- 文藝春秋 (2025年2月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784166614745
作品紹介・あらすじ
お金の夢から醒めろ
株価も仮想通貨も過去最高値を更新、生成AIの猛威が眼前に立ち現れ、かつてなく資本主義が加速する時代。お金や市場経済はどこへ向かうのか?
この先数十年から百年かけて起きる経済、社会、世界の変容を大胆に素描。
人の体も心も商品化される超資本主義の行き着く果てに到来する「測れない経済」。そこに出現する「お金が消えてなくなったデータ資本主義」は人類の福音となるか?
現実とも虚構ともつかない未来像を立ち上げる経済学者・成田悠輔の本領発揮! 貯金と投資なんかで夢見てる場合じゃない。凝り固まった思考を叩き割る社会構想の誕生を目撃せよ。
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◆目次
はじめに
A. お金という(悪)夢
B. 忙しい読者のための要約
C. はじめに開き直っておきたいこと
第0章 泥だんごの思い出
第1章 暴走 すべてが資本主義になる
資本主義とは何か/寓話1:私は詐欺師/寓話2:金vs.株 /寓話3:売上ゼロの1兆円企業/寓話4:ブランドが世界を食べる/寓話5:0→4兆円→0/怪しい占い師としての資本主義/ 時間と意味の新大陸/計算・情報・物事/お祭り騒ぎのインターネット/サイコネティックスに向けて/ 存在のインターネット/アカシック・レコード、あるいは価値のカンブリア爆発/すべてが商品になり、すべてに値段がつく/ 来る来る詐欺を超えて:計算網産業革命
第2章 抗争 市場が国家を食い尽くす
お金とは何か /お金は意外に若く狭い/実態と記録/お金とデータのデッドヒート/デジタルでグローバルな村落経済/インフレとデータ/全員共通価格システムの崩壊/一物多価の万華鏡 /お金、その意味の変容/国家vs.市場の終焉 /官僚もネコでいい:市場原理主義的社会保障 /人間の証明:アナーキーでグローバルな /市場と国家の離婚と再婚/別の地球に移民する時代/退屈で、古く、汚く、遅い生身地球の管理人 /夜警国家ふたたび/国家から逃走する国家 /中毒者の沼 /測れない経済へ
第3章 構想 やがてお金は消えて無くなる
やっぱり猫が好き /「お金は諸悪の根源である」/招き猫と泥団子/経済はデータの変換である /データを食べる招き猫が経済を自動化する /資本主義からお金を抜く /泥団子ふたたび /「アートはお金になる」から「お金がアートになる」/お金で買えないものはない? ハイブランドふたたび /記憶としてのアートークン /エンデの遺言 /知らない幸福、測れない幸福 /貨幣発行自由化の極北 /贈与の解毒に向けて /データ自己破産とよみがえるお金/市場・国家・共同体のパッチワーク/稼ぐより踊れ
おわりに 22世紀の〇□主義へ
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みんなの感想まとめ
未来の資本主義の姿を大胆に描く本書は、現代の経済システムの限界を鋭く指摘し、次なる社会のあり方を模索します。著者は、資本主義の枠組みを超えた新たな仕組みとして「アートークン」を提案し、信頼の流通を通じ...
