北条政子 (文春文庫 な 2-21)

  • 文藝春秋 (1990年3月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (603ページ) / ISBN・EAN: 9784167200213

作品紹介・あらすじ

伊豆の豪族北条時政の娘に生まれ、流人源頼朝に遅い恋をした政子。やがて夫は平家への反旗を翻す。歴史の激流にもまれつつ乱世を生きた女の人生の哀歓を描く歴史長篇。(清原康正)

みんなの感想まとめ

女性の人生の光と影を巧みに描いた物語で、特に北条政子という歴史的人物に焦点を当てています。物語は、彼女が流人の源頼朝に恋をし、歴史の激流の中でどのように生き抜いていったのかを描写しています。筆致は非常...

感想・レビュー・書評

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  • 北条政子って、すごい女性だったんだと、改めて感じた。

  • 「炎環」が面白かったので、続けて読む。語り口が見事で、淀みのない展開だ。歴史小説は、昔の作品を探した方が面白いのが見つかる気がする。それにしても、北条が政権を奪取するまでの鎌倉は凄惨だ。

  • イメージが一変。情熱的な女性。

  • .


    単行本の大きさで全325ページ。一ページが二だんになっていて、ぱっと見はすごい文章の数でした。しかし、歴史独特の長くしつこい説明があまりなく、読みやすかったです。

    義経、義仲の軌跡を辿っていくと比較的極悪人らしいイメージのついてしまう頼朝を、政子を通し、女性らしい感性から書かれてしました。頼朝の話は読んだことがなかったので、新しい視点から歴史を発見出来、とても新鮮な気分になりました。


    源平合戦の前夜から、実朝・公暁の死までが書かれています。

    しかし、そこに、頼朝の妻になってからの政子の幸せな話が書いてあるわけではありませんでした。

    そこには、動乱や幕府の中で、駆け引きをし、裏切り、復讐する、その時代が故の顚末が広がっていました。

    とくに頼朝が死んでからの政子の暮らしは、読んでいくうちに目を覆いたくなってしまうほどでした。

    大姫、三幡、万寿(頼家)、千幡(実朝)……。
    これら政子の子どもたちは、政子を残してみな亡くなっています。

    頼朝のような偉大な父を持つ政子の家族は、一緒に暮らせる環境にはありませんでした。それゆえすれ違い、お互いに憎悪や復讐心を燃やし、少しずつずれていく政子と子どもたちの関係が、とても痛かったです。

    「母」と「将軍の妻」の間をさまよう政子の葛藤が、とてももどかしかったです。

    .

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「極悪人らしいイメージのついてしまう頼朝」冷徹で非情な人って感じですよね(私は義経贔屓)。なので北条政子についても良いイメージは持っていませ...
      「極悪人らしいイメージのついてしまう頼朝」冷徹で非情な人って感じですよね(私は義経贔屓)。なので北条政子についても良いイメージは持っていません。でもサクサクと読めそうなので平清盛がTV放映されている間に読んでみようかな?っていう気になりました。。。
      2012/03/09
  •  辣腕の尼将軍でなく、愛情過多で後悔を繰り返す、一人の女の無我夢中な素顔を描いた作品。
     坂東女である彼女の、地に足の付いた逞しさと、愛情に盲いた愚かさは、決して絵空事ではない。
     策謀と裏切りが重なり合う終末は、老いたる政子の新たな孤独を予感させる。
     悲劇の翳を曳く身内の死の如き、乱舞する雪を背に立ち尽くす姿がまざまざと浮かび、荒涼の風景に胸が詰まった。
     著者が拘りを持つ時代だけに、鎌倉武士団の内情描写も深い。
     俗に冷酷と云われる頼朝の、兄として父としての無言の追悼。
     後世に「曾我の夜討ち」と呼ばれる裾野の『叛乱』の真相など、史料に基づく考察は厚みが違う。
     また、政子の娘・大姫の頑ななまでに一途な純愛は、散華の彩りを添える。
     亡き許婚・木曾義高だけを想い続け、他の全てを、両親さえも拒み通した少女の哀しさは、愛に翻弄された母の苛烈な血をまさしく継いでいる。

  • 政子の生涯を考えると何が幸せなのかわからなくなります。

  • 1人の女性が背負うには余りにも重すぎる、人生の光と影のうちでも、影の闇の深さが際立つ人生譚。
    なんと数奇な運命だろうか。

  • 承久の乱の大演説までは入ってない。永井さんの筆で読みたかったなぁー
    北条政子といえば女傑として名高い人ですが、女傑というよりも、家庭人として描かれていて、家族との関係が彼女の人生にとって大きなテーマだったと感じられた。
    実際は、全然へっちゃらだったのかもしれないけど、このお話では悩み嘆き後悔し続ける姿が印象的で、業を背負って行きていく姿と肝の太さに、女傑っぽさを感じる。

