ウクライナ戦争の200日 (文春新書)

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  • 文藝春秋 (2022年9月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784166613786

作品紹介・あらすじ

今回の戦争によって、米国一極のもとに世界が安定しているのではなく、複数の大国がそれぞれ異なる世界観を掲げて「競争的に共存する」世界に変化した――。

ロシアのウクライナ侵攻は、ポスト冷戦時代の終焉を告げる歴史的な転換点となった。
「理解できない世界秩序への反逆」の続発を予感させる今後の世紀を、複雑な世界を私たちはどう生きるのか。
戦争が日常化する今、思考停止に陥らないために。

気鋭のロシア軍事・安全保障専門家が、評論家、作家、映画監督らと「ウクライナ戦争200日」を多角的に見つめ直す待望の対談集。

みんなの感想まとめ

ウクライナ戦争を多角的に考察する本書は、専門家たちとの対談を通じて、戦争の背景や国際政治の複雑さを深く掘り下げています。特に、ロシアの蛮行が引き起こす歴史的な影響や、自由主義と専制的価値観の対立につい...

感想・レビュー・書評

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  • 著者の小泉氏の奥さんはロシア人らしい。軍事評論家である同氏が、東浩紀をはじめとし、元陸上自衛隊員であり小説家である砂川文治、防衛防衛研究所政策研究部防衛政策研究室長の高橋氏、他アニメ監督や漫画家とウクライナ戦争について語った本。人選は「?」と思う所もあったが、それが面白く感じる部分もあった。

    考えさせられたのは、この本に通底するテーマでもあるように見えたが、戦争の変容。核を用いる事での、「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」と呼ばれるロシアが有する核戦略思想。他方で核を脅しに使いつつ、実際には、ゲリラ戦のように非近代的な側面も持つ。

    ― 小泉 ほとんどゲリラ戦の戦い方に近いです。毛沢東が「抗日遊撃戦争論」でも昔いていますが、ゲリラ戦の神髄は、いかに国民の支持を取り付けるかということ。国民が味方になってくれれば、ゲリラの戦士は生まれてくるし、物資や敵の情報を渡してくれたりもする。市民のハーツ・アンド・マインズの争奪戦なんですね。その争奪戦においてウクライナは成功している。ロシアの侵略に抵抗するという明らかな理由があるので、今回のウクライナはこの点で非常に優位にある。

    また、戦い方だけではなく、戦争における意思決定も人間によるものであり、決して合理的ではないと指摘する。度々引用されるマーチン・ファン・クレフェルトの「戦争の変遷」だが、これはクラウゼヴィッツの「三位一体論」に対する批判的な視点から生まれた理論を含む。クラウゼヴィッツの「三位一体論」は、戦争を政府、軍隊、国民の三つの要素が相互に作用するものとして捉えるが、ファン・クレフェルトは、国家対国家以外の戦争に変容していくという話だ。

    ロシア対ウクライナ、という構図は一見、国家対国家の戦いに見えるが、中身は、ロシアの正規軍とウクライナの正規軍の戦いが中心だが、ゲリラ戦術や非正規戦術も駆使され、さらにはサイバー攻撃や情報戦など、従来の戦争の枠を超えた手法が多用されている。また、民間企業や個人が戦争に関与し、ハッカー集団や民間のボランティアがサイバー攻撃や情報を提供。近代的な兵器や技術が必ずしも戦争の勝敗を決定するわけではなく、こうした武器や手法が効果的に使われており、戦争の形が変わった現代、どのように終戦すべきなのか、最終的にはやはり人間による意思決定であるが、その決定に至る情報の質や扱い方が複雑化している。

    ― 小泉 人間って、それほど合理的な生き物ではありませんよね。先ほど砂川さんが紹介された「戦争の変遷」は、人間の非合理性を的確に突いています。この本でクレフェルトは、ヨーロッパの戦争の歴史を遡り、非合理的な戦争のほうが多かったと言っている。人間は政治的な目的追求のためだけに戦争をやってきたわけでは決してなくて、スポーツの延長だったり、目的達成から見れば不必要なくらいに人間を殺したりする。プラスマイナスを考えながら、人間が戦争をしていると思ったら大間違いなのだと。

