- 文藝春秋 (2023年4月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784166614066
作品紹介・あらすじ
恐れず変化の種をまくために。
炎上や論破ゲームに乗らず、
分断と差別を乗り越えるためには。
ハーバード大学准教授で小児精神科医・
脳科学者でもある著者が、心と脳のメカニズムに立ち戻り、
激動の時代のアメリカ社会の変化を捉え、
三人の子どもを育てる母親の立場から考える希望の書。
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プロローグ 妊婦のワクチン啓発で気づいたThemとUs
第Ⅰ部 炎上はなぜ起きるのか
第1章 脳科学で考える炎上のメカニズム
第2章 炎上への処方箋
第Ⅱ部 差別と分断を乗り越えるために
第3章 子どもに学ぶ同意とアドボカシー
第4章 マイクロアグレッション ムズムズした気持ちに名前がつくことで
第5章 アメリカ社会の差別から学ぶ アジア人男性とハリウッド
第6章 ベトナム帰還兵との対話 ThemとUsは簡単には分けられない
第7章 沈黙を破る 「沈黙は共犯」の後で
第Ⅲ部 女性小児精神科医が考えた日本社会への処方箋
第8章 子どものメンタルヘルスに向けられる偏見に打ち勝つ脳科学
第9章 女性を苦しめる労働環境は男性をも苦しめる
第10章 「母」への眼差し、女性の身体の自己決定権
エピローグ ラジカル・アクセプタンス ソーシャルジャスティスを育てるために
感想・レビュー・書評
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「正す社会」になった。「監視する社会」でもある。しかし、これは同時に「表明し、表現する社会」になった故の事だ。つまり、表明するから反論したり炎上したり、時に賛成派がついて分断になる。これも単にネット社会、一億総表現者が齎した現象で、だからこそポリコレやMe tooが成立する。追随する対象があるから、tooである。ポジティブな方に目を向けるなら、「フォローする社会、いいね社会、リコメンドを得る社会」とも言える。だが、これらはどちらも「過干渉社会」だ。
表紙は著者の覚悟。よく見れば分かるが、妊婦。そしてワクチン接種後。ワクチンが妊婦に良いか否か、一応の科学的根拠を信じても、そもそもワクチンはノーリスクではない。反ワクという人を馬鹿にした表現もあるが、過去には髄膜炎を起こしたワクチンもあり、治験ならば薬害リスクも不安になるのが普通。賛否をいちいち表明し合う所に分断がある。任意なら任意で、そっとしておけば良い。未だにネットでは、接種したか否かで勝ち負けを競う。正直どうでも良い。ムードに任せず、己の判断の責任は己で取る。
本書の中身は、著者の内田舞が出演する動画で語られる内容と被る。だから動画でも良い気がしたが、改めて勉強になった。こうした社会と戦う為の言葉。皮肉だが、これすらも勝ち負けを競う、言葉の武器だ。
ー アメリカで Whataboutismという言葉が主流メディアで使われるようになったのは冷戦中で、旧ソ連で国家を批判したジャーナリストが逮捕されるといった非人道的な政策が西側諸国から非難される度に、旧ソ連が「アメリカでは黒人が殺されているじゃないか」などとアメリカの問題に論点をずらすコメントを出したことがきっかけでした。現実にはアメリカの人種差別も、旧ソ連での言論の規制も問題であるはずなのに、「あなたの国はどうなの?」と相手国の問題を指摘することで、自国の問題を「よし」あるいは「仕方なし」としてしまうねじれた論法、これが Whataboutism です。
ー Strawman(ストローマン)とは中身のない「意人形」や、本物の人間に見えるけれども実は偽物の「かかし」を指しますが、Strawman Strategy (ストローマンストラテジー)、つまり「かかし術」とは相手の論点に直接反論するのではなく、相手の論点とは違うダミー(かかし)のような論点を別に作り出して、その「かかし」を攻撃する手法です。「かかし」を攻撃することで、ずれた論点に焦点が移り、本来の論点に関しては議論しなくてもいいような状況が生まれることもあれば、相手の人格を攻撃する「かかし」作りによって聴衆が相手に向ける言頼を失わせることもある手法です。
