陸軍作戦部長 田中新一 なぜ参謀は対米開戦を叫んだのか? (文春新書)
- 文藝春秋 (2025年1月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784166614820
作品紹介・あらすじ
田中は陸軍の中でも最も強硬に日米開戦を主張した人物です。参謀本部作戦部長という重要なポジションにあって、作戦立案の中心を担った田中は、国策決定上、大きな発言力を持ちました。
なぜ圧倒的な国力差のあるアメリカと戦わなければならないか。実はかなり開戦のギリギリまで、日本は、なんとかアメリカとは戦わない方法はないか、と検討を重ねています。しかし、田中は早くからアメリカとの戦争を決意していました。
現代の眼からは田中が唱えた「日米開戦すべし(そしてソ連も)」との主張は理解しがたいでしょう。しかも田中は同時にソ連とも戦うべきだ、と主張します。無理に決まっています(実際、陸軍も無理だと判断しました)。しかし田中は陸軍の頭脳ともいうべき参謀本部の、しかも作戦担当のトップだったのです。彼の対米開戦論は、参謀本部に結集した情報に基づき、彼なりのロジックで組み立てられたものでした。その論理とは何だったのか。この本は、それを考えるための本です。
参謀は、いかに勝利への答えが出ない状況でも、何か無理やりにでも、「これなら勝てる(可能性がないわけではないかも)」みたいなプランを出し続けなくてはなりません。田中はその仕事にきわめて精力的に取り組みました(その結果、日本を敗戦に導きます)。
戦争の途中で、田中は軍務局長の佐藤賢了をぶん殴り、東条英機首相に「馬鹿者共」を罵声を投げつけて、ビルマに飛ばされてしまいますが、田中がいなくなると陸軍にはもう、「これなら勝てる(以下略)」を絞り出せる人はいなくなってしまいます。そのあと2年半くらい、日本はずるずると犠牲を出し続けて、負けます。そういう本です。是非ご一読を。
感想・レビュー・書評
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今年2025年は太平洋戦争終結から80年を迎える。何故国力で圧倒的に劣り、敵うはずもないアメリカとの戦争に突入したのか、当時の軍部や政治が何を基準に判断したのか、現在に於いても様々な研究が行われている。GDPでは10倍以上の差があり、重化学工業の製造力や資源の量も全く日本は及ばない。とは言え日清日露戦争の勝利、第一次大戦でも戦勝国として名を連ね、世界の列強のうちの一国としてのプライドも自信も持っていた事は間違い無いだろう。中国に進出し満州に多くの兵士、民間人を送り込むなど日本国内から飛び出して、アジアへ進出する日本。長期化する中国との戦争、北からはソ連の脅威、そして太平洋を挟んで睨みを利かすアメリカと、日本は四方を敵に囲まれ、どこへ向かうにしても一国の力だけでは限界がある。そうした中でナチス・ヒトラー率いるドイツが欧州で周辺諸国を次々と攻略し、大国ソ連と事を構える段階に至る。イギリスさえも飲み込まんばかりの圧倒的な強さを見せ、第三帝国が世界を支配せんとばかりの勢いで、イタリア・日本を加えた三国同盟を成立させる。アメリカを相手にするか、米英に服従しドイツを敵に回すか、長期化泥沼化する中国との戦争をどの様に処理していくか。そして何にしても資源の枯渇にどうやって対処すべきか。それぞれの課題・問題の関係性は複雑で、自国以外の出方の予測も確実性に欠けるものばかりである。アメリカから突きつけられたハル・ノートは実質的な日本への宣戦布告と言わんばかりの内容であり、それまでの日本が中国から得たものと失った代償を考えれば容易に受け入れざる内容だ。
こうした状況はどの書籍でも語られるものであるが、軍部に於いては石原莞爾、武藤章、佐藤賢了、そして東條英機など、書籍に散々取り上げられて、よくなを知る者も多い中、個人的には田中新一にフォーカスした書籍を見かけた事はそれ程多くなく、また一つ違った視点で考えるきっかけとなった。勿論、前述したような人物が登場し、そことのやり取りも面白い。石原莞爾と考え方を共有する部分、先見性などは、少し時間軸を短くし、より正確に間近に迫る危機を読み解く点はある意味、石原を上回る部分もあったのでは無いか。更には武藤章に近い思想や考え方も持ち合わせ、太平洋戦争開始時の作戦部長でありながら、戦後に武藤がA級戦犯で処刑されるのと対象的に、戦犯からも外れるという、全く異なる運命を辿る。何が2人の人生を分けたのか。確固とした自身の考えを持ち、誰を相手にしても怯まず意見をぶつけ合う姿は、現代の空気ばかりを読んでいるビジネスパーソンから見ると憧れかもしれない。
何にせよ、田中新一の作戦部長の立場から太平洋戦争開始に至る経緯をもう一度じっくり見てみたい方にお勧めする。そして組織の中での立ち位置から、その相応しい振る舞い方を学び、自身と照らし合わせ反省する良い材料となる。読む人によっては、読んでなお馬鹿げた戦争に導いた人物と捉える方もいるかもしれない。だが当時の不鮮明で不正確な情報に満ち溢れた状況に於いて、貴方がもしその立場に置かれたなら(後世にあって歴史を学んでいる圧倒的に情報を持った事を忘れて)、果たして戦争を回避出来たか。回避する方法を今一度考えてみても良い。きっとその判断情報を当時の立場に於いて、本当にかき集めて整理判断出来たか、シミュレーションしてみては如何だろうか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
