- 文藝春秋 (2002年3月8日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784167105969
感想・レビュー・書評
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明治維新により、民衆の意識が明確に変化したこと実家した。
・江戸時代まで士族以外は日本国民という意識はなかった。
・維新後、民衆に国家感を持たせ、徴兵制等の国防体制を構築するツールが天皇絶対体制であり、機能した。
・天皇絶対制を軍部が濫用した結末が太平洋戦争であった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
西郷下野……明治日本を二分しての政争が始まる。大久保内務省、川路警察、江藤司法、板垣民権、と綺羅星のように表れた英傑たちが国家を産み出すため躍動する。明治ならではのダイナミズムが魅力的
だ。それらは一方で混沌を併せ持っている。やがて西南戦争を予感させる。時代の沸騰が熱い。それぞれの生きざまは現代に通ずるリーダー論ともいえる。思想家西郷、実務者大久保という二人を軸に大きく展開していくのが楽しみだ。 -
【感想】
大久保利通の若干の狡猾さはあるものの、彼とて親友の西郷を出し抜く事に心を痛めているような描写もあり可哀相だなと思った。
しかし、後年にも語り継がれる西郷の偉大さからは想像できないほど、晩年(というか明治時代)の西郷は愚鈍な人間っぷりだった。
それもそのはず、西郷には桐野利秋というフィルターがかかっていたからねぇ。
優秀な人材はもちろん、些細な情報からでさえ彼は蚊帳の外になってしまった。
YESマンで周りを固めた「お山の大将」になってしまえば、こうも愚かになってしまうのだろう。
そう思えば、自民党圧勝のこれからの日本がどうなるのか、先行きが怪しく感じてしまう・・・
あと個人的に、今の都道府県名が明治初期の官軍・賊軍に由来しているという事実を初めて知った。
いい勉強になったね
【あらすじ】
西郷と大久保の議論は、感情に馳せてややもすれば道理の外に出で、一座、呆然として喙を容るるに由なき光景であった―。
明治六年十月の廟議は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。そして…西郷は敗れた。
故国へ帰る彼を慕い、薩摩系の士官達は陸続として東京を去ってゆく
内戦への不安は、現実となった。
【内容まとめ】
1.西郷の征韓論は財政上きびしく、散々待たされた挙句、破談してしまった
2.幕末とは打って変わってしまった西郷。桐野たちの護衛の為、世論と触れ合う機会すら失ってしまった。
3.結果、西郷は江戸を去る事になったが、この時点では西南戦争を起こすつもりなどなかったとのこと
【引用】
p66
いちいちの能力論をもってしては、どうにも西郷という人間が出てこない。
西郷は単なる仁者ではなく、その精神を常に無私の覇気で緊張させている男であり、その無私ということが、西郷が衆を動かしうるところの大きな秘密であった。
p234
大久保と西郷は陽と陰
源頼朝と源義経、徳川家康と豊臣秀吉のときのように、一つの体制を作った人物が好まずにそこからはみ出て漂泊してしまう人物が好まれる。
陽気な人格というものは欠点でさえ愛嬌になり、失敗でさえ気の毒になるという効用を持っているが、陰気ということはいかに誠実で謹直であっても、得体の知れぬ肚黒さを感ずるということがあるらしい。
大久保はこの上なく謹直な男で、およそ栄達に驕るというところがなかったが、彼がのちに外国人を招待するために建てた粗末な西洋館の住宅さえ、薩摩人を激昂させ、歌舞伎における赤面のように驕りに驕った大久保像として流布された。
p274
新政府が熊本県と言わせなかったのは、一種の差別による。
大藩のうち、戊辰戦争に参加して新政府を樹立させることに功のあった藩は、その城下の地名をもって県名にした。
鹿児島県、山口県、高知県、佐賀県、福井県がそうである。
また、遅ればせながらも積極的に参加した旧藩地も、この待遇を受けている。
岡山県、広島県、鳥取県、福岡県、秋田県など。
これらに対し、若松(福島県)、仙台、金沢、米沢、松江といったものは成立せず、それぞれその旧藩地における小さな郡名などをとって県名とされた。
白川県もそうである。
戊辰戦争における「官賊」という色分けを、こういった形で烙印した。 -
相当バッシングがあったんだろうが、創作をやめないでほしかった。
西郷がどんな気持ちで、どんなふうに鹿児島へ去ったのか、もっと司馬さんの創造する会話やモノローグをまじえて描いてほしかった。
