うのは、精神の弱さの反映であるのに対して、イタリア人が泣きながら自分の窮状をドラマチックに語れるのは強さの表れなんです
    自分の置かれた辛い状況に耐えられるからこそ、演劇的な口調で語ることができるわけです

  • 新型コロナウイルスの世界的大感染を基に鑑みる現人類の在り方、思想、または中世ヨーロッパにおける生活様式に至るまで、日本に住んでいるだけでは知り得ない知識がふんだんに盛り込まれていました。ポルトガルのリスボンの鍼灸院にボブ・ディランが飛び入りできたというエピソードは衝撃でした。腰は大切にしないとですね。

  • 日本とイタリアの文化をよく知るヤマザキさんの豊富な引き出しに感服。話が抽象論にならず具体的で面白い!

  • コロナ禍に於ける日本とイタリアの比較文化論を皮切りに古代ローマまで歴史を振り返りつつ脳科学で掘り下げます。テンポの良い会話が小気味よい。

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著者プロフィール

訳:ヤマザキマリ
1967年東京生まれ。北海道育ち。漫画家・文筆家・画家。17歳でイタリアに渡り、フィレンツェ国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を学ぶ。1997年、漫画家としてデビュー。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカなどで暮らし、現在はイタリアと日本を往復する。2010年、古代ローマを舞台にした漫画「テルマエ・ロマエ」で手塚治虫文化賞短編賞、マンガ大賞受賞。2017年、イタリア共和国星勲章コメンダトーレ章綬章。著書に「ステーブ・ジョブズ」「プリニウス」「オリンピア・キュクロス」、「望遠ニッポン見聞録」「国境のない生き方」「ヴィオラ母さん」「ムスコ物語」「歩きながら考える」など多数。

「2023年 『だれのせい?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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