    ― 小泉 将来の戦争を予見することがいかに難しいかということですよね。
    イスラエルの歴史学者マーチン・ファン・クレフェルトが、冷戦の終わりに著書『戦争の変遷」の中で、将来の戦争は近代以前の戦争に戻っていくと言っている。最近でもアメリカの国防大学のショーン・マクフェイトが同じような話をしている。ロシア軍の中でも、依然として独ソ戦のような戦争に備えなければいけないと言う人もいれば、とにかくハイテクに投資すべしみたいな人もいるし、あるいはプロパガンダとテロを使って戦争を起こさずして敵国を瓦解させられると主張する人々もいます。結果的に二十一世紀の現在にこういう戦争が復活してきたのを見ると、いろいろな戦争の形態がある中で、ある形態からある形態に移り変わって行くというよりは、その時代に取り得る戦争の幅が広がったり縮んだりする、スペクトラムなものであるという印象を受けます。

    ― 高橋 当初は非常に使いやすいと言われたジャベリンですが、実際のところは扱いが難しいらしいです。というのも、ジャベリンの操作運用マニュアルは二百六+ページほどもあって、本来なら八十時間の講習が必要とされている。特に、赤外線センサーを冷却するプロセスが複雑とのことです。それをウクライナ軍はいきなり実戦現場に放り込んだので、混乱してしまう兵士もいた。ジャベリンには、製造元であるロッキード・マーティンのカスタマーサービスのフリーダイヤルが記載されているらしく、前線から電話するケースもあるようですが、実はつながるのは広報部署で、すぐには答えられない。

  • ウクライナ戦争について小泉氏を中心に各専門家と対談していくというもの。バラバラなジャンルの専門家なだけに、様々な考え方を知る事ができて勉強になる。特に最後の「ドイツと中国から見るウクライナ戦争」は興味深い内容ばかりで、多くの知見を得る事ができた。

  • 文藝春秋社の関連雑誌で対談した5人とこの本のために語り下ろしたもの1件を収録。対談時期は4月から9月。

    対談相手は
    ・東浩紀:1971生、批評家・作家 株式会社ゲンロン取締役
    ・砂川文次:1990生、小説家。元陸上自衛隊で対戦車ヘリコプターの操縦士。
    ・高橋杉生:1972生、防衛省防衛研究所防衛政策研究室長。
    ・片淵須直:1960生、アニメ監督。「この世界の片隅に」
    ・ヤマザキマリ:1967生、漫画家
    ・マライ・メントライン:ドイツ人 翻訳者、通訳、エッセイスト。2008より日本在住
    ・安田峰俊:1982生、ルポライター 天安門事件など中国を多くルポ

    「ロシアは絶対悪なのか」(文藝春秋2022.7月号 4.11対談)×東浩紀氏と
    東:ウクライナの仕掛けている戦略は必ずしも敵国ロシアには向かっていない。・・「ハイブリッド戦争」対「非ハイブリッド戦争」という状況になっているようにみえるのですが・・
    小泉:その通りですね。ハイブリッド戦争の理論はあくまでも敵国が民主国家である場合を想定していす。・・ロシアは権威主義体制でメディアもネットもプーチンの支配下にある。プーチンが(ロシアで)支持されている限りはロシアは戦争を継続するはずです。
    小泉:今回つくづく感じるのは人間とはそもそも非合理な存在だ、ということ。
    小泉:今回の戦争によって、米国一国のもとに世界が安定しているのではなく、複数の大国がそれぞれ異なる世界観を掲げて「競争的に共存する」世界に変化したのだと思います。・・ロシアは孤立するようにはなるでしょうが、瓦解していくとも思えません。

    ヤマザキマリ:プーチンは、思惑通りの自分を象ろうと誇張し過ぎた為に実態が消えてしまった人という印象があります。イソップ童話の身体を膨らませて大きく見せようとして破裂してしまうカエルを思い出します。
    ヤマザキマリ:イタリアの私の家族は、イタリアは他民族や他宗教との争いの歴史の中で生きてきた歴史があるから、またやってる、でもいつかは終わる、というような客観的かつ長いスパンで考えている。

