- 文藝春秋 (2005年5月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784167112325
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
武田信玄の人生の複雑さと人間味が描かれた本作は、戦国時代の英雄の姿を新たな視点で捉えています。特に、嫉妬や焦りといった感情が信玄の行動に影響を与える様子が印象的で、織田信長への嫉妬が彼の性急な決断を引...
感想・レビュー・書評
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2026.01.06記
川中島の戦いを終えると、ちょっと忘れていた父信虎からの使者が来る。
この辺りが上洛への布石であろう。読者も 川中島の戦いの余韻を京都へと向け始めるきっかけにしている「起承転結」の「転」は極めて上手いと言える。
そして、逍遙軒(しょうようけん)武田信廉(たけだのぶかど)が明確に現れる。影武者として活躍しながらも、文才が高く、武将というよりも風流人の資質が高い。
そして、義信謀反の前触れとして、信玄親子の温泉「志摩の湯」での対話が描かれる。これは作者の創作であろうが、歩み寄ろうとする信玄に対して、 断じて自分の持論を譲ろうとしない義信が描かれる。
そして、兄、飯富(おぶ)兵部と弟、三郎兵衛の名シーンが描かれる。
兵部の語る言葉はこうである。
「いや、話すことは難しいと言ったのだ。俺が死んでも晴れないかもしれない。10年、50年、100年、数百年後に余の気持ちを推察してくれる御人があるかもしれない。それでもいいと思っている。」
そしてその言葉通り、筆者によって、世の中に表現された。
飯富(おぶ)兵部さん、安心してください。
この辺りまで読み進めると信玄の「志摩の湯」をしみじみと堪能する聖地巡礼の旅へと行きたくなる。
息子の謀反により、有能な部下を失っていくあたりには、山岡荘八氏による『徳川家康』の家康と同じく、長男を失う悲しみを感じる。
直接、書かれているわけではないが、この時の悲しみが、ずっしりと信玄の病を重くしていったことを空気として感じさせる。
このあたりの表現は、もう絶妙としか言いようがないであろう。
感情移入して読んだ者にしかわからない「千金の喜び」である。
そして、信長が上洛に入る頃、駿河進攻とともに安倍金山を手に入れる。この辺りから徳川家康の姿が見え始め、信玄にとっての「上洛の壁」を思わせる。
信玄が小田原まで攻めていたというイメージはなかったが、関東の方まで兵を進めていたことがわかる。
ここで「灰吹法」から水銀を用いる「コンコウ法」に対する記述が見られる。
これは、徳川家康の配下としても活躍する、後の大久保長安が得意とした方法であり、今現在でも、この方法は金の採掘にアフリカなどで使われている方法である。
「金の吹き立て法」一つにしても、歴史小説でありながら、できるだけ史実に即し、資料に基づいて書きつつも、単なる説明くさい記述で、話のテンポが悪くならないようにという著者の配慮が感じられる。
八王子から突如、小田原を目指して進む際の行軍の編成について詳しく描かれている。
『甲陽軍艦』は史実として誤りが多いとは書かれているものの、それらの資料を前提にしっかりとした軍編成のメンバーまで描かれているところは手抜きがない。マニアにとってはとても嬉しい記述である。
ここにも「単なる歴史小説」ではなく、歴史家としての面も忠実に果たしていこうという著者の意志が強く感じられてくる。
並の小説家がそのようなことをしてしまえば、単なる教科書のような、事実の羅列のような、無味乾燥の記述になりがちである。
だが、小説におけるリアリティを追求する延長上にあるものだとすると、その息遣いに迫っていきたいという「情熱の結晶化そのものである」という感じがする。
そして、ほんの些細なすれ違いから大切な『諏訪神社を壊して炊いている雑兵』たちが現れる。
これに関して、史実なのか、創作なのかは分からないが、武田勝頼のその時の裁き方というものが、実に心憎いほど明君としてふさわしい。
「勝頼が暗愚だったために、武田家は滅んでしまった」というような俗説に言われるようなものではない、という印象を与えるにふさわしいエピソードが組み込まれている。
