されどわれらが日々―― (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2007年11月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784167102050

みんなの感想まとめ

人間の内面や生きる意味に迫る深いテーマが描かれた作品で、主人公とその婚約者の葛藤を通じて、理想と現実の狭間で揺れる心情が丁寧に描写されています。学生運動の時期という特異な背景を持ちながらも、登場人物た...

感想・レビュー・書評

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  • 芥川賞を獲った作品に興味を持ち、手に取る。
    昭和のベストセラーだという一作。勉強不足で作品名も知らなかった。

    学生運動時期を投じ、挫折し大学に戻った主人公。そして、その幼なじみである婚約者。
    その二人が中心となった物語。
    理想に生きる自分、現実に折り合いをつける自分。常にこの二軸に悩む登場人物達。

    学生時代だからこそと言えるセンシティブでナイーブな心情が揺れに揺れていく。
    美しい描写と僅かな比喩で、儚い世界観が作られている。
    生きる意味とは?という根源的なテーマが扱われている良い小説だった。

  • チラシの裏的なことを書いてしまうが、私が生まれたときに親ははじめ、翔と名付けようとしていたのだとか。
    そう聞いたときは、あー元不良の夫婦らしいなーと思っただけだったが、本作の感想をネットで漁る中で知ったのだが、

    東洋経済オンライン 日本人が子どもに「翔」の名をつけたがる理由 社長に「誠」が多いのは偶然ではなかった! TBSテレビ『ナゾ解き!マイネーム』取材班 2015/07/01 6:00
    https://toyokeizai.net/articles/-/75213?display=b
    >昭和57年にランクインしてから30年以上人気の「翔」
    >では、なぜここまで「翔」は人気になったのだろうか? 命名研究家の牧野さんによると、昭和50年代に「翔」の字がメディアに度々露出したのが大きな要因だという。
    >まずは昭和51年の大ベストセラー、司馬遼太郎の『翔ぶが如く』。実は「翔ぶ」という書き方は、この頃あまり一般的ではなく、「とぶ」は「飛ぶ」または「跳ぶ」としか書かなかった。しかし『翔ぶが如く』のヒットを受け、その翌年(昭和52)には、開放的な女性のことを称した「翔んでる女」が流行語になる。さらにその翌年(昭和53年)には、渡辺真知子が歌う『かもめが翔んだ日』や漫画『翔んだカップル』が大流行。「翔ぶ」という書き方が、完全に世の中に浸透した。
    >少女漫画も「翔」の人気を後押し
    >そしてメディアに登場した「翔」がもうひとつ。それは昭和52年に連載をスタートした少女漫画「ハイティーン・ブギ」の主人公の名前「藤丸翔」。この漫画は、映画化もされ当時人気絶頂の近藤真彦が「翔」役を演じ主題歌も大ヒット。昭和55年に社会現象になった横浜銀蝿のメインボーカル「翔」の名も「ハイティーン・ブギ」からもらった名前だった。
    >こうしてわずか数年の間に、メディアに「翔」の字が大量にあふれ、「翔」という漢字の認知度が一気に高まったことで、日本中で子どもの名に翔の字を使いたいという親が急増した。
    >ところが「翔の字を名前に使いたい」という世間の要望が高まるとともに、人名に使える漢字が厳しく制限されていることが社会問題になると、昭和56年10月、「翔」の字が、人名用漢字に追加されることになった。
    >しかしこの時、そんな親たちに大きな壁が立ち塞がる。実はこの「翔」という漢字、人名用漢字に含まれておらず、「翔」と記した出生届は、役所で受理されなかった。
    >ところが「翔の字を名前に使いたい」という世間の要望が高まるとともに、人名に使える漢字が厳しく制限されていることが社会問題になると、昭和56年10月、「翔」の字が、人名用漢字に追加されることになった。