    「シベリアの掟」ニコライ・リリン著 小泉氏が紹介
    イタリアでベストセラーになった本。かつてシベリアに犯罪流刑地があったが、彼らはスターリン時代にモルドバに強制移住させられた(今の沿ドニエストル地域らしい)。著者の自伝的小説。モルドバでは犯罪共同体の掟を守りながら育つが嫌気がさしイタリアに移住した。
     ・・映画化もされたようだ「ゴッド・オブ・バイオレンス」2013イタリア ジョン・マルコヴィッチ出演

    2022.9.20第1刷 購入

  •  著者は、ロシアのウクライナに対する蛮行が時計の針を百年戻しており、ロシアの蛮行を許すべきでないという個人的なスタンスをとりつつ、ロシアや中国といった専制国の価値観を自由主義陣営の価値観に当てはめて、ロシアを一方的に断罪して追い詰めることの危険性を論じている。
     国際的な政治力学は善悪だけで決定されないし、感情を差し引いたリアリティで考えなければならないものだと改めて気付かされた。
     本著は感情を超えた政治のリアリティを論じており、著者と有識者の対談形式により難解なテーマが理解しやすく記されている。

  • 大変読み応えがあった。対談ごとに、違ったアプローチから今回のウクライナ戦争の背景を知る事ができる。深刻な内容ながら、時にユーモラスになる対談になるのが、小泉氏の真骨頂。

  • 講演会でサインしていただいた自慢✌
    全裸先生は憧れでもあり呪いでもあります。なぜ私はこうなれなかったんだろうと思いながら、それでも何かできるはずだと元気づけられもしています。

  • 内容は特に示唆に富む、とは思わなかったが、現在進行形の事柄についての対談をまとめられたのは意義深いと思う
    数年後、再読したい

  • ロシアの軍事・安全保障研究者の小泉氏と7名の著名人との対談
    対談した方は以下の通りです。(敬称略)

    東浩紀(評論家・作家)
    砂川文次(小説家)
    高橋杉雄(防衛研究所防衛政策研究室長)
    片渕須直(アニメ映画監督)
    ヤマザキマリ(漫画家・文筆家)
    マライ・メントライン(エッセイスト)
    安田峰俊(ルポライター)

    マニアックな軍事の作戦・戦術の話から国家間のパワーバランス・外交の話、国民生活と戦争という日常と非日常の交わり方まで、対談した方々の特性に応じた様々な切り口でウクライナ戦争の初戦を切り取って対談してました。

    今、読んでももちろん面白いですが、10年後、20年後にウクライナ戦争を振り返った時、開戦当初はどんな熱を帯びていたのかを知ることができる非常に参考になる面白い書籍となりそうです。

  • 著者があとがきでも書いている通り、啓蒙的ではない=初心者向けの解説書的な立ち位置の内容ではない。この戦争を様々な角度から語られており、自分の中でこの戦争を咀嚼するのには非常に有益。一番面白かったのは最後のドイツ、中国の専門家を交えての対談。500日、1000日とか続編希望。もちろん一刻も早く戦争が集結するのが一番ではあるが。

  • 対談モノでテンポよく読めました
    ニュースでは得られない情報もあり、複眼的に理解できたと思います
    シベリアの掟は機会があれば読んでみたいですね

  • 混迷が続くロシアとウクライナの戦争。本書はロシア軍事研究の第一人者である小泉悠と各分野の識者が、様々な角度から現在までの情勢を見つめた対談集である。

    戦争や軍事関係の識者以外にも東浩紀やヤマザキマリ等の対談も収録。しかしこうして他分野の視点を用いることで、今回の戦争を俯瞰して見ることができ、より全体像を把握しやすくなっていると思った。

    すでに古くなった情報もあるが、日本に住む私たちがこの200日間でどのように戦況をキャッチし、その時々でどのように感じていたのか。今年2月に始まったウクライナ戦争の現在までの流れをつかむという意味で価値のある本だと言える。小泉悠のバランスの取れた視点と、たまに出る軍事オタクとしての暴走が本書の肝。

    以下、特に読み応えのあった対談について。

    小説家であり元自衛隊員である砂川文次との対談では、戦術論や兵器についてのマニアックな応酬が面白かった。というか良くも悪くもただの軍事オタクの会話になってる箇所も。だがそうした観点からの情報も有効だろう。非対称戦争とその戦法として有効な戦術、ゲリラ戦術を上手く活用しているウクライナ、非合理な戦争等々……。元自衛隊員の話って意外と聞く機会がないので新鮮だった。