感想・レビュー・書評
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格差も加速度的に広がり、いまの資本主義社会のシステムに終わりが見えてきたのは事実。また、お金以外の何かが生まれることを、自分が子どもの頃には考えもしなかったことを考えると、お金が絶滅することもあながちあり得るのかも・・。とはいえ、まだまだ未来の話であり、具体的な例もあまり多くなく、読んでいてなかなか頭に入って来なかったのが正直なところ。
小説も含め、わりとふりきった設定?内容?の作品が好きなので、最後まで読むことができたが、そうでなければ、ちょっとキツいかもしれない。あくまでも22世紀(2101年〜)の資本主義はこうなるのかも、と思って手にするのが吉。 ★3.4詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
お金には対象を評価して関係性をリセットする作用がある。メルカリか何かで、相手を評価して支払いを終えてください、みたいなアレだ。卑近な例だが、恋人同士の情交の後にお金を払えばきっと穏やかではいられない。我々は、日常の「持続して記憶できる関係性」においては、お金を用いずに行為する。「記憶できる貸し借り」は恩や憎しみなど〝心の交換“だが、記憶できない範囲に用いるのが〝お金の媒介による交換“だ。
で、そんなお金などなくなっても、データのアルゴリズムにより記録が成立するようになる。太古にはアナログに粘土や石の台帳などに書き込まれていた経済活動データが、デジタルにデータベースに書き込まれるようになり、それを利用して、金持ちに高値を要求し貧乏人には安くするなどの調整も可能だと成田は主張する。
だが、本書はSF風でも目新しくもなんでもない。既に大部分でお金はなくなっていて、キャッシュレスの記録に頼った取引は成立している。また、その使用頻度で還元率が変わり、個人間で差がつけられている。中国の信用スコアにも近い。
異なるのは、使えば使うほど金持ちが更に強化される今の仕組みに対し、貧しい人に手厚くするような政策を絡めてそれを活用してはどうかという、社会主義的メッセージが込められている事ではないだろうか。
冒頭に戻ろう。この両極が象徴的で分かりやすいので敢えて用いるが、世の中には〝お金のやり取りが積極的に求められるセックス“と〝お金のやり取りが積極的に求められないセックス“がある。片方が「愛(記憶)による関係」であり、片方が「お金(記録)による関係」だ。
つまり、記憶の及ぶ範囲に愛は存在し、記録に置き換われば、全ては資本主義に組み込まれていく。が、全てが資本主義的にはならないだろう。人間には記憶があるし、記憶(思い出)づくりこそ「生き甲斐」なのだから(セックスが生き甲斐とは言っていないので注意。幸福度アンケートでは上位なので間違いでもなさそうだが)。
「稼ぐより踊れ、競うより舞え」
音楽の届く範囲において、規定のリズムに従い、無償で演舞せよ。人間たちを揶揄する成田流のアイロニーだ。お金というポイントがデータの記録に変わり、弱者救済が叶った所で、他者を意識した踊り、つまり「承認欲求」を欲しがる。
どこまでいっても奴隷的存在だと。
全く、酷い話だ。この本や成田悠輔が酷いのではなく、人間そのものがそうした存在だという諦念の上で、踊るしかない事実が。今日も社会やネットのどこかで何かの欲求に誰かが踊らされている。金銭欲か承認欲、性欲の音楽とリズムで。-
Rafmonさん、同感です。本当の意味でもっと自由に生きたい!お金や承認欲求からの解放って、呪縛を断つというより、どう向き合うか?なのかな、...Rafmonさん、同感です。本当の意味でもっと自由に生きたい!お金や承認欲求からの解放って、呪縛を断つというより、どう向き合うか?なのかな、と思いました2025/06/24 -