    知らなかった……親は当時の流行にのりかけたのだった。
    柴田翔も当然筆名なのだろう。

    というのとは別に、高校生当時、堤幸彦監督のテレビドラマ「ケイゾク」にはまっていた私は、中谷美紀演じる柴田純という名前に、並々ならぬ思いを抱いていたこともあって、
    ブックオフあたりで柴田翔という名前を見て、ほわーっと運命めいたものを感じていたのであった。
    しかも芥川賞受賞作品だと。
    もちろん読もうとしたが、ん、あまり面白くないな……と、途中挫折。
    その後、学生運動あがりの作家や作品(なかんずく高野悦子「二十歳の原点」)を読むたびに、そういえば「されど」があったなと思い出して、また手を伸ばすが、やっぱり面白くないな……と、数回読みかけてはやめてを繰り返していた。
    そのころから四半世紀を経て今回ようやく読み終えたのは、去年読んだ熊倉献の漫画「ブランクスペース」が遠因になっている。
    その漫画内で、桐山襲「風のクロニクル」の〈勿論、Nよ、僕は青春などという吐き気のする言葉によって、その日々のことを語ろうとは思っていない。〉という文が引用されていて、
    ポール・ニザン「アデン・アラビア」の〈ぼくは二十歳だった。 それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。〉を思い出させる名文だと思ったので、読んでみた。
    図書館本なのでブクログには登録していないが、なかなかに難物かつ意義深い好みの作だと感じ入り、何かしら関連作はないかと書庫を眺めて、手に取った次第。
    チラシの裏的な前書きは以上。
    以下、箇条書きで。

    ・そもそも高野、桐山に比べて、柴田は十年くらい? 年上。大江健三郎と同い年だ。大江もまた学生運動を題材にしていたが、確か5歳だか10歳だか年上の世代としてシンパシーやらなんやらを憶えていたように思う。おそらく本作で描かれる運動は、そうはいってもまだ牧歌的だった、のではないか。
    ・実際作者はすでに大学の教える側にまわったり、留学したりして、あさま山荘事件(1972)のようなドン詰まり感覚の渦中ではなかった、のではないか。牧歌的であるがゆえにノスタルジーに浸れる、ギリギリの年代。
    ・三島は一世代上だが若者に向き合ってくれる右翼(近代ゴリラ!)として向き合った、大江は落ちていく闘争をバフチン的に作品に取り込んだ(そうすることで脱却した)、さらに下の世代の村上龍はのちに「69 sixty nine」でギャグにしたり、村上春樹は「ノルウェイの森」で隠微にしか当時を描かなかった……と思えば、やはり本作は牧歌的すぎて、わらけてしまう。敢えて下品な表現をするが、やり逃げ、時代の空気と寝て、売れて名声を得て生活安泰ヨカッタネな世代感……。もちろんその後の作品を未読だからの悪口だが。
    ・ネット上では、おそらくベストセラーになった当時からの読者であろう年配者が、所謂青春の一冊であると訥々と書く記事がある。一方、全然わけわからんという感想も、ちらほら。読んで面白くなければわざわざ感想を書かず打ち捨てる人も多いだろうから、その比率を云々はできないが、賛否両論であることは間違いない。というか、本作よりも、本作への感想を読むのが面白かった。時代性込み、での読みが、如何に読者の愛着を引き摺り続けるのか、実例を見たようで……いや失礼。
    ・もうちょい悪口の度を高めるなら、視点人物のエリート臭(エリートと自己認識している臭み)がぷんぷんで、そこがまずいけ好かない。いけ好かない視点人物に我慢して読み続けるのは、四半世紀前の潔癖な自分には耐えられなかったのだろうか。しかし今は、視点人物の叙述の中に潜む「厭悪」(やだみ)を、味わえるようになった。おそらく村上春樹の諸作を通じて。で、春樹と対比してまた悪口を重ねるが、春樹的人物はある程度コミック化して提示されているのに対し、本作の語り手や登場人物は、あまりに酔いすぎている。春樹はむしろ醒めて、いけ好かなさ自己欺瞞を「信用できない語り手」にしているのに対して、本作の語り手はあまりに牧歌的すぎて、結果的に「作者が信用できない」状態になっている。あー当時のインテリゲンチャの感じていた虚無って、こんなに甘々で空虚だったんだー大変でしたねー(棒読み)、と。
    ・その姿勢の一例が、男性の名前が超テキトーで、判別しづらい(佐野sano、野瀬noze、曽根sone)のに対し、ちょこっとだけセフレになっただけの女性の名前はやけに詳細で姓名どちらも明記しているあたり、作者のセルフ酔いっぷりが辛い。(敢えて判別しづらい男性名にしたとか……うん……)
    ・正直、運動家あがりでももともと家柄がよかったのでいい企業に就職できて、過労で鬱になっただけちゃうん、とか、節子の屈託も、ただのマリッジブルーや鬱なんじゃね、と。文芸作品の賞味期限について、想わないでもない。
    ・本作で唯一いいなと思ったのは、実は仕込まれているミステリ。冒頭で、少女の自殺が云々、と言っておいて、あ、節子死ぬのかなと思わせておいて、実はミスリーディングだった。また、いま現在目の前にいない人がキーマンになっている、というのも、記述が現在と過去を行き来する中で浮かび上がるミステリ。
    ・が、結局は、まあ、ムカシのオトコが屈託です、とか、ムカシのオンナの自殺がわだかまりです、とか、……うーん結局はヤってヤられて気持ちよくなった挙句の、甘々な苦悩に過ぎないんじゃないすか、と底の浅さを感じてしまって、……。当時のひたむきさを云々という意見も想定されるが、ゆってもセックスとカネでいい目を見た側の牧歌的な回想じゃん、と、郷愁そのものが、いまや腐臭を放っている。と思ってしまう。
    ・「されど」受容史をまとめれば面白そう。