    防衛省に勤め、軍事戦略や日米関係の識者である高橋杉雄との対談では、100日目時点の振り返りを行う。開戦当初のロシア側の作戦のバラツキ、連携の不具合、指揮系統の変化が実際の戦況に及ぼしている影響等々。
    やはりロシア側には開戦初期は上手く機能していない部分があった模様。例えばミサイル兵器ジャベリンは、本来であれば80時間の講習が必要にも関わらず、いきなり実践投入されて兵士が混乱したとか。さらにそれら武器取り扱い説明の為のカスタマーセンターがあるとのこと。こういう焦点があたりづらい話って興味深い。

    真面目な話のなか、小泉氏の人柄が出ている箇所もちらほら。例えば片渕須直との対談では、映画『トップガン』の話になると急にテンションが上がるのは笑った。なんでも50回は見たのだとか。あと小泉氏がちょいちょいドストエフスキーの小説をラノベ扱いしてて可笑しかった。

    戦争や軍事の第一人者同志の対談だけではないからこそ、多くの人が読みやすい書籍になっていると思う。開戦から時間が経ち、心が離れ始めている人にこそ手に取る価値があると感じた。

  • この知性を松戸が生んだ

  •  本書の著者でロシアの軍事・安全保障政策を専門とする小泉悠氏は、2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻について、事前に侵攻の可能性を指摘していた数少ない研究者の一人だ。ウクライナ戦争に対する小泉氏の見解を知りたいと思い、『「帝国」ロシアの地政学』に続けて本書を手に取った。

     本書はウクライナ戦争について、開戦から間もない2022年4月から7月までに行われた対談をまとめたものだ。このため、現在進行形の事態を取り扱ったものであるため、後から読むと見通しとして正しくない部分も一部存在する。そして、これらの対談が行われてからの戦況の変化についても、攻守の逆転のみならず、ロシアによる部分動員の発令やウクライナによるロシア本土攻撃など大きな動きがあった。しかし、本書では開戦から間もない時期の対談集であるにもかかわらず、今後ウクライナ戦争を考えるうえで拠り所となる重要なポイントがわかりやすい形で解説されている。

     まず、ウクライナ戦争は「甦った古いタイプの戦争」の様相を呈しているが、当初のロシア軍侵攻は早期の終結を前提としたもので、このため「特別軍事作戦」と呼ばれたのだという。
    <小泉 現時点で二十一世紀最大の戦争と言えるウクライナ戦争は、人間の兵士が血を流しながら戦う、歴史の教科書から出てきたような古典的な戦いです。>p.19
    <小泉 ……短い簡単な戦争で終わると思って始めたようにしか見えないですから。……ウクライナ軍の抵抗があまり頑強ではないだろうという前提で始めて失敗したのが第一段階ではないか。それが僕の評価です。>p.67-68
    <小泉 プーチンは頑なに、これは「特別軍事作戦」であると言います。彼が思い描いていた青写真は、侵攻が始まって数時間でゼレンスキーを逮捕し、十五万人のロシア軍が進駐軍として入っていくというものだったと思います。だから、「特別軍事作戦」と言ったのでしょう。>p.166
    <小泉 ロシア語で「戦争」は「ヴァイナー」といいます。プーチンはテレビカメラの前で一度、「ヴァイ……」まで言いかけたことがあるんです。つまり、彼が見てもこれは戦争なんですね。……ロシアの国防法など軍事に関連する法律を読み返してみたんですが、「特別軍事作戦」についてはどこにも定義されていないのです。>P.166-167

