新装版 テロルの決算 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
4.04
  • (76)
  • (91)
  • (50)
  • (6)
  • (2)
本棚登録 : 729
レビュー : 77
  • Amazon.co.jp ・本 (373ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167209148

作品紹介・あらすじ

ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストと、激しく交錯する。社会党委員長の浅沼稲次郎と右翼の少年山口二矢。1960年、政治の季節に邂逅する二人のその一瞬を描くノンフィクションの金字塔。新装版「あとがき」を追加執筆。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • もう、三十年も前に読み終えた
    ルポルタージュの名作、
    本屋さんの棚に並んでいたので
    懐かしく思い、奥付を見ると
    「新装版」とある
    これは 今一度 と…

    やはり どきどき しんがら
    最期まで 読んでしまった

    「一瞬の物語」が
    その時代の雰囲気と有り様を
    見事に語ってくれる

    あとがき、
    それも
    Ⅰ~Ⅲまで
    それも また 興味深い

  • 刺す方、刺される方、両者に等しい眼差しをあて、イデオロギー的に立場を取らず、クールに、しかし情熱的に文章を編んでいく。実に素晴らしいドキュメンタリーだ。ちょっとした一文が優しく、かつ重い。

    浅沼は幼少の一時期を除いて、血のつながった人間との「狎れ合った」関係の中で生活したことがなかった。義母という他人、友人という他人。結婚しても子供が生まれなかったから、彼の身の回りには妻という他人、幼女という他人、秘書という他人しかいなかった。234ページ。

    みたいな、ちょろっとでてくる、どきりとする文章が。

  • 事件としては一瞬で終わる話なのに、全ての登場人物の背景を深掘りしていって、ここまでの話にまとめたのはすごいと思う。
    当時の世相などもわかって良かった。

  • 政治家の浅沼稲次郎さんと、その浅沼さんを殺害した山口二矢の物語ですが、それぞれの心理的情景と行動、そういう行動を生み出す時代背景がとてもよくかけていると思いました。
    まだ自分が生まれる前の時代になりますが、戦争が終わり、戦後の高度成長に移る時代で、国民が政治というものをいまよりもずっと真剣に考えていた時代であると感じます。
    ソ連と米国の冷戦、それに中国という強大な国が日本をとりまくなか、国が左にいっても右にいってもおかしくない時代の雰囲気がよく伝わります。
    今の若者が読むとどう感じるのだろうか?と、思わせる本でした。

  • 1960年、左翼の運動が盛んだったころの話。17歳の少年・山口二矢(やまぐち・おとや)は、共産主義(左翼)が日本を滅ぼすものだと断定し右翼活動に没頭する。そして、社会党委員長であった浅沼稲次郎を演説中に刺殺するという前代未聞のテロ事件を引き起こす。
    この作品では、山口二矢が事件を起こすに至った心理描写や浅沼稲次郎の政治人生が克明に読み取ることができる。山口二矢という少年は、おそらくとても純粋な少年で、当時流行だった左翼の偽善や暴力性がどうしても許せなかったのだろう。また、右翼団体の腰の重さにも次第に絶望し単独での凶行に踏み切る事になる。その凄まじいまでの行動力。
    その後次第に左翼が勢力を失っていった事を考えれば、この17歳の少年が少しは歴史を動かしたと言えるかもしれない。

  • 山口二矢に焦点をあてた作品であるかのように思えたが、
    著者があとがきで記している通り、浅沼稲次郎の作品でもあった。

    60年代という時代世相がどういうものであったか、
    それを少しでも垣間見るための作品でもある。

    山口と浅沼の両者を比較した場合、どうしても山口には共感できない。
    浅沼のほうがより人間臭さが感じられてしまう・・・

  • 浅沼稲次郎刺殺事件を題材に、その当事者である二人の主役のそれまでの歩みをクロスさせながら辿った作品。
    未成年のテロリストの方が関心を集める上に、実際作者も山口を筆頭に描く作品とみなしていたようだが、私にはむしろ浅沼の曲折の方が強烈に映った。無産運動に尽くしたつもりが事実上の戦争協力に手を染めてしまった過去と、党内右派・左派の板挟みに遭いながら社会党幹部として独り奮闘する在り方。その結末が当の事件とは。
    当事者の家族や、周りの政治家・活動家や、マスコミや警察など、二人を取り巻く様々な人物がいわば証言者のような形で現れるのも、ノンフィクションならではでおもしろい。やや、想像で書かれる部分があるような気がするが、浅沼の無名時代やもともと民間人である山口を、論考ばりに典拠で固めて語るのは難しいはずなので致し方ないとする。

