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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784167105624
作品紹介・あらすじ
革命をおこした国は倨傲(きょごう)になる。特に革命で得た物差しを他国に輸出したがるという点で、古今に例が多い。明治の日本人には朝野ともにその意識がつよく、他のアジア人にとって不愉快きわまりないものであったろう。(「脱亜論」より)
この国の歴史のなかから、日本人の特性を探り出し、考察することによって普遍的なものとはなにかを考える。1990~1991
目次
戦国の心
ドイツへの傾斜
社(しゃ)
室町の世
七福神
船
秀吉
岬と山
華
家康以前
洋服
「巴里の廃約」
「脱亜論」
文明の配電盤
平城京
平安遷都
東京遷都
鎌倉
大坂
宋学
小説の言語
甲冑(上)
甲冑(下)
聖(ひじり)たち
あとがき
みんなの感想まとめ
歴史を通じて日本人の特性を考察し、普遍的なテーマを探求する作品は、著者の独自の視点が光ります。武士の黎明や甲冑に関する考察など、さまざまな時代や文化についての短編が読みやすく、心地よい世界へと誘ってく...
感想・レビュー・書評
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本巻も徒然なるままに、著者の日本感が綴られる。武士の黎明や甲冑に対する考察など、面白い。
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司馬先生のお話を聞いているようです。
3度目の読了 -
読了 20240808
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日本における武士の成立ちと精神形成の仕組みに腹落ち感あり
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毎回、多岐にわたる一つのテーマについて詳しく出自などを掘り下げていかれるのだが、これが大変勉強になり、かつ面白い。個人的には、甲冑についての記述が、初めて知ることだったため余計に入り込んで読めた。
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この国のかたち [03]
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日本人のルーツに関わる話はおもしろい
また、福沢諭吉の海外事情に疎かった(のかもしれない)という話も興味深かった -
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「この国のかたち3」司馬遼太郎さん。
だいたい1992年くらいに連載されたもの。
「ふむふむ」と「へ~」が満載の第三巻。
神社仏閣めぐりとか、そういうの好きなんで。
個人的には全六巻を楽しみに慌てず読んでいます。
(そもそも再読なんですが)
以下、もう完全に個人的な備忘録。
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●室町時代、という時期に、日本は農業生産がぐっと上がった。
そして、現在まで続く「日本らしい文化や慣習」の多くはこの時代に出来た、という
お話。
●一方で室町幕府というのは、大名にのっかっているだけの弱い政権だった。貨幣も
自前で作れず、中国の銭を流通させていた。
●室町末期~戦国。官が弱く、一方で商売、流通のエネルギーは増大。それを本能的
に分かっていて、邪魔な「中世のしきたり」を破壊して、銭、現金、合理主義を推進
した信長、秀吉。
●「革命を起こした国は倨傲になる。特に革命で得た物差しを他国に輸出したがるという点で、古今に例が多い」
●奈良時代というのは、国家が仏教をあがめて、仏教の威光を借りて全国を統治し
た。政治=仏教だった。仏教は海外からやってきた最新の素晴らしいものだったか
ら。だから、国家が寺を作った。だから、奈良の寺は巨大である。
●しかし、徐々に、巨大な寺の僧が政治に介入してきて、良くない状態になった。なので、ときの政治家たちは、平安京に遷都。そして、政治=仏教のしがらみを排除。
●だから、京都には奈良のように巨大な寺は無い。京都の寺は、国家ではなくて貴族が作っているので、豪華でも限りがある。
●比叡山とかは、かなり国家が肩入れしたのだけど、奈良の轍を踏まないように京都から地理的に遠ざけた。
●渡来文化以前の神道=岬や山など地理的なものも神だった。三輪神社。国つ神。やがて、「天つ神」が勢いを増していく。「国つ神」の名残は出雲神社になる。徐々に中央から都落ちしていったのだ。
●江戸時代の海運。江戸初期は全て、京大阪の商品が優れていた。酒もしかり。「下る」「下らない」の語源。
