樹影譚 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 34
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167138097

作品紹介・あらすじ

自分でもわからぬ樹木の影への不思議な愛着。現実と幻想の交錯を描く、川端康成文学賞受賞作。これぞ、短篇小説の快楽! 「鈍感な青年」「樹影譚」「夢を買ひます」収録。(三浦雅士)

感想・レビュー・書評

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  • 次も「第三の新人」です。
    って、急に言われても何のことか分からないですね。
    この本の前に、安岡章太郎「ガラスの靴・悪い仲間」(講談社文芸文庫)を読んだのです。
    決して古びておらず、むしろ現代的なセンスを感じました。
    第三の新人は、自分の読書人生を振り返っても手薄だったので、この機会にまとめて読むことにしたのです。
    ちなみに吉行淳之介「原色の街・驟雨」、庄野潤三「プールサイド小景・静物」を購入済み。
    さて、丸谷才一の「樹影譚」です。
    3篇収められていますが、全て丸谷の特徴でもある歴史的仮名遣いが採用されています。
    表題作の「樹影譚」は、風変りな作品です。
    話の内容というよりは、構造が風変りなのです。
    本作ではまず初めに、小説家である語り手によって、なぜこの作品を書くのかが書かれます。
    言うなれば、手の内を明かすようなものです。
    それから本題に入って行くわけですが、これも少し変わった話。
    主人公の小説家(七十何歳という設定)の元に、ファンだという老婆から1通の手紙が届きます。
    こちらに来る時にぜひ会いたいというのです。
    最初は丁重に断った主人公ですが、老婆の姪だという女からも来訪を懇願する手紙が届き、渋々行くことになります。
    そこで老婆から主人公にある事実が告げられます。
    主人公が自分の息子だというのです。
    唐突にそんな話を聞かされても、「ああ、そうですか」と鵜呑みにするわけにはいきません。
    老婆と主人公の間で、化かし合いのような問答が続きます。
    主人公は一貫して老婆の言うことを信じません。
    ところが最後に、老婆から衝撃的な事実が語られます。
    「七十何歳の小説家から二歳半の子供に戻り、さらに速度を増して、前世へ、未生以前へ、激しくさかのぼってゆくやうに感じた。」
    前世、さらには未生以前にまでさかのぼっていくというのが実にいいですね。
    表題作も良かったですが、「鈍感な青年」がぼくは一等気に入りました。
    主人公の青年が、思いを寄せる娘を自分の部屋に誘います。
    ところが、下心が見透かされ、誘いを断られてしまいます。
    青年は仕方なく、娘を地元の佃祭に誘います。
    ところが、行われているはずの佃祭が行われていない。
    地元の人に聞いて、佃祭は3年に一度しか行われていないことが分かりました。
    青年は娘と蕎麦屋へ入り、氷いちごを食べながら詫びます。
    娘はこれを咎め立てせず、逆に青年の部屋へ行こうと誘います。
    大願成就すべく青年は張り切ります。
    二人は房事に及ぶわけですが、事はそううまく運びません。
    青年は童貞、女も処女だったのですね。
    青年が情けなく果てるまでの過程は、たしかに男としてはもどかしいものの、丸谷の筆は冴えに冴え、ほとんど陶然として読み耽りました。
    最後は、青年の鈍感さが浮き彫りになって終わります。
    これもオチとしては、とても納得のいくものでした。
    「夢を買ひます」は、すみません、あまり印象に残りませんでした。
    でも、丸谷がいかに上手い作家かというのは分かりました。
    うん、満足です。

  • あまりそういうつもりはなかったけれど『モーダルな事象』に引き続きテクニカルな印象のものを手に取ってしまった。村上春樹さんの『若い読者のための短編小説案内』で取り上げられていた一編「樹影譚」を読みたくて買ってあった一冊。「樹影譚」と「鈍感な青年」「夢を買ひます」が収録されている。

    「樹影譚」は実に凝った話で、話の中に話がどんどん入れ子状になっていくもの。話の中の話というのは、まさに「樹」と「影」の関係とも言えて、そこの妙味を鑑賞するのが一つの読み方かなと思う。

    こういうのを読んでいるといつも浮かぶのが和歌の歴史。「万葉集」「古今和歌集」「新古今和歌集」と時代が進むにつれ、「万葉集」のような直情ではもはや歌がつくれず、「新古今」などでは言葉遊びとでも言えるような方向に活路を見い出さざるをえないようなイメージが何となく自分の中である。

    上記のような歴史から浮かび上がる、そのどうしようもなさというか、哀しさのようなものを思うにつけ、丸谷さんも、こういう風に歌うことを宿命づけられている人、という気がするのだ。自分の前にあったものをしっかりと吸収してこられた学識のある方なので、それを見なかったことにすることも、それと同じことをすることもできないのではないだろうか、などと考えてみたりする。そして自分なりの歌い方を探す…

    三浦雅士さんが解説を書いているように、批評家を呼び寄せるような文でもあるかもしれない。

  • 出来事が小説となるための技巧と要素を感じた。特に「樹影譚」、「夢かひます」においては「解釈」というモチーフが支配的であり、それぞれの物語を探り作り上げていた。自身の嗜好の「正体」や「根拠」は、存在する保証などないはずなのに捜索され、まるで自身を揺るがす決定的なものとして立ち現れる。夢と宗教を読み解くかのように見つめられる整形された顔への執着もまた、「解釈」への欲望、すなわち出来事に小説的な物語を付与する欲求を語っている。丸谷才一の小説論としても読むことができる。

  • 凝った作りの小説。
    言葉も選び抜かれている。

  • 丸谷才一 「 樹影譚 」短編集。主人公を小説家にすることで、小説の中に 小説を取り込み、主人公の深層心理と 作中人物をリンクさせて描いている。主人公の疑問(樹の影に固執する理由)がわかり、小説の中の小説とリンクしたとき 寒気を覚えた