コルベットさん
そうなんです。欲望を断つと報酬系が満たされず生きる意味を失う。積極的肯定が必要かなと思います。そのためにそれぞれの欲から負...コルベットさん
そうなんです。欲望を断つと報酬系が満たされず生きる意味を失う。積極的肯定が必要かなと思います。そのためにそれぞれの欲から負の要素を取り除き、認知においてパラフレーズしてしまう。例えば、承認欲からシャーデンフロイデを取り除き夢に、金銭欲から吝嗇を除き規律に。
そして、誘惑から距離を置き、踊らされるのではなく、「自ら踊る」。時々踊らされ、それも楽しめば良いと思っています。2025/06/24
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「どうせ最後は“AIで社会を良くしよう”って話でしょ?」――そう思って読み始めた自分を、成田悠輔『22世紀の資本主義』はあっさり裏切った。
本書は、政治・経済・倫理の“前提そのもの”をリセットしにくる刺激的な思想書だ。
成田さんは、社会を動かす三つの仕組み――共同体・国家・市場――を「再配分の装置」と定義する。
そしてそれぞれが限界を迎えた今、第四の仕組みとして「アートークン」を提示する。
これは富や承認を集めるための道具ではなく、「贈与と解消の循環」をつくるための仕組み。
信頼を“蓄積”するのではなく、“流通”させることで社会の硬直をほぐしていくという発想だ(資本主義の苦しみからの自由)。
読みながら感じたのは、これは単なる経済書ではなく、人間の“信頼の使い方”を再定義する哲学書だということ。
税金でも投票でもない、新しい再配分――それは「信頼を軽くする技術」なのかもしれない。
読後には、政治も市場も「いらないかもしれない」とすら思えてくる。
イデオロギーを破壊的に更新したい人へ。
この本は、22世紀の未来をのぞき見る思想の方舟だ。 -
うーん、この本の評価は難しい。そもそも東大を卒業してMITで博士となりイエール大学の助教授になった著者は普通の人ではないのだ。その著者が22世紀のことを書いているのだから、そもそもが妄想の域にあることは間違いないのだ。
現在の資本主義はいくら生産性が高まったとしても格差を拡大し続けることになるため、そのままの形で22世紀まで持続するとは思えないし、国家や政治権力が行う再配分は腐敗と無駄すぎるのでこれも持続するとは思えない。そうなると経済の仕組み自体に再配分の機能を持たせる、そのためにはお金に代わってデータが再配分を決めるアルゴリズムに支配されるようになるというのだ。
しかしお金が蒸発するというのはどうかなぁ?まあ、22世紀のことなので、空想でしかないと思えば面白い本である。 -
「『お金で幸せは買えない』と言う人はどこで買えるか知らないだけだ」
ー作家・詩人ガートルード・スタイン
はい、成田悠輔さんと22世紀を夢想する
今回は資本主義についてのお話
今回も色々ぶったまげた妄想を展開してくれますが、やっぱり妙な説得力
ちょっとありそう
いやあったら面白いかも
「お金」についての成田さん流定義は、(めちゃざっくり言うと)ぼんやりとした記録であるとのこと
そしてデータ化とその記録の精度や保存が爆発的に増えた現在すでに一物多価が始まっていて、将来的にはさらに増えて行くと夢想
これが面白いんよ
あ、一物多価ってのはひとつの品物に様々な値段が付くってことね
例えば、すご~く親切な人やいつもニコニコしてる人(データ化して記録が残ってる)は、同じものでも人より安く買えたり
いつもビールばっかり飲んでる人は週に一回ビールの値段が3倍に跳ね上がるとかね
(1日何本飲むかもデータとして残ってるので前日に買い溜めしようとしても値段あがります)
ちょっと怖いけど、なんか良さげじゃない?
そして、さらに夢想は進み、一物無価へ
え?どういうこと?
