新装版 坂の上の雲 (1) (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 9599
レビュー : 829
  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167105761

作品紹介・あらすじ

明治維新をとげ、近代国家の仲間入りをした日本は、息せき切って先進国に追いつこうとしていた。この時期を生きた四国松山出身の三人の男達-日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好古、日本海海戦の参謀秋山真之兄弟と文学の世界に巨大な足跡を遺した正岡子規を中心に、昂揚の時代・明治の群像を描く長篇小説全八冊。

感想・レビュー・書評

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  • この小説は、明治維新以降の近代を取り上げた歴史小説であり、第一巻では日清戦争について書かれ、のちに日露戦争について書くことになるという著者の予告もある。

    日清戦争についての記述のところで、著者の「他の科学に悪玉か善玉かというようなわけかたがない。歴史科学の不幸は、むしろ逆に悪玉と善玉をわける地点から成立してゆくというところにある」と述べている。著者は、歴史を科学としてみよう、主観的でなく、客観的にとらえようというスタンスなのだなと自分は理解した。

    これから長旅となりそうなので、一巻、一巻、流れをしっかり押さえてながら読み進めたいと思った。

    第一巻は「春や昔」の章から始まる。
    「春や昔十五万国の城下かな」という正岡子規が故郷松山をうたった句からつけられたタイトルで、物語は明治維新前後の松山の風景から始まる。

    物語の主人公は、後に陸軍大将として世に名を残した秋山好古、同じく海軍軍人として名を残した秋山真之の兄弟、そして俳句、短歌の世界に革新をもたらした正岡子規の3人のようである。

    この第一巻では、信さん(秋山好古)、淳さん(秋山真之)、昇さん(正岡子規)と呼ばれていたころの生い立ちから描かれている。

    明治維新という歴史の大きな転換点を迎え、日本という国が西洋化に大きく舵を切り、国民はどのように生きていこうかと模索していた時代であったようだ。

    兄・好古は、貧しい家庭を支えるために、教員となり、官費で通える師範学校へ行き、さらに官費で通える陸軍士官学校から軍人となり、給金を実家に仕送りして、弟・真之の進学の援助も行った。小説の中では温厚だが、豪胆さも兼ね備えた、長男の責任感を感じさせるキャラクターとして描かれている。

    一方、弟・真之は、次男にありがちな腕白坊主として幼少期が描かれている。すばしっこく、頭の回転も要領よいが、この兄にだけは頭があがらないといった人物イメージだ。

    そして、真之と子規は、「淳さん」「昇さん」と呼び合う親友であったが、幼少期は真之は活発なガキ大将、一方の子規は、一風変わった文系のリーダーだったようだ。子規は独自で新聞を作るために仲間を集めたりしていたが、誘われた真之は、自分の性には合わないときっぱり断ったというくだりがあった。

    好古は、陸軍の中でも「騎兵隊」の道を選択したが、この「騎兵」という戦術が、有効なものなのかどうかこの時点ではわからなかっただろう。

    当時の政府の方針は、海軍は「英式」、陸軍は「仏式」とされており、好古もフランスの騎兵を学んだが、皮肉なことに日本の陸軍は、フランス式からプロシア式へと移行していく。時の戦いでフランス軍がプロシアに大敗したからである。

    そのような流れの中でも、好古は、乗馬技術についてプロシア式よりフランス式のほうが実戦に適していると分析しており、あるいはジンギス汗やナポレオンのような大陸の騎兵の天才だけが使いこなせる戦術であるという常識の中でも、日本の源義経や織田信長の騎兵についてもその有効性を認識していたりした。独自の視点をしっかりと持っていたということだ。

    弟の真之は、親友の子規とともに文学の世界を目指そうとするが、兄の誘いにより、方向転換し「海軍」への道を選択する。海軍兵学校での成績は抜群で、教官の出す試験問題までも予測し、後輩に「傾向と対策」まで準備するほどであった。

    教官側の視点(つまり高い角度からの視点)で物事を観る資質や、ヤマの的中率が高かったことから、戦いに対する優れた直観力なども持ち合わせており、このころから将来の活躍の片鱗がうかがえるようでもある。

    子規は、病弱である。
    自らの強い意志により、18歳で東京大学予備門にはいり、俳句を作り始めていた。寮生活をしていたが、鎌倉で喀血をし、医者にいったところ肺結核と診断された。当時の肺結核は死病と呼ばれていた。

    それでも子規は、それに打ちひしがれる様子もなく、俳句に打ち込み、このころ興味をもっていたベースボールなども行っているのである。ベースボールのことを「野球」と表現し、「打者」「飛球」「死球」なども子規による造語であることは有名だ。

