快楽主義の哲学 (文春文庫)

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  • 文藝春秋
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感想 : 154
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167140038

作品紹介・あらすじ

人生に目的などありはしない-すべてはここから始まる。曖昧な幸福に期待をつないで自分を騙すべからず。求むべきは、今、この一瞬の確かな快楽のみ。流行を追わず、一匹狼も辞さず、世間の誤解も恐れず、精神の貴族たれ。人並みの凡庸でなく孤高の異端たれ。時を隔ててますます新しい渋沢龍彦の煽動的人生論。

感想・レビュー・書評

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  • 澁澤の人気本。
    今とは全く異なる時代背景にあって書かれたエッセイだから、ややもすると噛みつかれそうな表現があるが、さすが大先輩、古今東西の文学の豊かな土壌に培われ寛容だ。スカトロジーが研究対象だと巫山戯る私とは雲泥の差。

    澁澤本人はこの本を嫌ったらしい。かれのすすめる快楽主義とは実のところ何であるのか、お茶を濁すきらいもある。しかし、目次を追っただけで内容が読めてしまうような自己啓発書よりも、これを読んで澁澤の紹介する「韜晦」や「ダンディズム」を知るほうが、人は生きやすくなるのでは。

  • 快楽主義とは、一言では言えないが、幸福と快楽を全く別物であると言いきり、ただ享楽的に生きるのとは意味が違って、自らの歓びを得るために、あの手この手でパワフルに生きることや、遁世し山水に生きることなど、それぞれにそれぞれの快楽があることを述べた書。何十年も前の本だが、今だからはっとする箇所もあり、読んでいてがつんときた。これから何度か読み返すことになるかもしれない。

  • この本を読むまで、快楽主義と聞いて個人的に思いつくのは、辛いことから逃げて楽しいこと(快楽)に逃げる、ということであった。

    ところが本書で著者は、快楽主義をもっとプラスな意味で捉えていた。自分の自分の求める理想、さらに楽しく生きることが出来る方向へ、覚悟を決めて進んでいく。そうやって自分で快楽を発見して掴んでいくことが本当の快楽主義者である、ということであった。

    60年代の作品だということを忘れてしまうほど、しっくりと入ってきた。あとがきで浅羽通明氏は、今ではそこまで珍しい論ではないということも述べているが、個人的には感銘を受ける内容が多々あった。ただ、浅羽氏の言葉を受けて、時代が違うんだから、そこまで思いつめて著者の論を全て受け入れなくてもいい、と言われているような安堵感があったことは拭えない。

    この作品を読んで、澁澤龍彦という人物に非常に興味が湧いたので、今後著書やムックを読んでみようと思った。

  • 幸福と快楽の違いを知っていますか?

    幸福は「苦痛を回避しようという傾向」そして「主観的なもの」
    快楽は「進んで快楽を獲得しようとする傾向」そして「客観的なもの」

    貧乏だろうが、自分が幸せだと思っている人もいる。
    回復不能の病気であっても、ひたすらに神を信じていて、自分は天国にいけると思い込んでいる人は幸せかもしれないし。
    昔の人が不便で、汚くて、不幸だったと考えるのも間違っている。

    著者は幸福なんて存在しないという。
    そんなものに憧れて、ため息をついているのなら、
    まず実際に行動してみること。を説いている。

    赤ん坊が笑う時、幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ。
    哲学者アリストテレスも言っている「幸福とは実践である。」

    精神分析学者のライヒによると、性交回数を自慢したり、誇ったりする男は、自分の強さや男らしさの証拠を示したいだけで、実際にセックスの快楽を十分に楽しんでいるのではない。
    つまり勃起能力や射精能力を誇ったところで、一回ごとのオルガズムに達しなければ、そもそも性の快楽の意義はどこにあるのかと発言している。

    どうすれば真の快楽を味わえるのか。

    ①誘惑を恐れないこと
    ―――飲む、打つ、買う、色んな誘惑がある。人を堕落させるものというイメージが強いが、いつも絶対に悪いものなのだろうか。良い悪いは誘惑を受けるものの態度遺憾だと思う。
    誘惑を受けて変化するとしても良い方にいけばいいのだ。
    影響されたから悪くなったのだ、などの考え方は卑怯だ。
    強い人間だったら、これを自分の進歩発展のための有益な糧として消化していくだろう。

    決心を努力を、接吻を抱擁を、あすに引き伸ばすことくらい、愚かなことはない。

    ②一匹狼も辞さぬこと。
    ―――「人のふりみてわがふりなおせ」、ふざけちゃいけない。他人は他人、自分は自分である。
    いつも他人とくらべて、「こんなことしたら笑われないだろうか」「変に思われたりしないだろうか」などビクビクしている人は、すでに自分の主体性を喪失している。
    大衆社会の疎外の産物である。

