生きる (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2005年1月7日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784167141646

みんなの感想まとめ

生きることの意味や、各人の生きざまが深く描かれた作品です。3編の中短編は、それぞれ異なる時代背景を持ちながらも、共通して人間の苦悩や矜持を問いかけます。忠誠を示すことを禁じられた武士や、娘を身売りした...

感想・レビュー・書評

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  • 第127回直木賞受賞作品
    3編の中短編の中にそれぞれの生き方が感じられます。

    ■生きる
    逝去した藩主への忠誠を示す「追腹」を禁じられた男。
    周りからの冷たい視線、そして嫌がらせ。
    死にたかったのに死ぬことを禁じられた武士の生きざま。
    最後のシーンに熱いものがこみ上げます。

    ■安穏河原
    娘を身売りしてしまう武士。
    落ちぶれながらも、最後は武士としての生きざまを見せてくれます。そして、その娘が持ち続けた武家の矜持。
    このような生き方を貫くことができるのかと思います。

    ■早梅記
    家柄の問題から下働きの女と結婚が叶わなかった男。
    出世して、人生を振り返った時に出会った親子。
    これはこの女性の生き方を感じられる物語

    どの作品も、生きるということ、どう生きたか・生きてきたかということが問われている物語でした。

    とってもお勧め。

    • 風鎮さん
      読みたいに登録致しました。
      有難うございます。
      読みたいに登録致しました。
      有難うございます。
      2023/09/17
    • masatoさん
      風鎮さん、コメントありがとうございます。
      是非読んでみてください
      風鎮さん、コメントありがとうございます。
      是非読んでみてください
      2023/09/17
  • しっとりした時代小説もいいと読んでみたが、侍社会も生きにくさは同じ。「サクラ」のように散りたい気持ちも分かる。特に「生きる」を読んだ後は。
    題名から、主人公が粉骨砕身するような、「生き方教本」ではないだろうかと少し手が出ずにいた。でも聞くところによると、そういう物語を書く人ではないらしい。
    図書館でパラパラと立ち読み。
    そして、衝撃を受けた。
    短編が三篇あって、その二篇目
    「安穏河原」の冒頭。
    少し長いが・・・。
     あれはたしか六歳の秋だったから、享保十七年のことになるだろうか。父母に連れられてどこかしら急な岨道を下ると、鮮やかな雑木紅葉の下に川の流れが見えて瀬音が冷たく聞こえてきた。薄暗い斜面から光の中へ出ると、そこは石の河原になっていて、元々そういう地形なのか雨の少ない年だったのか、川は見えるところでは細い流れになっていた。
     それまで歩いてきた道が暗かったので、双枝はその河原へ出た瞬間、夢の中でしか見られない別世界に踏み込んだような気がしたのをおぼえている。澄み切った空に映える照葉がたとえようもなく美しく、一目で目蓋に焼きつく光景だった。紅は漆や櫨で、黄葉は柏や櫟だったかも知れない。ときおり川面に憩う落ち葉が、いま思い出すとそんなふうだったような気がする。

    繊細で色彩豊かな風景が、かって見たような、今でも心に奥底の原風景を震わすような美しい始まりだった。
    読み進めるうちにそれは、その後の一家の行く末を暗示するような一時の安穏な思い出だったのかと気づく。
    当時、父は郡奉行で、夏が過ぎても日に焼けている顔はそれだけ逞しく見えた。どんなときでも毅然としている人で、躾もきびしかったが、その日だけは嘘のように優しかった印象がある。普段はいつ見ても険しい顔が、たえず口元がほころんでいたからだろう。双枝は晩秋という季節の寂しさも、じきに散ってしまう紅葉の儚さも知らなかったが、父は腹をくくって自身のそういう運命を笑っていたのかも知れなかった。人生の厳しい冬を前にして、父もいっとき輝いたような日だった。事実、それから数日後に父は退身し、一家は国を去ることになったのである。

