三陸海岸大津波 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2004年3月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784167169404

みんなの感想まとめ

地震や津波の恐ろしさを深く考えさせられる本であり、過去の津波の記録を通じて自然の猛威と人間の無力さを描いています。著者は三陸海岸の人々の生活に密着し、実際に津波を経験した人々の声を聞くことで、リアルな...

感想・レビュー・書評

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  • 再読。
    地震、津波の恐ろしさを改めて考えます。

    この本は1970年刊行。
    吉村昭氏は三陸海岸沿岸の海と人々の生活の関わり様が好きで、頻繁に訪ねていたそうです。
    執筆当時、吉村氏は明治29年の津波を体験した人に直接会い、また昭和8年の津波で大きな被害を受けた岩手県田老町で、当時小学生として作文を書いた複数の人に話も聞いています。

    吉村氏は2006年に亡くなっているので2011年の大震災は知らない。そのことがより一層、記録資料としてこの本がどれだけ貴重なものであるかと思います。

  • 明治29年、昭和8年、昭和35年の津波についての、残された資料の解読や体験者への聴き取りによる、津波前後の状況や被害の実態などの記録。

    2011年の東日本大震災を含めると、平均して30年から50年間隔で大津波が起きていることになる。
    初版は1970年。明治29年(1896)の津波を体験した生存者はわずかで、この年の津波については主に残された資料や被害の様子を絵画で表した「風俗画報」からまとめられている。当時三陸海岸の各村は交通網が未整備で救援が遅れたため、被災者の飢餓状態はひどかった。決して大げさな表現をしているわけではないが、その悲惨さは信じられないほどである。

    昭和8年の津波は3月の夜明け前で、東北ではまだ気温が氷点下になるほどの寒い時期である。明治29年の津波を体験した者はかなりいたが、天候が晴れの日と冬には津波が来ない、という言い伝えが広く信じられていたため、地震の揺れを感じた後も再び布団に入り、逃げ遅れた者が大勢いたという。さらに津波から逃れても、氷点下の気温に濡れた体が耐えられず凍死するものも多かったようだ。当時の様子は地元の小学校が文集としてまとめており、幼い子供があるがままに記録した文章はリアリティがあって苦しくなる。

    昭和35年の津波は、チリ沖で起こった地震の津波が時間をかけて到達したもので、日本列島に強い揺れが見られなかったため、気象庁も津波の警報の発信が遅れてしまった。津波がやってくるのを見た者は「海水がふくれ上って、のっこ、のっことやって来た」と表現しており、得体のしれない恐ろしさを感じる。

    3度の津波は甚大な被害をもたらしたが、死者数、流失家屋数とも時代を経るごとに減少している。明治29年、昭和8年で最大の被害を受けた田老町は、被害防止のために、万里の長城にもなぞらえられるほどの大規模な防波堤や、高台へ避難する広い道路、避難設備などを整備し、定期的に避難訓練を行った結果、チリ沖地震の津波では死者も家屋被害もなかったという。
    2011年の東日本大震災の際、田老町はどうだったのだろうと気になって調べてみたら、防波堤は一部が津波によって破壊され、166名が亡くなられていた。防波堤があるから、と避難せず自宅にとどまったり、いったん避難したものの再び引き返した方がいたとのことである。自然災害に万全の備えというものはないということを痛感する話であるが、それでも日ごろからの避難訓練が功を奏し、多くの住民の生命が救われた。

    大きな恵みをもたらすと同時に、恐ろしいほどの力で多くのものを根こそぎ奪い取ってしまう海。日本という災害大国で暮らすためには、このような記録をきちんと残し、記憶に刻み付けて日ごろから備えていなければいけない、ということを改めて感じた。

  • 事実が淡々と書かれているところがいい。三陸海岸の自然やそこに住む人々の暮らしが好きって著者が話しているところも好感が持てる。
    チリ地震津波について被害があったことは知っていたけど実際の様子は初めて知った。私自身は自分の地域にも他の地域にも知り合いの古老となる人はいないので、たとえ悲惨なものだったとしても過去にあった体験を教えてもらえる話は有り難い。明治、昭和の三陸地震の住民の声を基に短かめにまとめられていて被害の様相を比べながら読んでいくのにも分かりやすくてよかった。

    嫌な予感がして起きるんだけど「冬の日や晴れてる日は津波はこない」という迷信を信じて、それで安心してもう一度眠りにつく部分もとても気持ちが解る。
    真夜中だし暗いし寒いし明日もあるし、と思うと実際やりかねない。そして普通にありそうな行動一つで生死が決まってしまう。