     次に、ロシア軍による近代的軍隊とは思えない蛮行については、兵士の質の問題があるのだという。
    <小泉 ……日本もドイツも近代的軍隊とは思えないようなひどいことを行ったわけですが、今回はそれに輪をかけてひどい。略奪して性的に暴行して家財を奪って「戦利品だぞ」と言って家族に送るというのは、とても現代の軍隊とは思えません。>p.76
    <小泉 今回のブチャやその他の都市でのロシア軍の悪行は、都市を制圧した後に治安部隊がやってきて、支配のために拷問をしたり見せしめに処刑をしたりするのとは、別の問題だと思うのです。そういう特別部隊に所属しているわけではない普通の兵隊がこのような悪行を働く。しかも妙に手際がいい。お前ら初めてじゃないなという感じがする。これには兵士たちの質の問題が関わっています。一九九〇年代のロシア軍は、軍隊に入ると飯は出ない、いじめられる、麻薬は蔓延しているという状態で、しかも戦地に送られるというのですから、まともな人は軍隊に行きませんでした。結局、やくざ者や重犯罪者が集まってきて、軍隊が刑務所のようになっていた。将軍たちが自分の配下の兵隊たちを農場で働かせ、農場主からキックバックを得たり、軍隊の中で麻薬を売って稼いだり、めちゃくちゃでした。そう考えると、今回のように戦地で悪さをして、それを手際よく売りさばくネットワークが軍隊の中にあってもおかしくない。ただ、それをこの二十年間、何とか克服しようとしてきたのがプーチン政権であり、セルジュコフ国防相の軍改革でした。……
    高橋 略奪を禁止する軍法もないし、それどころか略奪したものを組織的に運び出すメカニズムがあるのは衝撃的でした。そこで思い浮かぶのが、中国の人民解放軍ですよね。やはり西側諸国では、軍は機能的な専門家集団として位置付けられている。一方で人民解放軍は、もともとそういう存在ではないし経済活動も行っているので、よりロシア軍に近い組織の可能性がある。>p.77-78

     ロシアによる核兵器の使用については、現時点では米ロ間での核抑止が効果を上げている状況だが、今後の使用のシナリオとしては、停戦強要のための使用、西側の援助を手控えさせるための警告射撃としての使用が考えられるという。
    <小泉 ロシアには「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」と呼ばれる核戦略思想があります。限定的な核使用によって敵に「加減された損害」を与え、戦闘の継続によるデメリットがメリットを上回ると認識させる。この戦争で言えば、ウクライナの無人地帯や黒海上などで限定的な核使用を行い、戦闘の継続を放棄させたり、第三国の参戦を思い止まらせようというものです。>p.23
    <高橋 これまで、ロシアが化学兵器や戦術核兵器を使ってもおかしくない局面はありました。……しかし使用されてない。
    小泉 ロシアが自制したという印象はあまり受けません。マリウポリで街を丸ごと更地にして、子どもたちが避難している場所にわざわざ爆弾を打ち込む連中が、核や化学兵器だけ道徳的理由で手控えるとは思えない。となると、核を使った場合のエスカレーションリスクの大きさという実存的な脅威が、ロシアを踏みとどまらせていると見るべきです。これはつまり、やはり米ロ間の戦略レベルでの核抑止が一定の効果を上げていると考えるべきではないでしょうか。それゆえ戦争状態においても核を使用するという究極の決断は下せていない。米ロのお互いの戦略的アセットが生きている中でウクライナという局地において激しい通常戦闘が行われている。>p.102
    <小泉 他方で、ロシアの中でそのような思想が熱心に唱えられてきて、実際にそのためのアセットも持っていること自体は事実なので、危機的状況になった場合にロシアの限定核使用を心配しなければならないことは根本的には変わりません。……現在の状況では、あらゆる核使用の可能性が、蓋然性は低いとは分かっていても、可能か不可能かで言うと可能であるということをどうしても気にせざるを得ません。>p.105-106
    <高橋 ……同じことをアメリカも思っていて、介入を深めれば深めるほどロシアの核使用について考えないといけない。その中で、ここまでなら大丈夫だろうという形で情報提供と軍事援助をしている。ロシアも、それに対しては牽制はするものの物理的な阻止行動には出ていない。それはロシアが物理的な行動を行った場合に、アメリカの反応がエスカレーションすることを恐れているからでしょう。そう考えると、「安定と不安定のパラドクス」が両側で働いている感じがします。>p.106-107
    <小泉 今回の戦争は色々なものをひっくり返しました。ロシアの侵略、現場での狼藉、各国や人々の反応など、まさかと思うことが次々に起きるので、改めて安全保障は意図ではなく能力で考えるべきということが確認された気がします。そういう意味で言うと、核の役割低下は、できればそれに越したことはないですが、今ではないだろうと思います。>p.108
    <小泉 戦場で敵や軍に対して核兵器を使うシナリオ(戦闘使用)は考えにくい。とすれば、結局、ロシア軍の中で論じられ続けてきたいわゆるエスカレーション抑止型核使用の類型だと思います。一つは停戦強要のための核使用。もう一つは西側の援助を手控えさせるための警告射撃。この二つは排除されない。ただ、どちらもどこまでエスカレートするかわからないので、このまま使わずに済むならいいとロシアも考えていると思います。>p.109

