竜馬がゆく 一 (文春文庫)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 文藝春秋 (1998年9月10日発売)
4.11
  • (2064)
  • (1292)
  • (1410)
  • (36)
  • (15)
本棚登録 : 14073
感想 : 1196
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784167105679

みんなの感想まとめ

坂本竜馬の成長と人間関係を描いた物語は、彼の幼少期から青年期にかけてのエピソードが中心です。剣術に秀でながらも学問には苦手意識を持つ竜馬の姿が、魅力的に描かれています。特に、彼の姉との深い絆や、桂小五...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 【この作品を短文で】
    坂本竜馬は安易に答えに急がず、自分の能力を把握して客観視を保った上で大仕事を成そうと刃を研ぐ。
    また、誰にも遅れを取らない自分の長所を磨くことで、「ブレない心」を持っている。


    【感想】
    本当に大好きな本で、小さい時から今まで数回読んだ事がありますが、それでも尚定期的に読み返したくなってしまう作品。
    読むと、「ダメだ!俺はこのままじゃいかん!!」と自分自身に喝が入るし、何歳になっても読んで飽きる事がなく、それどころか新しい発見をいくつかしてしまうので、本当に名作中の名作だと個人的に思います。
    (ちなみに、大河ドラマの「龍馬伝」も1話から見直しています。笑)

    1巻は、そんな偉人・坂本竜馬の初期について描かれています。
    周りに優秀な人間がいたり、何かに向けて奔走している仲間を目の当たりにして、「自分の夢とは何か?」「生まれた上で自分は何をすべきなのか?」という答えに中々巡り合う事が出来ない竜馬。
    (作中に描かれてはいませんが・・・)焦ったり葛藤した日々は竜馬自身にもあったのでは?と思います。

    しかし、そんな中でも、しっかりと自分を客観視しつつ、自身の未熟なところをしっかりと見極めつつも、「何かせねば」と思って安易な答えに急いて飛びくことは一切ない。
    また、周りから真摯に学ぼうとするも、芯から影響されきって周りに染まりきる事は一切なく、自分のスタンスを貫き通す点に、竜馬の人としての「強さ」が垣間見えます。

    現在よりも遥かに格差の厳しい時代や郷土に育ったにも関わらず、ここまで達観した考え方を持っている点、やはり英雄の気質なんでしょうね。

    竜馬が強い意志で自分を保つことが出来たのは、1つはやはり持って生まれた性格であったり、また比較的裕福な家庭で育った背景もあったでしょうが、やはり「剣術の実力があった」事に大きく起因するのではないでしょうか?
    「いざとなれば、自分には剣がある」
    そういう強力な武器が1つでもあれば自信につながりますので、えてして人はブレない気がします。そしてこれは、現代社会においても言える事でしょう。
    (まぁ、竜馬がその「武器」に頼る事は作中では殆ど駆使しておりませんが・・・)

    自分自身、何か武器を身に着けなくちゃいけないなと思う今日この頃です。


    【あらすじ】
    総発行部数2500万部超! 坂本竜馬の奇蹟の生涯を壮大なスケールで描く、司馬文学の金字塔。
    土佐の郷士の次男坊に生まれながら、ついには維新回天の立役者となった坂本竜馬の奇蹟の生涯を、激動期に生きた多数の青春群像とともに壮大なスケールで描きあげる。

    生まれ落ちたときから背中一面に旋毛がはえていたため、豪気な父は、”千里の駿馬”になるかもしれないと、竜馬と名付けた。
    が、十二になっても寝小便する。
    近所の子から「坂本の寝小便ったれ」「坂本の泣き虫」 とからかわれ泣かされて帰ってくる。
    字を満足に覚えられず、寺子屋の師匠に見捨てられる。

