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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167192426
みんなの感想まとめ
人間味あふれる俳諧師の生涯が描かれ、彼の複雑な人生と情熱が深く掘り下げられています。極貧の中で生き抜いた一茶は、数々の俳句を通じて自己表現を行い、交流や支援者との駆け引き、さらには遺産相続におけるした...
感想・レビュー・書評
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一茶は、晩年になってあの飾り気のない野の俳人になったのだろう、それまでの知られざる記録。
藤沢さんの「一茶」は、自分の経験をだぶらせつつリアルな史実を織り交ぜて書き上げた渾身の作だ。
自身の若い頃の挫折感を常に一茶に見ている、そして厳しいながら深い共感をもって書いている。
他の藤沢作品にある、恵まれない運命や境遇にある主人公に向ける心が、「一茶」という人の生涯にも共鳴している、
全編にわたって、事実を踏まえた想像力豊かな作品で、悲惨で運命に対してあがき続けた一人の「風狂の人」が生き生きと著されている。
一茶は義母と折り合いが悪く、15歳で江戸に出されたが。勤め先も長続きせず、一日の食べ物にも事欠き、住むところも決まらない生活だった。その頃流行した戯れ歌作りでしばしば賭け金を取ったことで俳句の才能があることに気がつく。
江戸で一派を作り、名を挙げ、庇護者を得て暮らしを立てようと志す。しかし育ちや生き方は作品とは別物といっても周囲はそうは思わない、俳諧という作り物の世界も、芸という意味では一部の師匠の牛耳る狭い世界で、中に入っても一茶はつねに変わらない扱われ方で、やはり原因は出自の貧しいところだった。
句作に興じる人たちは、富裕な生活の慰みだったり、既に名のある人の門下だったりした。
一茶はその中で苦悶し、あがき苦しみやがて年が過ぎていく。
芭蕉や蕪村に倣い、周りの宗匠たちにも見習い、少し江戸で名が知れたことを頼りに、地方をめぐって草鞋銭を稼ぐことにする。
句会に出て指導して宿を求め、漂白の旅をすることで月日を埋めていた。鄙びた旅先でも少しの自尊心は満足し、そこから江戸に名前が伝わるかもしれないという考えがあった。
だが求めた俳諧の世界で、思うように身を立てることは叶わず、ついに帰郷する決心をする。
15歳で出て行く息子を哀れんだ父の遺言書をかたに家を守ってきた弟と相続を争う、お互いに貧しい生活だった。無慈悲に感じつつも争いに勝ち、そこで落ち着くべく妻帯し子供をもうける。しかし体が弱かった妻も子も次々に死に、次に迎えた三度目の妻に見とられるまま老境に入る。
故郷に帰り俳諧を日々の糧にした。江戸にいた頃、真剣に句作について語り合った友もなくなっていったが、一茶はその頃になって、次第に自分の句を自己の思うままによみ、それを受け入れるようになっていた。そういう気負わず身近に目を向けるようになって今に伝わる秀句が生まれた。
今の「一茶像」に近づいた。
我ときて遊べや親のない雀
青梅に手をかけて寝る蛙哉
生涯で2万句を作ったという。自然や生活や、思いをこめた句は、中央からは貧乏心を抜け出せない、貧しい暮らしを読んだ卑しいところのある歌のようにいわれ、一茶はそれに対するように、ひがみや諧謔や悪口まで句にしている、それでも今読んでみると自然派、野の詩人として飾らない詩心が返って強く胸を打つ。
「風狂の人」というのは俗世を離れて風流に身を任せ、身寄りや故郷を省みない、自分の求めるところに向かってひと筋に進んでいく人だと思っていた。
私のわずかな知識だと「西行」や「北斎」「芭蕉」。
「風狂の人」とは西行のように風流を求め歌の道を究めるために旅に出た人だった。彼は恵まれた家の出で、努力の結果とはいえ都で貴族の中にも入り帝にも認められた。歌の道を求めて家族を捨てた漂泊の旅だったが、常に政治にかかわり世を正すと言う目的もあった。
「北斎」は絵に狂った人だった。90歳(実88歳)で亡くなるときに、まだあと十年あれば絵は完成すると心を残して死んだと言われている。
だが一茶はただ一日食うために、明日を生きるために俳諧を手がかりに這い上がろうとした。力尽きようとしたとき、彼はまた生きるために立ち、故郷に頭を下げる醜い相続争いも辞さなかった。
藤沢周平の中で「一茶」は一人の人間となって息を継いでいる。
藤沢作品は風景描写も美しい、信濃の空は一茶の境遇を照らすように模様を変えて読者を導く。
風の息づかいにふれる瑞々しい初夏、雲も重い冷え込む秋、冬は雪に閉ざされた閉塞感に行き場のない思い、自然を感じる鮮やかな文章に常に引き込まれる。
「芭蕉」は辞世の句で,旅に病んで夢は枯野をかけ廻る、
と 詠んでいる。風狂の人は旅をして旅の中で死ぬのか、死ぬ間際まで旅を思うのか、それが名声を得たあとでも、あがき苦しむ運命の中であっても、一筋に生きた人の重みを感じる。「一茶」の読後は何か重たい。名作。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
俳諧師、小林一茶の生涯。数々の作品とともにその生涯が作者の解釈で綴られる。とても生々しく、人間くさい一茶の生涯はほぼ極貧生活で占められていたと言うが、読み手としてはその才能が認められる描写を心待ちにしながら読み進めてしまう。素丸、元夢、露光等との交流や支援者との駆け引き、相続争いでの狡猾さなどの見所もあるが極貧の中での心情が中核を成していて興味深く読んだ。晩年に3度も嫁を娶ったところなどは時代背景やめぐり合わせもあっただろう。2万以上とも言われる俳句を紡ぐ情熱についてもっと沢山読ませて欲しいと感じた。
本当に分かりやすくくすりとさせる俳句が挿入されており機会があれば一茶の編んだ句から好みのものを探してみたいと思った。 -
小林一茶、欲望に素直に生きた方だったのではないでしょうか。嫉妬や自己顕示欲、人間の本性である。
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小林一茶の生涯。
まず、知り合いや、知り合いのつての家から家へと泊まり歩いて、食事をごちそうになり宿を得て、かつ、餞別を受け取って暮らしていくっていう生活の形があることに驚き。生きていくために、何年も、てくてく日本中を歩く。
一茶について。一茶は、畑仕事が性に合わず、義母とそりが合わず、一人江戸を転々。(ちょっと遠慮しちゃいそうなところも)「遺産半分」の遺言書を手に、したたかな手口できっちり取り分を取得するなど…、
全体から、「自分の身は自分で守らないでどうする」「恥がなんだより生きていかなくちゃならない」精神を感じました。
50歳を過ぎて故郷に戻ってから、順次3人の妻を迎えるも、なかなか長く安定が続くことがなかった。それでも、一茶の死後に生まれた子どもは生きて大人になって、4人の子をもうけたという史実を知り、一つの願いがようやくかなったのか、と読後、やや気持ちが救われます。
藤沢周平に目を向けると、たしかに読んでいると心が洗われて名文を書けるような気分になってくるような。
小さい子を育てる女性のようすとか、様式は違えど今も昔も変わらないな、と思いました。 -
生涯で二万もの句をひねった一茶の生涯。
小さきものに句を託した俳聖かと思いきや、小さい頃の奉公に出されたことを引きずった、俗にまみれた中年という感じが強かった。
藤沢周平の美意識にはそぐわなかったのかもしれない。 -
俳人小林一茶の生涯を描いた作品。
今まで一茶の俳句の作品をいくつか知っていましたが、そこから感じる弱いものへの優しさが自分なりに好きでした。
そこから自分の勝手な一茶の人物像を想像していたのですが、この作品を読んでかなりその人物像のイメージが変わりました。
俳人として生きていくための必死さや遺産といった世俗の問題にあくせくする姿など、かなり人間臭い一茶が描かれていました。
そういう意味では、自分と同じ一人の人間なんだなあと改めて感じました。
彼の作品の感じ方が今までより深まった気がします。 -
久しぶりに本をゆっくり読んだ。ずっと貧乏でずっと僻んで。いつか変わるかと思ったけどそんなにも変わらず。そこから生まれる軋みみたいな声が生々しい作品となって残ってる。
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何が言いたいのかよく分からなかった…ちょっともう本読めなくなったのかもしれない(泣)
ただ、基本情報とか時間の移り変わりとか人の関係性の描写が少なすぎて、この人だれ?いま一茶何歳?どこにいて誰と何してる?が最後まで分からなかった。
最後の数ページが怒涛の感情「ぐぃーん」(締め付けられる)だった。 -
『三屋清左衛門残日録』など江戸時代ものが結構好き。ただ必ず出てくる老人の性欲の話は正直苦手。でもそこまで含めてのリアルなのだろう。一茶の一生はどこまで行っても花のない生だけど、そこで生まれた俳句はリアリティが溢れている。楽して食べて行こうと始まったかに見える俳諧人生がいつしか本物になった。貧しさ恵まれなさゆえに卑屈で嫌になる事もあるけれど、その人生でなければ生まれなかった芸が今世にも残っているのだから凄い。
覚えやすくて可愛い。なんていうイメージしかなかった小林一茶、人生は貧しく不運な俗世的な詩人だった。天才という言葉すらチープに感じる。 -
藤沢作品はほぼ読んでいるのだが、なぜが未読だった作品。小林一茶、なかなか過酷な人生だ。巻末の解説にあるとおり、藤沢さんとの共通点が感じられる。それは、さりげなく自然体ながら非凡な魅力。藤沢さんが数少ない伝記小説に一茶を選んだ理由が分かった気がする。味わい深い自然描写も堪能できた。
「明け方から昼近くまでひとしきりに雨が降って、道ばたの草がまだ濡れていたが、空には降り足りないような雲が右往左往していた。雨は梅雨のはしりかも知れなかった(p107)」 -
一茶のイメージを覆す。が、意外な姿を暴露して喜ぶ話ではない。後世に名を残す俳人の身悶えするような、生きる哀しみの物語だった。
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一茶のイメージを覆す。
貧困と文化の違い 俳諧に対する考え 実業とすることに対する考え方の違い
環境との摩擦を痛く感じながら生きた一さを描いている。
悲鳴や逃避や挑発は気持ちがいいものではないが。いきるための必死さがそこにある。 -
幸せになってほしい と誰でも主人公に対して思う気持ちってあると思う。
弥太郎に対してもそうだったけれど、一茶になってからは一層そう思った。
一茶にとって俳句は生きることそのもの。
常に俳句と共に歩んでいた。
でも「人並み」の生活にも憧れていた一茶。
初めて嫁を貰えるとわかったその場面で
「これで人なみじゃ」
と言ったところはもう泣けてしまった。
そして最期は、ごくらくじゃ。
高名な俳人にも、人なみにも憧れていた一茶。
どちらも中途半端ではあったけれど、そのおかげでたくさんの句を詠むことができたのかなと。
そう思わせる本でした。
褒められもしないのに挫折を繰り返しながらも、ただ一つを夢中で追い続ける人生を送る人って、いったいどれだけいるんだろう。 -
読みやすい文章という点でまず★5。
読みやすくはあったけど、好々爺と勝手にイメージしていた小林一茶はイメージと正反対の人物で驚いた。そして、この物語は最後まで決して読者を楽しく酔わせてくれるものではなく、人生は一筋縄ではいかず、俳人一茶も全然、聖(ひじり)感はなく、史実なだけに人間終いにはこうなるのよ、と説教されてるかのような自分の今後も覚悟させられるような心持ちで、当然、これは読んで良かったと思う。
句もろくに知らないのに、先にその人を知ってしまうのはどうかとは思うものの・・・
江戸で一端の業俳として生きていくことに焦がれながら、毒を吐きながら、なんともスゴイ肉親との財産争いもありながら、平凡な幸せにはやはり倦んでしまう一茶。いいおじいちゃん、ってな人ではなかったので、やはりある種の固執は結局は自分に返ってくるのかと思ったりで、アーティストの人生ってものは先に作品を知るべきだと思った次第。取り組み方としてよくなかったかも、な読書でした。
時代物の映画、テレビ?でお世話になってますが氏の作品は初めて。
文章は完結で読みやすく、章ごとに区切られているけど、章には名前も番号もなく、そして、章が変わるとぐっと時間が流れているのが印象的でした。
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私でも知っている江戸の俳人・一茶。本書で出てくる成美、道彦、蕉雨など当時の成功者とのコントラストが凄まじい。継母との不仲から江戸に奉公に出ざるを得なかった少年時代。しかし奉公は続かず、露光に俳句の才能を見出されて、俳諧師の道を歩み始めるが、結局は大成せず。故郷・柏原に戻るにも、腹違いの弟と継母との財産争いを起こす。ある意味、人間臭い一茶の生涯。露光や、先人である芭蕉のように旅に死ぬ覚悟を持てなかった普通人なのに俳聖という稀有な存在だった。今まで読んだ藤沢作品とは一味違う読後感となった。
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