生きる (文春文庫 お 27-2)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167141646

感想・レビュー・書評

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  • 第127回直木賞受賞作品
    3編の中短編の中にそれぞれの生き方が感じられます。

    ■生きる
    逝去した藩主への忠誠を示す「追腹」を禁じられた男。
    周りからの冷たい視線、そして嫌がらせ。
    死にたかったのに死ぬことを禁じられた武士の生きざま。
    最後のシーンに熱いものがこみ上げます。

    ■安穏河原
    娘を身売りしてしまう武士。
    落ちぶれながらも、最後は武士としての生きざまを見せてくれます。そして、その娘が持ち続けた武家の矜持。
    このような生き方を貫くことができるのかと思います。

    ■早梅記
    家柄の問題から下働きの女と結婚が叶わなかった男。
    出世して、人生を振り返った時に出会った親子。
    これはこの女性の生き方を感じられる物語

    どの作品も、生きるということ、どう生きたか・生きてきたかということが問われている物語でした。

    とってもお勧め。

    • 風鎮さん
      読みたいに登録致しました。
      有難うございます。
      読みたいに登録致しました。
      有難うございます。
      2023/09/17
    • masatoさん
      風鎮さん、コメントありがとうございます。
      是非読んでみてください
      風鎮さん、コメントありがとうございます。
      是非読んでみてください
      2023/09/17
  • 時代物はあまり読まないが、人が生まれ死んでいくまでの様々な人生の苦難には時代に関係なく通ずるものがあり、人はどう生きるべきかを時代を超えて考えずにはいられない秀作です。

  • 素晴らしかった。時代小説はあんまり読まない人間なんだけど、理由は二つあってまず語彙が重い。
    特有の言い回しや用語が多くて毎回そこで読み進むのがストップしてしまう。
    もう一つはそれと同じで場所が想像できない。現代でも東京のどこどことか言われて???ってなるくらい。
    風景描写とともに固有名詞出てくると頭こんがらがっちゃうんだよね。え?今どこの話しているの? てか今君たちどこで会話してるん?
    みたいに。
    ただ、それをすべて差し置いても、ページめくる手止まらんかった。これはすごい。
    語彙はたしかに重いけれども、それこそが登場人物の繊細な心情描写を可能にしていると思う。作者のその時代の人々の心を現代の人に正確に伝える翻訳能力に脱帽。
    すべての短編が良かったけれど、表題作の最後は涙流してしまった。小説読んで涙流すこと本当にないんだけどね。たぶん記憶にあるのは『羊を巡る冒険』ぐらい。
    あとどの短編もヒロイン、というか女性の生き抜く様が堂々としていたのが印象的。
    これを機に時代小説もっと読んでいこうと思った。
    時代小説でしか描けない話もあるというのは納得。

  • 2017年、7冊目です。

    第127回直木賞受賞作です。

    時代は、江戸時代初期でしょう。関ケ原の戦いで敗軍となり浪人となった父がようやく食禄を得た十一万石の主家に自らも仕え、馬回り組五百石の家柄となった男の生き様を描いています。と言っても彼(又右衛門)の成り上がっていく物語ではなく、主君の死に対し、追腹を切るか切らぬか、その選択の結果に如何に向き合って”生きる”かを描いた作品です。
    登場する人物の心の機微に触れながら、自分の選択を周りの誰もが認めてくれない
    という怒りと諦めに抱かれながらも”生きる”ことに気づいていく男の心情が、丹念にそして誇らしく描かれています。
    主人公は、自ら望んでその生き方(作中では、家老の頼みで、主君の追腹を切らない)を選択したわけではない。その選択結果を淡々と、自分に説くようにして生きているように思える。しかし周囲の目は冷たく彼の生き方に理解を寄せるものは、家族にさえもいなくなってしまう。その悲観的な状況に追い込まれてから、自らの気づきで再生していく様を描いた作品後半の描写は、人間の持つ”生きる”力を誇り高いものとして称賛していると感じます。

