インパール (文春文庫 た-2-1)

  • 文藝春秋 (1975年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784167151010

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  • インパール作戦(「ウ」号作戦)当時、著者は第3航空軍第5航空師団の報道班員としてビルマに滞在していた。作戦開始前には第33師団(弓師団)の柳田師団長、隷下第214連隊の作間連隊長、長中尉とも面会している。特に作間連隊長とは陸軍省報道班以来の旧知の間柄であり、それだけにこの無謀な作戦の一翼を担い壊滅した弓師団への思い入れは強く、著者は敗戦直後の日本でやり場のない怒りに駆られながらこの作品を書き上げたという。日本軍将兵はモンスーンの豪雨の中で飢餓とマラリアに次々と斃れ、ある者は生への執着から人間性を失い、ある者は地獄の中で生を諦め死地を求めた。著者は、様々な資料や証言に基づいて彼らの生と死を記録していく。その後の調査に基づいて昭和43年に改訂も行われており、いまやインパール作戦の実相を伝える古典的作品となっている。

  • 悪名高き「インパール作戦」の全容。
    「インパール作戦」(日本作戦名「ウ号作戦」)とは、昭和19年3月に、援蒋ルート(アメリカ、イギリス、ソ連が中華民国(国民政府・蒋介石)を軍事援助するための輸送路)の遮断を戦略目的としてインド北東部の都市インパール攻略を目指した作戦のことである。
    杜撰、無謀ともいうべき補給計画、ジンギスカン作戦(作戦に使用するために現地調達した荷物運搬用の牛を食料としながらインパールを攻略し、攻略後は敵(英)の食料・弾薬をもって兵站とする)により、作戦に参加した第15軍隷下の3個師団(第15、31、33師団)は、糧食・弾薬共に欠乏した状態での戦闘を余儀なくされた。インパールへの攻略路となったアラカン山系の道々には、飢えや病気のために力尽きた日本兵たちの遺体が累々と続き、「白骨街道」と呼ばれた。

    同書は、同年7月に作戦が崩壊し終了に至るまでの経緯をわかりやすく丁寧に説明している。
    「インパール」については、著者のライフワークとなっていたのか、数度の改版、改訂を重ねている。
    表1の見返しに、インパールに参加した部隊の組織図があり、これが大変わかりやすい。

    さらに別書で、作戦に参加した個別師団にスポットをあてた
    「抗命―インパール作戦 烈師団長発狂す」
    「憤死―インパール作戦ー痛根の祭師団参謀長」
    「全滅―インパール作戦 戦車支隊の最期」
    の、インパール三部作もある。

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