    そんな竜馬は、十四歳の時に小栗流の道場に通いはじめてから、にわかに顔つきまで変わっていった。
    竜馬は強い――。

    幼年時代から、江戸での剣術修業、奥手だった青年時代、人斬り以蔵、桂小五郎との出会いなどを描くシリーズ第1作


    【引用】
    1.土佐藩ほど上下の身分のやかましい藩はない。
    たとえば、郷士の分際の者がいかに英才の持ち主であろうとも、藩政に参加する身分には到底なれない。
    学問の師匠になるか、竜馬のように剣技を磨いて城下の町道場主になるかが、若者に許された精一杯の野望なのである。
    以蔵のような足軽の分際では、それさえ望めなかった。

    2.(どうも愉快ではないな)
    先程の以蔵の一件であった。以蔵が不快なのではなく、ああいう金の出し方をした自分が愉快でなかった。
    (いい気なものだ)
    あれでは、まるで恵んでやったようなものではないか。
    こちらがああいう与え方をすれば、以蔵でなくても、当然、犬が食べ物を恵んでもらったような態度をとるしかない。

    (金とは難しいものだ)

    3.若者というのはいつの世でも、竜馬のようなカラリと乾いた若者を仲間の中心に迎えたがるものである。理屈よりも、気分なのだ。
    豊臣秀吉も徳川家康も、黙っていてもどこか愛嬌のある男だった。
    明智光秀は智謀こそその2人より優れていたかもしれないが、人に慕い寄られる愛嬌がなかったために天下を取れなかった。

    英雄とは、そういうものだ。
    たとえ悪事を働いても、それがかえって愛嬌に受け取られ、ますます人気の立つ男が英雄というものだ。
    そういう男と喧嘩するのは、するほうが馬鹿だし、仕損である。

    4.(桂は桂、おれはおれだ。桂と違ってもともと「晩稲(おくて)」のおれはまだまだ学ぶべきことがいっぱいある。とりあえず、剣術だ)
    自分を強くし、他人に負けない自分を作り上げてからでなければ、天下の大事は成せまい。

    5.桂と対戦前に、「やらんでもわかっちょる。桂の勝ちじゃ」と言った竜馬に対して。
    「武士が敵をみて弱音を吐くか」
    「吐くわい」
    「されば、おんしァ、武士ではないのか」
    「武士武士とがみがみ言わンすな、耳が鳴るわい」
    「さればおんしァ、何じゃい」
    「坂本竜馬じゃ」ケロリとしている。

    これが竜馬の一生を通じての思想だった。
    武士であるとか町人であるとか、そういうものはこの世の借り着で、正真正銘なのは人間いっぴきの坂本竜馬だけである、と竜馬は思っている。


    【メモ】
    p57
    「驚いたな、浪花の船場で辻斬りをするつもりだったのか。あの川の向こうにどういう役所があるか、おまんは知っちょったのか?」
    竜馬は男のなかでも一番手に負えないのはこういう男だと思った。小心な男だけに、切羽詰まると、何をしでかすかわからない。
    「事情を聞こう。断っておくが、わしが人に褒められるたった一つの取り柄は、口がかたいということだ」


    p58
    「何者だ、それは?」
    「お名前は申せませぬ」
    足軽とはいえ、武士のはしくれだというのだろう。人を売るようなまねはできない。
    「では、聞かぬわい」
    竜馬は暗い顔をした。ひとごとではなかった。
    土佐藩ほど上下の身分のやかましい藩はない。
    たとえば、郷士の分際の者がいかに英才の持ち主であろうとも、藩政に参加する身分には到底なれない。
    学問の師匠になるか、竜馬のように剣技を磨いて城下の町道場主になるかが、若者に許された精一杯の野望なのである。
    以蔵のような足軽の分際では、それさえ望めなかった。


    p61
    (どうも愉快ではないな)
    先程の以蔵の一件であった。以蔵が不快なのではなく、ああいう金の出し方をした自分が愉快でなかった。
    (いい気なものだ)
    あれでは、まるで恵んでやったようなものではないか。こちらがああいう与え方をすれば、以蔵でなくても、当然、犬が食べ物を恵んでもらったような態度をとるしかない。