    こうして物語は始まり、いつまでも武家の矜持を持ち続けた父と娘の、その後が哀切極まりない。
    窮乏生活を送ることになり、苦界に身を落とさせた父の願いと深い悔恨、娘はそれでも生きようとする。心を打たれる終章に行き着くまで何度か読み返しながら、繊細で暖かい物語を楽しんだ。


    「生きる」
    それは「生きる」ことではあるが、死ぬべき機会をなくして、「生きねばならなかった」男の物語だった。
    庭に咲くアヤメの花で毎年の吉凶をささやかにうらなっているという、さりげない話も美しい。


    「早梅記」
    下働きの「ききょう」という娘に心を引かれながら、縁あって家に見合う娘と夫婦になった。その後の年月の間には子どもにも恵まれ無事勤めを終えた。
    隠居後すぐに逝った妻のことなどを思い、なすこともなくなった無聊や、わずかな孤独も感じていた。
    いつもの散歩道のさきに、足軽小屋があった。
    婚儀の話が来るとすぐ、そそくさと行き先も告げずに去った「ききょう」はどうしているだろう。風の便りに足軽に嫁いだと聞いたが。


    三篇ともに、余韻が残る筆致で、いつの世にも変わらない人の行き方の奥深くにある情感を、見事にえがいた感動作だった。

    • けよしさん
      kotonamiさん、こんばんは♪
      本棚、この本の前の、乙川優三郎『屋烏』と、
      この本でお書きになられた内容が同じようですよ
      お手すき...
      kotonamiさん、こんばんは♪
      本棚、この本の前の、乙川優三郎『屋烏』と、
      この本でお書きになられた内容が同じようですよ
      お手すきのときに、みてください
      2026/03/01
    • kotonamiさん
      ありがとうございます。同じ内容が並んでいました(-_-;)
      早速直しましたが、これからも気を付けます。
      ありがとうございます。同じ内容が並んでいました(-_-;)
      早速直しましたが、これからも気を付けます。
      2026/03/02
    • けよしさん
      よかったです!
      わたしの本棚とこちら、
      2回お知らせいただいて恐縮です

      わたしは、プッシュ通知の設定で、
      「コメントされた時」と...
      よかったです!
      わたしの本棚とこちら、
      2回お知らせいただいて恐縮です

      わたしは、プッシュ通知の設定で、
      「コメントされた時」と
      「コメントした感想にコメントがあった時」の
      両方ONにしています
      コメントのつながりが分かりやすいので
      コメントの後につないでいただいて結構ですよ

      またコメントしてくださいね(^.^)
      2026/03/02
  • 時代物はあまり読まないが、人が生まれ死んでいくまでの様々な人生の苦難には時代に関係なく通ずるものがあり、人はどう生きるべきかを時代を超えて考えずにはいられない秀作です。

  • 素晴らしかった。時代小説はあんまり読まない人間なんだけど、理由は二つあってまず語彙が重い。
    特有の言い回しや用語が多くて毎回そこで読み進むのがストップしてしまう。
    もう一つはそれと同じで場所が想像できない。現代でも東京のどこどことか言われて???ってなるくらい。
    風景描写とともに固有名詞出てくると頭こんがらがっちゃうんだよね。え?今どこの話しているの? てか今君たちどこで会話してるん?
    みたいに。
    ただ、それをすべて差し置いても、ページめくる手止まらんかった。これはすごい。
    語彙はたしかに重いけれども、それこそが登場人物の繊細な心情描写を可能にしていると思う。作者のその時代の人々の心を現代の人に正確に伝える翻訳能力に脱帽。
    すべての短編が良かったけれど、表題作の最後は涙流してしまった。小説読んで涙流すこと本当にないんだけどね。たぶん記憶にあるのは『羊を巡る冒険』ぐらい。
    あとどの短編もヒロイン、というか女性の生き抜く様が堂々としていたのが印象的。
    これを機に時代小説もっと読んでいこうと思った。
    時代小説でしか描けない話もあるというのは納得。