  •  北条政子と言えば、北条義時が後鳥羽上皇から追討宣言を受け、朝廷と戦うべきか御家人たちが迷ってるときに、頼朝の恩を忘れるなと檄を飛ばし、1221年の承久の乱にで勝利したというのは有名な話。
     小説はそこまで話がいかず、頼朝の妻になり、大姫、三幡と続けて娘を亡くし、頼朝も亡くなり、将軍になった息子頼家、実朝、孫の一幡、公暁まで全員暗殺され、愛しても報われない、孤独で悲しい運命をたどった女の半生を綴っている。
     しかし、目まぐるしい人生だ。しかも短期間に愛憎、妬み、野心が絡み合って身内通しで裏切ったり殺しあったり、ちっとも心休まるひと時がないではないか。貧乏はつらいけど、百姓のほうがまだ人間的な生活ができてたかも。だいたい母子なのに同じ家にいながらなかなか会えないってそもそも乳母制度がおかしい…養父母が野心持ち始めちゃったりしてね。

     備忘録であらすじ書いときます。

     政子21歳.平治の乱で平家に敗れ流人となって伊豆で過ごす源頼朝と恋仲になる。平家方である父時政の反対を押し切り、かけおち同様にて結婚。
    頼朝は勢力をのばすべく、山木兼隆(一度は政子と婚約した)を倒し、人質として家に置いていたその息子の義高も殺してしまう。義高は当時まだ6歳だった頼朝の娘大姫のいいなずけだった。
     頼朝の弟義経は壇ノ浦の戦いでもめざましい活躍を見せ、平家から三種の神器を取り戻し(草薙の剣だけは海から見つけ出せなかった)、その手柄として朝廷から官職を与えられる。義経がそれを兄に断りなく受けたため、頼朝の逆鱗に触れ鎌倉への凱旋を許されなかった。そして頼朝は弟の愛人である静御前を自分のものにしようとする。しかし静は「よしのやま みねのしらゆき ふみわけて 入りにしひとの あとぞ恋しき」
    と義経を想う気持ちを歌にし、これを拒否。頭に来た頼朝は静を殺そうとするが、政子が命乞いをしてとりとめる。が、身ごもっていた赤ん坊は男子だったので殺されてしまう。
     義経は奥州(岩手)の藤原家を頼って逃げ込むが、頼朝から圧力をかけられていた泰衡は義経の家来である弁慶とともに殺してしまう(衣川の戦い)。が、その藤原氏さえも頼朝は攻め、泰衡は自分の郎徒に殺される。(藤原家の封建制度が成り立っていなかった証拠)。
     頼朝の長女大姫に後鳥羽天皇の嫁入りの話が持ち上がる。しかし大姫は父親に殺された義高のことが忘れられずこれを拒否。体もだんだん弱っていき、ついに死んでしまう。それから間もなく頼朝の急死。長男の頼家が後を継ぐ。大姫の代わりに次女の三幡が後鳥羽上皇(天皇の座は皇子にゆずる)に嫁入りすることになる。が、三幡もなぜか急死(上皇の指示で殺されたという説あり)。
     後を継いだ頼家は女好きで仕事もいいかげん。女房の実家である比企家ばかりをひいきし、御家人からも評判が悪かった。北条家は比企家と勢力争いをするが、比企家側に立つ頼家は、政子の妹(保子)の夫全成(義経の同母兄、僧侶)を謀反人として常陸国へ流したあげく、息子の頼全とともに殺してしまう。 頼家が18歳の年、病に倒れ死の床に突いたとき、北条家はクーデターを起こす。頼家の義父比企能員を暗殺、比企家に火をつけ、頼家の嫁と嫡男の一幡まで殺してしまう。…ところが、その頼家が生き返った。北条時政(政子の父)は頼家が立ち上がる前にさっさと都(朝廷)の約束をとりつけ、頼家の弟千幡へと世代交代させ、頼家は伊豆で出家する(のちに北条家により惨殺)。
     実朝(千幡)14歳で、嫁とりは都からということになり、時政の後室牧の方ががぜん力を発揮、公家から人形のような姫をもらうことに成功する。そうなってくると牧の方は幕内で勢力を持ち始め、御家人たちからも反感を買い、牧の方のごますり豪族である稲毛重成が殺された。彼は政子の妹の夫であり、その孫娘彩姫2歳は公家で預かっていたが、この事件を機に政子のもとへ送り返されてきた。
     頼家の子善哉は北条時政の御家人三浦義村に育てられており、政子は義村に呼ばれて時々孫に会いに行くようになる、それが善哉を次期将軍にと企てているのではと勘繰られるので、政子は善哉を鶴岡八幡宮に入門させる。善哉は名前を公暁と変え、修行を積んで成長するが、父を殺された恨みを忘れておらず、北条家を倒す計画を立て、将軍実朝(叔父にあたる)を殺してしまう。三浦義村は公暁の味方のふりをしていたが最後は寝返り、将軍暗殺者公暁を切り、その功により駿河守に任官した。


