- 文藝春秋 (2010年3月10日発売)
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感想 : 41件
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167112387
みんなの感想まとめ
修行僧・播隆の槍ヶ岳初登攀を描いた物語は、単なる登山小説に留まらず、宗教的なテーマや人間関係の複雑さをも織り交ぜています。彼のストイックな姿勢が、世間の俗化に直面する様子は、登山の精神性と人間の欲望が...
感想・レビュー・書評
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槍ヶ岳を初登攀した修行僧・播隆の物語。カテゴリーを山岳小説にしたが、純粋な登山話ではない。槍ヶ岳開山を志したころまでは良かったが、終盤はイマイチ。大名や幕府の老中がからんだり、最後は弟子同士の色恋沙汰が露見したり、ストイックな主人公を世間が俗化させようとする、宗教小説のようになってしまった。
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史実の播隆上人とだいぶ異なっている。最後まで自分が手をかけた妻のことを悩み生き抜いた市井の人という設定は、人間味溢れるとはいえ、自己本位といえばそれまで。自分の意志を言わず黙してあらゆる煩わしさから消極的な人物に思えた。
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高山信仰とブロッケン現象の関係がわかった。
実際に槍ヶ岳に登って蟠竜窟を見たときは感慨深かった。 -
すっかり新田次郎を読みまくるフェーズに入っている。そのなかで、今年の登頂目標でもある、槍ヶ岳を舞台としたこの小説を読むことにした。
実在の人物でもある播隆上人(岩松)が、誤って妻を殺めてしまったという罪を背負い、僧に身をやつしてさまよっているうちに、運命に導かれるように槍ヶ岳の開山に向かってゆく物語。約三十年に及ぶ年月が約400ページに詰まっており、大河小説というほどの長さではないにせよ、読み終えた時には、紆余曲折の酸いも甘いもある人生をしっかりと走りきった播隆上人の長い人生を追体験したかのような、心地よい疲れがあった。
徳の高い僧というものの一般的イメージがよく分からないが、少なくとも主人公は日々悩み苦しみ、それでいて登山に何かを見出し、楽しみ、良いことも悪いことも経験し、生涯を閉じるという、多かれ少なかれ共感を呼ぶ人物として描かれる。
私が播隆上人の名を知ったのは、マンガ『山を渡る -三多摩大岳部録- 6』内で槍ヶ岳の開山者として名が挙がっていたことによる。以下引用。
「日本にまだアルピニズム登山の概念がない時代 播隆上人が広めたかったのは信仰だったのでしょうかそれともーーー 美しい景色だったのでしょうか」pp.131-132
そもそも必ずしも二者択一なものではなく、時代背景も現代と大きく異なるにせよ、美しい景色を求めてただただ山に登ったという考え方が、二百年前にもあったとしたら面白いなと感じた。
小説においてはやはり妻を殺めたことが物語の原動力になっているが、大キレットに挑もうとするシーンなど見ると「登りたいだけでは?」と思わずツッコミを入れたくなるところもあり、この信仰や妻を巡る想いこら逸脱するようなところは、山を愛する作者の願望が播隆上人を動かしたのかもしれないな、と勝手に思ったりした。
小説の播隆上人が、実際の播隆上人が、それぞれ何かを想った山頂で、自分が何を思うだろうか。その時を楽しみにしている。 -
新田次郎の作品を読み始め、地元にゆかりのあるものがたりと思いながら、手に取りました。つらい事は、いつの時代でも、どこでもおきるでしょう。一心不乱に、何かをなせばそれを乗り越えれるのでしょうか?名のある山の頂には、良く祠があります。それを安置した先人に想いをはせ、自然への畏敬と世界の安寧をせめて、祈りたいです。
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昨年の秋に槍ヶ岳に登った際に友人に薦められて手に取った本。
新田次郎の丁寧な取材で明らかにされる播隆と槍ヶ岳開山の歴史は読み応えがあるが、自分は何よりひとりの求道者をカリスマに仕立て翻弄する世論について考えさせられた。
自らをタレントとして売り出しカリスマになろうとする人だけでなく道を極めてひとつの仕事に心血を注いでる間に周りから勝手にカリスマに仕立て上げられる人もいる。播隆はまさにその人で、そのいやらしさに気づきつつもそれを受け入れることで様々な困難に翻弄される。戒律を守り続け、求道を続けることは難しい。
思いがけず社会的な地位や名声を得てしまった時や他者の評価が自己評価よりも上回ってしまった時の身の処し方を考えさせられる。 -
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山岳宗教小説。昭和43年の作品。格調高い文体だが内容的には今ひとつの感想を持った。点の記のほうが小説としては良い。
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槍ヶ岳に登ったことがあり、興味を持って読んだ。
播隆上人の描き方がよく練られていると思った。 -
今となってはという内容。人物象に感情移入できない。他に読みたい本があるので、途中で断念。
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史実に忠実かは別として、播隆上人の素晴らしさが分かる。ちょうど槍ヶ岳に行く前に読み始め、帰路で読み終わった。思い出の一冊になった。
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私を山へ向かわした本の一冊。山に行くたびに読み返している。宗教観を考える機会の少なかった自分に 山を通じて考えさせてくれる一冊。
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悟りへの道は一心不乱になることだ。
播隆上人はそれが高い山に登ることだったが、人によっては、一心不乱になることが、厠の中だとしたら、それはそれでもいいのだ。
何人かの人が、おはまのことは、取って付けたようでいかがなものか、とかいていたが、確かにくどいと思う。もっと違うものに突き動かされて、槍ヶ岳開山をしたのだと思う。例えそれが名声を求めたものだとしても、その方が播隆上人らしいと思う -
古くから山は信仰の対象だった。頂上が槍の穂先のように鋭くとがったことで有名な槍ヶ岳を開いた僧と弟子の物語。歴史小説であるが複雑な人間模様が描かれ面白い。
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播隆上人の槍ヶ岳開山への動機の解釈があまりしっくりこなかった。
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2014*12*22
著者プロフィール
新田次郎の作品