醤油は徐々に関東が濃口醤油を開発して盛り返した。
●江戸時代、商品経済、流通の発達。観念ではなくモノをモノとして考えるリアリズムの発達。
●「尊王攘夷」というイデオロギー。中国の宋、南宋時代につくられた。そもそも単純に日本に輸入するのは無理があった。
●日本の左翼思想が、日本独自の歴史の特性を考えずに、マルクス主義の概念に無理やり日本史を当てはめようとした誤謬。
●近代日本文学、明治の文学は「東京出身者、東京弁が母語である人々の文学だった」。
●言文一致体のベースに江戸落語がある。漱石も二葉亭四迷も。
●地方出身者は、どうしても仕方なく美文に走る。坪内逍遥は自分でその限界を知っていた。
●漱石の文章は、式亭三馬などの落語の影響から始まった。「坊ちゃん」。その口語的表現力に世間は喝采した。(今でも力がある)。
●漱石の文体はその後試行錯誤を繰り返し(「虞美人草」では口語を離れ美文に傾いてみた)、「三四郎」で安定し、「明暗」で完成を見た。この分析、漱石ファンにはとても納得のいく解釈。脱帽。
●七福神、布袋様の由来考察も面白かった。 -
2016年9月20日読了
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司馬遼太郎の歴史に対する見方が
少し明瞭になりかけた感じがする。
この国のかたち(一)をよんで、
朱子学とは日本にとって どんな意味を持っていたのかを
知りたいと思って 『朱子学と陽明学』を読んだが、
どうも、まだまだ知りたいことに対して距離があるようだった。
世に棲む日々を 全4巻読んで、
吉田松陰と高杉晋作を対比する中で
思想家と現実家との 姿を浮き彫りにされて、
なるほど 思想というものを そうやってとらえているのか
が 理解できた感じがした。
この国のかたち(三)をよみながら
室町時代が180年も続き、そこで日本の生活の原型ができた。
書院造、華道、茶道、行儀作法、婚礼の作法。
信長が 流通、経済に対して注目して、秀吉らにサラリーを与えていたこと。
秀吉がなぜ 朝鮮に出兵したのか。豊臣から徳川に移行する原因となった。
七福神。日本のすらりとした弥勒菩薩は、中国では布袋で、太っている。
そういえば、沖縄の弥勒も 太っていた。
七福神は、日本産ではなく、インド、中国などからやってきた。
福沢諭吉の脱亜論は アジアを抜け出すことではなく
儒教と封建を抜け出すことを意味していた。
洋服を明治時代に どのように普及したのか?
など、現在の日本につながる 兆しを
掘り出している作業をしているのだな
と思った次第です。 -
文藝春秋連載エッセーを集めた第3巻。1990~1991。
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第3巻は、農民から貴族、貴族から武士、そして貴族、戦国を経て武士という「世の人々」の移り変わりと国のかたちの移り変わりを軸に展開。そこに例えば鎧兜の意味や宗教の存在感を交えて司馬節が繰り広げられる。本人も書いているが本書を元に、読み手がどう考えるかが重要。
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最後の6巻まで読んでから書こうと思ったけど我慢できず。
『船の船尾を艫(とも)という。船の船尾にむかってまっすぐに背後から吹いてくる風のことを”真艫(まとも)というのである。』
シーカヤックという小舟と言えど、船乗りなので、こういう言葉の成り立ちは気になりますね。
ちなみに小舟だと真艫=追い風への対処が一番難しい。
なるほど、「マトモに漕げない」。
綺麗にまとまりました! -
どんどん面白くなっている。とまらない!もっともっとと読みたくなる。
多分、司馬さんの文章を読み慣れてきたせいだとは思う。しかし、それにしてもわたしはものを知らない。特に字を識らない…とは言いながらもズンズン読んでいこう!
昔の偉い人がたくさん出てくる。偉い人ってほんっとすごい!例えば東京帝国大学の土木工学の初代日本人教授だった古市公威という方なんかはとんでもない勢いで勉強されたみたいである。留学先のフランスでそのあまりの勉強ぶりに下宿の女主人があきれて、“公威、体をこわしますよ”と忠告すると、「わたしが一日休めば、日本は一日遅れるのです。」と言ったそうである。全開フルスロットルで生きていたのだろうなぁ~もちろん日本の近代化にさぞや貢献されたことだろう。
こういう良い話がたくさん出てくる。こういう話しは読んでいて感動し元気が出てくる。何しろ彼らは身体を張っているのである。その当時の世界という舞台でとんでもないダンスを踊っていたのが司馬さんの文章から伝わってくるのである。これは村上さんの文章を読みんで得られる快楽とは、また、異なる快楽である。
Mahalo
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