- 文藝春秋 (1994年4月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784167120122
作品紹介・あらすじ
死ぬ時は死ぬがよし……だれもがこんな境地で死を迎えたい。でも死はひたすら恐い。だからこそ死に稽古が必要になる。周作先生が自らの失敗談を交えて贈る人生セミナー。(矢代静一)
みんなの感想まとめ
生きることと死ぬことについて深く考察されているこの作品は、著者の独自の視点から人生の意味を探求しています。エッセイの中で展開される筆者の経験や思索は、読者に新たな気づきを与え、心に響くメッセージを伝え...
感想・レビュー・書評
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遠藤周作は小説を読んできた。
エッセイが小説ではない文章がこんなにも心地良いとは思わなかった。
遠藤さんの小説は独特の表現と展開する風景がゾクゾクとする。小説の楽しみの真髄たるものがあるが、こちらのようなエッセイでは違う角度から教えて下さることばかりだ。
これはこう思わないかな?こうしてみると良いよ。
こんな事があったよ。こう感じたんだよ。
この人のこれが好きなんだ。
人の感想や意見なんて読んでも面白くない、そう思っていた私は幼かった…
感想でも意見でも、書き手の伝え方によっては本当に心に染みて、もっと知りたいと思ったり、血肉になっていくと実感した。
著者のキリスト教との関わり、キリスト教を知っているから故の仏教との違いも、嫌な感じがしないのは遠藤周作の言葉だからなんだと思う。 -
遠藤周作は読んだことなかったけど、"死に上手"という言葉が目につき、手にした一冊だった。
死に様こそ、その人の生き方の集大成な気がして、死に上手って何だろうと思って。
結果読んでみて、理解はできたものの深い共感までは得られなくて、まだまだ死からはほど遠い場所にいるんだなぁと感じた。
一方、深く頷きながら読んだのは"生き上手"の部分。(生きる、死ぬを切り分けて書かれてるわけではないし、何なら切り分けられないものだと思うけど、あえて切り分けた)
その中から特に印象に残った感じたことを記したいと思う。
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呼びかけても、そこには沈黙しかないこと。
でもそれはメッセージの伝え方の違いで
言葉にならない声にならないメッセージがあったかもしれない。それを聞き取れなかっただけかもしれない。沈黙を聴く。沈黙の中にある言葉。
もしくは沈黙というメッセージ。
『神も仏もあるものか』
神に祈り、必ず好転すると信じて信じて、結局裏切られて、出た失意の言葉。
しかし、そこから本当の信仰は始まると著者は言う。
再生するその過程は何より尊いもので、そこには例えば奇跡体験があり、運命や巡り合わせなどのスピリチュアル体験があり、"神や仏"を一番身近に感じられるのが再生の過程。
ゆえに再生は信仰になり得る。
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"このみち、ひとすじ"という極めて日本人らしい生き方に対して異論を唱える。ひとつのチャンネルだけじゃなく複数のチャンネルを持ち、好奇心を持つことで、得られる可能性、悦びと幸せ。
おそらく、そうなのだろう。
みんなそう言うし、本当にそうだと思う。
自分はそこまで好奇心旺盛ではない。
というか、自分が好きなことや好きなものが、本当に好きすぎて、他に目を向けられない。両手が塞がってる。
本当はもっと余裕を持って、あれこれやってみたいけど、広く浅く的な人生は出来そうにない。
出来そうにないけど、ひとつ胸に刻んでおいても損はないだろうし、いつか好奇心を試される選択を迫られたときに思い出せたら、と思う。
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『恋と愛の違い』
一篇だけ毛色の違うものがあって、それがこの話。
なんだか他の話とは違って口調がくだけてて、照れ隠しのようでかわいらしさすら感じた。
愛とは忍耐。据える気力。
恋は誰にでもできても、愛は簡単ではない。
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『一人の人間の個性を創り出すためにそこに働いたあまたの縁がある』
個性的、独創的といわれる要素にも必ず源流があり、あまたの縁や出会いがある。今の自分は自分の力だけで切り拓いたと驕ることなく、周囲の環境ゆえにあることを忘れずにいたい。
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随所に見られた芸術論に感銘を受けた。
模倣することは良いことだが、そこから自らで噛み砕いたオリジナル作品を生むことで完成されるのが本当の芸術。(だから日本はいまだに芸術の輸出国になれない)
動十分心 動七分身
余白にこそ風趣を感じさせるのが日本の美学の縦糸。
人を驚かすものは一時的に驚愕を与えても、長い鑑賞には耐えず、それは芸術とはいえない。
実力の七、八分で賞をもらい、なお余裕のある者こそ長距離競争に耐えられるプロになる。
もはや芸術論を超えて、人生論のように思う。
やっぱり余白、あそびの部分って大事だよなぁ。
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「深い河」がすごく好きだったから、その作者の遠藤周作のエッセイが紹介されていたのを見て、ぜひ読みたい!と思った本。
この本も、すごく好き!と思ったけど、どこがと問われると答えるのが難しい。共感できる考え方がたくさんあったり、大切にしたいと思うことの方向性が似ていたりしたのが嬉しかったのかもしれない。
年齢や人生経験を重ねてから、またもう一度読みたいと思えた本。 -
生き方を学んだ気がする。
筆者が語る説得力というか納得させられる感を何度も感じた。 -