ー 加害者側は全く罪悪感もなく、無意識に Gaslight(相手の正常な思考を奪う)していることが多いので、注意していないと、被害者は自分が被害者だという事実を忘れてしまうことも少なくありません。Gaslighting はここで紹介する心理操作手法の中でも特に精神医学の世界ではもっとも身近なもので、ドメスティックバイオレンス(DV)で見られることが多いのですが、ネットコミュニケーションでも頻繁に顔を出す心理操作なのです。
ー Ad Hominem(アド・ホミネム)とはその主張自体に具体的に反論するのでなく、発言者の人格攻撃によって発言の信頼性を失わせようとするもので、「人格攻撃」「人身攻撃」と訳されることもありますが、これも様々な場面で目にするねじれた論理です。
ー 両極論の中間地点が正しい位置だという論理の間違いを、Middle Ground Fallacy (ミドル・グラウンド・ファラシー)、「中道の誤謬」といいます。「分断を超える」には双方の共感が必要なのは間違いありませんが、双方の対話や経験の共有の末に行きつく結論が、常に両極の意見の中間にあるわけではないのです。例えば公民権運動において目指すべき終着点は、人種も性別も関係なく誰にも平等に権利が与えられることであり、「権利は白人のみに与えられるべきだ」という白人至上主義と、「有色人種も白人と同じ人権を持つべきだ」という対立意見の中間地点が正しい結論ではありませんでした。
ー 「ラジカル・アクセプタンス」とは心理学用語で、自分のコントロール下ではない場面で起きたことを、良い/悪いの評価なしに「それはもう起きたこと」とアクセプト(受容)して前に進むことを意味します。今はよく自己責任の時代と言われるように、良い結果も悪い結果もすべて自分の努力と因果関係で結びついたものと思いがちですが、自分の努力の届かない範囲の出来事も私たちには降りかかります。そうした不運のようなものが結果を左右することも少なくないでしょう。私は元々フィギュアスケートをやっていたこともあり、大のフィギュアスケートファンなのですが、羽生結弦選手の不運に際しての美しい演技に、このラジカル・アクセプタンスを見ました。
集団対集団で一々否定したり攻撃したりする本能は、性欲みたいな遺伝子レベル、進化の選択圧みたいなものだ。自粛警察、炎上投下チャットは、下品な性的発散とも似ている。中野信子が正義は快楽と言っていたが、つまりは欲求充足的な行為。見えない他者への性的発散は、はしたない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
【感想】
本書『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』は、ハーバード大学准教授で小児精神科医・脳科学者で三児の母でもある内田舞氏が、脳科学や心理学の見地から、現代社会における分断と差別の原因・対処法について語っていく一冊だ。データに基づいたガチガチの科学・社会学本というわけではなく、ネット上や現実空間で広く散見される差別・対立について、自身の経験を例に挙げながら改善に向けた指針を示す提案書のような形となっている。
近年では、SNS上でもリアルな場でも、差別的な偏見や発言が多く見られる。
そうした不快な言動を目にした際の対処法として、筆者が積極的に提唱しているのが「再評価」である。「再評価」とは、ネガティブな感情を感じたときに一旦立ち止まり、その感情を客観的に再度「本当に今このようなネガティブな感情を感じる必要があるのか」と評価して、状況、または感情をポジティブな方向に持っていく心理的プロセスだ。感情が「好ましくない状況である」と「評価」して瞬時に行動に移す前に、一回立ち止まって再度「評価」し直す。
筆者は一例として、自分の息子が構ってほしくてわざと水をこぼしたときのエピソードを挙げている。忙しいときにわざとイタズラをされるとつい叱りつけたくなってしまうが、そうせずに、「今何が起きたか一緒に『再評価』しよう」と提案した。そうして息子の話をよく聞くと、ママが構ってくれない→僕はママにとって一番大切なものじゃない→自分に注目して欲しくて水をこぼした、と翻訳することができた。すると息子のイタズラに怒りを覚えることなく、「忙しいときはいつでも一番に対応できるわけじゃないけど、ママにとって一番大切なのはあなたなんだよ」と諭すことに成功したのだ。
こうした「再評価」を、例えばネットでの炎上やマイクロアグレッションという厄介な事象に対して適用してみる。怒りを覚えて攻撃し返す前に、「なぜこの人はそんなことを行ってしまうんだろう?」と立ち止まってみる。そうして経験を振り返り、自分の感情、考え、行動について向き合えば、同じ状況でも全く別の捉え方、別の視点が生まれてくるのだ。