  • 2017年、7冊目です。

    第127回直木賞受賞作です。

    時代は、江戸時代初期でしょう。関ケ原の戦いで敗軍となり浪人となった父がようやく食禄を得た十一万石の主家に自らも仕え、馬回り組五百石の家柄となった男の生き様を描いています。と言っても彼(又右衛門)の成り上がっていく物語ではなく、主君の死に対し、追腹を切るか切らぬか、その選択の結果に如何に向き合って”生きる”かを描いた作品です。
    登場する人物の心君の追腹を切らない)を選択したわけではない。その選択結果を淡々と、自分に説くようにして生きているように思える。しかし周囲の目は冷たく彼の生き方に理解を寄の機微に触れながら、自分の選択を周りの誰もが認めてくれない
    という怒りと諦めに抱かれながらも”生きる”ことに気づいていく男の心情が、丹念にそして誇らしく描かれています。
    主人公は、自ら望んでその生き方(作中では、家老の頼みで、主せるものは、家族にさえもいなくなってしまう。その悲観的な状況に追い込まれてから、自らの気づきで再生していく様を描いた作品後半の描写は、人間の持つ”生きる”力を誇り高いものとして称賛していると感じます。

    久しぶりに心揺さぶられた文章。
    ・・・やがて「いきているのがつまらなくてならない。生きる目当てが霞んでしまうと、強く生きてゆこうという意志もどこかへ消えてしまった。あるいはこのまま藪のかせ枝のように、ただかれてゆくのだろう。」という心情に陥っていきます。
    誰からも”あなたの判断は間違っていないですよ”と支えて貰えない人間の行き着く心境として必然のように思えてしまいます。
    そしてついに暗然たる気持ちは彼を覆い、毎日を無為に過ごすようになる。
    やがてその無為に生きる日々にも飽きてきて、自分にこの選択を迫った元凶である国家老への書状を認め始めるのであった。「どうせ恥辱に塗れたまま死ぬのなら、恨みつらみを吐き出してやろうと思ったのである」「ところがいざ恨みを綴り出すと、どれもこれも力を出せば克服できたはずのものに思われ、書けば書くほど泣き言を並べているような気がした。家中の誹謗中傷は容易に予測されたことだし、自信さえあればこれほど翻弄されずに済んだのではないか。」・・・「死んだ小野寺郡蔵(追腹を切らなかった同僚で断食して果てた)の
    長い間、評定を聞いたままに書き留めることに馴れてしまい、中身の重さや真意について考えないことが癖になっていたのかもしれな分まで書いてやるつもりが、胸のうちを文字にしてみると、恨みの正体が見えてきて、その薄さに気付かされたのだった。い。」
    (こんなことでわしは苦しんでいたのか)
    何もせず、ただ恐れ立ち尽くし、嵐が去るのを待っていただけではないか。
    吐けるだけ吐き出し、自分の不甲斐なさを差し引いてみると、あとに残ったのは不当な扱いをする世間への反骨と、そういう事態を放置している家老や重職に対する正当な不満だった。
    そのことに驚き、後悔もしたが、又右衛門は何よりも闇の中に一条の光がさしたように思った。彼は三日ほどかけて書いた手紙を破棄した。

    この経験を経て、彼(又右衛門)は、再び登城し役職を務めだします。

    「僅かなことで人は変われるものだと、やがて他人事のような感想がもてたとき、又右衛門はようやく本来の尊厳を取り戻したらしい自分を感じた。そ。
    れが当然のように毅然として白眼を白眼で見返し、青眼を向けてくるものがあれば青眼で応じるという、感情の生き物としてごく普通のことができるようになったのである
    その後、彼は、自分に面と向かって蔑みを込めて接するものを睨み返し、「おぬしに人間の値打ちがわかるか」と胸の中で言い返えすことができた。

    この男は、孤独のなのに矜持を抱いて生きているといえるのか?
    辿り着く境地は、諦観の先にある微かな誇らしさか?