  • 刃を持った17歳の右翼少年と、刺殺される社会党党首/ 両者を掘り下げてその悲劇をリアルにする/ 左翼活動全盛期の追い詰められた右翼がよく描かれている/ 

  • 面白かった。当時の状況をもっと勉強していればもっと楽しめたはず。

  • 「凍」が面白かったので、引き続き沢木氏のノンフィクションをと思い読んでみる。社会党委員長の浅沼稻次郎を刺殺した、元大日本愛国党員山口二矢の話。
    最初は学生運動盛んな時代を興味深くは読んでいたが、浅沼山口両氏の詳細な背景などは、いまいち興味が持てず、途中で読むの断念。

  • 何とも言えないノンフィクション。とにかく丁寧で緻密な人物描写が凄かった。山口二矢と、浅沼稲次郎という人はどちらも極端な思想家でもテロリストでもなくて、ただ単純に自分の信じる道とか、正義感みたいなのがすごく強い人だったんだなあとか、どっちも実直で不器用で、時代がそういう時代だっために起こってしまった事件だったのかなあとしみじみ思うわけで。

  • 沢木耕太郎 「テロルの決算」
    山口二矢によるテロル(自分と異なる政治信条は認めず、殺すことで決着を図る)の前後を再現し、被害者の浅沼稲次郎の実像も含めて 総括した本

    著者が読み手に伝えたかったのは 次のことではないか
    *二矢が若くして、テロルを単独決行し、自決したことの是非を問うた

    *ニ矢伝説の真偽を検証して、伝説は 事実を粉飾している と結論づけ、粉飾意図を問うた

    二矢伝説とは
    「ニ矢の刀を 護衛の刑事が掴み、ニ矢は 刑事の手を守るため 刀を手放し 自決を断念したという伝説」
    この伝説により 二矢は 英雄視され、浅沼は テロリストに殺された社会主義者としての栄光を手に入れた

  • 山口二矢の父は、生きるため、稼ぐためにさまざまな職を転々とした
    家庭用インターネットなど影も形もない時代
    二矢少年は転居のたびに友人関係のリセットを余儀なくされ
    新たな人脈の構築に苦労するハメとなった
    それでも、お父さんが働いてくれているから生きていけるんだと
    そんな思いで押し殺した鬱屈が
    やがて政治的な感情にすり替わっていったのではないか
    お国あってこそ我々日本人は生きていかれるというのに
    左翼の連中はわがまま放題、好き勝手なこと言いやがって
    許せん
    だがそんな二矢を、父もまた全面的に理解してくれるわけではなかった
    その寂しさが彼を先鋭的に駆り立てていった

    二矢の幼い頃、父は農地改革や投資促進のための啓発演劇を
    生業として行っていた
    二矢も子役に駆り出された
    その頃浴びた喝采と、父に誉められた記憶を
    もう一度取り戻したかったというのは、ありそうな話だ

    そんな少年に襲撃されたことは
    浅沼稲次郎にとってはまさに晴天の霹靂であった
    とばっちり、八つ当たりもいいとこだが
    しかし社会党委員長の浅沼にとって山口二矢は
    運よく政治家として生き延びてきた大戦時代からの
    遅れて来た死神のようでもあった
    生前、なあなあ居士と揶揄されることもあった浅沼は
    大正~昭和~戦中~戦後と変化する日本社会に
    迎合することで生き延びた人だったが
    生き延びるための変節
    その無責任を通すことこそ政治の本質と考えているフシがあった

    そんな浅沼稲次郎もやはり、孤独な少年時代を過ごしていた
    まあそれはよくある偶然だろう

  • 1960年に起きた、右翼少年による社会党の浅沼委員長刺殺事件、を題材としたノンフィクション作品。

    物語は被害者と加害者である二人の生い立ち、事件当日の状況や現場に居合わせた人々の様子、そして事件後に残された関係者の行末を、とても鮮明に描き出している。

    防衛庁に勤める父親を持つ少年が、兄の影響により右翼活動に参加し、浅沼委員長をターゲットに定めるまでの経緯、そして浅沼氏が政治家を志し、書記長から委員長へと登り詰めた時代背景など、何の接点もない二人の人生が交錯する一瞬までの模様が、非常にスリリングに描写されている。特に、浅沼氏自身も多くを語らなかった、恩師である麻生久氏との関係に触れた、第三章「巡礼の果て」は圧巻だった。

    刺殺の瞬間を収めた写真は、日本人初のピューリッツァー賞作品となったわけだが、一枚の報道写真にこれほどまで、深い背景があったとは想像もできなかった。そして、この事実を鮮明に照らし出した沢木氏の洞察力は実に見事である。