――「正義が存在する積極的平和」のために必要なことは、なによりも我々一人ひとりが無意識に持っている考えを意識的にみつめる「再評価」の努力なのではないでしょうか。自分自身の行動や感情の発露に耳を傾け、自分の意思は自分のものと尊重しながら、他人とも一面的でなく多面的に向き合うこと。その過程で起こる気づきがアドボカシーの声になり、共感するエンパシーになり、自分事として社会と関わっていく責任と判断に繋がっていくと信じています。
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【まとめ】
1 脳科学から見る炎上のメカニズム
人間は集団のリーダーや憧れの人から承認を得ること、あるいは集団内の多くの人と情報を共有できる関係にあることを、生存において有利になる「好ましいこと」と認識するようになった。このような脳の機能があるため、人間は他者からの承認を快楽とみなしている。
脳は「生存に好ましい」か「好ましくない」かを優先し、感情を司る脳部位である扁桃体は強く活性化し、強い感情を抱く機能を保っている。そのため、現代社会において我々が抱いた不安や怒りや悲しみといったネガティブな感情がなかなかすっきりせず長く続いてしまったり、さらに悶々と深いネガティブ思考へとはまっていってしまうことがある。そして、ネガティブな感情に支配されると「生存のために行動しなきゃ」と無意識に焦燥感に駆られて行動に出てしまう。
このような脳機能のはたらきが行き交うネットコミュニケーションにおいて、強い承認欲求と悶々と持続するネガティブな感情のはけ口となるのが、SNSだ。簡単に解決策を見いだせないゆえの不満の感情を吐き出し、意見の違う誰かを攻撃することで、同調する人の「いいね!」が付く。それは「いいね!」ボタンを押された人にとっては、味方を得たような安心感を与えてくれる。そうしてフィルターバブルの中で、間違った方向に意見が導かれていく。
日常会話でもネット上の議論でも頻繁に現れる論理のねじれの一つにWhataboutism (ホワットアバウティズム)がある。「そっちこそどうなんだ主義」や「おまえだって論法」と表現されることもある Whataboutismとは、自分の問題点を指摘されたと感じたときに“What about you?”(そういうあなたはどうなのよ?)、“What about that?”(あれはどうなの?)と相手の欠点などを指摘することで、本来の論点である自身の問題点に関する議論を避けることである。
例えば、菜食主義を心がけている人に対して「動物実験を経て人間に適用された医療は受けるくせに」や、日本のジェンダー問題に関する発言に「アメリカのほうが日本よりも性犯罪が多いじゃないか」と言及し、論点をすり替える手法である。
ほか、
・ガスライティング…被害者にも責任はあった、被害を受けたと思いこんでいる感性や心に問題がある、と被害者側を責める
・アド・ホミネム…人格を否定することで、その人の意見を否定する
・中道の誤謬…両極論の中間地点が物事の正しい地点だとみなす
といった論理のねじれが存在している。
2 炎上への処方箋
●相手の目的を再評価する
「再評価」とは、ネガティブな感情を感じたときに一旦立ち止まり、その感情を客観的に再度「本当に今このようなネガティブな感情を感じる必要があるのか」と評価して、状況、または感情をポジティブな方向に持っていく心理的プロセスである。感情が「好ましくない状況である」と「評価」したときに、瞬時に行動に移す前に、一回立ち止まって再度「評価」し直すのだ。
発信に対してネット上で攻撃を受けたときも、いったん立ち止まり、発信の目的を「再評価」してみるのがよい。例えば、攻撃を向けてくるある特定の人の発言が頭を占めたとしても、私にとっては「この個人をいま論破すること」が目的なのではなく、「女性の自己決定権が得られるように、多くの人に新しい視点を伝えたい」といった思いで発信したのだと考え直せると、特定の人からの的外れな攻撃は相対的に小さなことだと思えるものだ。
再評価を挟むと、「何もいま、この個人に私の考えが理解されなくてもいい」と一呼吸置いて考えられるようになる。もちろん、その場での反論に効果があると感じる際は行動に出ることがあっても、ほとんどの場合、ネット上の一つの会話においてその場で何か大きな方針などが決まるわけではない。「再評価」の過程を踏まずに、感情に任せた攻撃をして相手を追い詰めても、ほとんどの場合、それによって自身の幸せが得られるわけではないだろう。