    しかし空気感染の結核感染者が、こんな風で周りは大丈夫だったのだろうか?変な疑問がわくが、当の本人には予想外に深刻さがなく、どういう神経の持ち主だったのだろうかと思う。

    その後、子規は療養の後、再び東京で新聞社に入社し編集の仕事をはじめ、母と妹も東京に呼び寄せる。このころから日本は、日清戦争に巻き込まれていき、子規も病弱ながら従軍記者を希望するのである。

    さて、「日清戦争」の勃発。これは朝鮮をめぐる清国と日本の覇権争いがきっかけだが、当時の国の規模からして、これは全く日本には勝ち目のない戦争との認識であった。

    当時の日本は、西洋に400年の遅れをとって、西洋化を始めたばかりの小国であり、米英仏独露の列強からみれば、「巨獣の中の虫ケラ」と呼ばれていた。当然、軍事力をみても、清国は最新式の巨大軍艦を保有する大国であり、老朽艦や鉄骨木皮艦、あるいは鋼鉄艦でもこぶりの軍艦しかもたない日本の軍事力とは、比較にならないというのが実態であった。

    しかし、朝鮮は日本の実質的な防波堤的存在であり、朝鮮を他国に奪われることは、次の滅亡を意味したことから、東学党の乱をきっかけとした清国との覇権争いには、対抗せざるをえなかったのである。

    無謀な海戦であったが、結果として、様々な条件が日本に予想外の勝利をもたらしたと言えるのではないか。著者の分析は次のように記されていた。
    ・もともと戦いに対する士気が、日本軍と清軍には大きな差があった。戦に命を懸ける日本兵の士気が高かった。
    ・清海軍の司令官・丁汝昌は、優秀で勇敢な司令官であったにも関わらず、軍編成に問題があった(指令側がイギリス人であったため兵士との言語的コミュニケーションがとれなかった)。
    ・軍隊規模は清国が優勢であったが、実際に出動した軍隊はその一部であり、実質的な軍事力は互角か、日本側が若干優勢であった。
    ・清国側は、陸軍と海軍の連携が最悪であった。

    日本側の司令官・伊藤祐亨は、丁汝昌に同情さえしている。

    もう一つある日本の勝因は、戦術にプロシア主義を取り入れたことである。プロシア主義は、「戦いは先制主義」「はじめに敵の不意を衝く」「諜報」といった、姑息と思える戦術であり、太平洋戦争で用いられていたものである。本書を読んで、太平洋戦争のあの日本の戦い方の起点がここにあったのだと知ることができた。

    同じく、軍隊の権限が国家を超越するというのも、プロシアの方式のようで、これまた太平洋戦争下の陸軍の暴走などもここが出発点だったのだなと思った次第である。

    それにしても、読みやすい文章ではあるものの、内容が濃いため読み進めるのに時間が必要だなぁ、というのが第一巻の感想である。

  • 【あらすじ】
    明治時代初期~日露戦争まで。
    国力を上げようとしていく日本を舞台として、旧松山藩で軍人の秋山好古・真之兄弟と、俳人である正岡子規を中心とした物語。


    【内容まとめ】
    1.好古と真之兄弟の兄弟関係は上下関係が厳しいが、好古は素晴らしい兄であろうと努め、信頼し合っている。
    2.正岡子規の優等生ではない感じが意外。友達思いの、ただの面倒くさい悪がき。
    3.隣国の熾烈な土佐藩と違い、松山は話し方を始め非常に穏やかな国風。


    【感想】
    司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」遂にチャレンジ!
    1巻は登場人物たちの紹介や幼年期~大人の始めまでしか描いておらず、歴史背景も日清戦争まで行っていないこともあって特に面白くはなかった。
    また、「竜馬がゆく」や「翔ぶが如く」と比べ、主人公たちがマイナーなところがやや面白みに欠けた。
    あと、各登場人物の晩年が既に語られているため、楽しみがないなぁ・・・(司馬遼太郎の作品はそういう傾向にあるから仕方ないが。笑)
    ただ、好古の性格はとても格好いいし、これから日清・日露戦争に舞台が移って行くと面白くなっていくのだろうなと期待ができる。
    結論、今後の話の流れに期待!ってところだな。