  • 社会党委員長の浅沼稲次郎と右翼の少年山口二矢の人生が並行して、緻密に、鮮やかに、見守るように描かれている。
    ノンフィクションながら完全に物語として昇華されており、読み物として素晴らしい作品。

    著者の手腕の素晴らしいところの1つは、取材者としての著者の気配を完全に消すことができることである。

  • 沢木氏初の長編ノンフィクションということで良い意味で肩に力が入っている。中立的かつ硬派に、浅沼社会党委員長刺殺事件の背景を抉り出す。

    「あとがき」で著者が書いているように、本書は山口二矢とともに、浅沼稲次郎へも焦点を当てたことにより飛躍的に重層感増す作品となっている。戦後混迷期の少年による野党党首殺害というセンセーショナル性だけが現代でも語り継がれているが、山口二矢という極右的思想を持った一途で頑強な極めて稀有な人物がたまたま少年だったという事実と、党内紛と熱量低下でモチーフ化しつつあった浅沼稲次郎が至極不幸な形で交叉したのがあの3党首立会演説会であった。小林日教組委員長でも野坂共産党党首だった可能性もあったが、それは浅沼氏だったのだ。

    浅沼氏が奔走した戦前戦後の日本政治の特殊性と、三島由紀夫『金閣寺』の溝口の如く次第に切迫し暗示していく山口の心理考察が緻密に描かれており、厖大な文献調査と取材の形跡が伺える。

    1979年の作品だがノンフィクションの名作として是非読んでいただきたい。

  • 沢木耕太郎はあまり合わないかも。

  • 沢木耕太郎の傑作と名高いので読んでおかねばと思って読んだ。浅沼稲次郎暗殺の全貌を膨大な取材と正確な筆致で炙り出している。終戦後の日本の政局や当時の右翼・左翼のあり方についてある程度の知識がないとややつらい

  • (2016.1.28)
    (373P)

  • 160105〜

  • 1960年10月、社会党の浅沼稲次郎氏が刺殺されたテロ事件を、関係者への詳細な取材をもとに再現したもの。
    犯人の山口二矢の生い立ちと、浅沼氏の生い立ち及び政治的思想の背景を綿密に調べ、殺された浅沼氏のそのときの状況と、殺した17歳の山口の焦燥などが詳しく語られ、非常に詳しくこの事件を再現している。
    浅沼氏が殺されたときの各関係者の状況描写は、まるで映画を見ているかのような書き方で、自分もその場にいたかのように錯覚してしまう。

  • 若きテロリストの儚い閃き。
    老政治家を大衆の見守る中刺し殺した17歳の少年。両者がいかに交差することになったかを解き明かす、ノンフィクションの傑作。

  • 社会党委員長浅沼稲次郎刺殺事件について、犯人山口二矢と浅沼稲次郎の両面から描く。随分、山口二矢をヒロイックに持ち上げてるけど、ありがちな思想にかぶれて視野が狭まり突っ走る若者のように見えてしまう。一方の浅沼は思想や理想があるように見えないものの地道に組織運営にあたってきたという共感したいような政治家としてはどうかと思うような、とは思うが、しかしやはり山口を持ち上げる気にはまったくなれん。そして、沢木耕太郎はほぼ同年代でこれを書いた。なんとまあ。

  • 著者がまだ若いときに出版されたもので、著者が真実に迫ろうとする、真摯でまじめな姿勢がうかがえる。

    まず、取材先の数が膨大である。
    自分のなかの疑問を少しでも解き明かすため、著者はあらゆる関係者の声を聞きたかったのだろう。そのころはまだ大作家ではなく、おそらく自分でアポをとり、自分で取材趣旨を説明し、自分で話を1件1件聞き、自分でルポにまとめていたのだろう。全体の完成度からみれば後の作品のほうが良いだろうが、著者が構成力を、取材を丁寧かつ時間をかけて積み上げることによってカバーし、結果として読者がよりよく真実を見極められる材料を提供している。

    さらに、山口二矢の関係者と、浅沼稲次郎の関係者と、二極からの取材による手法も、著者の真実に対する貪欲な姿勢を感じさせる。

    あくまでルポルタージュなので、著者の視点は本来入るべきではない。しかし全体を通しての真摯な姿勢が、読者に「では著者はどう感じたのか、最後に知りたい」と思わせる。傑作。
    (2006/1/24)

