- 文藝春秋 (2005年5月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (560ページ) / ISBN・EAN: 9784167112332
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この本を表す言葉
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歴史小説としての魅力が詰まった作品で、武田信玄の壮大な物語が描かれています。最終章では、信玄が上杉謙信や今川義元、徳川家康、織田信長との戦いを通じて、京都を目指す姿が描かれています。彼の偉大さと無念さ...
感想・レビュー・書評
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2026.01.07記
山の巻は、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)から始まる。
この辺りになると「地理」が、かなり重要になってくる。
諏訪湖。箕輪城。駿府城。高天神城。三方ヶ原。浜松城。二俣城。
それぞれの位置は巻末の地図で、ある程度覚えておく方が読むのに楽になる。
ここで、信虎が駿河に追放されてから生まれた子供である上野介信友(こうずのすけのぶとも)が現れる。
何をさせてもパッとしない、与えられたことは大抵中途半端で逃げ出してしまうし、戦に出しても鉄砲の音に怯えて進むことができない。しかし、理屈を言わせるとなかなか便が立つという、現代人のどこかにいそうな人物だ。
彼は信玄の一族の中で、唯一裏切って他国に走った者となる。
どうして、こう父親にせよ、子供にせよ、弟にせよ、恵まれないのだろうか?
もちろん全員が全員悪かったわけではないので、良しとするべきなのだろうか。
さて、韮山城の戦いでは、有名な真田喜兵衛昌幸が活躍する。
そして上杉輝虎が謙信と名を変える。
外交により、北条家と争う気はない方向だと、ある程度の見切りを付け、本格的に三河進攻に舵を取る。
同時に勝頼を後継者認定としての信玄の教育が本格的に始まる。
信玄の子供は、もう長男もおらず、坊さんになった者と、目の見えない者がいるだけでは、勝頼しか後継者はいない。
しかも、ここまで読み進める頃には、彼に対して暗愚なイメージはもうなく、むしろ 「頼もしい存在」として目に映っている。
やがて、信長による比叡山延暦寺の焼き討ちが描かれる。
その時の前段階に、真田昌幸が活躍し、高僧たちを救っていく姿もなかなか見物である。
山岡壮八の『徳川家康』では、違った形で描かれているが、それもまた小説家の自由であるところなので、知っていて読むと、また面白さが増す。
注訳がないので、はっきりとはわからないが、戦国時代の千両が一億円と考えると(
本当は 1億円から1億5000万と幅があるが 計算しにくいので) 一向一揆のためのお土産のお金三千両というのが三億円ぐらいだということがわかるとリアリティーが生まれる。
そして、後方の憂いが完全になくなり、上杉謙信の足止めをし、いよいよという時に、信玄の病気が本格化する。
もちろん、歴史にイフは存在しない。
にもかかわらず、この「山の巻」では、 ほとんど信玄は病気として描かれている。
織田信長のように気力に溢れ、徳川家康のように長生きしていたのなら、日本の歴史がどれほど変わっていたことであろうか。
「京都へ」という長年の夢は「単なる田舎大名で終わるのか?それとも天下に号令をかけるのか?」という、この一点に絞られている。
この信玄の願いは、病魔に侵され、全身全霊で今まさに采配を握りたいところを、息子に任せなければならないというところが、何とも言えない悲しみと、命への切望を感じる。
川中島で時間をかけすぎたのがいけなかったのだろうか?
義信謀反は防げなかったのだろうか?
そもそも若気の至りで、三千人の首を晒した呪いなのだろうか?
はたまた、容赦なく金山におくりこんだ者たちの怨恨が成就したのであろうか?