  • 今まで読んだことのないような種類の本を初めて手にしたきっかけは池袋のジュンク堂の一角にあった本棚だった。
    本音屋と書かれたその本棚には黒い本が立ち並び
    自分の本音と向き合うため、タイトルも見ずに本を買うというものだった。

    読んでみての感想だが、
    今までの自分だったら第1章の途中で
    積読と化しているだろう。

    どうしても文章が馴染まないのは
    知識に乏しい想像しずらい時代の話だからだろうか。

    それでも最後まで読破できたのは
    ところどころ共感のできる、または、
    言語化できていなかった気持ちを表してくれていた
    ことに感動できたからだろうか。


    この本を読み終えた時に初めて表紙と帯をみたが、
    この本を読み終えてマッチングアプリを
    登録できる人はどのような解釈で
    この本を閉じたのかがとても気になった。

  • 「されど我らが日々」

     私はその頃、アルバイトの帰りなど、よく古本屋に寄った。


     荷物を送り出してがらんとした部屋の中に、夕暮れが入ってきた。この部屋で暮らすのもあと一日二日だ。だが、それでいい。私たちは毎日毎日全てのものに別れ、それによって、私たちの視野はなおのびやかになるだろう。
     少し湿っぽくなってきたようだ。窓を閉めよう。東北の方は、まだきっと寒いのだろう。雨の日など、節子の傷の痕は痛まないだろうか。もし痛むのなら、抱いて暖めてやりたいのだが_。


    「ロクタル菅の話」

     ねえ、君。君はロクタル菅を知っているかい。


     「アノトキノオマエハドオシタカ」
     「アノトキノオマエハドオシタカ」

  • 今さらって感ですが、ストーリーを例によって忘却、で、もう一度読むとまあ、こそばゆくなんか気恥ずかしい。

    斎藤美奈子さんが『文庫解説ワンダーランド』に「党」だの「六全協」だのの解説ぬきでは現代の若い人にはわからないだろうと書いているが、それはわたしにはないけども(やや同時代なので)でも、革命的暴力にあこがれながらもそこまで没入できない弱さがあったのに、党が路線変更したので肩透かしをされ悩む、なんて言ってる不甲斐ない弱さはわからない。

    そんな語り手(大橋文夫)がアンニュイになって大学に戻り普通の就職を目指して、あげく幼馴染と普通に婚約までして、でもなんだかぎくしゃくって、甘ったれもいいところだろう。その婚約者が自立してしまうのは当たり前なんだよ。(婚約者の名は節子!この時代よくヒロインに使う名だよね、と気がつく。例、三島由紀夫『美徳のよろめき』)

    『チボー家の人々』のような大河小説で、登場人物の目線が多岐にわたっていれば一場面としてよいのかもしれない。それに構成が自殺と離別の後、手紙で知らせる形式というのは、漱石『こころ』でも無理っぽかった気がするしね。この作品が芥川賞で当時ベストセラー・・・。それでわたしも読んだのだけどね。まあ、作品丸ごと昭和のやわな青春のかたみ。

  • 六全協以後の虚無感の漂う時代の中で自らのアイデンティティーに揺れる若者達を描いた1964年の芥川賞受賞作。予想に反して私小説的な要素が強い作品だったけど、地下潜行を契機に自虐的な観念に迫られてついに自ら命を絶った学生の挿話は心を打った。

  • 1964年(昭和39年)の芥川賞受賞作。物語の舞台はさらにそれを10年ばかり遡った、学生運動が盛んだった頃。これくらいの年代の話というのは、現在の読者側としては実は一番距離が取りにくい気がします。いっそ江戸時代以前になっちゃえばもはや歴史はファンタジーだし、明治大正の文豪作品なんかだと、時代背景が違ってもそこに普遍的なものを見出せたりしますが、昭和・・・私はもちろん昭和生まれだけれど、60数年あるうちの自分が生まれるより前で、なおかつ戦後、くらいのことが一番遠い時代のことのように感じる不思議。