そして、生涯、信玄を悩ませ続け、悪役的存在としての三条氏が登場する。
息子義信を失い、北条氏政の正室になった時姫も早死にしてしまったという背景を描くことで、信玄の「不憫な女」という言葉の奥にある哀れさが表現されている。
今まで「信玄の邪魔しかしない」という、この京都の女に対する読者の嫌悪感が、この時に「この女性もまた、戦国乱世にある一人の犠牲者にすぎなかった」という憐れみの気持ちへと読者に思わせる。
この辺りの大逆転の表現のまま、三方ヶ原の戦いに至るまでの読者の心のくすぶりのようなものをすっきりさせて、進めるあたりも、完成された『武田信玄』という小説の構成を思わせる。
「あとがき」では、著者もこのように書かれている。
「信濃を平定した後の武田信玄は駿河に進行する際に、信玄の戦術・戦略が年と共に変わっていっているように、著者の考え方も変わってきている。」
確かに、それは文章全体から落ち着きのようなものを感じる。
「風」の時には、父を追放し、創業の苦しみと失敗を。この辺りには伸びゆく若さを感じる。
「林」の時には、一定の勢力の安定と地盤固めを。この辺りは自分の実力を発揮し、 ライバルと戦いつつ、勢力を獲得する中堅の勢いを。
そして「火」に至るに従って「天下へ号令する」というものを視野に入れたグランドデザインからの息子との衝突と葛藤を通し、武田信玄自身の人間性が、一段と練れてきてき始めているところがうまく描かれている。
この辺りが現代でも、会社経営など、より大きく成長していく過程においての社会的に責任の重さなどから来る子供や社員との認識の違いなどにも、影響を及ぼすであろう。
「単なる娯楽以上の価値ある書籍として長年愛されるだけのことはある」と、読み終えた後に、一抹の寂しさのようなものを読者に感じさせる腕は、本当に神がかっていると言うしかない。
改めてこのような本を書いていただいた著者に、感謝を深める次第である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
川中島決戦からの駿河侵攻。武田信玄が主役とすると大概の話では息子義信が不出来で勝頼が有能となってるパターンになる気がする。前巻でも2人の力量の差が描写されていたので間違いはないだろう。冷静に考えると自分の妻の実家であり同盟相手の今川義元を死に追いやる工作をしているので道理でいうと信玄の方が悪党なのにそうは見えないところがマジック。それでも本書は義信に対しての理解も示しているといえる。
本巻はに限った話でもないが武田信玄というと男の寵臣に未練がましい恋文を書いたとされる程に男好き(寧ろ戦国時代は両刀使いが多い)なはずが本書ではその辺は上杉謙信で信玄は女好きという事になっている。勿論女好きだったのは確かだろうが次から次へと女をモノにしていくような描写に島耕作シリーズに通じるものがある。 -
武田信玄、全4巻の3巻目。ボリューム感は凄いのですが、著者の読ませる力もまた凄い、という感じで、あんまり苦にならず読了。
この巻、風林火山の「火」の巻で、そりゃまぁ3巻目なんだから当たり前なのですが、個人的に最も印象的に感じた「火」は、武田信玄が織田信長に対して抱いた「嫉妬の炎」でした。
これまでロジカルかつ慎重に物事を進めてきた信玄が、信長の上洛を機に嫉妬を燃え上がらせ、天下統一への焦りを見せ、性急にも見える動きを取るのがこの3巻。実際にそうだったのかはもはや誰にもわかりませんが、信玄の行動パターンの変化を、信長の影響と見て著者が描いたその姿は非常にしっくりきます。あれだけの人でも嫉妬するのか。。
他にも、親として側面、夫としての側面で意外な人間味を感じるシーンがあり、本当にこうだったのかなぁ、と思うと面白味があります。
4巻をどう締めくくるのか。日本史をあまり知らない自分ですが、楽しみになってきました。 -
円熟期を迎え、いよいよ太平洋側(駿河)への進出を図る信玄。一方で、嫡子である義信との仲が難しく、結局は義信を失ってしまう。やがて正室の三条の方との別れも突然にやってくる。第3巻では、信玄の親としての悩み、年を取ることの悲しみもしっかりと描かれています。
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2021.58
4巻中、3巻目、完!