「竜馬」では、説明でなく会話で土佐の与太ぶりが表現されていて、それが最高だったのに。
ぜんぶ差し引いても、読ませる文章なのはさすがなのだが。 -
※2008.3.15購入
2008.3.15読書開始
調布PARCOで購入、読み始めた。なかなかBookOffに入らないため、新書で購入。(HPの日記より)
2008.4.13読了
2017.5.6売却@Book Off -
いったん休憩
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この小説は、西郷のほんとうのところを、事件を通して何度も何度も語り続けるものだとわかった。
だから、この巻は征韓論をめぐるやりとりになるが、全体の色調はほかと変わらないのだ。
つまり、この作品はよっぽど西郷に関心を抱くような人間でないと面白くはない。反面、司馬遼太郎の真摯さ・愚直さが伝わる作品なので、司馬遼太郎の研究にはかっこうだろう。
お話としては、征韓論をめぐる、非常にぬめっとした決着である。まだ「仕組み」が可視化されていない時代、ほとんどが「流れ」で決まっている。流れゆえ、歴史は物語になりやすいのだろう。 -
はてさてどうなるか。
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大久保と西郷が完全に決別した。
西郷+桐野vs大久保+川路という構図
だんドーンから興味を持ち始めた自分としては辛い。次巻は遂に戦争始まるのか? -
教科書だけでは、西郷も大久保も木戸も岩倉も歴史上のヒーローだが、人間としての悩みがあり、駆け引きがあることがよくわかる。
特に西郷、大久保の二人は幼なじみのような関係性であったのに、維新後はその方針の違いによって袂を分かち、反目するようになる。そこに至るまでの逡巡が描かれていて興味深い。 -
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西郷隆盛が東京を離れて薩摩へ帰る。
まだ政府組織が確立されていない中での重要人物の下野、様々な人間が自身の思惑で動き、
政府を強くしようとするもの、壊そうとするもの、作り替えようとするもの等…
激動の時代、明治になったら維新完了…みたいなノリで捉えてる人は読んで欲しい。
明治憲法の制定まではまだまだ長い… -
三巻を読了。
西郷隆盛の征韓論が新政府に容れられず、鹿児島に帰郷する流れが描かれる。
西郷隆盛という巨人を、周囲の動きを繊細に描くことにより、リアリティもって読者を理解へと促してくれる。
いわゆる英雄豪傑的な時代から、知者が時代を席巻していく流れが読んでいて面白い。 -
西郷は向島小梅村の田園を都下のどこよりも気に入っていた104
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「尊王攘夷」のスローガンで始まった筈の倒幕運動から、明治維新が為ってみたら、幕末からの開国方針が何も変わっていないという、この歴史の流れが、長らく釈然としなかったのだが、これを読んで、漸く腑に落ちたというか――当時の士族達も釈然としなくて、だからあちこちで士族の反乱が起きて、最終的に西南戦争に至ったのね、と。しかし、旧支配層の武士は既得権益を取り上げられ、庶民は税金やら兵役やら負担が激増した、この明治維新という大改革が、よく破綻・瓦解しなかったものだという、新たな疑問が湧いてきた。
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レビューは第1巻に
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上巻に同じ
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「翔ぶが如く(3)」(司馬遼太郎)を読んだ。
『しかしながらひるがえっていえば歴史は現実の別名である以上、歴史において仮説は成立しえない。』(本文より)
とはいっても『もしもあの時・・・』と思ってしまう歴史の転換点が数多あるのも事実でだよなぁ。 -
西郷が下野した。なんかここにいる西郷は、どうもぱっとしない感じなのだ。
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征韓論激論の末、西郷吉之助さんの東京退去に始まり、岩倉具視右大臣の襲撃事件が発生。山縣有朋や伊藤博文の台頭の様も描かれている。これを読むと今も続く長州閥がこの時から脈々と形成されたと思う。。
著者プロフィール
司馬遼太郎の作品