    (金とは難しいものだ)
    正直なところ、生まれてこのかた金に不自由したことのない竜馬にとって、これは強烈な経験だった。


    p73
    ・(なあに、斬られれば死ぬまでさ)
    「先日の非礼を詫びておる。足下にはお耳がござらんのかな」
    「・・・」
    竜馬は無邪気な顔で往来を見ながら餅を食っている。目の前に人間いっぴきが立っているなどは、蝿がとぶほどにも思っていない顔であった。
    (これはいよいよ大したたまだな)
    藤兵衛はますます惚れてしまった。生まれて、こんな度胸のいい男をみたことがない。
    しかし、相手の浪人はよほど癇癖(かんぺき)の強い男らしくすでにみけんに赤黒い血を昇らせている。何をするかわからなかったし、腕も立ちそうであった。
    「旦那、こちらの旦那が今なにかおっしゃってるんだ。お耳にはいらないんですかい?」
    竜馬はにこにこした笑顔を向けて、「代わりに聞いておいてくれ」と往来に出てしまった。
    その瞬間、背中に抜き打ちの殺気を感じたが、
    (なあに、斬られれば死ぬまでさ)
    そして、(江戸に着く頃にはすっかり初夏だな)と、もう浪人のことは忘れている。


    p89
    なにがおもしろいのかはわからないが、若者というのはいつの世でも、竜馬のようなカラリと乾いた若者を仲間の中心に迎えたがるものである。理屈よりも、気分なのだ。
    「武市先生。なぜ竜馬の非礼をお咎めにならなかったのです」
    半平太はこう答えた。
    「豊臣秀吉も徳川家康も、黙っていてもどこか愛嬌のある男だった。明智光秀は智謀こそその2人より優れていたかもしれないが、人に慕い寄られる愛嬌がなかったために天下を取れなかった。」

    「英雄とは、そういうものだ。たとえ悪事を働いても、それがかえって愛嬌に受け取られ、ますます人気の立つ男が英雄というものだ。ああいう男と喧嘩するのは、するほうが馬鹿だし、仕損さ」


    p190
    「我が藩は、外様としてながく公儀から疎んぜられてきたが、いざ国難となれば、やはり大公儀から頼りにされて警備を任された。いつかは長州が日本国を背負って立つときがくるだろう」

    (なるほど、長州は他の藩とは違う)
    竜馬は内心異様な感じを持った。
    長州人の自負心は、藩の歴史に原因するものらしい。毛利は薩摩の島津家とおなじく、徳川家からもらった封土ではないのである。
    どちらも六百数十年前、源頼朝の家人であった家で、戦国時代に四隣を切りとって領土を広げ、毛利などは一時は中国十一カ国の大領主であったが、関ヶ原の敗戦で防長二州三十七万石に減らされた。
    徳川家に対して怨みこそあれ、恩はない。
    独特の気風はそこから生じてきたものだろう。


    p203
    ・桂との出会い
    「なに、御遠慮なさるな。わしは諜者よ」
    小五郎も、これには息を詰めるほど驚いた。
    せっかく諜者の疑いを解いてやったのに、この男は自分からあらためて諜者だと名乗った上、小五郎を慰めるように、
    「だからあなたは、藩に対して何も遠慮することはありません。あなたの眼力は正しかったし、処置もあれでよかった」

    「なに、簡単なことだ。私に貴藩の陣地のことなどを教えてくださらんか?土佐藩にしたところで、自藩の品川防備を堅固にするための参考にするだけのことで、他意はない。結果としては、日本の為になることです」

    口から出る言葉の一つ一つが人の意表をつくのだが、そのくせどの言葉も詭弁にみえて浮華(ふか)では決してない。人をわなにかける言葉ではないのである。
    自分の腹の中でちゃんと温もりのできた言葉だからで、その言葉の一つ一つが確信の入った重味がある。
    (これは途方もない大人物かもしれない)と小五郎も思った。