誰かを熱く支持・批判する過程で、他人のイシューを、自分が発信したい内容に無意識にすり替えてしまっているかもしれない可能性を意識してみることも大切だと感じる。本当の意味で誰かの発言をサポートするには、その人がどんな経験を持ち、どんな思いでその言葉を発しているのかを想像する努力、つまり「他者の靴を履く」と比喩される「エンパシー」が必要である。論理のねじれに引き込まれないためには、「勘」だけでなく、「エンパシー」も重要な役目を果たすのではないだろうか。「勘」と共に「エンパシー」を育てるためにも、多様な人との関わり、多様な経験が大切なのだ。
3 マイクロアグレッション・差別
マイクロアグレッションとは、「政治的文化的に疎外された集団に対して、日常の中で行われる何気ない言動に現れる偏見や差別に基づく見下しや侮辱、否定的な態度のこと」と定義される。アメリカで生まれ育ったアジア系アメリカ人に対して「どこの国の出身?訛りがないね」とまるでアメリカ人ではないと決めつけるかのような発言をすること、また、社会で起こっている差別を認識することなく、「そんな差別は存在しない」と、さも現実には不平等な扱いがないかのように主張することなどがマイクロアグレッションに入る。
共通しているのは、同じような言葉を、例えば人種差別の構造においては強者である白人が受けることは、黒人やアジア人に比べて相対的に少ないという点である。
マイクロアグレッションは何もないところから生まれるわけではなく、個人、そして社会全体が持つ「無意識の偏見」から生じるものだ。例えば、「黒人は危険だ」といった「無意識の偏見」が警官による多くの黒人への暴力につながり、「アジア人は劣っている」という「無意識の偏見」によってコロナ禍でのアジア人の殺害などの「人を傷つける」というレベルでは済まない加害へと繋がった。
マイクロアグレッションはこういった構造的差別が存在する社会の中で無意識に培われた隠れた個人の偏見であり、マイクロな差別とマクロな差別とは直線で繋がっている。加害者に悪意がないからと被害を真剣に取り扱わないことで得をするのは加害者のみであり、被害を受けた者のトラウマは続くことになる。
19世紀後半から100年以上にわたって差別が容認されてきたアジア人をめぐる状況が、パンデミック中のヘイトを機に大きく前進した。Black Lives Matter の運動が盛り上がり、人種差別について語られる機会が増える中で、“Stop Asian Hate”というアジア系への差別に声を上げる運動も大きなうねりとなった。この社会変化と共に、アメリカの中でのアジア人の表象は大きく変わり始めた。
時代に応じて移り変わる社会の中の思想や常識が、メディアにおける時々の表象を生み出し、そこに映し出されるイメージが、視聴者や読者の考えやイメージ形成にも無意識に影響する。そして、そこに自分たちの声や視点がないと感じたならば、その人は新たな物語の書き手や紡ぎ手になるかもしれない。そんなメディアと社会との相互作用が働くのが「表象」である。
アメリカで育つ日本人の息子たちがアメリカメディアに映し出されるアジア人男性を見て、「自分のアイデンティティには価値がある」「自分はなんにでもなれる」「自分は自分のままでいい」と感じられるように、表象の議論が進むことを願っている。
4 日本社会への処方箋
どんなに周囲の働きかけや本人の努力があっても、精神疾患を発症する子どもがいるのも事実である。子どもの精神疾患は、実は広く罹患者がいる非常に一般的なものなのだが、世界的に未だ偏見が強く、経験者やその家族が「子どもがメンタルヘルスで悩む」とはどのような体験なのかを共有しにくい環境にある。
うつ病の有病率は3~17歳の子どもで4.4%(2016~19年)、12~17歳の思春期の子どもでは15.1%(2018~19年)と報告されており、全く無視できない数の子どもたちがうつ状態で苦しんでいることがわかる。
不調の原因が病である場合には、治療できることはたくさんある。そして、病という診断名があってもなくても、自分の感情や考え方をよく理解し、心との付き合い方について学び、日常生活の中で意識していくのはいいことなのだ。「まだうつになるような年齢じゃない」などと考えずに、早い段階での治療もあることを視野に入れておくといい。