     ウクライナ戦争ではドローンが戦場での「目」を変えたことで、これまでの戦争とは異なる様相を呈しているという。
    <高橋 ……苦労して橋をかけても、ドローンで橋の場所が特定されてしまえば、精密誘導兵器でピンポイントに破壊されてしまいます。……
    小泉 爆弾を搭載したまま車両に突撃して破壊する「自爆ドローン」が注目されがちですが、基本的にドローンは「目」の役割が大きいですよね。小型のトイドローンが戦場のあちこちを飛び回っていて、敵の部隊の重要地点を探している。サイズが小さく、突発的に出現するので、敵からすれば撃ち落としきれない。ウクライナで広がっている光景は、現代戦の難しさを象徴しています。>p.194-195
    <高橋 完全に消耗品となっていますよね。小型ドローンはイラク戦争の市街戦でも投入されましたが、ここまでの使われ方ではありませんでした。戦場の様相が今まで見たことがないものになっています。>p.196
    <小泉 ドローンに関して付け加えると、この兵器が面白いのは、人工的に高さを作り出すことを可能にした点だと思います。多くの兵士が自前の“高地”を手軽に持ち歩けるようになりました。>p.197
    <小泉 陸戦において「高地」の制圧は非常に重要です。高いところから周囲を見渡して、敵の位置を確認することで、その後の戦闘の主導権を握ることができる。>p.197

     ウクライナ戦争の今後の展望としては、プーチンが支持されている限りロシアは戦争を継続し、ロシアは孤立こそしても簡単には瓦解しないとして次のように述べられる。
    <小泉 ハイブリッド戦争の理論はあくまでも敵国が民主国家である場合を想定しています。民主国家だからこそ、国際社会で風向きが悪くなり、国内で支持を得られなくなると戦争が継続できなくなり、負ける。しかし、ロシアは権威主義体制であり、プーチン政権はテレビなど主要メディアを支配下に置き、ネット空間でもフェイスブックなどSNSにはアクセスができなくなっている。プーチンが支持されている限りは、ロシアは戦争を継続するはずです。>p.21
    <小泉 今回の戦争によって、米国一極のもとに世界が安定しているのではなく、複数の大国がそれぞれ異なる世界観を掲げて「競争的に共存する」世界に変化したのだと思います。この侵攻でロシアが世界から孤立するようになることは間違いないですが、しかし同時に簡単にがらがらと瓦解していくとも思えません。>p.28
    <小泉 占領できずに撤退、すなわち敗けた場合は、それでも「ロシア連邦」という国家は存続できるけれど、プーチンの権力は危うくなる。>p.168
    <小泉 ですから現時点で予想されるシナリオは、プーチンが総動員をかけて戦争をエスカレートさせることです。もし、数をもって戦っても敗けた場合、プーチンに残されているのは核しかありません。つまり、「人類の命運」と「プーチンという男一人の権力」を天秤にかけるという構図がロシアにはあるのです。それが独裁の本当によろしくないところです。>p.168-169
    <小泉 二十一世紀的な価値観の影響をプーチンだろうが習近平だろうが受けます。そして家族構造を見てもロシアは少子化なんです。都市部の中産階級の家に、子どもは三人も四人もいない。……そんな中、たった一人の息子を戦争に送れと、権威主義国家であればあるほど言えないのではないか。国民からの圧倒的な支持を受けていないと、現在の独裁者はやっていられない。>p.228