    そのくせ、雄弁ではない。
    体全体が喋っているような訥弁で、その上ひどい土佐なまりなのである。
    (こういうのを人物というのかもしれない。同じ内容の言葉を喋っても、その人物の口から出ると、まるで魅力が違ってしまうことがある。人物であるかないかは、そういうことが尺度なのだ)


    p217
    「眠っちょりませぬ。この坂本竜馬だけは、たったいま眼をさまされた。もっとも眼をさましても何も見えにょりませぬ。しかし、わしの眼もいずれ見えるじゃろ」
    「坂本さん。やろう!」桂小五郎はいきなり竜馬の手を握った。
    別に何かやろうという目的があぅたわけではない。何かやるには時勢がまだ熟していなかったし、それに二人はまだあまりにも若すぎた。
    「とにかく、日本にはもっと困難なときがやってくる。そのときお互い生死をかえりみず、力を合わせて立ち上がろう。互いに不満があっても裏切るまいぞ。朋友のあいだに信の一字があってこそ世の大事をなせるのだ」


    p223
    (桂は桂、おれはおれだ。桂と違ってもともと「晩稲(おくて)」のおれはまだまだ学ぶべきことがいっぱいある。とりあえず、剣術だ)
    自分を強くし、他人に負けない自分を作り上げてからでなければ、天下の大事は成せまい。


    p270
    「私が弱いから負けた、それだけですよ」
    あとは、竜馬は黙った。

    実を言うと、竜馬にすれば重太郎と立ち合ってみて、相手がにわかに弱くなっていることに驚いたのだ。
    相手が弱くなったというより竜馬が強くなりすぎたのだろう。
    (これは負けてやろう)
    そういう感覚の男だった。竜馬には、一途にカッとなるようなところがない。

    その点では竜馬は、ついに剣客には不向きな男かもしれなかった。
    一場の勝負を争うことよりも、将来千葉道場を継がねばならない重太郎の立場を考えてやるというような、政治的な頭の働きをついしてしまう男なのである。


    p271
    人に会ふとき、もし臆するならば、その相手が夫人とふざけるさまは如何ならんと思へ。大抵の相手は論ずるに足らぬやふに見ゆるなり。

    義理などは夢にも思ふことなかれ。身を縛らるるものなり。

    恥といふことを打ち捨てて世のことは成るべし。


    p282
    「猫のような、そんな素質があるから困るのさ。俺は無事太平の世ならきっとそうしている男だろう。しかし今の世に生まれて俺は猫になりたくない。やはり名の通り千里を征く竜馬になりたい。俺が千里の竜馬にならなければ日本はどうなる」


    p425
    ・桂と対戦前に、「やらんでもわかっちょる。桂の勝ちじゃ」と言った竜馬に対して。
    武市は言葉を荒らげ、
    「武士が敵をみて弱音を吐くか」
    「吐くわい」
    「されば、おんしァ、武士ではないのか」
    「武士武士とがみがみ言わンすな、耳が鳴るわい」
    「さればおんしァ、何じゃい」
    「坂本竜馬じゃ」
    ケロリとしている。

    これが竜馬の一生を通じての思想だった。
    武士であるとか町人であるとか、そういうものはこの世の借り着で、正真正銘なのは人間いっぴきの坂本竜馬だけである、と竜馬は思っている。

  • 坂本竜馬 12歳-23歳

    竜馬の感性は、
    乙女姉さんが育んだもとだったかな。。。

    映画やドラマではよくお見かけする坂本竜馬。
    竜馬の有名なエピソードは知っているものの、
    詳細までは知らなくて、ようやく司馬遼太郎さんの
    「竜馬がゆく」を手にしました。

    学問は苦手な竜馬。
    でも剣術には長けていて、ここからどんな風にあの
    歴史に残る坂本竜馬が誕生したのか。。。
    竜馬の人柄も興味深い。
    竜馬のお酒の呑みっぷりも、竜馬を取り巻く人情も、
    これからが楽しみ!!


