- 文藝春秋 (2001年10月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784167169374
みんなの感想まとめ
テーマは「死」と「過去との向き合い」であり、深い感情の動きが描かれた短編集です。表題作では、戦後20年を経て、自らの過去と向き合う元整備兵の菊川が、著者との対話を通じて心の葛藤を抱えながら歩みを進める...
感想・レビュー・書評
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吉村昭氏の私小説に近い短編集。どの短編も「死」の気配が色濃く漂う。
本書は8編の短編からなる。
表題の『月下美人』は、戦時中に軍用機を爆破して脱走した元整備兵の菊川が、戦後20年を経て著者の取材をきっかけに当時の行為に向き合っていく様子を描いた小説。
家族にも当時のことを秘密にしてきた菊川だが、ひとたび著者に話してしまったことで、たがが外れたかのごとく過去の記憶を確かめるためにゆかりの地を訪れるようになる。
取りつかれたように家を留守にして歩き回る彼の狂躁状態、感情の針が激しく揺れ動く様子が、彼の苦しい胸の内を表しているようで、読んでいて息がつまりそうになった。
感情のもつれにより二年ほど疎遠になった後、著者は、菊川が北海道でタコ部屋の棒頭として生活していた当時の体験についてまとめた本の出版記念会に招待される。その体験は彼の加害者としての一面をえぐり出すもので、本にして出版することは、菊川にとっても家族にとっても苦しみを伴うものであったはずだが、出版記念会での彼の表情は穏やかだった。
彼の心の移り変わりについては想像することしかできないが、自分の過去と向き合い、苦しみ続けた彼は、ある段階でその責任を一生背負っていく覚悟ができたのだろうと思う。
出版記念会の夜、著者の家では1年に1日しか咲かないという月下美人の花が芳香を放ちながら見事に咲く。その描写は、人生の一歩を踏み出した菊川の気持ちとシンクロし、読後に深い余韻を残す。
そのほか、著者が自殺した従姉の夫の葬儀に参列した時の様子を描いた『沢蟹』や、精神的に距離のあった父親が病で死んでいく様子を描いた『欠けた月』『冬の道』など、「死」についていやおうなく考えさせられる短編集。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
小説なのか、エッセイなのか。
作中の描写からすると、恐らく著者の吉村昭さんの実体験を元に描かれたと思われる短編集。
劇的な展開がある、というわけでもないけれど、冷静に事実を見据えつつ、繊細にそして正確に物事や感情を描写し、人生の一場面や、瞬間を味わい深く仕上げる手腕は、職人の繊細な技術を見ているよう。
吉村さんの歴史小説やいわゆる"記録文学"も好きだけど、その根底にあるのは、こうした日常や人生の一場面の切り取り方と視点、その事実や過去に対して、感情を入れすぎずに、淡々と描写を重ねていく距離感にあるのだと感じます。
収録作品は全8編。表題作の『月下美人』は太平洋戦争時に逃亡兵となった菊川という男と、その菊川を取材し作品を書いた"私"の交流を描いた短編。
吉村さんの小説の中に『逃亡』という作品があり、この小説の中でもそのタイトルが出てくることから、恐らく実体験が元になっていると思われます。
戦後、逃亡兵として秘密と罪を内に抱えたまま、人生を過ごしてきた菊川。それが"私"と出会い、自身の体験を話した後から徐々に落ち着きをなくし、そして自ら過去に飛び込むようになっていきます。
"私"の取材によって菊川の人生を狂わせてしまったのではないか、そんな不安であったり、後悔であったり。そんな取材するものとされるもの、そして"私"の作家としての業を静かに見つめる作品でもあります。
そして年に一度しか花を咲かせないという月下美人と、菊川のたどり着いた場所との絡め方は、一つの芸術作品のようにも思えます。感情を差し挟まず、描写を積み重ねることで読者に行間を読ませる。そんな吉村さんの真骨頂な短編だったように思います。
『甲羅』は"私"が作品執筆のためにもらってきた沢蟹の顛末を描く短編。ちなみにその沢蟹が必要となったと思われる短編も、この本の中に『沢蟹』というタイトルで収録されています。
もらってきた沢蟹を家で飼うことになった"私"の家。また一方で"私"の親戚が結婚することになり、結婚した姪もその沢蟹をもらって帰るのですが……
沢蟹の習性と、新婚の姪の家に漂う不穏な空気。それぞれの暗示のさせ方が、本当に上手くて惚れ惚れします。これといった強いオチがあるわけでもないので、エンタメを期待されると困るのですが、一種のほろ苦さというか、人生の影というか、そういうものを何気ない風景や、どこかにありそうな日常と重ね合わせて、描き切った短編のように思います。
人生の影という点では『秋の虹』という短編も印象的。人生での病気の体験から20代から定期的に検診を受けるようになった"私"。そんな”私”には佐伯という友人がいて、その佐伯も年に一度の検診を習慣づけています。そんな私や佐伯を、他の友人はエライといいつつも、どこか呆れているようで……
どれだけ検診を受けていても、それは病気で死ぬ可能性を減らすにすぎない。事故も起こるし、検診を受けていても病気になることもある、そして中には……
"私"が医者とのやり取り、ポリープの除去手術、そして、最後に起こる事件を通して、生と死についてあてもなく思いをめぐらせる。なんとも言えない余情を残す短編になっています。
"私"の終戦直後の父と父の死のことを綴った『欠けた月』『冬の道』も色々なことを思わされます。
戦後の混乱期で命の危険があった父を看てくれる医者が見つからず、途方に暮れる"私"を描いた『欠けた月』は、打算的な人の面と、一方で人間捨てたものじゃない、とも思わせます。
そして『冬の道』で描かれる父の死と、私の孤独感。さらに戦後の資材不足のため、棺やそれを燃やす燃料もできる限り自分たちで用意しなければならないという状況も、吉村さんは感情を入れすぎず淡々と描きます。描かれることのなかった"私"の感情は如何様だったのか、ふと考えてしまいます。
どの短編も基本的には影の色彩が濃く「それ面白いの?」と聞かれたら「いや、そういうわけではないけど……」と、少し答えに詰まってしまいます。
でも、淡々と描かれる詳細な描写の行間には、たくさんの感情や思いが隠れているようで、それに少しでも触れたいがために、自分は吉村昭さんの文学を読んでいるのだと思います。 -
終戦後目眩く変貌した日常を過ごした人たちの死生観について、多く綴られている。
繊細で且つうまいなあ、と思わされる文章でした。
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