    この作品の中で描かれている時代の大学生たちは、自らの思想や信念のために命を賭け、積極的に政治に関わり、自分たちに国を変えることができると信じて行動している。それはそれであの時代の流行のようなもので、彼らの多くはただ理想に酔って踊らされてるだけという見方もできるのだけれど、果たして現代のツイッターだのラインだのに依存して四六時中空虚な「繋がり」ばかりを求めている若者たちに、この熱さ(暑苦しさともいえる・苦笑)は理解されないだろうなあ。かくいう自分自身でさえ、はたしてそれくらいの年齢の頃なんて、自分の半径数メートルのことだけでいっぱいいっぱいで、国や政治のことなんて考えていませんでした。

    作中に3通の手紙が出てくるのですが、そのうち2通は遺書、3通目は遺書でこそないものの書いた本人は自殺しそこなって入院中の病院で書いている。いずれの自殺の理由も、現代の私たちからすれば「そんな理由で死ななくても・・・」といったようなことばかりで(とはいえ同世代の方なら納得できるのかというとそれはまた別のような気も)、みな理想家で理屈屋で、観念的な理由で死にたがるので、素直に共感するのはちょっと難しい。かといって、まったく理解できないかというとそういうわけでもなく、むしろ現代人が何も考えなさすぎるんでしょうね。

    「普遍的な青春」とは何か、なんてどうでもいいことをつらつら考えさせられました。

  • 「自殺する勇気がなければ、死ぬまでは生きていく他はない。」

    節子が自殺を選ばなかったことは一つの救いのように思える。

  • 何と言っても佐野の遺書である。

    信じた筈の主義主張を裏切ってしまった時、或いは信じた理想が誤っていた時、もう一歩踏み込んで「信じる」と云う行為をしてしまった時、私は過去に対してどう「落とし前をつけ」れば良いだろうか? の筋で読むと、参考の一つにもなろうか。

    これに対する曾根の評「佐野は主観に溺れていた」「桃色の幻想か、黒い壁のどちらかで、……現実とは、何の関係もないもの」は果たして妥当だろうか。「健全な/自然な悟性」の存在を認めず、ただ「悟性A」「悟性B」「悟性C」…があるに過ぎない、と云う見地からすれば、主観に溺れると云うよりも、別の悟性がある事から目を逸らしてしまったのが間違いだったのだろうか。

    相対主義を貫くと云う方針は見えた所で、過去とどう決着をつけるかの答えは見付かりそうにない。それこそ「本当の自分を探しに行く」節子の様に。

  • 夏目漱石の「こころ」を読んだ時の感覚に似ている。大学闘争という事象を経て、さまざまに内面と向き合うその心の在りようが、ナルシズム的と言ってしまえなくもないが、それを超えて真摯で辛辣で読んでいて胸が震わされる。それでいて、恋をすることの喜びや哀しみのみずみずしさが端々で描かれ、そこにもまた胸を震わされる。
    少し前の本にはなるが、全くもって色褪せない名作と思う。

  • 昭和47年に読。当時の雰囲気とインテリの思考を知り、ある気分に浸ったのを思い出す。

  • 「私、こうやって、一生あなたのお食事、作って上げるのかしら」
    節子の声は、少し物憂げにきこえた。
    「奥様稼業が嫌なら、一生勤めていたっていいよ」
     私はそう答えながら、少し無造作すぎたと思った。私が節子にやさしくしようとすると、どうしても、そういう風になるのだった。
    「ううん。やっぱり私が作って上げる。おいしいものを食べさせて上げるわよ」
     節子は、別に私の無造作を怒りもせず、節子らしい優しい口調でそう言ってくれた。
     私たちは概して頑ではなかった。私たちは大体において、できるだけ相手に優しくしようとしたし、また事実優しかった。私たちは、頑になり、相手に対する優しさまでを犠牲にして守るべきものをも、持っていなかった。

  •  誰のどんなススメで読もうとしたか忘れた。
     見城徹の『読書という荒野』あたりで取り上げられていたろうか。時代的に、団塊の世代から自分の親父の世代が青春時代に読んだ作品だろう。
     なんの前情報もなく読みはじめ、最初は、私小説どころか、著者の青春回顧録と思った。「大橋」という名前が出てきても、「あぁ、本名は”大橋”なのか」と思っていた。それほど、現実感のある話だった。まだ自分が生まれる前の時代の話なのに、近年の作品よりもリアリティに満ちていたのが不思議だ。
     おそらく、時代の空気感、若者としての感性が、今どきの作家の作品よりも自分には近いからなのだろうなあ。 