  • 知らなければならない。知って正しく恐れなければならないことがある。
    南三陸海岸大津波。
    この言葉ですぐに思い出すのは衝撃的な3.11の圧倒的な自然の猛威とそれによってもたらされた甚大な被害。
    あれだけでなく、過去に幾度となく襲ってきた津波。そしてその度に壊され失われる家や船やひと。人間関係や仕事。
    自然の激しさと人間の無力さを痛感しながら、それでも生きる、その土地を選び生き抜く人々の覚悟に言葉を無くす。
    記録文学の持つ力をまざまざと感じた。
    昭和の桃の節句に襲った津波を生き抜いた子どもたちの作文が胸を打つ。
    日本人として必読の書のリストがあるとしたら、必ず入れなくてはならない一冊だと思う。

  • 過去400年の間に南アメリカ大陸での地震に起因する津波が九例もあるとは。驚きである。地震もなく突然襲う津波なんて。

  • 吉村昭さん、好きです♪

    我が身の無知を恥じ、
    自然の驚異を改めて感じ、
    何度も何十回も津波に襲われた三陸沿岸の地の人々へ想いを馳せ、

    ソレと闘ってきた行政及び現地の人々の努力に心打たれた読書となった。

    三陸に縁の無い身であっても、一読の価値がある一冊。
    友人・知人にも薦めたい一冊。

    ★4つ、9ポイント。
    2019.11.26.古。


    ※文庫後半で紹介された、防災対策最先端・住民の防災意識も最先端な田老町。「3・11」の際にはどうだったのだろう…検索してみねば。

  • もともと1970年の本だが、私が読んだのは2004年の再文庫化版。

    東日本大震災により津波の恐ろしさに対する認識は一挙に改まったが、別に過去に恐ろしい津波の被害がなかったわけではまったくない。1896年の津波は死者約2万6千名、1933年の津波は死者約3千名、1960年のチリ地震津波は死者約100名。チリ地震津波は規模が小さいとはいえ、警報や堤防などの対策により津波の被害を軽減できているようにも見えたのかもしれない。しかし2011年の津波は1896年に匹敵する犠牲者を出した。それを踏まえて読むとあらためて慄然とする。

  • 震災後に話題になった。
    「吉村昭氏に先見の明があった」とも言われるが、決して警鐘を鳴らすために書いたわけではない。
    三陸海岸が好きだった筆者が、一旅行者として、一つの「地方史として残しておきたくなって」書いたのだ。

    結果的には、これを読んだことで救われた命があったし、読まなかったから失った命もあろう。
    自身も今読むと、そうだよなあ、納得できるけど、3.11前に読んだらどう感じたろうか。
    4度の津波を経験した早野幸太郎氏の「津波は必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちはいろいろな方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」という言葉が虚しく響く。

    結びは「私は、津波の歴史を知ったことによって一層三陸海岸に対する愛着を深めている。屹立した断崖、点在する人家の集落、それらは度重なる津波の激浪に耐えて毅然とした姿で海と対している。そしてさらに、私はその海岸で津波と戦いながら生きてきた人々を見るのだ」
    とある。
    三陸の人々はこれからも海と戦って生きていくのだろうか、それとも海から離れて生きるのだろうか
    今の姿を見て吉村氏はどう思うだろうか。

  • 3.11からもうすぐ8年...。東日本大震災以前の津波被害について、丹念な調査によって明らかにされている本書は、風化しつつある今だからこそ手に取って欲しい。
    実際に津波を体験した方々の語りや作文は、当時のことを生々しく表現されており、過去の過ちを明らかにし、現代への警鐘にもなっている。

  • これは正に、つい先日目にしたあの鳥肌のたつ光景そのものだ。

    被災の地では、あれから少しも変われていない人が多くいると云うのに、あの怒涛の災害を、あの災害で思い知らされたことを、あの災害でコントロールできなくなった原発のことを、当事者能力のない人たちが未だに壊れた原発を管理している振りをしていることを、日本全国、忘れようとしている。何とかミックスだのオリンピックだのの目眩しにあって。

  • 読もうかどうしようか、ずっと決心がつきかねていた。

    しかし、図書館の棚にふとこれがあったのと、先に読み出していた文藝春秋臨時増刊号「3・11から1年 百人の作家の言葉」の中の座談会で、参加されている荒谷栄子さん(宮古市田老第三小学校校長)の言葉が印象に残っていたのとで、手に取って読み出した。
    読み出したら止まらなくなった。

    いつの話かと思う。まるで昨年の津波の話のようではないか。
    この「三陸海岸大津波」が書かれたのは、1970年。40年前である。その時点での過去の大津波ー明治29年、昭和8年、昭和35年について、文献や証言から状況をたどっていく。
    証言の内容、明らかになっていく「その時」や被害の様子は、まるで昨年の津波と同じようなのだ。

    三陸は津波の被害を受けやすい条件が揃ってしまっており、3度もの大きな被害を受けてきている。その度に人々はその経験と教訓を生かし、防潮堤や堤防や避難訓練や高台への道を作るなどして津波に備えてきた。

    前出の荒谷さんのお母さんは、小学生の時に昭和8年の津波から逃げており、その作文がこの「三陸海岸大津波」に掲載されている。母親になって娘の荒谷さんに津波の怖さを語り続け、「津波に勝とうと思うな」と語ってきた。

    読む限り、人々は過去の教訓を生かそうとし、津波に対する諦めもない。
    それでも。
    それでも、津波はそれを超える。

    吉村明は、「三陸海岸が好きで何度か歩いている」と言い、「私を魅了する原因は、三陸地方の海が人間の生活と密接な関係をもって存在しているように思えるからである。」と言う。
    しかし、「津波は自然現象である。ということは、今後も果てしなく反復されることを意味している」とも言う。

    自然に勝つことも、自然を飼い馴らすことも、人間は出来ない。
    でも、どうしようもなくその自然と共に生きている。生きていくしかない。
    40年前のこの本に、自然への畏敬と、たくさんの教訓がある。もっともっと畏敬し、もっともっと教訓を生かしていくしかないではないか、と思う。

  • 昭和45年発刊。明治29年、昭和8年の三陸海岸沖地震、昭和35年のチリ沖地震の大津波について書かれている。大津波の特徴、当時の発生や被害状況、三陸海岸に住む人々の作文などを紹介している。ただ回数を重ねるごとに被害は小さくなっているという記述があるので、大津波に対する恐怖心、警戒心を持たせる説得力を失ってしまうのが惜しい。

  • 明治から昭和にかけ三陸海岸を襲った三度の大津波の記録小説。
    著者の綿密な取材力が伺え、淡々とした描写が史実の有り様を際立たせているように感じました。
    初版が1970年とのこと。3.11を知る今、「自然は人間の想像をはるかに超える姿をみせる」という一文は痛切でした。

  • 明治29年の大津波体験者にもインタビューを試みている貴重な記録本。執筆当時(1970年)は心強く思われたであろう宮古市田老地区(旧田老町)の大防潮堤も、2011年には津波を防ぎきれなかったのを見るにつけ、人間の想像力をはるかに越える自然の力を改めて思い知る。筆者が最後に警鐘を鳴らしていた通り、再び同じ悲劇が繰り返されてしまった…。夫が知ることのなかった東日本大震災の後、遺志を継いで執筆された津村節子さんの「三陸の海」も読んでみようと思う。

  • 2019/11/11記。台風19号の被害から1ヶ月が経った。東北は毎年のように災害に見舞われている。
    2011年の東日本大震災の記憶も生々しくあるなか、私たちはどのように自然災害に向き合わないといけないかを考えてる中、この本に出会った。
    さすが吉村昭先生。

    本書の第一版は2004年。

    明治29年、昭和8年には三陸沖地震からの大津波、昭和35年にはチリ地震による津波と、太平洋側の東北地方は大きな被害を受けた。当時の人々の証言や記録などから、被害の状況を克明に表している。
    子どもの作文や感想が、とても印象的だ。

  • 初版:1970年(中公新書)。1896、1933、1960(チリ地震)の3回の大津波について、被災者の作文や聞き取り調査などから記録したもの。この3回すべてを著者の手法で取り上げる機会は、これが最初で最後だったのだろう。被害が軽減していくことへの著者の期待が適わなかったことが、何ともやりきれない。

  • 今までに吉村昭氏の作品をいくつか読んだが、この本は少し趣を異にしている。明治29年、昭和8年の大津波の時の証言、記録を丁寧に記録している。

    記録であり、読者がのめりこむようなストーリー性は無いため、氏の作品の中ではマイナーの方に分類されているのだろう。

    過去から学ぶために本書は貴重と思うとともに、自然は人の想定を軽々と越えていくものであることを3.11で思い知った。とはいえ将来も必ず発生するだろう津波、それに対して過去のことは学んでおく必要はあると改めて思う。

  • 明治昭和と三回襲った三陸大津波の記録。ここまで頻繁に壊滅的被害を受けても復興し続けるのは三陸の地味の素晴らしさか。
    そして、ここまで研究が進んでるのに平成の津波の被害を抑えられなかった正常系バイアスの怖ろしさよ。

  • 震災は、忘れた頃にやってくる
    この本を読んでて、この言葉を何度も思い出した。
    二階にいれば大丈夫、今は冬だから大丈夫、30分待ったから大丈夫、揺れなかったから大丈夫…
    黒い津波が「のっと」出てきた、家が「めりめり」と割れた、擬音に不気味さと恐ろしさを感じた。そしてまたこの大津波の被害に新たな1ページが加わってしまったことを悲しく思う。

  • 明治29年、昭和8年、昭和35年と、三たび大津波に襲われた青森、岩手、宮城の三陸海岸。当時の人々の貴重な体験や詳細な資料に基づき再現した驚愕の一冊。
    自然と闘いながら、過去の被害を身体的教訓として血肉化させていった人々の逞しさが溢れてくる。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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