答えは本書で!-
2025/09/16
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2025/09/16
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2025/09/16
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『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』は、お金の本質と未来、データ資本主義の姿を問う野心作です。既存の価値観や経済観に一石を投じる一方、好みや受け取り方で評価が分かれやすい一冊となっています。「22世紀はこうなるかも?」という想像で読むのがオススメです。
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前作「22世紀の民主主義」と対になる本。
おカネが蒸発した世界、と聞いても「そんなバカな」としか思えないが、読んでいるうちに、22世紀にはあるかもな、と思わせてしまう不思議。
おカネの起源として、(異なる共同体に住む)海彦山彦の物々交換効率化ファンタジーがよく描かれるが(学研まんが「お金のひみつ」的世界観)、この珍説にはエビデンスがなく、特定の共同体内の貸し借り関係を記した台帳が簡素化され可搬性を得たものがおカネの起源である、という、ある程度エビデンスが揃った本説の方がしっくり来た。この話を信じられるなら、この本全体を信じられるかも知れない。
おカネは過去の記録(相応の何かしら価値のあることを所有者はした、という)であるが、極めて解像度が低い劣化版コピーに過ぎない、という点が、本書の主張ないし予想の基礎だと思うが、自分としては、逆にその無記名性、匿名性、没個性がおカネ(特に現金)の良いところだと思っているので、全てがトレース出来る世界は息苦しいだけではないだろうか?とも思ったが、筆者の唱える世界観(アートークンを通じて、功労者は数値化されることなく、やったことそのもので評価され、寄生者は相応のペナルティを受ける)は、中国の「社会的信用スコア」による監視社会とは真逆の世界観である、と先に封じてあった。この両者の違いがまだピンと来ていない。
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いきなり叶恭子さんの言葉で始まった。面くらった。笑った。
無知な自分でも楽しく読めたのは、文章が面白いからだと思う。シニカルな笑いがよかった。
招き猫アルゴリズムが作るデータ。それにより発行するアートークン。そのまま肯定とは言わないけど、面白い。 -
「資本主義が大好きで大嫌い」いいスローガンですね。そう言うところから成田悠輔さんの価値も上がりそう。
トロントのスポーツ飲料自動販売機ではお金を入れるところがなく、代わりに手をかざすところがあり、十分に汗をかいたかで無料で飲み物が出てきたり、食物繊維をたっぷり摂った快便の人にはお金をいただける排泄物の価値基準とか、本当にあるんですね。
本のタイトル下にあるキャッチコピーに「やがてお金は絶滅する」とあります。ザックリ言うと個人、もの、行動など全てがデータになるから、お金という紙幣を使う必要がなくなるという意味で解釈しました。
既存の一物一価ではなく、一物多価に。
アートークンという仮想空間上の唯一無二のアルゴリズム個人価値を、ブロックチェーン化するミームコインの存在を知りました。
個人価値データにより、同じラーメン屋でも貧困層は安く、富裕層は高い金額で請求でき、その価格はブラックボックス化されるので、格差もなくなる。
稼げない人間、働けない人間、価値の低い人間でも何の引け目も感じずに生きられるような経済観と人生観への転換。
社会の幸福度も上がる。
最後に成田さんは、柄谷行人の「力と交換様式」からのアイデアで、この本を編集したことを明かしてました。
オルタナティブ資本主義のような、そんな素敵な22世紀になってほしいと思います。
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おもしろく読めました。
現在の資本主義の中でもがいてる自分を俯瞰して見れた気がします。今ある世界が全てではないような感覚になれました。 -
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著者は、様々なメディアに出演しては、独特の語り口と鋭い視点で、視聴者の注目を集めている経済学者だ。
著者は本書内で、「稼ぐより踊れ」と力説している。
この一文だけでは意味が不明だ。
一体何が言いたいのか。
まずは人々のお金に対する幻想を解きたいというのが、著者の思いだ。
お金の「悪夢」から目覚め、新しい世界の景色を眺めてほしい、ということだと思う。
私たちは、毎日当たり前のようにお金と一緒に暮らしている。
お金が無ければ、朝のコーヒーを飲むことも、電車に乗ることも、お気に入りの洋服を買うことも、推し活に身を捧げることすらもできない。
我々のすべての行動が、お金に支配されていると言っても過言ではない。
現代社会で、お金がない生活など想像もできない。
一方で、お金こそが社会を動かすエネルギーになっているのも事実である。
そこでふと立ち止まって考えてみる。
「お金」とは、一体何なのか?