     そして、読後感は、当時の芥川賞作品は力作だ、という素直な想い。読者のレベルも高く、求める内容も深かった。それに応えるべく作家も筆を揮ったに違いない。
     今の芥川賞作品を云々言うつもりもないけど、作家もひとつの職業だ。求められない作品を書いても売れない。ならば、その時代の読者の求めに応じた作品になっていくのはしかたないこと。作家のレベル、作品の方向性は、読者にも責任があるなと(自戒を込めつつ)しみじみ感じた。

     当時(自分が二十歳前後の頃)、読むこともできた作品だった。あの頃、読んでいたらどう感じたろうか。 いや、むしろ、今、二十歳前後の息子世代が読んだら、どんな感想を持つのだろうか。
     時代が変わっても、人の悩み、青春の蹉跌感は変わらないもの、なんて話も聞くが、いやいや違うんじゃなかろうか。
     確かめようがないが、息子に訊いてみたい気がする。間もなく、息子21歳の誕生日。この本をプレゼントしてみるかな?!(笑)

  • 青春ブンガク
    かかった時間150分

    表題作は、1964年の芥川賞作品。
    60年代に学生運動が起こり、終焉する中で、さまざまな形で時代にとらわれ、また逃れようとした若者たちの物語。

    語り手の大橋文夫は、英文科の修士2回生。女子大に通う従妹の節子と婚約中で、自身の空虚への諦念をかかえながらも、穏やかな幸福のままに一生を送ろうとしている。
    ある日大橋は、ほぼ新刊のまま古本屋に並ぶH文学全集にとらわれる。アルバイトの少ない報酬でその全集を手に入れた大橋だが、その所有者だった佐野という男の生と死をきっかけに、大橋自身、そして彼の周囲の人々の、学生運動に熱をあげた、世代的な空虚やそこからの抵抗、諦念などが語られる。

    ……という内容。
    この作品は、大学時代に講義だけ受けた先生が、自分の中で衝撃だった(表現は違う)一冊、ということで書名を挙げた作品である。ずっと気になっていたが、あれから10年以上の時を経て、ようやく読む機会を得た。

    しかし、率直に、10代のころ、せめて20代の前半に読むべき作品だったと思う。生の意味に対する切望というか、自己と社会の関係のしかたについての矜持、いいかげんに思える他者とのかかわりと表裏をなす真摯さなど、強烈な自意識に支えられた登場人物の言葉は、今の自分が読んでもある程度の理解はできるが、あのころ、自分の、まだ柔らかく、世界についてのさまざまなことに飢えていた自分の魂でなぞるべき言葉だった。その意味では、一部の作品には、はじめに「出会う」べき適切な時期があり、それを逃したことが多少悔やまれる(ここで「多少」と思ってしまうのも、まあ老いたということでしょう)。

    描かれていた登場人物が全員エリートなので、このように強烈な自我を当時のすべての人がもっていたとは限らないにせよ、広く若者に支持された作品だということで、やはり「学生運動世代」の特性はあるのだと思う。このような生き方に、一定、憧れもし、他方で苦しそうだとも思う。今の若者も、もちろん、違う形で苦悩しているんだろうけど。

    表題作のほか「ロクタル管の話」という短編小説も収録されていて、自己の純粋さへの礼賛と、それを失ったことへの寂しさが描かれていてよかった。

    けっして読みやすい作品ではないが、読んでよかった。そして、やはり、これを血肉にするような読み方ができる時期を過ぎてしまったことは、少し寂しい。

  • 1964年上半期芥川賞受賞作。全体のスタイル、そこから受ける感慨は鷗外の『舞姫』を想起させる。すなわち、すべてが終ったところからほろ苦く青春が回想される構図が。時間の彼方にあるものは、やはりそれだけでロマネスクである。あるいは、太宰の『晩年』を想わせもする。この小説が執筆された時、作家は29歳であったが、小説内世界においても、また作家自身の諦念においても、若々しさよりは、それを過ぎてしまった感覚が濃密だからだ。そして、六全協の敗北感よりも、むしろより個的な中での世代的連帯と共感とを回想しているかのようだ。

