武藤章 昭和陸軍最後の戦略家 (文春新書)

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  • 文藝春秋 (2023年7月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784166614172

作品紹介・あらすじ

独ソ戦が日本の運命を変えた!
陸軍の頭脳はなぜ挫折したのか?
陸軍きっての戦略家・永田鉄山の後継者と目された武藤は、二二六事件の収拾に尽力、石原莞爾と争って日中戦争を推進したが、対米開戦には一貫して反対の姿勢を貫いた。にもかかわらず、東京裁判で最年少の死刑判決に――。昭和の難問を背負った男の本格評伝。

みんなの感想まとめ

昭和陸軍の中心人物として知られる武藤章の生涯を描いた本作は、彼の戦略的思考や外交における役割に焦点を当てています。武藤は永田鉄山の後継者として、国防国家の建設や対米戦回避を目指しつつ、陸軍内部での支持...

感想・レビュー・書評

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  •  昭和陸軍といえば、川田先生。今回は永田鉄山の後継者ともいえる武藤章を取り上げている。
     武藤は陸軍内部ではいわゆる「統制派」の中心人物として、大東亜戦争開戦直前の日本の外交、政治をリードしてきた人物の一人でもあった。他の陸軍軍人と同様、地位があがることによって視野が広がり、それまでの方針を変更していくという過程は同じ(例えば、石原莞爾も似たような思考変化を見せている)で、その点は興味深かった。特に興味深い点が、石原と対峙したものと同じことを、開戦前に田中新一と立場を変えてやったのは、因果応報というものか。
     
     どちらかというと軍政家であり、永田鉄山の理想を忠実に踏襲していく。いわゆる「昭和陸軍」を構成した中心人物であることは間違いなく、さらに永田の構想を時期に沿って発展させていこうとする力もあった。ただ、自身の人脈が政治方面に偏った結果、陸軍内部での支援者を持てなかったことが、その後の失脚につながったのではなかろうか。

     流れからいくと、川田先生の次の対象は田中新一だろうか?

  • 総力戦に備えるために総力戦を起こしてしまったわけで、専門技術者(この場合は軍人)が大きなことの舵取りをしたらあかんなあと思います。

  •  武藤章は途中で変節したのではなく、永田鉄山の後継者としての国防国家建設、そして対米戦回避という一貫した論理があった、と本書の冒頭にある。
     なるほど、華北分離工作と英米可分を前提とした南進は資源確保目的。三国同盟はソ連を加えた四国連合による対米牽制志向から。英米不可分と認識を変えた後でも、南進が直ちに対英米戦とは予想せず。
     ただし、独ソ開戦により四国連合構想は頓挫、日ソ中立条約もあって米の対日姿勢は硬化。更に、米の対日石油全面禁輸を予測しながらも、田中新一ら参謀本部の対ソ開戦を阻止するための南部仏印進駐。その後の日米交渉では、武藤自身はハル・ノート受領の時までなお対米戦回避を図っていたのだが。
     この間、武藤の軍務局長時代の情勢推移が中心で、個人の評伝というより陸軍の、少なくとも軍務局の戦略構想を追うものにもなっている。
     田中が起訴されない一方で、対米戦回避を志向した武藤の罪は死刑判決に値したのか。武藤個人はともかく、それが軍務局長という職責の責任か。それとも、少なくとも日中戦争や南進を志向し、それが対米戦に繋がったことからはやはり死刑に値するのか。

  • 高校の先輩だが、名前しか知らず全く功績を知らなかったので、目から鱗であった。日本の将来を見通す眼力はどこから養われたのだろうか。残念なのは、ドイツが単独行動し、ソ連に宣戦布告をしたこと。日本と連携をとれば、この世界戦も大きく結果が変わったと思われる。やはり、独裁者の限界を垣間見た感じであった。もし、日独伊ソが同盟を結んでいたら、どうなっていたのだろうか。米国の被害は相当なものであったであろう。武藤は対米戦の消極論者であったにも関わらず、A級戦犯になったということは、米国がよほど武藤の手腕をかった証かもしれない。最後にこの戦争についてもっと知らないといけないと感じた。