財布の中にある紙幣や硬貨。
スマホの画面に表示されている、デジタルな数字。
これらは、物理的な実態を超えた「何か」であるのは間違いないのだが、我々はその本質を、本当の意味で正しく理解しているだろうか。
一般的に言われているのは、「みんながお金の存在を信じているから、そこに価値が生まれている」ということだ。
ただの紙切れや金属の塊に価値はない。
そこにみんなが「これはお金なのだ」という共通の認識があるから、お金としての存在が認められる。
本当に不思議であるが、人間以外の動物で、お金のようなものを使っている生物は存在しない。
「お金」とは、人類だけが共有している、壮大な「夢」のようなものだ。
これはハラリ氏の「サピエンス全史」で語られた「虚構」の話とも重なる。
宗教や国家、そしてお金。これらすべて、人間が頭の中で作り出した想像の産物である。
「虚構」という妄想が、何億人という見知らぬ人間同士を協調させ、巨大な文明を築き上げた。
これが人類の歴史なのである。
そしてわずか2〜300年前に生まれた「資本主義」という仕組みが、「お金」の物語を一気に加速させている。
我々は資本主義に翻弄され、まさに踊らされている。
すべてが商品化され、すべてに値段をつけられる世界。
これは人間自身も例外ではなく、労働力として商品化され、それに値段がつけられている。
我々の時間や才能、そして心情までもが市場で取引されるという異常事態だ。
日本で消費されるタコのほとんどがアフリカから輸入され、日用品や家電のほとんどが中国などで製造され、システム開発はインドに発注していたりする。
当然、石油などのエネルギーは、中東地域に依存している。
地産地消、自給自足は聞こえはいいが、現実的にアカの他人の力を借りないと、現代の我々は日々を生きることすらできない状態になってしまっている。
資本は自己増殖を続け、すでに地球全体を完全に飲み込んでしまった。
私たちは、この巨大な資本主義というシステムの中で生きるしか、選択肢が無くなっている。
個々の生命力という意味では、確実に劣化している。
我々現代人は、このシステムが完全に止まった瞬間に、1ヶ月と生き延びることができないだろう。
だからこそ、著者は説いている。
この資本主義という「悪夢」から、そろそろ目覚める必要があるのではないか。
これは、現代の資本主義システムを捨てて、自給自足社会に先祖帰りしようという話ではない。
テクノロジーのすさまじい進化が、現代の資本主義システムを変えられる可能性が出てきたからだ。
これは識者だからこその視点だと思った。
かつて、富の象徴は土地や金(ゴールド)であった。
これがやがて紙幣になり、今やデジタルのビット(情報)になってしまっている。
我々が行っている、買い物、移動、SNS投稿など、その一挙一動がデータとして蓄積され、価値を生んでいる。
つまり現代では、すでにお金に換算されるものが、全て「データ」に置き換わっているということなのだ。
我々のあらゆる行動は計測され、アルゴリズムによって最適化される。
この時に中間媒体としての「お金」は、価値を失う可能性が高い。
高度なマッチングシステムが機能すれば、欲しい人と与える人が直接繋がれる訳で、中間の作業が益々省略されていく。
この中間の作業こそ、お金が介在する意味であったはずであるが、その必要性が薄れている。
それではこれからの社会は、「何を価値として」人類は妄想するのだろうか。
みんながお金の存在を信じているから、お金に価値があった。
その信じるものが変化していけば、当然社会システムは大きく変化していく。
未来がどうなるかは、正直想像がつかないが、相対的にお金の価値が変わっていきそうなのは推測できる。
お金に限らず、数値化ができるものはすべてデータとして扱われ、その瞬間に巨大システムのアルゴリズムの中で処理可能な材料になっていく。
当然、AIが効率的な判断を担うのが当たり前になる。
そんな時に人間は、「データにならないもの」にどう目を向けるかが重要になる。
データになった瞬間に、アルゴリズムに飲み込まれる。
そうではなく、データにできないものは何か。
そこをきちんと見極め、人間たちが未来に向けて「非データ」を大切に守っていく。