     あーしんど。殺してしまうとか急死とか暗殺とかなんと多いことか。生みの親も育ての親も欲望の前には情もないのね。


     


      

  • 30年前の本ですが、読み応えがありました。

  • 尼将軍 その業深き生涯記。 頼朝との官能的な描写から始まった序盤から惹きこまれ、子達らに代変わりしてからも続く、激動・波乱のドラマ。頁数の多さもあっという間に消化し、後半はむしろ足りなさが。かの「承久の乱」手前で了なのは心残り。 源氏と武家社会の胎動期。かつ、朝廷との二頭政治の混乱期。権力闘争からなる裏切り、遺恨の連鎖。 一途に不器用に、内なる葛藤の声に際悩まされながらも、修羅の生き様を貫いた政子。 歴史は多面的に読み解いて行く事で、学びに繋がる事を再認識した。

  • 鎌倉幕府ができるには北条氏がなくてはならなかっただろう。その架け橋となったのが、気の強いおてんば娘の政子だった。

     歴史を動かすのが、並の人間じゃあないというのが良い。北条政子もその常人じゃあない感じが非常に良い。
     でも、この永井路子の政子はすこしおとなしい感じもする。もっと血の気の濃い色黒な女性ぐらいに演出してもよかった。

    _____
    p42 お兄様、うまい!
     政子と頼朝が懇意になるのを北条時政は快く思わなかった。しかし、兄の宗時は父:時政が21歳離れた牧の方と結婚したのを持ち出して、政子と頼朝の歳の差婚を肯定した。
     このへんの演出優しい。女性的だね。
     他の人が書けば、時政が投機的な賭けに出たという演出にするだろうが、人間の恋愛感情を最前列に出すところが女性的。ニクイ。

    p44 頼朝の出自
     頼朝が生き残ったのは、清盛の継母の池の禅尼が息子に似ているからという恩情からである。この時、もし頼朝が情けを架けられていなかったら…。
     この運命のいたずらがあったからこそ、頼朝は人事に冷酷になれたのだと思う。第二の自分のような存在を出さないために、敵対勢力は根絶するという考えが生まれたのだと思う。




    p54 自由恋愛
     当時の恋愛習慣について。当時の結婚は完全に政略的なものであった。だからこそなのか、結婚前の恋愛は自由が多かった。男性経験・女性経験はあって当たり前だし、そこで婚前にできちゃった子供保証するというのが当たり前の時代だった。
     処女を旦那に捧げるという考えができたのも、武家が貴族を真似て格式ばるようになってからである。
     
    p344 頼朝の器の大きさ
     曾我兄弟の仇討事件という武士社会における敵討ちの模範となる事件が起きた。その際、頼朝もどさくさに紛れて暗殺するというきな臭い動きがあったらしい。しかし、頼朝はそのことを大事にしなかった。
     鎌倉幕府はできて間もない。その新しい権力を横取りしたいものは多くいる。頼朝暗殺事件を大事にして派閥争いを激化させたら、土台がまだ固まっていない新しい幕府は簡単に分裂してしまう。
     こういう自分たちの置かれている状況を冷静に見つめ、利己的にならずにいられる大きな器を頼朝は持っていた。

    p359 親の心、子知らず
     政子は大姫にしろ、頼家にしろ、公暁にしろ、子供のことを思ってあれこれ気を揉んでいた。それが逆効果だったのか、思うようには育たないのである。これは今の世の教育ママの先駆けだな。すべての母は北条政子を勉強すべきだな。

    p408 頼家
     頼朝が死んで早くに将軍になった頼家は、父とは正反対の性格だった。頼朝が太身のおおらかなタイプだったのに対して、頼家は細身の神経質タイプ。寡黙な、粘液質だった頼朝に対して、義家は即断即決な人間だった。
     仕事の速い頼家は始めこそ評判が良かったが、独りよがりなところが強く、組織のトップになるほどの器の大きさが無かったようである。

    p478 北条家の博打
     頼家が将軍になってから、比企一族が頼家に側室を持たせ外戚関係になり急速に台頭した。それによって北条家の地位が揺らいだ。頼家が死ねば、比企家の血を継ぐ側室の子:一幡を将軍にしようとする比企家と北条家の闘争は目に見えている。
     頼家が危篤になった際、北条時政を中心に比企一族の謀殺が企てられた。頼家が死に際して後継者を決める前に比企一族を滅ぼす必要があったからである。この博打に勝った北条家は三代将軍に実朝を担ぐことができた。