    この物語を読んで、この主人公と対局的な主人公を描いた作品を思い起こしました。北方謙三の「一人群せず」の光武利之です。彼は、「自らを持って由とする」という自由を矜持と共に生き抜いた。どちらの主人公にも共感を持ちます。男として。

  • 江戸時代には逝去した主人への忠誠を示す「追腹」という制度があった。死んだ主人の後を追って、切腹することだ。武士道からすれば、「忠」を示す究極の行動。しかし、一方では優れた人材を失うという社会的損失が大きい。藩にとっては廃止したい制度であるが、一度根付いた制度だけに追腹すべき人間が、それをしなければ周囲から恩知らずと蔑まれる。

    そんな追腹を家老から禁じられ、周囲から冷たい視線を受ける主人公の武士。

    露骨な嫌がらせや家族の死。それらを乗り越え、彼は生き、老いてゆく。「死」よりもつらい「生」を選んだ主人公は苦悩しながらも、自ら道を切り開く。失意から立ち上がろうとする人間の強さ、家族や隣人の絆に感動する。

  • 読むのに少し疲れました。
    3つの短編から構成される時代小説です。
    全てかなり辛い話、死も出てくる話です。
    男が主人公ですが、女性も描かれます。二つ目、三つ目は女性も主人公です。
    いずれも、最後には救いがあり、なんとか読み切れました。
    人生は苦しいが、一抹の救いがあるとも取れます。ただし、真摯に生きることが必要です。

  • 3話からなる中編集。やはり乙川先生…いい話でしたー。全部好きですがあえて選ぶなら2話目の『安穏河原』が一番です。…プライドというより誇りですかね…武家の女性の気高さと心の美しさに心打たれました。市井もいいけど武家もいいです。流石直木賞受賞作品

  • 生きる

    宮部みゆきの時代小説は読んでいながら、「時代小説は老後の楽しみに取っておくので若いうちは読まない!」と決めていた竹蔵ですが。もう若くもないし、解禁してもいいかな?と思わせるほどすばらしい作品です。
    直木賞受賞作の「生きる」は、殉死の覚悟は出来ていたが、「追い腹禁止令」によって、腹を切れなくなってしまった主人公の呻吟、落胆、没落、そして気づきの記録。
    「安穏河原」は、”人は幸福だった記憶を心の支えとして、どこまで高い志を保つことができるか?”という問いに答える親子三代にわたる苦闘が、ちゃらんぽらんな人の心を動かした話。
    「早梅記」は、昔身分の違から、男の出世の邪魔にならないように身を隠した女性を思い続け、出世を極めた男が「幸せとはなにか?」に最後は気づく話。
    いずれの話も、今の日本人がほとんど顧みなくなった、貧しいが志が高い普通の人の話です。
    若い頃にこの本を読んでもここまで心を動かされることはなかったと思います。
    年を取るのもそんなに悪くはないかな?と思ったりしています。 でも、読んだ本を忘れるようじゃ、感動的な時代小説も読んだ先から忘れていっちゃうということでもあり、やはりちょっと困ったことなのかもしれません。
    年を取ったなあと思う人は是非ご一読を。「せかちゅう」の何倍も心を動かされます。
    逆に、「せかちゅう」で泣けないということが年を取ったということなのかもしれません。トホホ。

    竹蔵

  • 第127回直木賞受賞作『生きる』、
    『安穏河原』『早梅記』。
    『生きる』。
    3作品とも、ややぬめり感がある。
    このままどうするねん・・・と思いきや、
    季節の巡りのように、春を呼び込んで
    特に『生きる』のラストは、
    読者をも救っているように思う。

  • 上町63のマスターからご紹介いただいた本。本当に良かった(^-^) 「生きる」「安穏河原」「早梅記」
    付箋
    ・厳格だが安穏な世界に生まれた女が苦界へ身を落としながらも少しも狂わないのは、心の中に元の世界を持ち続けているからだろう。
    ・心の中に存在する人間の値打ち 零落し、堕ちるところまで堕ちても失わないもの。
    ・大切なのは自分を持つことで、生まれた家や世の中を恨んでもはじまらない。
    ・人と人が本当に大切なものを分かち合えるなら、娘が他人でもかまわない。素平も双枝も他人だったが、未だに心に住んでいるではないか。
    ・「ときとともに忘れられることもあります」「しょうぶは強いな」「いいえ、変われないだけです」