そのようなことを感じつつも、その正解は分からない。
そうした病床の信玄がやつれ果てた時に、はちみつ入りの栃餅を食べさせようと里美は一計を案じる。また、三女邁進という姿から、軍隊を三つに分けて進んでいく着想を生み出す。
このあたりは作者の創作であろうが、そのやり取りそのものが、お館様がどれほど愛され、どれほど大切にされているかを示している。
いよいよ西上に当たる。
この時の信玄軍編成も『甲陽軍艦』から詳しく記されている。
ここに先に覚えておくと、本書が読みやすくなる名前が挙げてあるので、記しておく。
先衆七手では、
山県昌景、内藤昌豊、小山田信茂、真田信綱、高坂虎綱、馬場信春
ニの手では、
武田勝頼、武田信豊、穴山信君、
あとは、原隼人、武田信廉、真田昌幸、秋山信友の名前をしっかり覚えておくと、全体が読みやすくなる。もちろん他にも重要な人物はいるが、あまり多くても困るので このぐらいが良いのではないかと思われる。
有名な「三方ヶ原の戦い」の前準備の際には、真田昌幸の「中間管理職的気遣い」が描かれる。この辺りの絶妙感が、ともに軍議に参加しているような錯覚に陥らせる。
唯一文中に現れた絵図、武田軍『魚鱗の陣』に対し、徳川軍『鶴翼の陣』である。
先ほど覚えて欲しいと言っていたことは ここにも通じる。
ある程度のマニアであれば、この陣形とメンバーを見ただけで、圧倒的に武田軍が有利であることがわかる。
徳川軍においては、対抗できはしなくとも、何とか 持ちこたえられそうなのが酒井忠次のみである。
石川数正に至っては、戦いよりも外交などの文官に適しており、戦いの一翼を担う存在ではない。
あとは、織田軍からのレンタルの援軍である。思い通りに動かせるわけではない存在だ。
対する武田軍は馬場信春、山県昌景、内藤正豊・武田勝頼と 揃っており、何より、本体の武田信玄が圧倒的強さを誇っている。
文官的存在は穴山信君だけであるが、本体の後ろに控えているので、万が一の後詰め扱いであり、戦に参加しなくとも良いので間違いはないであろう。
つまり「勝つべくして勝つ」という「戦の集大成」がここに見られたわけである。
そして、最後の野田城攻めが描かれる。
信玄の最後については、様々な説を取りながら「ここで描かれたのは、この説だったか!」という興奮する気持ちを持ちつつも、この長く読み進めてきた小説も終わりに近づく時、一抹の寂しさが訪れる。
作者はそれ以上の万感の思いが込められていることが、最後の最後まで描かれている。
それは「あとがき」にも、しっかりと描かれている。
せっかくなので、引用しておく。
「この百ヶ月間は長かった。この小説を書き出して以来、百ヶ月間は、常に私の頭の中に武田信玄があった。
これほど長期間の拘束を受けたものは他にはなかった。飽きもせず、書き続けられたのは私自身が武田信玄に惚れ込んでいたからであろう。
私は合理的なものの考え方をする人が好きである。武将の中で、武田信玄は最も強く、その合理性を発揮した人である。
だが、合理主義だけでは、天下は取れなかった。宿痾の肺病(結核のこと)には、彼の合理主義を以ってしても、勝てなかったのである。」
この言葉が1974年12月に刊行された文庫本とは思えないほど、いきいきとした言葉で、2026年の現代人にまで、語りかけてくれる。
半世紀以上経っても、今なお色褪せない。
多くの人々が生まれ死に、生まれ死にする中で、確実に、この著者、新田次郎氏は私を含め、多くの日本人の心(時には外国人も)を揺さぶり続けた。
まさに「小説家とは一体いかなるものか?小説家の生涯とは何か?」ということをその作品でもって、明確に答えてくれたように思われる。
あと半世紀以上もまた、同じ日本人として、語り継いでいただきたい「超一級の名作品」であった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