なぜ強硬な対米開戦論者で、にもかかわらずなぜ戦犯指定されなかったのか、を知りたくて読んだ。
著者は田中を「世界的視野から戦略構想を立てうる」戦略家と呼ぶ。もちろん日米の国力差は認識しつつ、一時的な対米英宥和は危機の先送りに過ぎないと考え、日米交渉の先行きには悲観的。三国同盟(+ソ連)で米英に対抗する、対米戦不可避なのだから早期の方が良い。こういった思考だ。
なるほど一つの戦略だ。妥協して対米戦を回避したとて、日本の国際的地位は低く置かれただろうとは自分も思う。しかし田中(だけではなく当時の指導層の多く)は、やはり日独の継戦能力や情勢の推移を楽観視し過ぎていたように見える。
なお、戦犯指定されなかった理由としては、国民や連合国指導部に知名度が高くなかったと考えられる、と本書はいう。戦犯逮捕者リストにさえ入っていない。
本書では戦後の田中の思考は明らかではないが、米軍に占領され、その後日米同盟の下で主要国となった日本をどう見ていたのだろうか。 -
【対米戦争を決した男は何を考えていたのか?】対米戦前夜、参謀本部で強硬に開戦を唱え、議論をリードした田中新一。「陸軍きっての戦略家」と言われた田中の描いた「戦争」とは。
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摂南大学図書館OPACへ⇒
https://opac.lib.setsunan.ac.jp/iwjs0021op2/BB50385175 -
WW2中の日本陸軍参謀本部作戦部長に就き、対米開戦に少なからぬ影響を与えた田中新一の評伝。本書にも書かれているが、知名度が高い人ではなく、私もこの本を手に取るまで名前も知らなかったが、WW2に於けるキーパーソンである。
評伝と言っても、生い立ちや人柄にはほとんど触れられておらず、あくまでWW2(日中戦争を含む)における田中の思想・世界観を詳らかにする内容で読み応えがある。
写真や地図が一切ないので、やや玄人向けではある。軍人名や中国の地名などもほとんど知らないので読むのに苦労した。
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東2法経図・6F指定:396A/Ka92r/Ishii
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この本に書かれている通りの見通しを田中中将が持っていたとしての話だが、彼の想定していた筋書きは、あまりに一本道で、ちょっとした歯車のずれを許さないものだった。リスクが大きいにも関わらず、プランBと呼べるものはなく、彼の構想を継げる器量を誰も持っていなかったのではなく、軌道修正の余地が狭くて誰の手にも負えない代物だったというべきなのではないか。第1部長という要職を担った割には、事業の継続性、持続可能性という経営の視点を大きく欠いていた(彼の構想が、現実が辿った道と大きくかけ離れていたのは、不運というべきではない)
そういう危なっかしさを周囲が感じていたからこそ、首相を面罵してその部長職を失った際、陸軍内で同情されるのではなく冷ややかな目で見られたのだろうし、自分から職を辞したのではなく "事件" の力を借りて職から離れたのも、逆に行き詰まりを自分自身感じていたのだと解釈されたのだろう。 -
1. 田中新一の背景と立場
- 陸軍作戦部長としての田中新一の役割。
- 対米開戦を強硬に主張した背景。
- 日中戦争の拡大派としての位置づけ。
2. 対米開戦の主張の根拠
- 田中の情勢分析の鋭さ。
- 陸軍中枢での意見一致に基づく作戦計画。
- 対中国政策における強硬姿勢の強調。
3. 日中戦争の展開
- 「支那事変」の現状と対応策。
- 内地三個師団の派遣計画。
- 武藤らとの協議を通じた戦略的判断。
4. 日米交渉と戦争準備
- 日米和平交渉における内閣の方針。
- 交渉打ち切りの決定と陸軍の反応。
- 田中の「支那側の誠意を欠く」という見解。
5. 参謀本部と大本営の動向
- 大本営政府連絡会議での議論。
- 参謀本部の役割と位置づけ。
- 戦争指導機関としての大本営の機能。
6. 開戦決定の過程
- 統帥部の意向と外交的努力の限界。
- 開戦準備の進展とその背景。
- 田中の戦争準備に対する見解。
7. 戦争戦略の変化
- 開戦後の戦略的思考の変化。
- 南方作戦の重要性とその実行。
- 戦争指導の混乱とその影響。
8. 戦後の影響と教訓
- 日米戦争の結果としての国際的地位の変化。
- 戦争の持続性とその影響要因。
- 田中の戦略的判断の評価と反省。
9. 結論
- 田中新一の戦略的思考がもたらした影響。
- 日本の戦争遂行における内部の対立。
- 日米関係の変遷とその教訓の重要性。
著者プロフィール
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