  • 江戸時代の名もない武士が、生きるということの意味を問い続けて歳月を重ね、いろいろあったとしても最後は変わらないものがある。。というパターンの中編3つ。どれも愛おしく丁寧な読み心地。

  • やっぱり雰囲気は藤沢周平ですね。
    でも、出来は今一かな。乙川さんの平均点は非常に高いのですが。
    そうは思っても、特に欠点など見当たりません。ただ、何故か物語の中に引き込まれなかったと言う印象があるだけです。
    ひょっとしたら、この手の本は夏休みなどに読むものではないのかもしれません。暑さに茹だりながら読むよりも、秋の夜長にじっくり読むべき本だったのかも・・・。

  • 題名にある通り、どう生きるのかということを
    テーマにした3作の中編集。

    どう生きるべきかというテーマに向き合った作品で
    心に響くものが多い作品だった。

  • 正直に生きても報われないこともある。生きることはなかなか難しい。とても現実的なお話。

  • 【葛藤。】
    世間様にまだ馴染まぬ、
    追腹禁止令を守ったが故の苦悩。
    暖かさはあまり感じられず、
    淡々と、深々と積もる想いが
    人の人生をつくる様を垣間見ました。

  • 人間の矜持とは何かを語り掛ける3作。

    表題作の「生きる」
    追い腹を禁じられた男はどう生きるのか
    安穏河原
    娘を身売りさせてしまうほど落ちぶれた男の親子の物語
    早梅記
    身の回りを世話してくれる女を通じ家族とは何かを問う作品

    どれも淡々とした筆致から、心の奥から考えさせられる作品。

  • どこかのテレビ番組で「愛」と「お金」とどちらが大切かなどとやり合っていたが、凛とした生き方をしながらも世の流れに逆らうこともできずにどんどん生活が苦しくなって、それでも凛とした生き方を通すなんて、実際にはできないけど憧れる気持ちが自分の中に存在することに驚きを感じた。

  • 恩顧のあった主君の死に殉じ「追腹」するはずが藩命により禁じられる男の話だが、特定の時代の特殊な話ではないなと感じた。現代でも凶悪事件を起こした犯人の家族は、この主人公の男と同じく、「あれだけの大恩を受けながら(あれだけの事件を起こして)のうのうと生きていくつもりか」という周囲の白眼視を浴びながら、身内内での不和や離散を経験する人たちはいる。主人公は最初、自身の身の処し方だけの問題だと思ったに違いないが、案に反して周りの家族が次々と彼の下を去り、うろたえ、落胆し、いつしか眼だけが自身の生を主張しはじめる。

    ラストの2つのサプライズはなくてもいいかな。むしろ暗示だけにとどめ、その前の再度出仕を始めると決心したところで終わってくれれば、その後の展開は読者の想像で充分楽しめたのに。

  • 現代日本では、すでに追従自殺が強いられることもないし、餓死寸前の空腹を感じることもない。あったら犯罪。理不尽であっても、自分の力では抗えないこともあの時代は多かった。武士として主家があるために、動きが不自由な男と、その男に仕える女。3篇のお話では、男よりも翻弄された人生を送らざるを得ない女が生き生きと描かれる。彼女達の生活は俗に言う「幸せ」ではないかもしれないが、なんて強い生き方で、他人任せでなく、己が選んだものなんだろう。ここに同じ女性として教訓があると思った。男はここでは、ある意味気の毒な存在だ。

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著者プロフィール

1953年 東京都生れ。96年「藪燕」でオール讀物新人賞を受賞。97年「霧の橋」で時代小説大賞、2001年「五年の梅」で山本周五郎賞、02年「生きる」で直木三十五賞、04年「武家用心集」で中山義秀文学賞、13年「脊梁山脈」で大佛次郎賞、16年「太陽は気を失う」で芸術選奨文部科学大臣賞、17年「ロゴスの市」で島清恋愛文学賞を受賞。

「2022年 『地先』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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