武田信玄一代記の最終章。上杉謙信や今川義元(または息子氏真)や北条氏康(または息子氏政)との合戦や暗闘を経て目指すは京都。立ち塞がるは徳川家康、織田信長。徳川軍団を軍略で蹴散らすも生命の灯火は微かとなっていたという信玄公の偉大さと無念さが伝わる内容であった。ただし、こいひめ、里見を始め最期まで何人もの女にモテモテで男子の本懐は遂げていると思われる。それでも三条の方とキチンと情を交わす辺りは良かった(史実では何人も子どもを成しているので寧ろ相性が良いと推察される)。
信長が信玄を恐れていたのは事実だろうし信玄が信長の運の良さを言うのも事実であろう。しかし信玄が上杉や北条と争い今川に食指を動かす中で今川義元の首を取っても駿河方面より東は捨てて京都を目指した信長の戦略の方が的確であるように見える。 -
あぁ、4巻読み終わってしまった。。
何と言うか、ここまで延々と信玄の凄さを読んでしまうと、「嘘でも良いから西上を達成して!!」と思ってしまうのですが、学校で習った歴史にそんなコト書いてないですもんね。歴史は変えられない。
でも、それだけ感情移入させられた作品でした。だからこそ読後の寂寥感と言ったら。なんかラストだけでも美しい救いがあったら…とも思ったんですが、そこは新田次郎。あくまで信玄のカリスマと、残酷ではありますがその後の「事実」を描いたのでしょう。
不思議だったのが武田勝頼です。
どうにも最後まで、「やる気があるけど…なお坊ちゃま」の域を脱せなかった感があります。オトンもあぁ言ってるんだし、国に帰んないで西行っちゃいなよ!というツッコミを心の中で何回したことか。
しかし、そんな描き方をした張本人たる著者が『武田勝頼』という本を書いている。しかも、「ときに凡将愚将とも評価される勝頼の実相に迫る歴史大作」というフレコミつき。
高度なマーケティングなのだろうか…(笑
派手ではないものの、歴史小説というものの面白さを教えてくれた秀作でした。 -
全4巻を読了。昭和40年から8年にわたって「歴史読本」に連載された大長編ものだそうですが、さすがに読み応えがあり、充実した読了感です。
晩年の信玄。といっても53歳で亡くなるので、今から考えるとさほどの年齢ではないのですが。結核に悩まされながらも、天下統一に向けて、西上の夢を追いかけます。ラストの三方ヶ原の戦いで家康を破るも、そこで命が尽きる場面。さどかし無念だったろうし、もしあと10年命があったなら、その後の歴史は変わっていたかもしれません。
忘れられない歴所小説となりそうです。 -
武田信玄の西上作戦が描かれている。
三方ヶ原の戦いは武田軍が一気に徳川軍を蹴散らしたイメージだったけど、徳川軍をおびき寄せる作戦を立てて実行したこと、それが時間との戦いであったこと等、面白かった。
信玄ほどの武将も病には勝てず。進軍していると思わせて信玄の体のために古府中に連れて帰ろうとした重臣たち、側室たちの心中はいかばかりか。 -
すごく面白かった。ますます信玄が好きになった。
・父、信虎追放の経緯
・山本勘助が間者という事
・川中島や三方ヶ原の戦いの見解
・長男、義信の離反の解明
は創作 -
最終巻の中心は西上作戦。
正直、不要ではないかと思う話も少なくなかったが、三方ヶ原の戦いと信玄の最期の描写は読み応えがあった。
物語は新田の自説によって締めくくられている。 -
再読2020.8.7~
2020.9.1完了
何度読んでも涙してしまう。最期の話。
なにが悲しいって信玄のあくなき西上への執念ではなく、これから始まる武田家の凋落の一途。
たくさんの大将が討ち死にすることを思うと涙を禁じ得ない。 -
歴史にifはないけど信玄が病気じゃなかったら
信長は積んでたかもね。あと信玄は若い頃より
肺炎持ち。Covid19の症状と繋がる。 -
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信玄の最期の章
文章の句読点が多い書き方が気になりながらもやっと最後まで読めた。
武田信玄の心残りが伝わり、そして何故信玄の死後勝頼が当主になったら裏切り者続出したのか、信玄の偉大さに加えてそれを超えるのが難しかったし、家臣を信頼できなかったのか…。
初の信玄の小説なので詳しくは知らないからまた違う作家の武田信玄を読んでみたい。 -
(*01)