    久しぶりに心揺さぶられた文章。
    ・・・やがて「いきているのがつまらなくてならない。生きる目当てが霞んでしまうと、強く生きてゆこうという意志もどこかへ消えてしまった。あるいはこのまま藪のかせ枝のように、ただかれてゆくのだろう。」という心情に陥っていきます。
    誰からも”あなたの判断は間違っていないですよ”と支えて貰えない人間の行き着く心境として必然のように思えてしまいます。
    そしてついに暗然たる気持ちは彼を覆い、毎日を無為に過ごすようになる。
    やがてその無為に生きる日々にも飽きてきて、自分にこの選択を迫った元凶である国家老への書状を認め始めるのであった。「どうせ恥辱に塗れたまま死ぬのなら、恨みつらみを吐き出してやろうと思ったのである」「ところがいざ恨みを綴り出すと、どれもこれも力を出せば克服できたはずのものに思われ、書けば書くほど泣き言を並べているような気がした。家中の誹謗中傷は容易に予測されたことだし、自信さえあればこれほど翻弄されずに済んだのではないか。」・・・「死んだ小野寺郡蔵(追腹を切らなかった同僚で断食して果てた)の分まで書いてやるつもりが、胸のうちを文字にしてみると、恨みの正体が見えてきて、その薄さに気付かされたのだった。
    長い間、評定を聞いたままに書き留めることに馴れてしまい、中身の重さや真意について考えないことが癖になっていたのかもしれない。」
    (こんなことでわしは苦しんでいたのか)
    何もせず、ただ恐れ立ち尽くし、嵐が去るのを待っていただけではないか。
    吐けるだけ吐き出し、自分の不甲斐なさを差し引いてみると、あとに残ったのは不当な扱いをする世間への反骨と、そういう事態を放置している家老や重職に対する正当な不満だった。
    そのことに驚き、後悔もしたが、又右衛門は何よりも闇の中に一条の光がさしたように思った。彼は三日ほどかけて書いた手紙を破棄した。

    この経験を経て、彼(又右衛門)は、再び登城し役職を務めだします。

    「僅かなことで人は変われるものだと、やがて他人事のような感想がもてたとき、又右衛門はようやく本来の尊厳を取り戻したらしい自分を感じた。それが当然のように毅然として白眼を白眼で見返し、青眼を向けてくるものがあれば青眼で応じるという、感情の生き物としてごく普通のことができるようになったのである。

    その後、彼は、自分に面と向かって蔑みを込めて接するものを睨み返し、「おぬしに人間の値打ちがわかるか」と胸の中で言い返えすことができた。

    この男は、孤独のなのに矜持を抱いて生きているといえるのか?
    辿り着く境地は、諦観の先にある微かな誇らしさか?

    この物語を読んで、この主人公と対局的な主人公を描いた作品を思い起こしました。北方謙三の「一人群せず」の光武利之です。彼は、「自らを持って由とする」という自由を矜持と共に生き抜いた。どちらの主人公にも共感を持ちます。男として。

  • 江戸時代には逝去した主人への忠誠を示す「追腹」という制度があった。死んだ主人の後を追って、切腹することだ。武士道からすれば、「忠」を示す究極の行動。しかし、一方では優れた人材を失うという社会的損失が大きい。藩にとっては廃止したい制度であるが、一度根付いた制度だけに追腹すべき人間が、それをしなければ周囲から恩知らずと蔑まれる。

    そんな追腹を家老から禁じられ、周囲から冷たい視線を受ける主人公の武士。

    露骨な嫌がらせや家族の死。それらを乗り越え、彼は生き、老いてゆく。「死」よりもつらい「生」を選んだ主人公は苦悩しながらも、自ら道を切り開く。失意から立ち上がろうとする人間の強さ、家族や隣人の絆に感動する。

  • 上町63のマスターからご紹介いただいた本。本当に良かった(^-^) 「生きる」「安穏河原」「早梅記」
    付箋
    ・厳格だが安穏な世界に生まれた女が苦界へ身を落としながらも少しも狂わないのは、心の中に元の世界を持ち続けているからだろう。
    ・心の中に存在する人間の値打ち 零落し、堕ちるところまで堕ちても失わないもの。
    ・大切なのは自分を持つことで、生まれた家や世の中を恨んでもはじまらない。
    ・人と人が本当に大切なものを分かち合えるなら、娘が他人でもかまわない。素平も双枝も他人だったが、未だに心に住んでいるではないか。
    ・「ときとともに忘れられることもあります」「しょうぶは強いな」「いいえ、変われないだけです」

  • 主人公が粉骨砕身するような、「生き方教本」ではないだろうかと少し手が出ずにいた。でも聞くところによると、そういう物語を書く人ではないらしい。
    図書館でしばし立ち読み。
    そして、衝撃を受けた。
    短編が三作あって、その二作目「安穏河原」の冒頭。
    少し長いが・・・。