  • 『竜馬がゆく(一)』を読んでまず感じたのは、これは歴史小説というより、ひとりの若者の成長物語だということだった。

    幕末という激動の時代を描く作品なので、もっと政治や歴史の話が中心なのかと思っていた。しかし1巻で描かれるのは、まだ歴史を動かす前の坂本竜馬だ。剣術に憧れ、江戸へ出て、仲間と出会い、自分の進むべき道を模索する。その姿は後に教科書に載る偉人というより、将来に迷いながらも前へ進もうとする一人の青年に近い。

    読んでいて印象的だったのは、竜馬の持つ不思議な魅力だ。決して天才として描かれているわけではない。剣術も最初から抜群というわけではなく、身分も高くない。それでも周囲の人間が自然と惹かれていく。頭の回転が速いというより、人と違う視点でものを見ることができる。目先の勝ち負けよりも、もっと大きなものを見ている。その片鱗がすでに1巻から描かれている。

    また、本作の面白さは登場人物の描き方にもある。武市半平太、お田鶴、千葉定吉や千葉佐那など、後の人生に大きく関わる人物たちが次々と登場する。単なる歴史上の名前ではなく、一人ひとりが生きた人間として描かれているため、人物相関を追うだけでも面白い。歴史の知識がなくても自然と物語に入り込めるのは、司馬遼太郎の筆力の凄さだと思う。

    特に感じたのは、竜馬と武市半平太の対比だった。同じ土佐で育ち、同じ時代を生きながら、二人が見ている世界は少し違う。武市は土佐藩という枠組みの中で考える。一方の竜馬は、その枠組み自体をどこか窮屈に感じている。この違いが今後どう広がっていくのか非常に気になった。

    そして何より、この作品はとにかく読みやすい。歴史小説というと堅苦しい印象があったが、『竜馬がゆく』はまったく違う。会話は生き生きとしていて、人物は魅力的で、気づけばどんどんページが進んでいく。25年以上前に書かれた作品とは思えないほどエンターテインメント性が高い。

    読み終えて感じたのは、まだ大きな歴史は始まっていないということだった。薩長同盟も大政奉還もまだ先の話である。それでも面白い。なぜなら、この時点ですでに「竜馬という人間」を好きになってしまうからだ。歴史上の偉人としてではなく、何かを成し遂げそうな若者として見守りたくなる。

    『竜馬がゆく(一)』は幕末史の入門書ではない。坂本竜馬という人物に出会うための物語だ。そして1巻を読み終えた時点で、なぜ多くの人がこの長大な物語に夢中になるのか、その理由が少し分かった気がした。歴史を知るためではなく、この男の行く末を見届けたくて次の巻を手に取ってしまう。そんな力を持った作品だった。

    #2026年20冊目

  • 鞆の浦にいく前に、読んでおこうかなと。

    桂との出会いのシーンが大好き。
    お田鶴さまとのやりとりも好き。
    会話がたくさんなのがいい。
    創作でもぜんぜん構わない。
    余談・脱線も適度で良し。

  • 竜馬の幼年期から、剣術修行のエピソードが描かれています。史実とは違うところが多いのだろうと思いつつ、抜群の面白さでした。歴史に疎い私でも、最後まで楽しめそうです。

    幕末の重要人物も出てきて、ワクワクしました。(岩崎弥太郎、桂小五郎、吉田松陰)
    剣術試合の場面では、白熱ぶりが伝わってきました。自分が剣道をやったことあれば、もっと分かるのになあ。竜馬とお姉さんの心の結びつきが良かったです。女性とのやりとりも目に浮かぶようで。それぞれの女性の人柄、魅力あります。坂本竜馬が、グンと身近な存在になりました。竜馬が泥棒と仲良くなるところ、笑えました。

  • 幕末の歴史をほぼ知らない頃に一度チャレンジした小説だが、全く入り込めず早々にフェードアウトしてしまったことがある。2度目と言うことで、前と同じように読むのが苦痛になったらどうしようかと思ったが、、歴史を知ってから読むとどハマりしてしまう。竜馬の飾らないながらも何か癖を感じさせる人柄が、今度どのように描かれ、怒涛の幕末を生き抜いていくのかとても楽しみだ。今回は投げ出さず、最後まで読み切る自信がある!