女性が働きやすい=女性が育児をしやすい、ということではない。女性の働きにくさを作っているのは育児ではなく、夜も週末も働かなければならない長時間労働体制、容易に転職ができない終身雇用制、生産性ではなく働く時間の長さも評価の対象になる評価体制、生産性に応じた給与が支払われないフレキシビリティのなさ。このような日本の労働環境の構造が要因であり、そこが変わらない限り、何も本質的に変わらない。
だが、環境構造の問題であるにもかかわらず、批判の矛先は「育児中の女性」個人に向きがちである。その結果、女性は労働力から押し出され、長時間の家事・育児を強いられる一方、男性は長時間の有償労働を余儀なくされて家族と関わる時間を奪われている。
女性を苦しめる労働環境は、男性をも苦しめるのだ。 -
米ハーバード大学医学部准教授、小児精神科医として活躍する内田舞さんの新書。オリエンタルラジオ/中田さん、フリーアナウンサー/平田理央さんと高校の同級生だったという話をどこかで見聞きしたときに知った方。お母様も医師、お父様は分子生物学者で、幼少時に欧米数カ国での在住経験を持つ。そんな環境下で育った彼女は人生を歩む地として日本ではなく米国を選択。日本の女性に対する役割の押し付け方などに違和感を持ち、日本を去る決意をしたとのこと。非常に聡明で前向きで、素敵な方。そんな彼女が米国で生活の基盤を築くことを決められたのは、やはり彼女が育った家庭環境も大きかったんだろうなと思った。
SNS、ジェンダー、多様性、コロナ禍での妊婦のワクチン接種に関する話など、多くの事例を用いて「ソーシャル・ジャスティス」について論じている。未だ閉鎖的な日本、多様性を表向きには重んじるが根強い無意識の差別意識の残るアメリカなど、国ごとに抱える問題についても意識するきっかけになった。最終的には、社会の固定観念に縛られず自分の信念を持つ、間違ったことには声をあげる(見て見ぬふりをするのは間違ったことをしていることと同じ)といったことが大切なのだと感じた。
内田さんは、社会をより良い方向に変え、どんな人でも生きやすいものにしようと、ご自身の持つ知識、立場を活用し、前向きな姿勢で取り組んでいるのが本当にすごいと思った。私はアメリカに長期で滞在した経験は持たないが、出てくる話がとてもアメリカらしいものばかりで、アメリカに根を下ろし生活している内田さんだからこそ書ける内容だと思った。
私も今の日本の「常識」などに思うところがあるが、それが常識などと鵜呑みにせず、いつでも批判的思考を持って、小さなレベルでも変えていく姿勢が大事にしたい。また、自分に合う環境に身を置く大切さも書かれており、これについても同意。
「社会」という大きなものを取り扱っているが、自分も引き続き自分らしくがんばろうと前向きになれる本。 -
著者の内田さんは、アメリカ合衆国に基盤を持つ小児精神科医だ。
彼女には人生を通してのテーマが3つあり、それは科学、ソーシャルジャスティス(社会正義)、そして人間が大好きだということで、それが重なった部分が小児精神科医という職業だったと言う。なりたいと思っていても簡単になれるものではないので、素養があったとしても、かなり努力をされたことだと思う。
さてこの本は、心理学も含めた脳科学の知見から、そして自分自身の経験や子どもたちと過ごす日々から気付かされたことをベースに書かれている。その背景には決して順風満帆な活動が行われてきておらず、それ故に考えさせられたことが発信源となっているように思える。
人間は社会的動物であり、ほとんどの場合一人では生きられない。そして他者との関係を築く機能は、進化の過程で生存に関わる大事なものとして発達してきた。その結果、集団のリーダーや憧れの人から承認を得ること、あるいは集団内の多くの人と情報を共有できる関係にあることを、生存において有利になる「好ましいこと」と認識し、脳内で大量のドーパミンが放出されるメカニズムができあがった。このドーパミンの放出は私たちに興奮や快楽といった感情をもたらす。このような脳の機能があるため、人間は他者からの「承認」を快楽と見なし、他者からアクションがほしい、他者とつながりたいと感じるのだ。また、放出されたドーバミンの量が下がった後には、もう一度同じ量のドーパミンがほしい、つまりは「もっと承認がほしい」と思うため、ときとしてSNSに中毒的になってしまう。