勝頼に継ぐことが決まり、北条攻め!
ラストどうなるか楽しみだなぁー! -
川中島の合戦後の信玄。太郎義信との不和、四郎勝頼の成長。
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前半は義信事件、中盤以降は駿河侵攻と北条との戦いが話の中心。
武田信玄というととかく川中島にスポットが当てられるが、実際には川中島後と言うよりも晩年の西上作戦の方が重要だったのかもしれない。
本巻はその布石となっている。 -
再読2020.7.19~
2020.8.7完了
義信の悲劇と勝頼の頼もしさが載る。
武田家を扱う小説を読むと、いつも勝頼が活躍し出すと武田家の終わりが近いことを覚り何とも言えない悲しい気持ちになる。
駿府を取り上り調子真っ只中であるのに悲しいものだ。 -
信玄の戦略のすごさと長男のワガママ、親を超えたいがために命令を無視して重臣を死なせるなど度重なる違反で信玄は親子の縁を切る。
勝頼を跡継ぎとし、勝頼のたくましさに親バカになりそうなのを必死で隠すなど、信玄の人間らしさも描かれている。
勝頼も期待を裏切らない戦略で期待の跡取りだったんだなぁ。
戦闘部分は飛ばして読む。。。 -
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(*01)
エロスとタナトスとを備えた戦国考証文学(*02)と言えるだろうか。雑誌への100回にわたる掲載という関係もあってお色気路線への脱線が見え隠れする。これは脱線というだけでなく、タナトスである戦場描写とのバランスとしても読み物に必須であったとことと思う。
(*02)
文学であれば一人称(*03)から三人称で済ませるものが、考証パートとして、甲陽軍鑑ほかの史料の引用や検証が文内でなされ、著者の考察も射し込まれている点に文芸の新しさを感じさせる。
(*03)
この著作に描かれたのは近代人としての信玄とその近代性であった。戦略戦法、経営、愛憎において中世的でない刷新者や先進者としての人物像を描き、病魔と野望の桎梏に喘ぐ人間像を結んでいる。その視角や文体が既に近代である。かつての戦記が描いた英雄像を還元し、必ずしも英雄的でないが様々にとびきり優れた人物と手腕として描ききったところに著者自身(*04)の近代的な史観が投影されている。
(*04)
多くの読者から指摘されるように、川中島、桶狭間、三方が原などの有名な合戦に、気象的な要因を読み込むのはこの著者特有のものであろう。また、情報収集や情報操作、血族による婚姻や人質による戦略的な人事、鉱山経営、攻城における工兵や兵站など、経営規模拡大のための諸々も描かれている点で、近代的な読みにも対応したリアリティも付加している。 -
19/3/18読了
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信長上洛の報せを聞いてからの信玄の焦りというか変わり様が強く出ている.
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2013*09*07
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織田信長の台頭しつつある世においての、今川家の衰退、義信の反抗、信玄自身の病気と老いとの戦い。最高の頭脳と仲間をもってしても時代に流されてゆく。しかしこの小説の信玄、いい人すぎないだろうか!?
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四国地方などを舞台とした作品です。
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林の巻まではまだ若々しさが残っていた
信玄公もすっかりおっさんになってしまった。
信玄や勝頼に好意的な人物は好意的に描かれ、
彼らに敵対的な人物は貶されているのに少々違和感を感じるが、
それはそれとして、とても面白い小説である。 -
信玄も中年となり、地盤も固めた感のある「火」の巻。
子義信との確執、周辺国の領主たちとの駆け引き。戦国の世の困難は、戦ばかりではない。
信玄を読みながら、信長の地理的有利さ、日本人の京に持つ感情など、様々な要因が積み重なったのが歴史なのだろうという思いが強くなった。信玄や、他の武将がいくら優れていても、きっと超えられない事実があったに違いない。
関連する、他の武将たちの事も知りたくなるのが、時代小説の面白さ。 -
・4/29 読了.
著者プロフィール
新田次郎の作品