こんな姿勢が必要なのかもしれない。
データにしにくいものは様々あるはずだが、思いつくところ言えば、「愛情」「信頼」「美意識」「心地よさ」「美味しさ」「文化」などであろうか。
これらを数値で測ってもよいが、数字の結果と、実感値とは異なる場合が多いだろう。
感覚的なところが実は人間にとって一番大切なのかもしれない。
効率やスピードだけを追い求めるのではなく、もっと手触り感のある豊かさを大事にする。
ようやくそういう考え方に至ったといえる。
社会が本当の意味で、成熟しつつあるということか。
私たちは、自分たちの社会での役割を再定義しなければならない。
「稼ぐより踊れ」
目先のお金に一喜一憂するのではなく、今この瞬間を精一杯楽しみ、自分なりの価値を創造していくことが重要だ。
そんな主体的な生き方こそが、不確実な未来を生き抜くために必要な心持ちだと感じた。
我々が、お金という夢から覚めた時に、どんな世界が待っているのか。
変化を楽しみながら、新しい時代を生き抜いていきたいと思う。
(2025/11/14金) -
自分の中では2章が特に面白かった。
実際にECサイトでユーザーごとで価格表示が変わるというのは聞いたことがある。そのアルゴリズムに用いられるデータの数と精度を上げることができたら、商品だけでなく、それこそ医療費に関しても一律3割負担などではなく、個々人に応じた支払いを要求することができる。これによって政府の再分配機能や社会保険といった役割は必要なくなり、無駄がなくなり、治安維持や最低限の公共事業にとどめた夜警国家へと逆戻りする。こんな世界の方が今の世界よりよっぽど健全になると思う。 -
お金の消える経済
稼ぐより踊れ
競うより舞え
お金とは曖昧なものだと思う。10年前の一万円と現在の一万円は、買えるものの価値が違う。また紙幣があれば、デジタルなお金もある。
デジタルな紙幣になることで、お金に色がつくことになる。購入履歴と共に紐付けられる。
成田さんは年収や資産ではなく、お金の使い方に価値が出るという。同じものでも、年収によってお金がない人は、より安く、お金がある人はより高く買うことになるという。
みんな平等な社会主義のイメージがありますが、資本主義の特徴である格差は、消えることはないのではと思ってしまいます。
資本主義の限界と言われますけど、世界はどこへ向かうのでしょう。 -
章立てとして、暴走、抗争、構想と韻を踏んで進められている。
これは、内容から察するに、現状から想定される短期的未来を、=暴走、
それに相対する反動が中期的未来で、=抗争。
そして止揚した長期的未来として、=構想、という構成に見える。
直近の未来ほど想定はしやすく、未来が遠ざかれば遠ざかるほど、その確度は下がっていく。
樹形図のような、無数の未来のシナリオのうちの一つがこのルートである。
個人的には、とても魅力的で希望のある未来像である。
格差において下位に据え置かれ、年齢的にも既に自分の望むほどのリソース的豊かさを享受できないことがほぼ透けて見える私の立場としては、現状の半ば固定化した経済的・政治的状況の改善ないし打破は望ましいものとして映る。
ただしこのシナリオで引っ掛かるのは、
実のところ「そううまくはいかんやろ」という疑う気持ちである。
システム実現のためのエネルギーの壁
AIによって技術が加速度的に向上している中でも、未だ達成できていないOR達成する気配が見えないのがエネルギー問題である。
招き猫アルゴリズムを全世界の人々の一挙手一投足と結びつけるほどの計算量であったり、それだけのデバイスを生産・流通・充電するにはまだまだ計り知れないほどのエネルギーを要する。
こうした壁以外にも、複数の「うまくいくのだろうか」と思う壁がある。
こうした壁を打ち破った先の未来が到達するのは、近く見積もっても22世紀、4分の3四半世紀くらいはかかるのだろう。
長くなったので全文はnoteにて。
https://note.com/ronnio/n/n27366fb9e4e9 -
著者が予測する未来の資本主義の姿を説明した作品(文学的だったので、作品と呼ぶことにする)