  • 再読どころか再々再読くらいだと思うのだけれど、諸事情により久しぶりに読むことに。あまりに久しぶりなのでとても新鮮。若い頃はただただ面白くて夢中で読んだものだけれど、今読むと、思っていたよりフィクションの割合が多くて意外なほど。

    1巻ではまず嘉永6年、竜馬が江戸に剣術修行の遊学に出かけるところからスタート。おなじみ乙女姉さん、武市半平太、江戸の千葉道場では千葉重太郎、さな子兄妹など懐かしい。竜馬が江戸に到着した数か月後には浦賀にペリーの黒船来航。

    オリジナル(フィクション)のエピソードとしては、竜馬の子分になる元盗賊の寝待ノ藤兵衛というキャラクター、藤兵衛が持ち込むお冴という女性の仇討を手伝うことになり、その仇の信夫佐馬之助と竜馬の対決など。あとは「お田鶴さま」昔はてっきり実在の人物のように読んでいたけれど、冷静に考えたら平井加尾と混同してただけで、お田鶴さまは架空の人物ですよね。

    岡田以蔵、岩崎弥太郎、そして桂小五郎らも1巻から登場しますが出会い方は無論司馬さんの創作。それにしても桂小五郎と竜馬の会話の面白さよ。冗談の通じないくそ真面目な桂小五郎と、茫洋として掴みどころのない竜馬の絶妙な掛け合い漫才ぶりを読むにつけ、そうそう、これなのよ司馬さんの魅力は、とにまにましてしまう。ある意味ライトノベルに近い感覚なのかもしれない。

  • ▼大変に久々に、十ウン年ぶりの再読です。多分通算三度目くらいです。

    ▼久しぶりに読むと、この時期の司馬節?は、「ああ、これはつまり浪花節みたいなもんだなあ」と思いました。つまり、大変に娯楽的で、こてこてに英雄譚としてエンタメ旋律満載です。

    ▼つまりある意味、「できすぎ」「あまあま」「わざとらしい」「持ち上げすぎ」「過剰演出」とも言えます。まあでもそれは、

    ”広沢虎造の次郎長伝を聴きながら、「リアリティに欠けて、良く出来すぎてるよ」なーんて感想言うんなら、そりゃ野暮でしょう”

    というようなもので。その「節回し」が美味しいところ、と言えます。

    ▼筆者が主人公に「惚れてる」度合いが、やっぱり竜馬がゆくは頭抜けてますね。

  • 坂本龍馬といえば必ず教科書にでてくる今なお知らない人は少ないと思われる人物である。
    さらに媒体のゲーム等にて過去の偉人が登場するようになっているため、尚更ではないだろうか。

    その龍馬の生まれから少年、青年時代が描かれている。憎めない馬鹿とはこの人物のことをいうのか。子どもの頃から一目置かれる人物であったのであろう。

  • 30代にしてやっと歴史に興味を持ち、勧められたこの本を手に取りました。

    笑えるところもあり、中盤からは一気に読んでしまいました。

    竜馬の人としての強さ、英雄の気質。
    みんなが坂本竜馬かっこいいと言う理由がわかりました。

  • こんなに面白い小説が出ているのだから、史実以上に坂本竜馬が評価され、人気なのは当然だ。
    読んだのは何年も前だが、全8巻、手が止まらなかった。
    ずっと私の中で1位の小説。近々読み直したい。