     <em>あれはたしか六歳の秋だったから、享保十七年のことになるだろうか。父母に連れられてどこかしら急な岨道を下ると、鮮やかな雑木紅葉の下に川の流れが見えて瀬音が冷たく聞こえてきた。薄暗い斜面から光の中へ出ると、そこは石の河原になっていて、元々そういう地形なのか雨の少ない年だったのか、川は見えるところでは細い流れになっていた。
     それまで歩いてきた道が暗かったので、双枝はその河原へ出た瞬間、夢の中でしか見られない別世界に踏み込んだような気がしたのをおぼえている。澄み切った空に映える照葉がたとえようもなく美しく、一目で目蓋に焼きつく光景だった。紅は漆や櫨で、黄葉は柏や櫟だったかも知れない。ときおり川面に憩う落ち葉が、いま思い出すとそんなふうだったような気がする。</em>

    繊細で色彩豊かな風景が、かって見たような、今でも心に奥底の原風景を震わすような美しい始まりだった。
    読み進めるうちにそれは、その後の一家の行く末を暗示するような一時の安穏な思い出だったのかと気づく。

     <em>当時、父は郡奉行で、夏が過ぎても日に焼けている顔はそれだけ逞しく見えた。どんなときでも毅然としている人で、躾もきびしかったが、その日だけは嘘のように優しかった印象がある。普段はいつ見ても険しい顔が、たえず口元がほころんでいたからだろう。双枝は晩秋という季節の寂しさも、じきに散ってしまう紅葉の儚さも知らなかったが、父は腹をくくって自身のそういう運命を笑っていたのかも知れなかった。人生の厳しい冬を前にして、父もいっとき輝いたような日だった。事実、それから数日後に父は退身し、一家は国を去ることになったのである。</em>

    こうして物語は始まり、いつまでも武家の矜持を持ち続けた父と娘の、その後が哀切極まりない。
    窮乏生活を送ることになり、苦界に身を落とさせた父の願いと深い悔恨、娘はそれでも生きようとする。心を打たれる終章に行き着くまで何度か読み返しながら、繊細で暖かい物語を楽しんだ。


    「生きる」

    それは「生きる」ことではあるが、死ぬべき機会をなくして、「生きねばならなかった」男の物語だった。
    庭に咲くアヤメの花で毎年の吉凶をささやかにうらなっているという、さりげない話も美しい。



    「早梅記」

    下働きの「ききょう」という娘に心を引かれながら、縁あって家に見合う娘と夫婦になった。その後の年月の間には子どもにも恵まれ無事勤めを終えた。
    隠居後すぐに逝った妻のことなどを思い、なすこともなくなった無聊や、わずかな孤独も感じていた。

    いつもの散歩道のさきに、足軽小屋があった。
    婚儀の話が来るとすぐ、そそくさと行き先も告げずに去った「ききょう」はどうしているだろう。風の便りに足軽に嫁いだと聞いたが。




    三篇ともに、余韻が残る筆致で、いつの世にも変わらない人の行き方の奥深くにある情感を、見事にえがいた感動作だった。

  • 江戸時代の名もない武士が、生きるということの意味を問い続けて歳月を重ね、いろいろあったとしても最後は変わらないものがある。。というパターンの中編3つ。どれも愛おしく丁寧な読み心地。

  • 乙川優三郎 「 生きる 」 武士の価値観を描いた中編小説。時代背景(武士の本分は忠義、武士の結婚は 家と家の結婚)の中の価値観を取り上げている。いい作品だった。

    「生きる」で示した価値観=忠義は 下から 示すもので、社会から強制されるものではない という価値観

    「安穏河原」「早梅記」で示した価値観=人の価値を決めるのは 金や身分ではない〜その人の考えや思想である


  • やっぱり雰囲気は藤沢周平ですね。
    でも、出来は今一かな。乙川さんの平均点は非常に高いのですが。
    そうは思っても、特に欠点など見当たりません。ただ、何故か物語の中に引き込まれなかったと言う印象があるだけです。
    ひょっとしたら、この手の本は夏休みなどに読むものではないのかもしれません。暑さに茹だりながら読むよりも、秋の夜長にじっくり読むべき本だったのかも・・・。

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著者プロフィール

1953年 東京都生れ。96年「藪燕」でオール讀物新人賞を受賞。97年「霧の橋」で時代小説大賞、2001年「五年の梅」で山本周五郎賞、02年「生きる」で直木三十五賞、04年「武家用心集」で中山義秀文学賞、13年「脊梁山脈」で大佛次郎賞、16年「太陽は気を失う」で芸術選奨文部科学大臣賞、17年「ロゴスの市」で島清恋愛文学賞を受賞。

「2022年 『地先』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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