功名が辻 (三) (文春文庫)

  • 文藝春秋 (1976年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784167105198

感想・レビュー・書評

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  • 絢爛たる栄華を誇った豊臣秀吉の天下が傾き始めた。老耄の翳がさした豊臣家。じりじりと台頭してくる徳川家康に諸大名は近づき始める。更に北政所と淀殿の間にも派閥の対立が。秀吉の死後、上杉景勝討伐に東征する家康の留守を狙い挙兵する石田三成。

    悪役で伊右衛門の立場を引っ掻き回す立場なのかと思った六平太が、千代の前ではちょっと可愛らしい感じで面白い。関ヶ原へ向かう伊右衛門の見所の直前まで。

  • 前巻と変わって、ほぼ山内一豊・千代目線で、物語が進みます。それぞれの「律義者」「知恵者」という特性が、しっかりと歴史・物語と紐づいてくるので、緊迫した社会の動きが山内家視点で楽しめます。

  • さらっと読める
    一豊さんの律儀さ

  • 2019.8.2(金)¥100(-20%)+税。
    2019.9.1(日)。

  • 乾孫作は不破か。

  • 秀吉ってかなり派手好きだったのね。歴史をまったく勉強してこなかったおかげで、良くも悪くも全てを新鮮に受け止めてる。
    ついに、秀吉の死期も迫り豊臣の天下も終わり。

  • 0193-710519-7384 318p 1976・10・10 2刷

  • いわゆる戦国出世物語ではなく、夫婦愛でもなく、戦国武将の妻の物語ともちょっと雰囲気が違う物語に魅せられはや3巻目が終わります。
    私はこれまで司馬遼の本をあまり読んだことがないのですが、もしかして一番気に入っているかも。もう少しこの二人の物語についていってみたいと思います。

  • この甲斐性無し!

  • 購入者:坂野
    天下人と言われた織田信長が倒れたように後に出た秀吉もまた同じ、そんな秀吉の大名を務めている彼も秀吉が倒れればまさに大波乱、自分自身にも言えることだと思いました。

    丸橋
    第三巻は豊臣政権の末期から秀吉の死、石田三成の挙兵〜関ヶ原前まで。情勢はますます逼迫する。この時代の女性の立場、役割を切なく描いた巻でした。

  • 1997.4.26

  • (2006.03.21読了)(2006.01.15購入)
    山内一豊は、遠州掛川城(静岡県掛川市、位置としては、静岡市と浜松市の間にある)を預かり、伏見と掛川の間を行ったり来たりしている。掛川城の留守居は、伊右衛門の実弟修理亮康豊である。伊右衛門は、跡継ぎがいないので、実弟の子、国松を養子として、伏見で養っていた。(9頁)
    長浜でも地震にあっているが、伏見でも地震にあっている。神戸・淡路大震災まで、関西はあまり地震のないところといわれていたけど、歴史を辿るとそうでもなかったようです。伏見の地震で、方広寺の大仏殿も倒壊し、秀吉のいた伏見城も倒壊している。このとき謹慎中の加藤清正がいち早く伏見城に駆けつけて、秀吉から謹慎を解かれている。
    千代が、一豊の留守に秀吉の訪問を受ける話。淀君の招待を受ける話。北政所の招きを受ける話。秀吉の肥前名護屋城での仮装園遊会の話。醍醐の花見の様子。などが続く。
    一豊の白髪が見つかって、驚く千代に、「ほとの毛はまだ黒いわ」と一豊が言うのに対し、千代は一豊を裸にして確かめるなどという場面もある。
    跡取りのできない千代は、自分で、候補の腰元を選び、言い含めて、一豊の世話係を言いつけ、一ヶ月ほど京都の寺めぐりに出かける。一豊もやむを得ず試みるがうまく行かなかった。
    慶長3年8月18日、秀吉は死んだ。
    慶長4年閏3月に、前田利家が死んだ。
    10月、家康は、伏見から大阪城西の丸に移動した。石田三成は、佐和山にひきこもっている。
    会津の上杉景勝が謀叛をたくらんでいることを理由に、家康は、出陣する。一豊もそれに従う。遠州掛川は、江戸へ向かう途中にあるので、家康より先行し、饗応の支度を整え待った。饗応の後、江戸に向かい、会津へ向かう。
    家康が江戸に立った後、石田三成が「逆賊徳川家康を討つ」と宣言し、大阪城に入った。毛利輝元も広島城を発し、大阪に入った。
    三成は、秀頼様家康を討滅なさるにつき、忠節を尽くされたい。という書状を諸侯に配った。山内家にも来た。千代は、開封せずに一豊に送り、開封せずに、家康殿に差し出すよう密使に言伝した。
    千代へは、人質として大阪城に入るよう秀頼からの使者が来る。断り続ける中、細川ガラシャ夫人(明智光秀の娘)が自害する。千代も自害の姿勢を示して、大阪城への入城は断り続ける。
    千代からの使者を迎えた一豊は、言伝どおり、受け取った書状の封を切らずに家康に差し出し、家康に味方することを示す。次は、関が原へ。
    ●構想力(116頁)
    天下取りも構想力なのである。夢と現実を取り混ぜた構想を描き、あちらを抑えこちらを持ち上げ、右はつぶして左は育て、といった具合に、一歩一歩実現してゆき、時至れば一気に仕上げてしまう、その基礎となるべきものは、構想力である。
    夫の伊右衛門には、構想力はない。律儀いっぽうで売った官僚でしかないのである。
    家康は、性、慎重に過ぎ、足元を見すぎ、ばくちをするにしても自分の持ち金のせいぜい一割ぐらいしか張らない、という現実密着の性格をもちすぎている。飛躍がない。
    家康は既成の天下を継承できても独力で天下を創作する事は無理な器であった。
    ●死の前(126頁)
    人は死ぬ前に、旧知の家々をまわるという。
    ●秀吉と天皇(126頁)
    時の天子後陽成帝は、学問好きで性格は純な人だった。秀吉を敬愛し、ほとんど叔父に接するような気持ちでいた人である。
    秀吉もまた、この天子を深く愛した。彼の参内は常に儀礼的なものでなく、
    「当今(今上帝)のお声を久しく聞かぬと、無性にさびしい」
    というほどであった。お互いに人間的に睦みあってしかも双方の長所を敬愛しきっているという点で、古今に珍しい君臣といっていいだろう。

    ☆関連図書(既読)
    「功名が辻(一)」司馬遼太郎著、文春文庫、1976.03.25
    「功名が辻(二)」司馬遼太郎著、文春文庫、1976.03.25

    (「BOOK」データベースより)amazon
    絢爛たる栄華を誇った豊臣秀吉の天下がかたむきはじめた。かれに老耄の翳がさし、跡継ぎの秀頼はなお幼年の域を出ない。諸大名を掌握し、じりじりと擡頭してくる徳川家康に対して、秀吉は防戦にまわった。かれが死をむかえれば大波瀾はまぬがれぬであろう…。伊右衛門・千代の夫婦は二人して将来への道を必死に探し求める。

  • 功名が辻 (1)と同意見

  • 実直さと誠実さて人によって映り方違うよね。

  • 秀吉の無茶。後継者問題。サラリーマンも大変だ。そして秀吉の死。ふたたびやってくる戦国の世に、伊右衛門はなりふりかまわず家康に味方する。もちろん千代の助言あり。しかし家康のもとにいる伊右衛門と、豊臣家の近場にいる千代の距離はあまりに遠く。千代に危険が迫り来る。あー、ハラハラ。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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