    樹の影=樹から生まれた別の有機体→樹と影は表裏関係→小説と 「小説の中の小説」との関係

  • 樹影譚、なんだか写真のアート作品を見ているよう。
    あと三浦雅士による解説が素晴らしい。

  • うっすーい文庫本です。1988年くらいに出た本のようです。もともとは。

    短編集。というか、
    「鈍感な青年」(けっこう短編)
    ※図書館デートを繰り返す、処女と童貞の20代カップル。やがてどきどきの「佃島の街歩きデート」から、「初めてのH」を迎えるが…。

    「樹影譚」(割と中編)
    ※丸谷才一さん自身が「樹木の影っていうのが何か好きなんです。で、こういう短編を考えてみた」というエッセーがまずあって、それから短編小説になる。
    という凝った作り。
    短編の中身は、「樹木の影が好きな初老の小説家。地方の講演か何かで、老女から、"あなたの実の母は別にいる"と、言われて…」という内容。

    「夢を買ひます」(けっこう短編)
    ※恐らく銀座のホステスさんの、一人称小説。宗教学者の愛人をしている。
    中国の奇妙物語みたいな、「人の夢を買う」みたいな話から、「整形してないけど、整形したと嘘をつき」という話になっていきます。

    という三作です。

    まあ、どれも。「通好みだなあ」という印象です。なんかこう…小説界の「海原雄山」というか…(笑)。

    やっぱり白眉は「樹影譚」。
    これはこれでもう...なんていうか、脱帽。頭下がります。面白い。コワイ。ぞっとするけどぞくぞくするくらいオモシロイ。
    ミステリーで、サスペンスで、人間ドラマ。
    ラスト一行が、もう、ほんとにすばらしい。奈落に落ちていく感覚。
    文字を書くだけで、こういう感覚に他人を巻き込めちゃうのは、すごいことです。
    でもそれを、細胞分解して評論しようと思うとなかなか難しいので、その辺は村上春樹さんに任せておいて長くは語りませんが。
    (村上春樹さんは、樹影譚を取り上げて評論書いてるんだそうです。いずれ読んでみたいですね)


    改めて、良くは分からないけれど、丸谷才一さんっていうのは巨大な存在だったんだなあ、と思わされました。
    長編小説も、10代の頃にやみくもに読んだのだけど、大人になった今、読み返すべきだなあ、と思ってしまいました。
    あと、この人のエッセイはもっと読んでも良いですね。ほんとに愉しい。

    「鈍感な青年」も、佃島のデートのあたりの描写が流石。流石としか言いようがありませんね。
    余り僕は小説で風景描写に唸ったりしない雑な読者なんですが、コレはキラキラと印象に残りました。佃島に行きたくなります。
    ※ちなみに落語の「佃祭」を知っていると、愉しさ倍増ですね。僕は志ん朝のしか知りませんが。

    「夢を買ひます」も、細部で楽しめちゃった。
    (全体にも、南伸坊さんの「李白の月」とかに似た読後感で好ましかったですが。)
    宗教学者が、新興宗教に裏で雇われて、ブレインになる。それで税金のかからないお金を貰っている。というのは、なるほどなあ、と思いました。
    そういうのは、ゼッタイあるだろうなあ、と。

  •  丸谷才一の短編集。樹影譚は流石、言葉を一つ一つ選んで紡ぐ。自分という存在と、樹影に魅せられた小説家が老いてそのルーツを探るという話しと、実の母は私だというショッキングなストーリーが途中から交錯していく。徐々に、というか突然に、丸谷才一から小説の中の第三者に移行する小説としては面白い構成、そこに思想的、文学的な要素を織り込む。何てことない話だけど、やっぱり一文一文読み進めると、その文章は秀逸だと感じる。
     村上春樹の「若い読者のための短編小説」によると、3つのパートのうち、特筆すべきは第二パート。不器用な並列文が続くことで、彼なりの変身部分を用意していると。新聞記者クラークケントが電話ボックスに入りスーパーマンになって出て行く。その電話ボックスの役割だという表現はさすが、面白い。また、構成を「小説内・小説内・小説」というようなレイヤーとして捉えるのも、村上春樹が書き手側にいることがわかる。
     短編の中に入れたかったもの。丸谷さんが持つ、暗くて、固執している現実を、何かで崩したかったのかなと感じた。樹の影という言葉はメタファーであり、自分にはきっと当たり前のもの。横断歩道は赤になったら渡ってはいけないとか、近所に人とすれ違ったら挨拶するとか、そんなことが当たり前じゃなくなっているという恐怖なのかも。

  • 樹影譚,途中もういいかな,飛ばそうかな,と思ってしまったけれど
    最後まで読んで良かった。ラストシーンのぐいぐい感ったら…
    自分も頭から吸い込まれていきそうな感覚を初めて味わった。

  • 滑稽な男の話が多い。個人的には表題作以外の二作の方が好きであった。
    軽い気持ちで嘘をばらすことができなくなった娘と、それに執着してしまう大学教授。教授の肩書の大仰さと行動の落差が笑いを誘う。
    書き過ぎない色事がかえって艶めかしかったりリアルだったり、達人の筆加減。

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著者プロフィール

1925-2012。作家・英文学者。山形県生まれ。東京大学英文科卒。「年の残り」で芥川賞、『たった一人の反乱』で谷崎潤一郎賞など受賞多数。他『後鳥羽院』『輝く日の宮』、ジョイス『ユリシーズ』共訳など。

「2016年 『松尾芭蕉 おくのほそ道/与謝蕪村/小林一茶/とくとく歌仙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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