春は馬車に乗って (文春文庫)

  • 文藝春秋 (1992年4月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784167120092

感想・レビュー・書評

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  • <珈>
     同時期先に読んだ別の本の感想文で少し書いたが,本書も某所古本売り場の ”棚から一掴み” で選んだ一冊である。そうなった根本的要因は,もちろんコロナバイラス禍津にあるのだが,よもやこの本がエッセイ集でしかも1950~80年代の社会風刺的内容のものばかりを集めたものだとは知る由も無かった。「あっ,中学の頃 ”ぐうたら○○学 ”とかを沢山読んだ狐狸庵先生の未読の長編小説文庫みっけ」というノリであった。 1950年と云うと,なんと70年も前の事であるのに今読んでも内容的には何かと興味が持てる事柄が多い。

     一例と所感を。当時の流行り本 ”太陽の季節” について『石原慎太郎への苦言』という題目にて狐狸庵先生は そりゃあもうボロカスに書いている。遠藤(1923年生)と石原(1932年生)は,まあ遠藤の方が文壇での先輩ではあったろうが歳は9才しか違わなくて,こんな事もし今の時代に書いたら,それこそ掴み合いの喧嘩になるのではなかろうか,と思われることが平然と書かれている。当時はこういう辛辣なことを相手の名指しで書くのが普通だったのかしら。今だったら,やれ名誉棄損だ ”いじめ” だ,何だとえらい事になるのであろう。

    しかしその批判の具体的な内容/意味付けとなると,実は僕にはあまりよく分からなかった。狐狸庵先生の純文的文章は僕の様なエンタメ望的読者にはやはり少々難しいのであった。

     別の例を本文323ページの、表題 "基督教二十世紀宗教の限界を超えて" の一節から引く『マリタンたちは中世の基督教を理想化するためにルネサンス以後の人間中心主義を否定しようとした。それはそれで正しかったがその時、このルネサンスから運ばれた現代の全ての機能を否定する傾向を持つに至った。これはいわば現代否定のペシニズムに堕ちる危険がある。人々は少しづつこの人たちの考えを捨てていた。』何が論旨なのかさっぱり分からない。知らない単語もいくつかはあるがそれよりもやはり僕は純文学一般を苦手とするのであろう。

     全体が500ページ程もある本書は1950年代,60年代,70年代,80年代の各年代ごとに章が別れている。全部でおよそ40年間にわたって遠藤周作が様々な媒体に書いてきたエッセイ(主に社会派的な)を集めたものだ。各エッセイはそれの初出の日にちと掲載誌を各題目の下に添え書きしてある。僕が生まれた1959年はその50年代84ページに載っている。

    そして1970年代の章に至ってようやくその時起きた社会現象の僕のかすかな記憶がよみがえってきて,遠藤先生の書いてある内容に ”分かったわかった振り” をすることが出来る。振りをしても誰も見てはいないのだが読書感想とはまあそういう事も書くのであろうに。笑う。すまぬ。

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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