    ③誤解を恐れない。
    ―――真理であれ偏見であれ、わたしたちが一定の立場に立つ時、たとえその立場が他の多くの物と異なるとしても、これを気にするに及ばない。たとえ自分の立場が絶対多数の意見に一致しないとしても、遠慮したり撤回したりする必要は毛頭ない。
    同性愛だろうと、なんだろうと誇れば良いのです。

    ④精神の貴族たること
    ―――強い精神が必要不可欠。戦後の民主主義では、貴族主義などは非難の対象になる。
    やれ平等にしろ、やれみんな同じにしろ、同じに接しろ。
    1個のりんごを10人で等分に分けた場合、もうそこには快楽はない。

    ⑤労働を遊ぶこと

  • 澁澤世界はなかなか面白い。私は此の人は評論・哲学を語るより、芸術作品を産み出す側であってほしい。
    要するにこの本はイマイチ、だが、澁澤作品にはこの一冊を引き金に惹かれる事になった。
    人類はこの通りになった―とあるが、果してそうだろうか。究極美をどこまでも追求する快楽は見当たらない。
    美に倒錯し給え、人類よ。

    快楽の追求は最早、芸術世界でしか不可能であると私は思うのだ。

  • 情死の美学は好きだったな。去年道行ものの日本画をたくさん見たからかな。

    全体としてはサクサク読めて手頃だし、基本スタンスは自分のそれと一緒なので楽

  • 澁澤龍彦には多分に影響を受けているが、この本は現代人の自分にとって余りにも当たり前の内容だった。

    幸福なんかより刹那的な快楽、現在形よりing形を重視する生き方なんて当たり前でしょう。
    マジメな人には今でも響くものがあるかもしれない


    とはいえ、ソクラテスや宮沢賢治を痛烈にディスるのは心地よかった。(かなり無理矢理だが)

  • 精神の貴族たれ、という時に、都合の良い解釈かもしれないけれど、本書に書かれている姿勢をそのまま実績せよとは言っていないと思うので、
    例えば本書でかなりページをさかれているエロティシズムに関しては正直なところ、共感は出来なかったが、要は偏屈だ頑固だと言われても、少なくとも精神の自由を侵されてはならないのだと言う主張だと解した。
    巻末で解説者は、次のような趣旨を述べている。
    本書での、労働の忌避や、大衆化したレジャー産業に乗せられないようにとの警鐘は既にして時代遅れで、定職につかないような若者、ますます個別多様化する趣向などはもはや当たり前になりつつある、と。
    また著者は、当時、それこそ大衆向けの安易な入門書?のレーベルに執筆することに抵抗を感じていたともいう。
    しかし、本書で重要なのは先に述べたように、誘惑に対して自覚的に乗っかるようなことがあっても、周囲の状況に安易に迎合せずに、既存の価値観念を冷静に検討し、少なくとも精神的には孤高の自由を保つことを最重要視しているのではないか。
    時代が変わって、一見多様化したように思えても、結局似たような集団が形成されている状況に変わりないのではないか。
    著者が執筆した当時のような破壊すべき「大衆」側の文化は、分かりにくい状況ではあるが、個人として取るべきスタンスは変わらない。そういうものを考えるヒントになるのが本書ではないか。

  • 人間にはいろんな生き方があるなと思う澁澤氏の生き方と考え方。
    史上の珍な生き様を紹介しながら、いかに自分にとっての生き方が大事かを説く。

    労働と遊びの一致。
    いつでも遊んでいるような存在にならなければ真の意味で社会や文明が進歩したということにならない、と。

    1965年刊行で、
    今もって尚新しい。

    博識知的教養の深さに裏打ちされた澁澤龍彦の思想・発言。
    出過ぎた杭とはこのことだろう。

  • 文章自体は非常に読みやすかった。

    正直、共感は皆無だった。
    50年以上前、当時36歳だった著者が書くにはなんか爺臭く枯れてるのか当時の人はこんな感じなのか何だか不思議な感じがしたが単に著者の知識階層のレベルが高かっただけで老成してるだけだった。
    内容はボードレールもワイルドもサド公爵も読んだことのなさそうな昭和のスケベ爺が好んでそうな話。
    選挙も行かず、消費行動もとらない今の人たちを見て素晴らしいとこの方は感じるのだろうか?

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著者プロフィール

1928-1987年。フランス文学者、作家。代表作に『唐草物語』、『高丘親王航海記』、作品集成に「澁澤龍彦全集」、「澁澤龍彦翻訳全集」(共に河出書房新社)など。

「2020年 『雨談集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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