  • 昨日、全巻読み終わりました。本当に面白かった!!大河ドラマも面白かったですが、この本の比になりません。
    私がこの本を読みはじめて思ったのが、今まで受けてきた歴史の授業は何だったのかと言うことです。ただ年号と事柄を覚えるだけの授業を受けてきた私にとってはとても衝撃的でした。
    歴史を学ぶ一つの大きな意義は、これまでにどのような人が、なにを考えて、どのように生きたかを学び、そこから自分の価値観や行動哲学について考えることだと思います。
    この本を読むと、歴史の授業で聞いたことあるなぁ程度だった言葉たちが、龍馬やその周囲の苦悩や喜びと一緒に、まるで自分も一緒にその場にいたかのような鮮明な印象をもって頭に残ります。この本の中の龍馬は、躍動感があり一緒に行動しているかのような錯覚に落ちいるほどです。7巻の読んでいる途中で抑えられなくなり、長崎へ龍馬を求めて数日間の旅行に行きました。長崎で龍馬や志士たちの軌跡に触れると、続きが何倍も面白く読めました。幕末の風雲の中で生きた龍馬の生き様から人生の教訓として得られるものが多く非常に良い作品でした。これだけの考察をした筆者に感服しました。

  • 久しぶりの司馬遼太郎
    竜馬がどうして維新という大きな仕事を成し遂げられたのかが、よくわかる
    やはりフィクションとノンフィクションの混ぜ方が素晴らしい。

  • (息子へ)
    本を読むことを、お父さんは強く勧める。

    時間があるとき、ちょっとしたすき間の時間、電車に乗っている間。是非、本を読んで欲しい。

    本は筆者との会話である以上に、自分との会話だとお父さんは思う。本を読むペースは誰にも邪魔されない。

    テレビ、テレビゲーム、携帯電話。時間を浪費するのに困らない世の中にますますなっていくと思うけど、受身の時間つぶしをしていると、なんだかむなしい気分になる。

    一方、本を読むと、充実した気分に満たされる。

    「竜馬がゆく」、、、
    この本を読めば、本のすばらしさを実感すると思うので、君にささげたい。本の世界に引き込まれて、そして、気持ちが高ぶると思う。

    少し読んでみて、おもしろくないと思ったなら、しばらく読まなくてもいい。でも、機会を見て、もう一度、読んでみようと思って欲しい。この本のおもしろさに気づく日が、かならずやってくるから。本を読む時間がないのが残念に思うようになると思うから。

    恥ずかしながら、お父さんは「竜馬がゆく」を、34歳になって初めて読んだ。もっと、早く読んでおけば人生かわっていたかも、、、。

    ちなみお父さんが若い頃、はまった本を紹介したい。

    お父さんが小学生のとき読んだ本
    怪人二十面相―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)/江戸川 乱歩
    お父さんが中学生のとき読んだ本
    三国志 (1) (吉川英治歴史時代文庫 33)/吉川 英治
    お父さんが高校生のとき読んだ本
    ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)/村上 春樹

    江戸川乱歩、吉川栄治、村上春樹、そして司馬遼太郎
    有名な作家の本は、やっぱりおもしろい。

    本であれば、お父さんが買ってあげよう。BOOK・OFFかもしれないが、、、。

    最後に坂本竜馬の言っていたことを、君にささげよう。
    「世に生を得るは、事をなすにあり」
    君にとっての、人生を賭して成し遂げる、”事”とは?

    (父さんの本の買い方)
    BOOK・OFF \105
    (君が、・・・歳の頃に読んで欲しい)
    君が、高校生の頃に読んで欲しい

  • ハリーポッターを読み終わってから、久しぶりに歴史小説を読みたい気持ちになり選んだのが「竜馬がゆく」でした。坂本竜馬は元々好きでしたが読んでみて面白かったです。江戸に剣術修行に行く道中で藤兵衛という泥棒に出会い、仇討ちの手伝いをするなんて考えられないことをするものだと思いました。2巻以降も読んでみたいと強く思いました。

