昭和史発掘 (5) (文春文庫)

  • 文藝春秋 (1978年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784167106355

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  • 「昭和史発掘(5)」松本清張著、文春文庫、1978.09.25
    270p ¥280 C0121 (2018.09.16読了)(2018.09.07借入)
    「スパイ〝M〟の謀略」は、第2巻の「三・一五共産党検挙」の続編です。共産党に対する弾圧について述べています。「小林多喜二の死」も共産主義者に対する弾圧の一例ということになります。作家を取り上げているという面では、第2巻の「芥川龍之介の死」、第3巻の「潤一郎と春夫」に続く第3弾という面もあります。
    「スパイ〝M〟の謀略」は、警察権力が、共産党内部にスパイを送り込んだか、弾圧のなかでスパイに仕立て上げたかして、そのスパイから共産党内部の情報を入手し、徹底的に壊滅に追い込んだ、という話です。出だしで取り上げられている事件は、昭和七年十月の「共産党員の大森銀行強盗事件」です。
    「小林多喜二の死」は、小林多喜二が、どのようにして優れたプロレタリア文学を書くことができたのか、また、警察権力によってどのように殺害されたのかについて述べています。小林多喜二が亡くなったのは、昭和八年二月です。三十歳でした。
    共産党は、国家権力の転覆を目指していたわけですから、権力側にとっては、何が何でも潰さなければならない存在であったということにはなりますけど。
    峰原暁助(44頁) → 松村(ヒヨドロフ)(49頁)

    【目次】
    スパイ〝M〟の謀略
    小林多喜二の死

    ●熱海事件(25頁)
    大森ギャング事件の起こった十月末の三十日に、日本共産党中央委員長風間丈吉、中央委員長紺野与次郎が検挙され、つづいて中央委員岩田義道、「資金局責任者」久喜勝一、「軍事部長」長谷川茂が検挙されていた。
    この三十日に、日本共産党では三二テーゼ問題その他の重要案件を討議するために熱海で全国代表者会議を開催する予定で、地方から各代表が参集していたのだが、これも全員検挙された。
    ●クートベ(45頁)
    モスクワの共産大学
    普通クートベといっても、彼らの入学するのはスターリン大学のことであった。各国共産党および青年共産同盟中央委員クラスの人が入るのはレーニン学校といって、直接コミンテルンの指揮下になっている上級の学校である。クートベのほうはソ連の中央執行委員会の管理下となっている。(47頁)
    ●クートベの通訳(48頁)
    その人は、日本から追放されたエスぺランチストで、エロシェンコという盲目の詩人だった。
    ●七・一五事件(75頁)
    紺野らの出発(プロフィンテルン第五回大会)直後、田中清玄や田代文久らが検挙された。七月十五日と十六日だが、これを「七・一五事件」ともよんでいる。
    松村は、田中清玄、田代文久らの、いわゆる七・一五事件にひっかかって検挙されていたのだ。(79頁)
    (この時から、M(松村)は、警察に協力して情報を流すようになったのでは? と著者は、推測しています。(81~83頁))
    ●松村(178頁)
    松村が新潟県出身で、しかも同県中蒲原郡から出てきたであろうことは、大体、間違いないように思われる。
    さらに、松村の本名は「飯塚盈延(または盈信)」といわれている。
    (確証は取れていない。)
    ●大熊信行(195頁)
    小樽高商には教師の大熊信行がいて、多喜二は彼と最も親しくなった。多喜二が教壇の机の傍らで大熊と話しこんでいることがたびたびだったとは、同じ小樽高商で多喜二の後輩伊藤整の思い出である。
    ●志賀直哉(196頁)
    多喜二は高商の一学年に在学のころから志賀直哉の作品を熱心に学びはじめていたが、のちには直接志賀に宛てて手紙を書くようになり、自作を送って批評を求めた。
    ●三・一五事件(206頁)
    田中内閣は、労働農民党と表裏一体の関係にある非合法の日本共産党を中心に左翼全体へ大弾圧を行った。すなわち、政府は、三月十五日の午前四時を期して全国で数千人の逮捕者を出し、うち四百八十四人を治安維持法で起訴した。
    ●白樺派流の人道主義(213頁)
    多喜二の文学方法といえば志賀直哉流のそれであり、無産階級に対する眼といえば有島武郎流のそれであった。
    ●プロレタリア文学(270頁)
    もし、小林多喜二がいなかったら、日本文学史の上でプロレタリア文学のスペースは、はるかに狭いものになっているであろう。