     その他、ロシア及びロシア人の内在的論理、プーチンの権力構造についても興味深い言及がされている。
    <小泉 日本は七十七年前の戦争で懲りて国際秩序を守ることに努めてきましたが、ロシアの自意識はそうではありません。むしろナチスに勝ったのは自分たちロシア人であり、国際秩序を守ったのだという自負があります。ソ連は崩壊したものの、何かに敗れたわけではない。それなのに、私たちはワルシャワ条約機構を解体したのにもかかわらずなぜNATOは残っているのか、なぜ旧ソ連の勢力圏まで拡大してくるんだという素朴な反発心を持っています。>p.31
    <小泉 プーチンの権力構造にはマフィア的な側面があると思います。マフィアというのは、それが誕生したときは反社会勢力ではなく住民の互助システムでしたよね。日本の感覚ではマフィア=ヤクザだけど、英語ではもう少し広い意味がある。アメリカ空軍では戦闘機乗り出身者を「ファイター・マフィア」と言ったりしますが、緩やかに価値観や利益を共有する団体というニュアンスだと思います。>p.159
    <小泉 ……ロシアの場合は昔から公的なシステムに対する国民の不信感が根強く、公に頼らず身内で助け合ってきました。こういう非公式の助け合いは「法」ではなくローカルな「掟」に基づいているので近代的な秩序には馴染まない。この「掟」に基づく互助構造の総元締めがプーチンなのだと思います。>p. 160
    <小泉 イタリアは曲がりなりにも民主国家なので、ベルルスコーニは権力の座を追われた後、和紙細工みたいになりながらも次の人生を歩んでいけるわけです。プーチンにはそれができません。政権が転覆したらカダフィのように殺されてしまうかもしれない。自ら勇退したとしてもどういう目に遭うか分からない。だから死ぬまで権力者をやるしかありません。>p.165-166
    <小泉 要するに、いっぱい住んでいて都市を築いている場所はもうロシアなんだと。その理屈で言うと、ウクライナやベラルーシは、プーチンに言わせれば、明らかにロシアでなければいけない。ずっと長らくロシア帝国の一部でもあったし、まさに中国における台湾みたいな感覚で、いずれロシアに回収されるべき場所だと思っている。ただ同盟や貿易、ロシア語のようなものを通じて、ゆるく統制を及ぼしていればいいと考えていたのに、ここ十年のウクライナは完全に離れていってしまったという危機感をロシアは持っていたのではないか。それにプラスして、二十二年もの独裁でプーチン自身も手が付けられなくなっていったのでしょう。>p.233-234
    <小泉 行き詰まり感は確実に増しています。でもロシアの場合は自分の家の庭から色んなものが出ます。石油も出ればジャガイモも生える。そこが日本や北朝鮮とは違うところです。品質は高くないけれども、自分たちで走る車がつくれる。最新のiPhoneやレクサスは手に入らないかもしれませんが、別に生きてはいける。>p.244
    <小泉 ……『北斗の拳』世界になった時には、ロシアは絶対「ヒャッハー」側なわけです。国際分業が崩れたり、自由貿易でコモディティ(日用品)が入手できない世界になったら、それはロシアは強いです。なんでも自給できるから。たぶんロシアのカルチャーそのものが、「ヒャッハー」世界に特化されているんです。ユーラシアのそういう世界でずっと生き抜いてきた平地の民の世界観が、ロシアの様々なものを良くも悪くも形作ってしまっている。民主的なロシア、解放的な世界に生きているロシアを一時期夢見たけれど、ロシアの社会が持っているクセが最終的にプーチンを選び出してしまったし、プーチンにここまでやらせてしまった。>p. 245
    <小泉 ……ロシア人は自然災害よりも、外国の侵略よりも大動乱を恐れているように見えます。大量虐殺が起きてしまうからです。それが心底怖い。共産党がわりとよく治めてきたと中国人が思っているのと同じ感覚を、プーチンに対してロシア人も感じているでしょう。二十二年間のプーチン政権での安定によって、生活がまともになったことも評価している。選挙で票の操作をしなくても、プーチンの支持率は高いと私も思います。であるからこそ、中国共産党にせよ、プーチンにせよ、民意で支持されていることをわれわれは認識しておく必要がある。>p.246