    p496 北条家の博打②
     比企一族を謀殺した後、頼家を出家させ伊豆の修禅寺に幽閉して、朝廷から千幡(実朝)を将軍に宣下させる。一連の鮮やかな政変劇は博打というには計画的すぎだろ。

    p580 三浦義村
     実朝が鶴岡八幡宮で公暁に仇討された事件。これを裏で手を引いていたのは、三浦義村という説もある。公暁の乳母は義村の妻である。ちなみに公暁を誅伐したのは義村である。その功績で義村は駿河の守に任官されている。実朝と公暁を利用して自分の出世を果たしたのだ。
     義村はその後の北条執権政治のなかでも重鎮として活躍した。この人物は非常に興味を掻き立てられる!!

    p591 吾妻鏡
     永井路子の「私の一冊」と言わしめた歴史資料。北条氏寄りの記事が多いこの日記帳は「でたらめだらけ」であると一蹴できるが、大本営発表だとわかったうえで読むことが深い意味を持つ。そう永井路子は言った。

    p596 乳母に目を付けた
     当時の乳母制度の重要性を始めて説いたのが永井路子である。
     のちの将軍になる子どもの乳母になることが、その一族にとってどれだけ栄達につながるか。

    ______


     次は三浦義村について勉強したくなった。そんな本であった。

  • タイトルの通り、北条政子を中心にした小説。
    政子が頼朝と結婚するところから、実朝が死ぬ頃までを描く。
    新しい政権の黎明期ということもあって、
    政子の近辺では争いが絶えない。
    こんなにも次々と人が死んでいくのかと思いながら読んだ。
    鎌倉時代と言うと、頼朝が立ち上がって、
    平家を源氏が倒すということで源氏にスポットが当たるけれども、
    源氏自体は北条氏の後ろ盾ありきの脆い存在だったのだと思う。

  • 北条氏の遺跡など身近にあるので 自然と政子のことにも
    興味が湧いてきた矢先に図書館でこの本とであった。
    まだ、読んでないが 女の側からみた歴史を知れる一冊に
    なるかも。

  • 大河ドラマ「草燃える」の原作。
    母の実家で眠っていたのをもらい受け読みました。
    尼将軍と呼ばれる政子だけど、最初から最後まで、ただただ女であり母だった。という物語。
    娘時代の恋する政子が可愛いらしかった…。
    ただ、時代に流されるだけの女性すぎて、物足りなくも感じました。
    これも、この小説が執筆された時代…なのかな?
    あと、公暁の性癖あれこれを描くのいきいきしすぎて、そこは女性作家だと思いました(笑)

  • まあまあ。
    北条政子からみた、頼朝、義経、頼家、実朝と実家北条家の人々。

    思ったことを直ぐに口にし行動にしてしまう気性の激しさと、頼朝亡き後、鎌倉幕府を支えようとする意気込み、それでも母として、女としての情が優先される様子などが描かれている。

    女としての強さと弱さを都合よく「しかったなかったのヨ」的なノリで片づけてしまっている、まるで作者が男性のような作品。

  • もっと早く読めば良かった。。!
    吾妻鏡を再読せねば。

  • 昔、大河ドラマ草燃えるを見て、この時代に興味を持ち、読んでみました。とても面白くてますます政子が大好きになりました♪政子に興味のある方は必読です♪

  • 日本史は大好きだけど鎌倉〜室町期は勉強不足なんだな。室町期に今の日本文化の多くが萌芽してるにも関わらずね〜永井路子女史の北条政子に期待大であります(`・ω・´)ゞ

  • 女性の視点から描かれた、鎌倉幕府の草創期の話。
    序盤は恋愛小説のようだったが、中盤以降は権謀術数の渦巻く政治の話に。
    源氏の将軍3代の歴史を知ることができた。

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著者プロフィール

(ながい・みちこ)1925~。東京生まれ。東京女子大学国語専攻部卒業。小学館勤務を経て文筆業に入る。1964年、『炎環』で第52回直木賞受賞。1982年、『氷輪』で第21回女流文学賞受賞。1984年、第32回菊池寛賞受賞。1988年、『雲と風と』で第22回吉川英治文学賞受賞。1996年、「永井路子歴史小説全集」が完結。作品は、NHK大河ドラマ「草燃える」、「毛利元就」に原作として使用されている。著書に、『北条政子』、『王者の妻』、『朱なる十字架』、『乱紋』、『流星』、『歴史をさわがせた女たち』、『噂の皇子』、『裸足の皇女』、『異議あり日本史』、『山霧』、『王朝序曲』などがある。

「2021年 『小説集 北条義時』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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