エロスとタナトスとを備えた戦国考証文学(*02)と言えるだろうか。雑誌への100回にわたる掲載という関係もあってお色気路線への脱線が見え隠れする。これは脱線というだけでなく、タナトスである戦場描写とのバランスとしても読み物に必須であったとことと思う。
(*02)
文学であれば一人称(*03)から三人称で済ませるものが、考証パートとして、甲陽軍鑑ほかの史料の引用や検証が文内でなされ、著者の考察も射し込まれている点に文芸の新しさを感じさせる。
(*03)
この著作に描かれたのは近代人としての信玄とその近代性であった。戦略戦法、経営、愛憎において中世的でない刷新者や先進者としての人物像を描き、病魔と野望の桎梏に喘ぐ人間像を結んでいる。その視角や文体が既に近代である。かつての戦記が描いた英雄像を還元し、必ずしも英雄的でないが様々にとびきり優れた人物と手腕として描ききったところに著者自身(*04)の近代的な史観が投影されている。
(*04)
多くの読者から指摘されるように、川中島、桶狭間、三方が原などの有名な合戦に、気象的な要因を読み込むのはこの著者特有のものであろう。また、情報収集や情報操作、血族による婚姻や人質による戦略的な人事、鉱山経営、攻城における工兵や兵站など、経営規模拡大のための諸々も描かれている点で、近代的な読み(*05)にも対応したリアリティも付加している。
(*05)
「西上の望み捨てず」の章にこんな一節がある。
「信玄でない信玄は、信玄らしい顔をして長篠城にいた。」
つまり信玄とは、英雄的で唯一の絶対者ではなく、多であり組織であったという読みなどもできるかもしれない。 -
戦国武将で従うなら武田信玄がいいなーと思いました。皆で話合い良い方向へもっていこうとしてるなあと感じました。たぶん綺麗事だけではないだろうけど。
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信玄が病に冒されずに上洛し、信長と天下をかけて戦ったならば…。
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2013*09*03
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言わずと知れた武田信玄。
この本は小説ですがだいぶ歴史考察に関する著者からのコメントが入っておりいろいろ勉強になりました。特に武田信玄の名軍師と言われた山本勘助は存在自体怪しいと言われていることが書いてあり、驚きました。
川中島の戦い、徳川家康との戦い、と有名な合戦との裏にある膨大な量の策略謀略を知ることができて大変おもしろかったです。織田信長の派手な戦いと比べると京から遠い信玄は地味でしたけど、それがまた面白かったです。 -
武田信玄は、この物語りでは病弱に描かれている。
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長いけど、最初から最後まで良い
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信玄が三方ヶ原決戦で、家康の首をとりに行く。信長の牽制もある。
4巻通じて、信玄は病気と闘う姿勢が貫かれている。歳をとりながら合理的に采配をおくるのがわかりやすい。
死と戦国の世の中で人々は平安を求めていたに違いない。 -
林の巻までは信玄に好意的な人物は善良で賢く描かれ、
そうでない人物は愚かで利己的に描かれていたが、
火の巻の後半あたりから魅力的に描かれるようになった。
悪女だった三条夫人も正妻として美しく死んでいき、
三英傑は上杉謙信と違い、格好良く描かれている。
だが、この巻のあとがきを読み、
謙信を貶した事に合点がいった。
作者は合理主義の人物が好きなので、
毘沙門天の化身と称し、古い権威を尊重し、
大義を振りかざす謙信は信用出来なかったようだ。
なにはともあれ、山の巻以降ぐっと面白くなり、
ぐいぐい引き込まれていって信玄が好きになった。
著者プロフィール
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