    ☆関連図書(既読)
    「党生活者・独房」小林多喜二著、岩波文庫、1950.09.25
    「蟹工船・1928.3.15」小林多喜二著、岩波文庫、1951.01.07
    「太陽のない街」徳永直著、新潮文庫、1953.06.30
    「昭和史発掘(1)」松本清張著、文春文庫、1978.07.25
    (陸軍機密費問題/石田検事の怪死/朴烈大逆事件)
    「昭和史発掘(2)」松本清張著、文春文庫、1978.07.25
    (芥川龍之介の死/北原二等卒の直訴/三・一五共産党検挙)
    「昭和史発掘(3)」松本清張著、文春文庫、1978.08.25
    (「満洲某重大事件」/佐分利公使の怪死/潤一郎と春夫)
    「昭和史発掘(4)」松本清張著、文春文庫、1978.08.25
    (天理研究会事件/「桜会」の野望/五・一五事件)
    「昭和史発掘(7) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1968.10.01
    (相沢事件/軍閥の暗闘)
    「昭和史発掘(8) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1969.03.10
    (相沢公判/北、西田と青年将校運動)
    「昭和史発掘(9) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1970.02.20
    (安藤大尉と山口大尉/二月二十五日夜)
    「昭和史発掘(10) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1970.08.01
    (襲撃/「諸子ノ行動」)
    「昭和史発掘(11) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1971.02.01
    (占拠と戒厳令/奉勅命令/崩壊)
    「昭和史発掘(12) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1971.12.05
    (特設軍法会議/秘密審理)
    「昭和史発掘(13) 二・二六事件」松本清張著、文芸春秋、1972.10.01
    (判決/終章/昭和史発掘全13巻・人名索引)
    「妻たちの二・二六事件」澤地久枝著、中公文庫、1975.02.10
    「雪はよごれていた」澤地久枝著、日本放送出版協会、1988.02.20
    「蒲生邸事件」宮部みゆき著、カッパ・ノベルス、1999.01.30
    (2018年9月20日・記)
    (本の表紙より)
    アメリカのギャング映画そこのけの大胆不敵な怪盗、1932年秋の大森銀行強盗事件は、さすがの警視庁をもおどろかせた。ひきつづいて熱海の代表者会議で共産党幹部の一斉逮捕。この二つの事件を陰で演出した謀略者〝M〟の謎を追った「スパイ〝M〟の謀略」と、権力によって惨殺された「小林多喜二の死」の二篇を収める。
    内容紹介(amazon)
    事実は小説より奇なりを地でゆく「スパイ"M"の謀略」と「小林多喜二の死」の第五巻。「京都大学の墓碑名」「天皇機関説」「陸軍士官学校事件」の三篇を収録した第六巻

  • 1978年刊行(初出66年)。全13巻中の第5巻。「スパイ”M”の謀略」「小林多喜二の死」の2本。


     情報漏洩のみならず、金庫番の役割を持ち、さらには川崎第百銀行大森支店への現金強奪事件を主導し、結果、戦前の共産党を法的にも社会的にも完全に壊滅状態に陥れたスパイM(通称は松村)。
     立花隆らもテーマにした官製スパイの有り様と実像を著者なりに迫っていくが、やはり不明な点が多数。
     著者は、逮捕した元共産党員を、警視庁特別高等警察部第一課長毛利基が転向させて手駒として利用したと見ているが、憲兵説もあるよう。


     一方の多喜二。当時の警察の暴力的体質を暴露した「一九二八年三月一五日」が警察の怒りと憤激を買い、結果、自らの生命を縮めた可能性に言及される。
     その背景としてプロレタリア文学者を含むシンパ層の逮捕等も叙述されるが、そこでも見え隠れするのはスパイMの影。

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著者プロフィール

1909年、福岡県生まれ。92年没。印刷工を経て朝日新聞九州支社広告部に入社。52年、「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞。以降、社会派推理、昭和史、古代史など様々な分野で旺盛な作家活動を続ける。代表作に「砂の器」「昭和史発掘」など多数。

「2023年 『内海の輪 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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