加藤清正(下) (文春文庫)

  • 文藝春秋
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感想 : 21
  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167135201

感想・レビュー・書評

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  • 今まで沢山の時代小説を読んできた。
    織田信長、豊臣秀吉、徳川家康 
    関ヶ原の戦い、大阪夏の陣、冬の陣
    いつもちらっとと登場する。
    朝鮮の役での活躍が有名だが
    今まで詳しい内容の小説と出合わなかった。
    この作品はなかなか詳しい内容が
    書かれてあって面白かった。

    なぜ、加藤清正は人気があるのか?
    当時の人々に愛された武将だったのですね。
    石田三成との確執が、知るところだが、
    豊臣家のために仲良くしていたら
    大阪が首都であったでしょう

  • 清正公は、郷土(熊本県)の英雄であり、神様でもある。海音寺さんの清正公は、熊本県人が思い描く、もっともスタンダードな清正公だと思う。

  • 秀吉の死、関ヶ原の戦いと次第に天下が徳川家に移行しつつある中現実を見て豊臣家が存続できる道を模索する。

  • 2018/7/23-8/9

  • 秀吉の死によって朝鮮出兵は不毛に終わり、加藤清正と小西行長の間に対立を残した。武断派と文治派に分かれ対立し関が原を迎える・・・。家康と秀頼の対面を見届けた清正は熊本で生涯を終える。大坂夏の陣はその4年後である。

  • 半島での誠実さ。1600年木曽川でなく緑川を越える。

  • 清正と三成、行長の確執。武将と官僚の間の溝の深さ。朝鮮の役では、独断で両国間を取りなそうとした三成、行長の行動は理解できるし、それを隠蔽しようとした行長の独断専行も仕方のない面がある。能力はあるが、水と油のようにお互い相容れない関係であったことが豊臣家の不幸か。晩年は加藤家及び豊臣家が安泰となるよう心を砕いた清正。その苦労が寿命を縮めたとしか思えない。
    本作では、千姫の秀頼への輿入れは清正の発議によることとされている。生前の秀吉と家康の約束という話もあったが。

  • 地方でも中央でもうまいことやってのけた人で人格も橋本市長なんかよりずっと出来ていたらしい。あくまで小説の話。

  • 秀吉の死によって朝鮮出兵は不毛のうちに終る。清正・行長の間に根深い対立を残しただけだった。武断派と文治派を代表するその対立は、関ヶ原の勝敗を分ける決め手ともなり、世は徳川氏のものとなった。慶長16年、家康と秀頼の対面が無事終るのを見届けた清正は領国熊本でその生を終える。大阪夏の陣はその僅か4年後だった。

  • 槍をぽいっと放り出しておいて、「いざ組み打ち!」とか言っておきながら、
    相手が武器を捨てると同時に、さっと槍を拾って刺した逸話が・・・

    ほめるべきか、幻滅するか

    それは別にして、印象に残っている。

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著者プロフィール

(かいおんじ・ちょうごろう)1901~1977。鹿児島県生まれ。國學院大學卒業後に中学校教諭となるが、1929年に「サンデー毎日」の懸賞小説に応募した「うたかた草紙」が入選、1932年にも「風雲」が入選したことで専業作家となる。1936年「天正女合戦」と「武道伝来記」で直木賞を受賞。戦後は『海と風と虹と』、『天と地と』といった歴史小説と並行して、丹念な史料調査で歴史の真実に迫る史伝の復権にも力を入れ、連作集『武将列伝』、『列藩騒動録』などを発表している。晩年は郷土の英雄の生涯をまとめる大長編史伝『西郷隆盛』に取り組むが、その死で未完となった。

「2021年 『小説集 北条義時』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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