外敵から身を守られ安全で、食料にもありつけるような現代では、日常的に接する状況のほとんどが直接「生存」に関わるものではなくなったが、相変わらず脳は「生存に好ましい」か「好ましくない」かを優先し、感情を司る脳部位である扁桃体は強く活性化し、強い感情を抱く機能を保っている。また、現代社会における不安や抑うつを感じる状況というのは、先祖たちの時代とは違うので、その状況下で感じている感情が正しいものかどうかの判断も難しくなった。
ネガティブな感情に支配されると「生存のために行動しなきゃ」と無意識に焦燥感に駆られて行動に出てしまうものなのだ。
これらに対処するためには、立ち止まって考え直すカ=「再評価」が必要だろう。
これは、お互いが違う個人だということを認め、「自分や他人の個人としての意思や身体をリスペクトすること。つまり互いの意思を一致させることよりも、むしろコミュニケーションをすることに重きを置くこと=「同意」が大切なのだ。
自分の感情、考え、行動について、正直に向き合い、自分だけでなく相手の立場に立ってエンパシーを持って状況を再度評価してみること。こうして今まで抑制されていた前頭前野を活性化してみると、同じ状況でも全く別の捉え方、あるいは別の視点に気づくこともあるはずだ。
アメリカで生活する上では、トランプとその共和党岩盤支持層、彼の娘イバンカ、そして彼によって指名されたカバノー連邦最高裁判所判事らによる、中絶を禁止すると言う女性の自由を拘束する動きも非常に身近な問題だ。
著者曰く、産めない、あるいは産まない背景にも、さまざまな女性たちの生き方と思いがあり、それぞれの身体に根差す経験があるはずだ。だからこそ、生殖に関わる女性の身体は時々の政治にコントロールされるものではなく、積み重ねられた科学的知見をベースに、何より個々人の尊厳が守られることを大事にしなければならない。女性たちの健康を守るための選択を女性自身が主体的に決定できるようにするのが理想であるべきだ と。 -
ハーバード大学の脳科学者であり、精神科医の著者が、世の中の炎上や分断を解決するヒントを紹介している本です。自身もアメリカで暮らすアジア人女性であり、著者が体験した分断などのトラブルから得た考えも興味深く読みました。
他人から承認を得ることでドーパミンが放出され、もういちど同じドーパミンを得たいがためにSNSの中毒が起こるという仕組み。さらにネガティブな感情に支配されると、生存のために焦燥感に駆られて行動してしまう、人をコントロールしたくなるのも脳機能によるもの。
ではどうやったら厄介な脳機能とうまく付き合い、炎上に便乗してしまわない自尊心を育てられるのか?
ネガティブな感情を感じたときに 一旦 立ち止まり、その感情を客観的に再度「本当に今このようなネガティブな感情を感じる必要があるのか」と評価して、状況、または感情をポジティブな方向に持っていく心理的プロセス、【再評価】をすることだと著者は言っています。
「感情」「考え」「行動」の三つを分けて「再評価」するのが有効だそうです。
こうやって立ち止まって相手や自分の意図や感情に向き合い再評価することで、相手の言動が自分への敬意を欠いているといちいち腹を立てることもなくなるかもしれません。 -
内田舞さんご自身の経験を踏まえ、他人から攻撃された際(炎上)の対処法から始まり、マイノリティへの差別やマイクロアグレッションに対する向き合い方等、分断を乗り越えるためのエッセンスが盛り込まれた濃い一冊。
炎上時等の他人から攻撃されている際にはただつらいという思いや怒りの感情が先行してしまうが、自分の心を守るうえで相手の主張がどのような構造なのかを理解するのが大切。そもそも論点がすり替えられていないか、本当に被害者に問題があるのか…等々、よくある論点のねじれの解説は、つらい状況下にいる際の処方箋になると思った。
また、本書を読む中で一見華々しい経歴に見える彼女が今までいかに努力をされてきたのかが伝わってきた。それは日本にいる際感じた違和感をもとに、自分らしく生きることを決断したからであって、尊敬される存在やスーパーウーマンになりたいと思ったからではない。
正直、内田さんを初めて知った際には自分からはかけ離れた、ある種別の次元の最強の女性(言い方…)と思っていたが、その思い自体がマイクロアグレッションかもしれないし、そもそもそのように思っているのは自分の中で「女性はこうあるべき」といった固定概念があるからなのか?と気づいた瞬間、衝撃を受けた。
本書を読んで、「女性だから」と勝手に自分でボーダーラインを引かずに、自分の生きたいように生きてもいいんだ、と勇気づけられた。「再評価」も参考になりました。 -
ぐうの音も出ないほどの優秀さに頭が下がる思い出いっぱいだった。この境地にたどり着くまでにどれだけの努力と経験を積み重ねてきたのだろう。決して相手を否定せず、相手がどんな立場でどういったプロセス・方法で語り、その危険性は何かを悟し、そっと処方箋を置いていく。
最高にエレガントな人だと思う。
これを全員が考えられるようになることは100% 不可能だし、そもそも相手にする必要はないと思ってしまう。しかし、それでも今後の社会をよりよく残していくために考え、厳しくもちゃんと伝えていく精神。
それは世阿弥が能をいかに現代に残すか考え、模索する姿に近いものを感じる。 -
⚫︎感想
大切だと思ったフレーズ
「言語化できない違和感に言葉(名前)を与えることで、自分や相手の感情や考えを明確化すること。論理の整理は自分の心を守ってくれる強い鎧となってくれる。」
ホワットアバウティズム
ストローマンストラテジー
ガスライティング
…などの様々な論理のすり替えの手法を紹介してくれる。たしかに言葉を与えると、今相手はホワットアバウティズムで私を打ち負かそうとしているな…と対応できるが、知らなければ、言葉に詰まることもあるかもしれない。
正しく「知る」、論理的に頭を整理することは
物事に対して自分の考えを持ち、尚且つ柔軟に対応するための唯一の方法だと思った。
また、小説のことも連想した。
言葉にならない感覚を、小説も示してくれるからだ。小説を読むこともまた、人を強くしてくれるのだと思う。
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
恐れず変化の種をまくために。
炎上や論破ゲームに乗らず、
分断と差別を乗り越えるためには。
ハーバード大学准教授で小児精神科医・
脳科学者でもある著者が、心と脳のメカニズムに立ち戻り、
激動の時代のアメリカ社会の変化を捉え、
三人の子どもを育てる母親の立場から考える希望の書。
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プロローグ 妊婦のワクチン啓発で気づいたThemとUs
第I部 炎上はなぜ起きるのか
第1章 脳科学で考える炎上のメカニズム
第2章 炎上への処方箋
第II部 差別と分断を乗り越えるために
第3章 子どもに学ぶ同意とアドボカシー
第4章 マイクロアグレッション ムズムズした気持ちに名前がつくことで
第5章 アメリカ社会の差別から学ぶ アジア人男性とハリウッド
第6章 ベトナム帰還兵との対話 ThemとUsは簡単には分けられない
第7章 沈黙を破る 「沈黙は共犯」の後で
第III部 女性小児精神科医が考えた日本社会への処方箋
第8章 子どものメンタルヘルスに向けられる偏見に打ち勝つ脳科学
第9章 女性を苦しめる労働環境は男性をも苦しめる
第10章 「母」への眼差し、女性の身体の自己決定権
エピローグ ラジカル・アクセプタンス ソーシャルジャスティスを育てるために
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再評価とは、
ネガティブな感情を感じた時に一旦立ち止まり、その感情を客観的に再度
「本当に今このような感情を感じる必要があるのか」を評価して、
感情や状況をポジティブな方向に持っていくプロセスのこと。
顔の見えないsnsの世界で
他者を攻撃する前に自分の感情と向き合う事が大切だと思う。
再評価、ぜひ実践していきたい。 -
-
社会的に、私的に、さまざまなことを感じた後だからこそ、読む価値のあった本。これを読んで変わってくれる人がどれだけいるのか、そもそも読んでくれる人がいるのか、想像すると少し悲しくもなる。社会科学の側面からも、こうした書籍の大切さが広く理解されることを願う。
-
信じたい、そうであってほしいものを事実として認識してまう
感じるままではなく、感じたものを頭で考えて行動したい -
アメリカの精神科医の女性が、主に女性の人権や社会について綴った一冊。
言ってることはよくわかった。 -
日本社会に存在する目に見えない偏見や差別、抑圧などについて、海外に出たからこそ得られた客観的な視点で書かれていると思った。社会の分断にどうやって立ち向かえば良いのか、その考え方も極めて冷静沈着。RBGの本を読んだときのように、社会にインパクトを与える真の知性とはこういうものだと、尊敬しかない。