  • 戦後80年・昭和100年に相応しい一書。NHKスペシャル「昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹)」とセットで読むのをお勧め。対米開戦の謎が少し解ける。
    満州事変・日中戦争を経て日米開戦そして敗戦までの10年間、日本は陸軍の軍事政権だったと改めて思う。その政権を担ったのは、「東條英機陸相-武藤章陸軍省軍務局長-田中新一参謀本部作戦部長」の3名で、構想は武藤が担った。
    武藤は米国の動向を最重要視し「対米避戦」を基本として世界戦略を構想したのは松岡洋右外相とスタンスを同じくする。
    「日独伊+ソ連」の4国同盟で英米体制を牽制し、世界の新体制を構築する。
    危うさはあるし、肝心のヒトラーが理解できていたか疑問だが、構想は納得できる。
    残念ながら、ヒトラーの独ソ戦開戦が全てをぶち壊してしまった。
    [1940年のGDP]
    日独伊ソの合計1,212億ドル 日本90 イタリア99 ドイツ392 ソ連631
    日独伊のみ   581億ドル
    米英の合計  1,273億ドル 米国1,003 英国270
    この数字を知れただけでも大ショック・大成果でした。
    長年の疑問、「日本のリーダーはそんなに大馬鹿揃いだったのか?」に漸く一石投じる本に会えた。ぜひご一読を。
    強いて言えば、著作名「武藤章」は誤解・矮小化する。勿体ない。

  • 旧日本陸軍軍務局長を務めた武藤章が描いた戦略を解き明かす本作。

    第二次世界大戦前夜の国際情勢、その時に世界を支配していたプラグマティズムを淡々と描き、そのプラグマティズムの中で採りうる大日本帝国の針路を探り続けた戦略家の思考を追う良作である。

    武藤が対米戦回避に邁進したのはあくまで対米戦に勝利することが出来ないと確信していたからであって、国際協調などといった観点ではない点が当時の空気感を感じさせる。あくまで冷徹な現実思考の結果として導き出された結論が対米戦回避だった。

    対米戦回避のため、中国からの撤兵を決意出来なかったのは、永田鉄山が追求した国防国家論が無に帰すことを肯んじなかった点は興味深い。中国権益を手放すことが出来なかったのが、武藤章、日本陸軍、そして大日本帝国の限界だったのだ。

  • ふむ

  • 武藤章の戦前の活動がよくわかった

  • A戦犯で最年少で処刑された武藤章についての本。

    と言っても、取り扱う時期は、日米戦争決定に向かうプロセスが中心で、武藤章を中心とした戦前の意思決定プロセスを解説するという感じか?

    武藤章はなんとなくあまり深く考えない武闘派というイメージを持っていたのだが、この本によるとなかなかの戦略家のようで、日本が勝つ見込みのない対米戦争を避けるべく最後まで頑張っていたらしい。

    その戦略の鍵は、日独伊の三国同盟にソ連を入れた四国同盟を作り、英米などと対応することで、勢力均衡をはかり、アメリカとの戦争を回避しつつ、南方の資源を獲得すること。

    四国同盟はできなかったが、日ソ流立条約は締結することに成功し、アメリカにもある程度対抗することに成功するが、独ソ戦が始まってしまい、その戦略は崩壊する。

    そうした中で、次なる戦略がな買った武藤は、対米戦争積極派の論陣を破ることができなくなり、現地に飛ばされる。

    このあたりのダイナミズムは、やはり歴史の奥深さがあって、なんとなくのイメージで人を判断してはいけないと改めて思った。

  • 【昭和陸軍キーパーソンの本格評伝】昭和の戦争に大きな影響を与えた武藤章。陸軍をリードしつつ対米戦反対という「つかみにくい」人物とされる。その思考を解き明かす。

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著者プロフィール

1947年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。現在、日本福祉大学教授、名古屋大学名誉教授。法学博士。専門は政治外交史、政治思想史。『原敬 転換期の構造』(未来社)、『浜口雄幸』(ミネルヴァ書房)、『浜口雄幸と永田鉄山』、『満州事変と政党政治』(ともに講談社選書メチエ)、『昭和陸軍全史1~3』(講談社現代新書)、『石原莞爾の世界戦略構想』(祥伝社新書)など著書多数。

「2017年 『永田鉄山軍事戦略論集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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