  • 芥川賞受賞の小説であり、あまりにも有名なので読んだはずであるが、いつ読んだかは思い出せない。韓国小説の紹介をしていた著者が、この小説の主人公が共産党に入っていて朝鮮戦争が米軍と韓国軍が北に攻め入ってきたという共産党の説明を鵜呑みにして旧友に話したら曽根という同級生が見てきたこともないのにいい加減なことを言うな、という場面があったが記憶にはない、という説明をしていた。そのために、再度読んでみたが、私もそこを読んだ記憶はなかった。今回、再度読んでみて、共産党に翻弄された青年の姿がよく分かるだけでなく、どんどん自殺したり死んでいくという女性や男性、女性の描き方には男性からのものもあるようだが、東大生という特別なエリート集団での話ということであった。
     会話よりも手紙で心情を伝えるということが70年前のことである。

  • 【内容】
     本作は、1950年代の極左冒険主義と称されるような暴力行使による現状変更(革命)を目指す学生たちを描いた作品である。 
     ただ、彼らは六全協(日本共産党本部が軍事革命路線の変更を決めた会議)によりその目的、彼らの日々の生活における「充実」そのものを失うことになる。
     本作はむしろ、六全協後の彼らの「人生の意味」の崩壊、物語性が失われた空虚な茫漠とした日々を描いている。

    【感想】
     当時の若者が、闘争や革命を標榜し、それに対して燃えるように身を焦がしていた様子が伝わってくる。また、そのイデオロギーが崩壊した後の身を空にするような虚無感も、同時によく伝わってくる。
     当時の若者は、自らが吸う空気(共産主義)の確かさを信じていた、あるいは信じようとした。その憧憬にも似た感情を、本作はセンチメンタルに、そして美しく描いている。

  • 学生運動に翻弄された若い男女の恋愛と人生の吐露。

    つい「吐露」と書きたくなるような赤裸々な青春が描かれていた。
    自分を納得させるため色んな言い訳をする登場人物たちを哀れに思ったり、学生たちの未熟ともいえる感性に与える社会の影響の大きさを恐れたりした。

  • 1964年の芥川賞受賞作
    学生運動を離脱した男が婚約者にふられる話だ
    彼女は、何が不満なのか自分でもよくわからないまま
    男に困惑する暇さえ与えず、北国へ旅立ってしまう
    フロイト的に考えれば
    家父長制に対する依存と嫌悪で宙吊りになったことへの「不安」だと
    簡単に説明できるだろう
    しかし説明できたからといってどうなるものでもない
    そういう悲劇なんだ
    それを解決するには何を持ってくればよいか
    本当は誰もがうすうす気づいてるはずだ
    マッチョイズムである
    洗練から遠く離れた熱狂と共に
    わがままを包み込んでくれるであろう優しい遊技的世界の実現だ
    けれども、近代的理性の側に彼女らが立つ以上
    そんなことストレートに口から出せるはずはなかった
    だからさびしい

    作中の時代背景は、共産党の路線変更に関する記述から察するに
    1950年代の終わりごろと思われる
    ここに書かれたようなことはおそらく
    この時期の「優しい左翼」に普遍的な問題だったのだろう
    しかしそれはまた
    山岳ベースの大量殺人に行きつく流れでもあった

  • 学生運動が盛んな時期に大学生活を過ごす高学歴男女の恋愛その他を巡る気持ちの変遷を描く。

    学生運動に失望して自ら命を絶つ者等の描写があり、当時の若者の繊細な気持ちが良く伝わってくる。全体として何かぼんやりとした夢のような、遠い過去のような世界観。

    過去のエリート階級の若者はこのような気分を持っていたのかとうっすらと垣間見ることができる作品。

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著者プロフィール

作家、ドイツ文学研究者。
1935(昭和10)年1月 東京生まれ。
武蔵高校から東京大学へ進学、工学部から転じて独文科卒。
1960(昭和35)年 東京大学大学院独文科修士修了、同大文学部助手。
1961(昭和36)年「親和力研究」で日本ゲーテ協会ゲーテ賞。
 翌年より2年間、西ドイツ・フランクフルト大より奨学金を得て、留学。
1964(昭和39)年『されどわれらが日々─』で第51回芥川賞。
 東大助手を辞し、西ベルリンなどに滞在。帰国後、都立大講師、助教授を経て
1969(昭和44)年4月 東京大学文学部助教授、のち教授。文学部長を務める。
1994(平成6)年3月 定年退官、名誉教授。4月、共立女子大学文芸学部教授。
2004(平成16)年3月 同上定年退職。

「2019年 『〈改訂増補版〉詩に映るゲーテの生涯』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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