  • 本作を書き終えた沢木耕太郎は、当時20代後半。これだけ精緻なルポをその若さで書き上げたことに驚く。

    山口二矢を凶行へと駆り立てた、青年特有のパトスは誰もが持ちうるものだ。しかし、それは浅い人間観に基づいた極端なユートピア思想であって、たとえばそれは日本赤軍のそれと根っこでは繋がっているように思える。

    チェ・ゲバラを無批判に支持する風潮がいまだに世界中にあるように、政治の季節に激しく命を燃やして散っていく若者をヒロイックに持ち上げるのは日本だけではない。ただ、彼らは死んでおしまい。多くは終わりなき日常に絶望しながら生き続ける。

    そういう意味で、沢木耕太郎が浅沼稲次郎のもう一人の主人公に据えた意義は大きい。ヒロイズム礼賛では世の中は変わらない……と思うのも自分が年を食ったからか?

  • 浅沼稲次郎暗殺事件が起きたのが昭和35年だから、既に55年が経った。半世紀以上前の事件であり、既に歴史となった事件であるが、犯人の山口二矢の心情については、現代でも共通するものはあるだろう。
    現代でも思いつめた末に事件を起こす少年はいるが、この時代は政治の季節だったということかもしれない。

  • 良書。再読必須

  • 著者にとって初めての長編ノンフィクション作品。初版は1978年である。社会党委員長浅沼稲次郎の演説会での暗殺をテーマに犯人である17歳の山口二矢(おとや)と浅沼のその日に至るまでの人生、経緯を緻密な取材を元にノンフィクションに仕上げている。暗殺の瞬間の写真はピュリッツァー賞を受賞、実際の事件を知らない私でも一度は見たことがある衝撃的写真である。
    日本が敗戦を経て、民主主義国家を歩み始めた時期、資本主義、社会主義、共産主義が実際の世界に存在し、日本はいったいどのような国にしていくべきか、日米安保の論議がなされていた時期の出来事である。この時期の日本の政治体制の一端を知ることも出来る。
    しかし小難しい政治論議を抜きにしても、当事者ふたりの人生を対比して描きながら、暗殺当日のピークまで進んでいくストーリーはまるで映画を見ているようにドラマティックで、これが沢木耕太郎の真骨頂だと感じさせる。
    すでに出版されて30年以上がたっても全く色あせない作品だ。

  • 沢木耕太郎がこんなノンフィクション書けるとは知らなかった。政治家がたくさん出てきて生半可な知識ではない。暴力のアホさ虚しさ未熟さ、愚かさをもっと否定して欲しかった。純粋な人間扱いはどうかと思う。役者に憧れる自衛官の父親を心の中まで書き、山口の人間形成に無理に結びつけようとしなかったのは良かった。短絡的でない現実こそが二人の主要登場人物に真摯に向き合うことを求めているように感じた。

  • [ 内容 ]
    ひたすら歩むことでようやく辿り着いた晴れの舞台で、61歳の野党政治家は、生き急ぎ死に急ぎ閃光のように駆け抜けてきた17歳のテロリストと、激しく交錯する。
    社会党委員長の浅沼稲次郎と右翼の少年山口二矢。
    1960年、政治の季節に邂逅する二人のその一瞬を描くノンフィクションの金字塔。
    新装版「あとがき」を追加執筆。
    大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

    [ 目次 ]
    序章 伝説
    第1章 十月の朝
    第2章 天子、剣をとる
    第3章 巡礼の果て
    第4章 死の影
    第5章 彼らが見たもの
    第6章 残された者たち
    第7章 最後の晩餐
    終章 伝説、再び

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

全77件中 1 - 30件を表示

著者プロフィール

沢木 耕太郎(さわき こうたろう)
1947年東京生まれのノンフィクション作家、小説家。横浜国立大学経済学部卒業。大学卒業後、ルポライターとして活動、注目を集める。
浅沼稲次郎暗殺事件で刺殺された浅沼と、その犯人である少年を描いた『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。以後、バックパッカーのバイブル『深夜特急』をはじめ、スポーツや旅などを題材にした多数のノンフィクション作品、小説などを発表。2000年に初めての書き下ろし長編小説『血の味』を刊行し話題となる。
2003年これまでの作家活動で第51回菊池寛賞、2006年 『凍』で第28回講談社ノンフィクション賞、2013年 『キャパの十字架』で第17回司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞。

新装版 テロルの決算 (文春文庫)のその他の作品

テロルの決算 Kindle版 テロルの決算 沢木耕太郎
テロルの決算 (文春文庫) 文庫 テロルの決算 (文春文庫) 沢木耕太郎
テロルの決算 (1978年) テロルの決算 (1978年) 沢木耕太郎

沢木耕太郎の作品

新装版 テロルの決算 (文春文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする