美貌の女帝 (文春文庫)

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レビュー : 36
  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167200176

作品紹介・あらすじ

その身を犠牲にしてまで元正女帝を政治につき動かしたものは何か。壬申の乱から平城京へと都が遷る激動の時代、皇位を巡る骨肉の争いにかくされた謎に挑む長篇。(磯貝勝太郎)

感想・レビュー・書評

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  • 元正天皇を主人公に据え、その少女時代(ひめみこ氷高)から、
    生涯を閉じるまでが描かれます。

    この本を読み、この時代の権力の争いは、蘇我氏の血と、
    中大兄皇子を補佐した中臣鎌足からの藤原氏の血との、
    皇位継承争いなのだと知りました。

    この時代に詳しくないため新鮮な驚きをもって読みました。
    この本を読んだのちに、別の本で日本史の通史概説を読みましたが、
    ここに描かれている経緯はほぼ、史実に沿っているようでしたので、
    大変勉強になりました。

    持統天皇、元明天皇、氷高の妹・吉備、軽(文武天皇)、長屋王、
    藤原不比等、不比等の四兄弟・武智麻呂、房前、宇合、麻呂、
    県犬養橘三千代、光明皇后、聖武天皇、橘諸兄…、
    さまざまな人物が登場しますが、わかりやすい文体で丁寧に描かれています。

    特に、長屋王に興味が湧きました。
    藤原四兄弟に一家諸共謀殺されますが、元正天皇の立場で読み進めるので、
    長屋王の変は無念で歯痒い気持ちで迎えました。

    薬師寺の薬師三尊像なども登場し、
    その時代のものが現在まで遺っていると思うと、
    感慨深いです。

  •  著者が殊に着目し讃美する女性の一人を据えた本作は、古代の政治ドラマとしてだけでなく、王者の苦悩に垣間見る日本人の精神史の一角に連なるものとしても興味深い秀作。
     主人公は日本初の未婚女帝・元正天皇こと氷高皇女。
     辣腕の印象強き持統天皇を除けば、お飾りとしての中継ぎ程度の認識しかされない古の女帝の中でも、とかく影の薄い彼女の位置付けを見直そうとする試みは、実に知的好奇心を擽られる。
     元正の身辺の検証は「新・歴史をさわがせた女たち」「悪霊列伝」でも詳しく取り上げられ、併せて読むとより理解しやすい。
     母帝・元明天皇や妹の吉備皇女はもとより、キーパーソンとなる男たち、長屋王・聖武天皇・不比等を始めとする藤原一族らを交えた確執の見応えは、不謹慎ながら歴史物好きの血が疼く。

     古代から平安に至るまでの治世は決してワンマンによらず、身内の女性をパートナーとする連携システムを築いていたとの視点から、天皇宗本家を抱え込んで根を張り共同統治の担い手となってきた、蘇我氏出身の女たちの自負と魂の傷を浮き彫りにしたのが、本作の最大の見所。
     百五十年もの間、後宮を独占し『皇の母胎』として代々続いてきた血族の矜持と奮闘を、史料の下に潜む駆け引きや万葉集の歌の裏から読み込む力量を称えたい。
     女の血統から日本史を俯瞰する作業は、想定以上に刺激的で意義のあることではなかろうか。
     古代の家族形態において、『家』は女から女へと伝えられる。
     飛鳥浄御原令から大宝律令、藤原京から平城京、外交路線の転換・人事問題も含め、他の世紀に洩れず、そこには熾烈な抗争とどろどろとした生身の人間模様が展開する。
     何より焦点として、一つの王統の絶滅が秘められる。
     蘇我系の純血ロイヤルファミリーと藤原一党の息詰まる睨み合い。
     位階制や官制の改革・遷都計画・大官大寺焼失などに見る不比等の狡猾な策謀ぶりは、敵(?)ながら天晴とも言いたくなる程。
     着々と手堅く既成事実を積み上げることで権力と人心を掌握する、怪物政治家の名に相応しい。

     対し、全身全霊で対峙する女帝たちの心意気も素晴らしい。
     “政治はつねに妥協である。妥協しながら、要は最後に何をかちとるかだ”とは著者自身の見解かもしれないが、ずば抜けた才覚に限らずとも、肉親の相克を背負い人間の信と不信の海を果敢に泳ぎながら得た視角でこそ闘う、彼女らの姿はとてつもなく眩しい。
     奈良への遷都において、孤立よりは誇りある妥協を選んで演じきる元明の思いに、胸が震えた。
     “たとえ首に縄を巻かれ、引きずられての遷都であるにしても、その縄を人々に感づかせてはならない”――。
     己の敗北すら醒めたまなざしで眺める母帝の血が、元正にも受け継がれている。
     進むだけでなく、時に退き、退くと見せて押す。
     柔軟な対応を巡らせる静穏な美帝は、まさしくしなやかな細身の剣の様。
     そして、元明が死の直前に生命力を振り絞って遺した、言葉の仕掛けの見事さ。
     蘇我の女としての意志と母親の情に引き裂かれながら、太上天皇としての周到な政治的配慮の行き届いた発言。
     この母にして、この娘あり。
     王者の威厳は、苦難の場面においてこそ、より輝かしく発せられる。
     誇り高い敗北。
     頽勢においても、命を賭して活路を求める気迫。
     そうして蘇我の女として、元正は栄光を継承し、妹の吉備は血筋を継承した。

     また、政治家としての彼女たちの苦闘のみならず、女としての細やかな情愛の描写も見事なもの。
     稚い頃の少女が口にする「恋」「愛」の言葉の真面目さと一種の滑稽さをさらりと綴られたりすると、上手いなあと思う。
     後に妹婿となる長屋王に対する心情の変わり目の節々も、聴覚・視覚の揺れを通しつつ、さりげなく組み込むのが鼻につかない。
     身も立場も交わらぬまま、深く結ばれた元正と彼との見えない絆。
     婚姻に限らぬ形で離れながら、それでも確かに二人は心を通わせ、互いを支え合うことで廟堂を生き抜いてきた。
     彼らの寡黙な意思疎通を見るに、長屋という人物に対する純粋な関心も否応なく高まる。
     元正への愛情を、政界での献身と奉仕によって昇華し続けた、想いの複雑さ。
     それは歳を経るごとに、屈折どころかより純粋なものになっていったのではないか。
     藤原氏の陰謀の渦に自死へと追いやられる瞬間にも、毅然とした気品の裏で、心底愛した女を独り遺してゆく苦渋もがあったに違いないと。
     そして、防ぎきれなかったかつての恋人の死を、静かな面持ちで追悼(おく)る元正の胸中。
     “いま泣き崩れるくらいなら、私はとうの昔に気を狂わせています”――。
     妹一家の滅亡後も、無闇な歎きの中で朽ちることを良しとせぬ悲壮かつ凛とした姿勢が神々しい。
     蘇我系最期の女としての役割を演じきったその生涯を境に、時代は新たな幕を迎えることになる。
     愛よりも凄まじい試練の中で培われていった、彼女の心の勁さ。
     女を逞しくするのは恋だけじゃあない。
     この辺の匙加減は女性の作者ならでは。

     また、罪悪感と恐怖に心身を蝕まれながら放浪する聖武が体現するのは、皇統における負の精神史。
     自ら心を呪われた王者の憐憫は、哀れを通り越して奇妙な漂泊感すら感じさせる。
     支離滅裂な言動の異様さも、精神の荒廃ぶり以上に、救済へのひたすらな渇きを映し出す。
     絶対的な孤独と不信と懺悔の只中で崩壊しゆく心を抱えた有り様は、卑小に生々しく一個の人間性を露呈させる。
     その頂点となる、終盤の一場面。
     紫香楽の甲賀寺にて、元正が目の当たりにした光景。
     戦慄と、やりきれなさ。
     この風景の示す寒々と重い壮絶さは、ぜひ直接体感してもらいたい。

     総じて自分が永井作品に惹かれる理由の一つに、物語の根底にある考察及び文体が甘ったるくない点がある。
     史実上の政治行為を布石の段階から丁寧に解釈し、尚且つ女流作家の得手としての繊細な描写を巧みに交叉させ組み合わせる。
     名の一人歩きの如く後世にも生き続ける人物たちの、栄光とそれを縁取る孤独と鬱屈を、生き生きと目の前に描き出す。
     寂しさから知る、人生の深みと奥行き。
     人間の裡に、人の世に、せめぎ合う光陰の眩しさ。
     歴史物の醍醐味とは如何に『人間』を書きこなせるかだと、彼女の著作に触れながら痛感する。
     無論、こうした創作が一個人の空想の産物に過ぎないと言われても仕方ない面もある。
     けれども史料は、真実の証拠と恣意的な捏造の両面を持ち合わせている。
     それらの行間を埋めるには、冷静な分析と深い洞察、豊かで適切な想像力は欠かせないものだと思う。

  • 持統天皇から聖武天皇にいたる5代の天皇に至る時代を背景に、元正天皇を主人公とした大河作品。王朝物というとなんだか雅な物語と想像するかもしれないけれど、全然違います。蘇我の血統である天皇家。台頭し天皇家に我が血を注ごうとする藤原不比等。
    天皇家を藤原から守ろうとする長屋王。不比等を継ぐ藤原四兄弟。そして、その子である藤原仲麻呂(恵美押勝)。対抗する橘諸兄。宮中はまさに権謀術数や陰謀がうごめき、息もつかさぬ緊張感。屹然とした女帝たちに対し、気が弱く流されやすく、政治を投げ出してしまう文武や聖武。
    この凄まじいまでの世界を、史上ただ一人、女帝から女帝に皇位継承された未婚の美貌の女帝が、毅然として乗り切る姿を描きます。
    いやあ、奈良時代ってすごいんだねぇ。ただただびっくりのスリリングな小説です。
    この版は絶版ですが、今は別に新装版が出版されています。

  • 初めての永井路子女史。大変面白かったです。日本史は好きだったけど、所詮大学受験の知識までだったので、視点が異なるだけでこんなにも世界が変わるのだなあと感じました。
    政治色が濃いので、見事な手腕に鳥肌が立つシーンが多々。

    「すみれ色の翳」という表現がとてもすきです。
    この本が出版されたとき、まだ自分が生まれていなかったと思うと、それもまたゾクゾク。
    2016.08.11

  • 古代においての母系史観は納得だし面白いのになにか引っ掛かる。そもそも蘇我本宗家側からしてみたら、所詮クーデターに荷担した蘇我倉山田石川麻呂の末路は自業自得みたいなもんじゃないかと。そこを無かったかのように子々孫々しれっとされてもなぁ。『そもそも誰が元凶?』そんな感情が最後まで拭いきれずモヤモヤ。

  • 高校生くらいの時に永井路子氏の小説にはまったのだが、久々に取り出してみたら本が黄ばんでいて自分の読書の歴史を感じました・・・。
    本書は、古代史の一つの節目、672年の壬申の乱後に誕生した女帝元正天皇の生涯を描いたもの。壬申の乱で勝利した大海人皇子=天武天皇とその妻持統天皇の孫にあたる氷高皇女(のちの元正天皇)は、幼い頃からその美貌を謳われていたが、彼女の負った宿命は、女としてではなく帝王として生きる道であった・・・。
    藤原氏が次第に台頭してくる時代でもあるが、その影には女たちの孤独な戦いがあった。実際の元正天皇が、もっと潤いのある人生を送っていてくれることを願わずにいられない。ちなみにマンガ「天上の虹」も合わせて読むと作者の捉え方の違いなどが分かって面白い。

  • どちらかというと政治色の強い内容でした。歴史好きには面白いかもしれませんが、ストーリーとしては物足りないかなと思いました

  • 父は草壁皇子,母は阿閉皇女(元明),祖父は天武,祖母は持統,弟は軽皇子(文武)という家系に育ち,持統から蘇我倉山田石川麻呂の血を引き継ぐ天皇の后として藤原氏と戦った氷高皇女(元正)の物語。
    藤原鎌足が最も望んだという,自分の娘と天智天皇との結婚だったのだろうが,その夢を果たせぬまま死ぬ。天智系の皇子大友は壬申の乱で倒れたが,天智天皇の娘持統は天武の后であり,実の父を敵に回し,天武の世となるため共に天武と戦った。それは,天武のためというより,蘇我倉山田石川麻呂の家系を絶やさないため,倉山田石川麻呂の家系の女は天皇の后になるのだという誇り,倉山田石川麻呂を死に追いやった藤原氏への対抗意識からであった。

    氷高は藤原不比等を政敵として戦うことになるが,その不比等の娘を,日高の弟軽皇子が娶ることから,世の中は混沌としてくる。軽皇子は即位して文武となるが,夭折してしまう。その後,後を継いだのが,氷高後の元正天皇である。これまでに例のない,未婚の女帝の即位である。時に三十六歳。最初の女帝推古が三十九歳だったのを除けば,歴代の女帝は全て四十代,それも妻であり,母であった。元正の即位は異例中の異例と言わざるを得ない。

    不比等は政治的な腕力により,政界を不比等色に塗り替えてゆき,元正も都も平城京に移すことを余儀なくされるが,天武・持統の思いでの土地や寺を残していくことは何としても避けたく,薬師寺を平城の都に移すことを条件とした。今,平城京の地に薬師寺があるのも,命をかけて,元正や元正の母元明が藤原氏に移設を迫ったからである。そういった観点から薬師寺を眺めると,また違った感慨がわくというものだろう。

    元正は不比等に対抗すべく,不比等亡き後の不比等の子・藤原房前と対抗するため,氷高と同じく天武を祖父に持つ長屋王とともに立ち向かう。が,房前や取り巻き連中にいわれない罪をかぶされて,自害に追いやられる。長屋王の変である。世は,元正から文武と不比等の娘宮子との子・聖武に移っており,聖武もはじめは房前を筆頭に,藤原氏を頼っていたが,長屋王の崇りとも言われる様に,房前をはじめ,不比等の四人の子は疫病に倒れる。これに恐れをなした聖武は,藤原氏と距離を置き始め,元正との仲直りや,自分の罪を償おうと事実上藤原氏の都である平城京遷都や大仏建立に意欲的に取り組む。

    元正を最後に,石川麻呂の血は絶えることになるが,その誇りを汚すことなく誇りを胸に,元正は亡くなり,聖武と藤原光明子の子孝謙天皇が即位するのである。

  • 女帝といえば推古天皇や持統天皇しか知らなかった私ですが、大化の改新以降、藤原氏の権力攻勢から蘇我の血を守ろうと対決し、敗北しながらも最後まで凛とした元正女帝の姿に感動しました。
    時代の流れには逆らえないところが切なかった・・・。

    今度は藤原側から見た小説も読んでみたいです。

  •  タイトルから予想される物語とはぜんぜん違っていた。
     華やかさがあるものでもなく、女帝時代が長いわけでもない。

     面白いのだが、主人公の元正女帝を示す言葉は「美貌の女帝」ではないんじゃないかなぁ。タイトルがもう少し地味なものであれば、話に入り込めたような気もする。

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