     もっとも、日本人にとっては、このウクライナ戦争ははるか遠くで行われている「他人事」のように考えてしまいがちだ。しかし、小泉氏はこの戦争でロシアのミサイルが日本に飛んでくる可能性が全くないとは言い切れないことを指摘する。
    <小泉 ウクライナ戦争がさらに拡大し、ヨーロッパ全体を巻き込んだ大戦争になってしまった場合に限りますが、在日米軍基地にロシアのミサイルが飛んでくる可能性はあります。ロシアの軍事思想は「アクティブ・ディフェンス」が特徴で、守るためには相手の攻撃能力を先に叩くという発想です。米軍の攻撃からカムチャッカにある原潜基地や極東のウクラインカの爆撃基地を守るために三沢や横須賀の米軍基地を先に叩くと考えるのは自然な流れと言えます。>p.26

     さらに、小泉氏はウクライナ戦争によって、日本を取り巻く安全保障環境はそれ以前の状況から根本的に大きく変わってしまったとして、非常に重要な指摘を行っている。
    <小泉 プーチンは「日本にどこまで主権があるのか疑問だ」と平気で言ってきますが、それはご指摘のようにアメリカ頼みの気持ちを捨てられずに来たからだと思います。しかし今回ウクライナで、第二次世界大戦後最大規模の戦争が起きた。アメリカは相当な軍事力をヨーロッパに張り付けておかなければいけないでしょう。だとすると、われわれが半年前まで予想していたような、アメリカが全力を挙げてインド太平洋で中国を軍事的に抑止してくれるというシナリオは、おそらくもう望みがたいのではないかと私は思うんです。アメリカのコミットメントがかなり限られてくる中で、中国に変な気を起こさせないためには、われわれ自身がどこまでやるのかを真剣に考えないといけません。ウクライナ危機がめぐりめぐって日本の安全保障の足元をグラグラさせていると感じています。>p.219

     個別の対談では、防衛研究所の高橋杉雄氏との対談は安全保障の専門家同士のもので、特に内容が濃く非常に読み応えがあるものだった。安田峰俊氏による中国から見た指摘も興味深かった。他方、対談相手のなかに、根拠を示さずに思いつきを喋っているような感じで、そのうえ何を言いたいのかがいまいちわからないような人物がいたのは残念だった。

  • 世界には多様な価値観が混在しているのだということを、改めて理解することが出来ました。

    イズムィコ先生と、東浩紀や砂川文次、片渕須直、高橋杉雄、ヤマザキマリらとの対談集

    開戦から200日くらいまで。今となっては、、、という点もあるけど、リアルタイムで進行中の事象なので仕方ないか。

    このタイミングで読むことに意義があるって感じの一冊。

  •  様々な分野の専門家と著者小泉との対談集。ウクライナ戦争を多方面から見ることができる。
     露との共存が必要な現実。軍事交流の意義。ウクライナ戦争の戦況、火力と兵力の消耗線。戦争と地続きの日常、小文字の安全保障と大文字の安全保障。東独と露の「統一負け組」の共通点。

  • ウクライナ戦争開戦後に、ロシア軍事の専門家が本職の同志イズムィコによる対談集。
    軍事専門家から、作家まで多岐にわたる対談相手により、ロシアによるウクライナ侵略戦争の歪さと、コレを歪と思い込んでしまうバイアスについて興味深い示唆を受けとることができる。特に、ヤマザキマリ(イタリア)、マライ・メントライン(ドイツ)、安田峰俊(中国)などの異なるバックボーンからの支店を得ることができるのは有益である。

    それにしても、国民性が「ヒャッハー」に最適化されているロシアって…

  • ロシアウクライナ戦争をさまざまな観点から眺めることのできる本。

  • 学びが深いです。
    国際政治チャンネルをみている時にも思うのですが、対談方式でしか出てこないニュアンス的なものについては言うまでもなくあります。
    個人的にはドイツ、中国における雰囲気を知れたのはとても学びが深かったです。

  • 特に映画監督の片渕さんとの対談が印象的でした。

  • (2023/12/26読了)

    基本的にロシアのメンタリティーは理解不能。(戦争のメンタリティーも)

    日本にいてロシアのメンタリティー、理屈を推し量ろうとしてもムリ。

    核は使うかも知れない。

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著者プロフィール

東京大学先端科学技術研究センター准教授

「2026年 『法と哲学 第12号』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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