愛の第一原則は「捨てぬこと」です。
人生が愉快で楽しいなら、人生には愛はいりません。
人生が辛くみにくいからこそ、人生を捨てずにこれを生きようとするのが人生への愛です。 -
死について深く語る序盤、身近な人も含め死を意識してしまう。その後は生上手な面が台頭する展開に。遠藤氏は大きな病と戦っている経験から常に死を意識しながら生き急ぐあまりなんにでも興味を持って取り組まれた方だったのだろうと解釈する。冒頭、読者に引かれるような言葉をわざと持ってきて実は興味深いことをお教えくださる文体も好み。
作者の積極性ある深い生き方を見習いたい。 -
全てではないけど、深く刺さる内容が数箇所ありました。絶対こうじゃないといけないと、いう感じでもなく入ってきやすい感じが良い。
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遠藤周作の死生観、仏教にもキリスト教にも精通している著者のエッセイであるが、タイトルほど内容は重いものでもなく、著者もあとがきで「読者も寝っ転がって、気楽な気持で読んでください。」と書いてる通り、著者の経験やエピソードなどが綴られる。
私が特に面白いと感じた話は、善魔という悪魔の対義語、これは著者の造語であるが、こちらの善や愛が相手には非常に重荷なっている場合も多く、それに気づかず、自分の愛や善に溺れ、眼がくらんで自己満足している様子。
これは、自分にも多く当てはまるなと。
悪魔は悪意を持って、相手に悪い行いをするのに対して、善魔は悪意は無いのである。その上、自己満足している。
相手に負担や重荷になっている事も考慮して、善行はしないとなと勉強になったお話でした。 -
・障害で幾度となく大病を患った遠藤周作の死生観について述べた本
・高齢者への尊敬の念が薄れてきているというのは本当だと思う
・まだ緩和ケア、地域包括医療、患者のプライバシーの概念が乏しかった時の主張と思うと先見の明があったんだなと思う
・作者は東洋医学を熱心に支持している -
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随時集は短文の集まりでも、その作家なり人となりがにじみでるのだけれど、この集はちゃんと人生論になって、上手く一冊の本にまとめられている。作家があちらこちらにお書きになるとき、そうしようとてその意識がおありだったのかも。
「老年というのはふしぎなもので若い折の肉体や壮年時代の知性はたしかにおとろえていくが、ある種の触覚・感覚はとぎすまされていく。そのとぎすまされていく間隔をシュタイナーは次なる世界への媒介感覚といった。」
氏60代ころの文だけど、わたしの年齢でちょうどいい、よくわかる。
としをとるほど見えてくる、もう一つの世界への旅立ちの準備。
「自分の救いは自分のなかにある」
「余白のなかの完成」
「生活の挫折は人生のプラス」
「よく学び よく遊ぶ」
「すべてのものには時季がある」
目次を並べればなるほど、ごもっとも、なにしろ文章がうまいから。
氏ほど病に苦しまず、世間にも知られていないけど、この心境は共感できる。
「死ぬときは死ぬがよし(良寛)」の言葉がお好きだそう。 -
遠藤周作のエッセイ。
ホメオパシーが肯定的に語られているので注意。
大きなお世話をする人を善魔と名付けている一方で、
生きざまという言葉はないと怒っている。
遠藤は自分の知らないところで言葉がつくられるのが嫌いらしい。 -
延命医学に対する疑問は共感できる。
ただ、自分が当事者になったとき、特に延命対象が自分自身ではなく、親や兄弟、子供が対象になったとき、「延命不要」と言えるか…。私は「命がある」ということに拘り、そこに望みを見出だしてしまうと思う。 -
タイトルを見て、なかなか手に取ることができなかった1冊です。主に1980年代に遠藤周作が新聞や雑誌に寄稿したエッセイ等を1冊にしたものです。読み始めると、狐狸庵先生らしくユーモラスにおどけて書かれたところもあれば、彼のあたたかいまなざしを感じることができるところもあります。
遠藤周作自身が書いたあとがきは1991年1月。
単行本が発行されたのは平成3年(1991年)3月。
文庫は1994年4月に第1刷が発行されています。
カバーは丹阿弥丹波子。ネットで検索したところ、銅版画を描かれている方のようです。白黒の細やかな絵が本作品とマッチしています。 -
「善魔」という言葉が気になって手にとった。
死と生に対して、とても考えさせられる本。
善魔は悪魔よりもタチが悪い。
善魔とならないよう気をつけないと。
そして、書かれた時代背景。
書かれた時代は心療内科が出来始めた時期だったのですね。 -
また、時をおいて読みたい。
良い話がたくさんある。 -
読了。
内容は遠藤周作らしい本。生きるとはこういうことか、生きているとはこういうことなのだ。死ぬとはこういうことなのだと、ユーモアを交えながら語られる。
熱心なクリスチャンではないといいながら、どこか彼の考え方は宗教的なところもあり、深く心に残る。
実はこの本は20年以上前に読みながら、もう一度読みたいと思ったものの、タイトルも内容も忘れてしまい、ただ「偶然と加護」「同時性」という言葉だけを頼りに遠藤氏の本を隅から隅まで読み漁ってやっと辿り着いた本。
おかげで、今まで知らなかった遠藤氏の本もたくさん読むこととなった。 -
「ひとつとして意味のなかったことはなかった」と自らの人生を振り返り、ときにはユーモア交えて語る著者の生き上手ぶりに感銘を受けた。
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たまに読み返します。遠藤氏の物事の捉え方が僕は好きです。
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晩年のエッセイ。
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著者プロフィール
遠藤周作の作品