SNS炎上で見られる論理のねじれ、同意とアドボカシー、マイクロアグレッション、ラジカルアクセプタンスなどなど、この本で初めて知った概念は数知れず、もっともっと勉強したいなと思わされた。最後の旦那さんとのエピソードなども、愛情豊かな人柄が感じられてほっこり。 -
話題の本にはでていたが、表紙がなんだかセンセーショナルな感じがしてスルーしていた。
が、高橋源一郎の飛ぶ教室に出演されていて、人となりを知ってイメージとは違うことを知る。
なかなかに難しいテーマではあるが、最近はこのような内容を提起した小説も増えてきており、フィクションだけでなく現実をきちんと捉える、把握する良い機会でもあった。
とはいえ、まだまだ理解は追いつかないというのが正直なところ。 -
ベトナム帰還兵との対話が印象的だった。自分と背景の違うアジア人女性が自分の怒りをこんなふうに分解して理解してくれたら、感じるところは多そうだなあ。
労働環境において女性の苦しさは男性の苦しさにつながるとか、マイクロアグレッションとか、再読してしっかり理解したい箇所が多い。
また、判断は当事者がするべきであって、専門家は科学的根拠に基づいて専門的な知見を自信を持って発信していくべき、それができる社会であってほしい、という内容がとても響いた。
個人の事情に怯えてエビデンスある科学の方を揺るがせてはダメよね。
筆者は人種的にマイノリティ側だからアメリカで大変なこともあっただろうけど能力が高い人がそれをどんどん発揮していく姿は、同じ日本人女性としてとても応援したくなる。
気づいたことに声を上げていくことは、大人としての責務なのだろうと思った。
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もやもや感じていた事象をすっきり言語化されていて本当に頭の良い方なんだなと。
職場でいじめられているときに感じていた事が全てこの本に言語化されていた。
傍観者は加害者を増長させることはあっても決して被害者の助けにはならない。
先生のカウンセリング受けてみたい。
日経東京大学で時々お見掛けしたけど、もう見れないのかな‥
このままアメリカでどんどん偉くなってほしい。 -
中田敦彦さんとのYouTube共演の動画をきっかけにこの本を知りました。全章有益で面白かったです。日常で気になったことがあっても名前を付けて考えたことのない社会的問題が挙げられており、大変共感しました。医学的・科学的根拠のもと、努力して培った女性の発言に励まされ得るものの多い書でした。
-
●人は、他人に完全に理解してもらえていると錯覚したり、理解されずに悩むこともあるものですが、実は理解されるためには努力しなければいけないと言うことも、この変化に富んだ幼少期に学ぶことができた気がします。
●そういうあなたはどうなのよ。whataboutism
論理の捩れ。
●藁人形法、かかし術。ストローマンストラテジー
●悪いのは被害者?ガスライティング
●科学的議論については両論併記の意味は非常に薄い。議論によって決まるものでは無く、エビデンスで決まる。 -
著者は妊娠中に新型コロナワクチンを接種したことをSNSに投稿して話題となったアメリカの小児精神科医である内田舞さん。ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長の肩書も持ち、三児の母でもある。
「炎上」のメカニズムを様々な名前で分類していて興味深かった。承認欲求をも脳科学的に説明されている。
Whataboutism(そっちこそどうなんだ主義)、Strawman Strategy(かかし術)、Gaslighting(悪いのは被害者?)、Ad Hominem(人格を否定することで、その人の意見を否定する)など、なるほどあれはそういうことだったのかと理解できた。
また、ドラえもんのしずかちゃんを理想像として描く日本の女性感への違和感から日本を飛び出してアメリカで働くことを選んだこと、「女性が働きやすい」という言葉が「女性が育児をしやすい」と同義に使われていることの裏には女性が育児をやるべきという無意識のロールの押しつけがあること、「男並みに働く」の「男並み」という言葉は「家事や育児をすべてやってくれる妻がいる男性と同じだけの時間、仕事にコミットできるという意味だということ」など、日本の女性が置かれた立場について明快に問題点を指摘していることにも感銘を受けた。
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