  • ワクワク感が止まらない。
    竜馬の出立から、江戸での剣術の上達まで。
    桂小五郎をたおす。
    無骨だが、どこか人を惹きつけて止まない竜馬の魅力。

  • オーディブルで本作を見つけたので、懐かしさを感じながら、再読(聴読)を開始した。当初のワクワク感がよみがえってきた。当時、レビューを書けていなかったので、この機会に追記しておこうと思う。

    ***
    鼻たれで泣き虫だった坂本龍馬(竜馬)が、みるみる頼もしい青年に成長していくシーンが次々映像のように浮かび上がってくる。また、竜馬のあの何とも言えない大らかさ、豪快さが、どうして育まれたのかを想像しながら読むのも楽しい。

    もともと弱虫のぱっとしない少年が、ゆくは維新の英雄の一人となるには、様々な要因があったと思うが、やはり幼少期の乙女姉さんの存在は大きいなと感じた。

    日根野道場で剣術を学ぶが、必ず放課後、乙女姉さんのスパルタトレーニングで鍛えられた。そうして、小栗流目録をとるが、それは竜馬にとって大きな自信になったのではないか。剣術の上達もさながら、この姉弟の関係(特に乙女の竜馬に対する強い愛情)が、大らかな竜馬の基礎を作ったように感じられる。

    そして、江戸へ。郷士の竜馬は、自費での遊学。入門した千葉道場が、また竜馬に完全フィットしたように思う。千葉道場の「北辰一刀流」には、「型」や「秘伝」にこだわるのではなく、合理性を追究した剣であり、北辰(北極星)の如く揺るがず、一刀で(一撃で)勝負を決めるという精神がある。

    第一巻で登場する、竜馬の剣での戦いのシーンを見ていると、一つは相手を吹っ飛ばすような豪快な「突き」の一撃が印象的なのと、変幻自在というか、勝つための合理性が感じられるのも印象的だった。

    この巻では、長州の桂小五郎との出会いが全体の物語の伏線として重要だろう。そして、二人が試合で剣を戦わせるシーンは、手に汗握るハイライトであった。

    桂小五郎の流派は、「神道無念流」。竜馬は初めての出会いの時に、命拾いをしたときから、桂小五郎の剣には尊敬の念すらもっており、到底自分の相手ではないと考えていた。その小五郎との勝負のシーンが本巻最後にやってくる。

    「神道無念流」は、相手に息をつがせぬ激しい攻撃の連続が印象的で、とくに小五郎の緻密な性格も加わり、一瞬の隙も見つけることのできないような相手であった。その完璧な小五郎に隙を与える竜馬の戦い方には、自由、柔軟、合理性、そういうものが凝縮されていたかのように感じた。今後の、竜馬の生き方と通ずるものがあるように感じられる。

  • 『義経』で心を掴まれ、全8巻、読み切れるかなあ、とは思いながらも他にも司馬遼太郎さんの作品を読んでみたいと手に取りました。
    義経の時と同じように坂本龍馬が本当にこんな人格であって欲しい、と思えてしまうような非常に興味深い人物像で描かれています。
    私が歴史に無知なだけなのかもしれませんが、坂本龍馬といえば、で浮かんでくる事柄が全く出てこないまま1巻目を終えました。ここからどう進んであの聞いたことのある出来事と結びつくのか、2巻目を読みたくて読みたくてそわそわそわそわ、仕方ありません。
    8巻読み切れるか不安で1巻しか購入していなかったので明日必ず2巻目、3巻目も買いに行きます。

  • お恥ずかしながら初めて読んだ。竜馬の若かりし頃の情景が鮮明に浮かんできて、私自身も何か駆り立てられるような思いになった。
    最初は読み切れるかな、と不安になったが、のめり込んでいくと早かった。

  • 190303 前から読もうと思っていたがなかなか読めずにいた。目の前に仕事に悩む時、そのことが小さく思えるような気持ちにさせてもらえる。

全1061件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

司馬遼太郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×