    ドラマもキャストが面白そうだから是非見てみよう。


    【引用】
    p41
    「世間には色んな人間がいる。笑って腹中に呑み下すほかない。」


    p58
    「人を故なく罵りなさる以上、命をお賭けになっておるのじゃろと思いますがな。
    私もここで命を捨てる覚悟がでけ申したけん、チクと表においでませ」


    p130
    珍しいほどの美男であったが、好古は何が嫌いといっても自分が美男と言われることほど嫌いなことはなかった。
    この人物は目的主義であり、美醜(びしゅう)は男にとっても何の意味も為さずと平素から言っていた。
    男にとって必要なのは、「若い頃から何をしようかということであり、老いては何をしたかということである」というこのたった一言だけを人生の目的としていた。


    p166
    元々、子規という少年には哲学趣味がなかった。
    上京してきた頃には、大物政治家になろうと思っていた。「だから大学では法律をやる!」

    ところが、子規はだんだん成長している。
    「あしは、あの荘子(そうじ)の講義にはびっくりしたぞな。」
    「荘子は、『人間とは何か、世の中とは何か、生命とは何か』を考えさせる。」
    このため大学では法律をやらずに哲学をやろうと思った。大物政治家の夢は簡単に破れた。

    しかし、同じ大学生の米山保三郎(やすさぶろう)という哲学者との対面の印象で打ちのめされ、哲学者を諦めた。


    p201
    真之「兄さん、伺ってもいいですか。人間というものは、どう生きれば?」
    好古「俺は、単純であろうとしている」
    好古「人生や国家を複雑に考えてゆくことも大事だが、それは他人に任せる。それをせねばならぬ天分や職分を持った人がいるだろう。
       俺はそうゆう世界におらず、既に軍人の道を選んでしまっている。
       軍人と言うのは、己と兵を強くして、いざ戦いの場合、この国家を敵国に勝たしめるのが職分だ」
    好古「だから、いかにすれば勝つかということを考えてゆく。その一点だけを考えるのが俺の人生だ。
       それ以外のことは余事であり、余事というものを考えたりやったりすれば、思慮がその分だけ曇り、乱れる。」

  • 中学生以来に読む司馬遼太郎作品。
    当時「燃えよ剣」を、飽きながらも頑張って読了し、そのしんどかった思い出からなんとなく避けていた彼の小説。
    最近になって近現代に興味を持ち、この本を手にとってみたところ、まさか読み易くて面白い。
    立身出世目指して幼いころから野心を滾らせ、ひたむきに疾走していく登場人物たちの姿はシンプルで良いなぁと思った。

  • 幼少期、学生時代

  • ドラマも見てみたいと思った。

  • 数年前に購入して読み始めたものの、何故か途中で挫折してそのままになっていた。。。

    久しぶりに本棚から取り出して読んだら、面白かった。

    正岡子規は教科書にも出てくるし大概の日本人なら、知っているだろう。
    でも、この物語のもう一人の主人公、秋山 好古、真之兄弟が日露戦争時に活躍した事を知らなかった(お恥ずかしいが)

    一巻は、まだまだ走りといった感じ。
    高校や大学で勉強しながら自分の将来について悩んだりしている姿は、今現在もこの明治時代の若者達も変わらない。

    物語の途中で、正岡子規と弟の真之が江ノ島まで友人と無線旅行にいく場面があるのだがそこのやり取りが面白くて、ずっと笑ってしまった。俳人になる前の正岡子規は、とても面白い人間だ。

    引き続き、二巻以降も読み進めて行く予定。

  • 今さら坂の上の雲を読んだ。

    これをよんだら正岡子規が好きになる。

    一回一回標題の説明から入るので、とてもわかりやすい。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「正岡子規が好きになる」
      NHKのドラマは見ました。確かに正岡子規は人間臭くて良い感じでした。
      いつか「仰臥漫録」や「病牀六尺」を読んでみた...
      「正岡子規が好きになる」
      NHKのドラマは見ました。確かに正岡子規は人間臭くて良い感じでした。
      いつか「仰臥漫録」や「病牀六尺」を読んでみたいです。
      「坂の・・・」は、悩むところです。
      2012/07/07
  • 知識が多く散りばめられていて、一読しただけでは身につかないが、素敵な文章だ。

  • 司馬遼太郎さんの本で一番好きな本。
    日本人であることに誇りが持てる。

  • 道後温泉に旅行に行く際に、その地のゆかりある本をと、坊ちゃんと一緒に読了。主役の3人含め、当時の若者達の「やるなら日本一になる」との気概と、それを疑わない強さに刺激を受ける。
    また、当時は日本という国の目標と若者のそれが合致した稀有な時代、という様な表現があったが、いまの時代には無い若者の国を背負う気概にも圧倒される。あと、正岡子規含めて年若くして亡くなる人が多かったのだと思うが、その年代にして後世にも大きな影響を及ぼす大事を成し遂げる明治の若者の早熟さにも感心する。

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著者プロフィール

司馬遼太郎(1923-1996)小説家。作家。評論家。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を次々に発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞受賞。ほかの受賞作も多数。1993(平成5)年に文化勲章受章。“司馬史観”とよばれ独自の歴史の見方が大きな影響を及ぼした。『街道をゆく』の連載半ばで急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

「2020年 『シベリア記 遙かなる旅の原点』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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