お金の「過去の活動の記録」という側面に焦点を当て、お金は将来的に、一次元的な尺度から、多次元/無次元的な尺度を持つデータセットに置き換えられ、物の値段も一物多価になると記載されていた。著者によると、(そうなる可能性が高いので、)平凡で退屈な予測とのことだが、平凡な視野と知能を持つ自分からすると、ちょっと想像し難い世界で、予測というより、思考実験と捉えて読んだ。
本来、とても複雑な情報を単純に粗く表したのが今のお金というシステムであることは理解できる。ただ、それには目を瞑って人がお金を使っている理由は、単に技術的な制約だけが理由ではないと思う。一次元の尺度という分かりやすさが、人の納得感、言い換えると、お金という共同幻想を採用しようという人々の合意形成に役立っているのではないか。つまり、一次元で図れる尺度で、より多くのポイントを持ってるものが、(市場が提供する範囲で、)より多くのものを得れるという、ゲームのルールの単純さ(厳密には単純だと錯覚させる性質)が多くの人の間でお金を使おうという納得感を醸成している気がする。アルゴリズムやAIがはじきだした多元的な尺度に基づいて、隣人が自身より大きな家に住んでいた場合、今のお金と同じレベルの納得感を得れるかは少し疑問だった。オープンソースの仕組みを採用しても、そのコードを理解できる人なんて殆どいないだろうし。
ただ、人々の生命に欠かせない食を提供している農作業者より、迷惑系YouTuberが何百倍も稼いでいる今のお金の仕組みに、どれだけの人が納得しているかも微妙なので、そのあたりの違和感を未来のシステムが払拭できるのであれば、特段、納得感は大きなネックにならないのかもしれない。
本書に記載されていることが、予測か思考実験かは置いといて、考え出すと妄想が止まらなくなる本だった。
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これからの資本主義について知りたいと思っていた。
やがてお金が絶滅するという未来が描かれていて、衝撃だった。
やりとりといったデータがすべてになるというような。
個人のスタイルが表れる世の中というのか。
今から善行を積む習慣を身に付けておいたほうがいいのかなとちょっと不安になったが、頭のいい人が考える未来はたくましいなと思った。 -
行動、取引履歴をデータ化できるようになることで、お金の存在意義が減っていき、お金を追い求める今の構造が無くなっていくのでは?という内容。
もちろん、成田さんの願望が含まれている部分もあるかもしれないが、そう遠くない未来で、そう言ったことが起こるのかと思うと、全てがデータ化された今の時代が少し怖くなった。今更自分だけ抗えるわけではないのだけど。
全ての過去の履歴が管理される社会が、本当に幸せなのか、AIに導かれる生き方に、人間である理由はあるのか。最近、AI2027の論文をつまみ読みしたところだったので、こう言ったAIの導きが人間を破滅に追いやるであったり、そういう未来もそう遠くないんだろうなと思った。
経済学の本はあまり読んでこなかったけど、これを機に少し読んでみようと思う。 -
つまみ読み。(忙しい人向けの要約、これいいね!
)
お金は善にも悪にもなるんだなって感じた。
詐偽には気を付けよう、当たり前だけど。まぁ稼ぐ話しは怪しいと思うけど、あるYouTuberも99%稼ぐ話しは詐偽といっていたぐらいだし。
あと、今の現代は未来に向けて投資する傾向があるというのはその通りだと感じた。NISAとか、、、
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民主主義と資本主義の二人三脚で歩んできた20〜21世紀前半から、この先どんな道が続いているのか、この目で確かめるのが楽しみになりました!
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測らない経済が成立したら、人の存在そのものの価値を感じ易くなるのではないか思う。そこまでには大きな技術の進歩が必要だけど。
この本は私たちが今、どんな世界に住んでいるかを認識させてくれるし、今よりちょっとだけ素敵そうな未来を想像させてくれる。
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