夏草の記憶 (文春文庫 ク 6-9)

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  • Amazon.co.jp ・本 (449ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167218584

作品紹介・あらすじ

名医として町の尊敬を集めるベンだが、今まで暗い記憶を胸に秘めてきた。それは30年前に起こったある痛ましい事件に関することだ。犠牲者となった美しい少女ケリーをもっとも身近に見てきたベンが、ほろ苦い初恋の回想と共にたどりついた事件の真相は、誰もが予想しえないものだった!ミステリの枠を超えて迫る犯罪小説の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 2年前に読んで以来の再読になります。他のレビュアー方が書かれている通り、道尾秀介氏の「ベスト・本格ミステリ」のうちの一冊です。私自身、直前に道尾氏の作品を読んで本書のことを思い出し、再び読むにいたりました。
    クック作品の中でも、随一の、「青春」小説だと思います。ミステリー小説としては、「叙述トリック」によるラストの驚きと、そこにいたるまでの巧みなストーリー運び(特に、時系列を無理なく越えて語る語り口)が光っています。もちろん、叙述トリック自体を「ズルイ」と感じてしまうなら、得られるのは驚きより、戸惑いかもしれません。ストーリー展開も、事件をめぐる事態が劇的に動くわけでもなく、あくまで関係性の揺らぎと主人公の心理(苦悩、迷い、希望から絶望への転落、など)に軸足を置いたものです。そのため、「クドイ」と思う人もいるかも……(実際、私自身も、読みながらところどころで感じてました)。
    しかし、それらの(彼の著作全体にも当てはまる)特徴も私には、どうしてもそう語らざるを得ないものだと思えました。トリックも、あくまで主人公の一人称視点から見た「転回」であって、わずかずつしか過去の記憶を語らない姿勢にしても、主人公の性格がなせるものだからです。そのうえで、主人公が徐々に過去の真実に向き合うよう変化していく経過をたどれば、この作品が、ただ「暗い」だけのものではないと感じられるのではないでしょうか。
    私としては、主人公がヒロインに寄せる想いの描写や展開の、あまりのリアルさに、一喜一憂、我が事のように「腸が捩れる感覚」を味わいました。同時に、主人公といっしょに、美しいものに触れられた気持ちにもなれたのです。決して気軽に読める作品ではありませんが、描写の濃厚さと、待ち受けているだろう真実の息苦しさのなかに、青春小説らしい、「爽やかさ」のようなものが見いだせるのではないかと思います。未読の方は、是非。

  • 大いにネタバレなので未読の人は絶対読まないでください。興趣を削いでしまうのが申し訳ないので。

    ————————————————————
    クックの名作「緋色の記憶」よりは面白い。

    読み初めの1/3くらいまでは感情移入できず失敗作ではないのか、と思いながら、辛抱を重ねて読んだが、真実がなんであったか、の想像がつくようになってからは(最終的には、それが作者による巧みな誤導に依るものであることが分かる。)ページを捲る指ももどかしいくらい、この傑作に引き込まれていった。

    「ミステリー小説」と呼ぶには軽すぎる。
    優れた「青春小説」であり、「心理小説」でもある。
    一括するなら「文芸作品」とでも呼んだ方が似つかわしい。

    捲るページの一枚一枚が真実を覆う薄皮を一枚、また一枚と剥いでゆくと同時に、自分の青春時代を思い起こさせ、グリグリと良心が錐で突かれ、自分の人間性が纏った虚飾も剥がされていくような怖さも覚えながら…。

    ついに最後の薄皮一枚を剥いだ刹那、押し留めるものを失くした驚愕の真実が雪崩を打つように僕を襲い、脚元を掬った。
    主人公ベンのみならず、彼とケリーを取り巻く多くの人たちの人生が心に闇を抱えたいかに悲惨なものであったか、ただただ、呆然としてしまう。

    ありふれた若者の恋愛が、これといって悪意の者は登場しないにも関わらず、近松作品のようにふとしたことで純粋な想いが絡み・もつれあって生ずる悲劇だ。強いて言えば「若さ」が産む罪か。

    主要登場人物のキャラ設定のうまさ、人種問題をさりげなく背景に据えたことで生まれる社会性とリアリティ。
    何気なく聴いたセリフが、後々、全く別の意味を持ってきたり、何気なく配置された小道具が再登場するに至って大いなる恐怖を醸し出す仕掛けなど、なんとも巧緻なストーリーテリングだ。

    最初、読んで理解できなかった点は次の事柄だが、再読してハタと気がついた。

    420P「エディがトッドには喋らず、代わりにライル・ゲイツに喋ってしまうことになるとは…。」
    427P「トッドの耳元で、ケリー・トロイについて知りえたことをせっかちに囁く、エディ・スマザーズの姿が見えた。」
    この両者の記述は一見矛盾する為に、僕の頭を混乱させた。
    しかし、前者はベンがそのように思い込んでいたということで、それが故にケリーに手をかけたのはライル・ゲイツだと三十数年、思い込んでいた。
    ライルが冤罪であるとは思っていなかったのだ。

    終盤、ベンはケリーの家を訪ねてシャーリー・トロイからケリーの指輪を渡されて(426P)、初めてトッドに耳打ちしたのがやはりエディであったということを確信した。
    これでゲイツの冤罪が明らかになり、ベンは自分のした事がそれまで自分が思い悩んでいた以上に罪深いことであった事実にうちのめされ、遂に、長年、真相に疑問を抱いていたルークのもとを訪ね、真実を告白するに至るのだ。
    -------------------------
    それでもスッキリしない点が残る。
    そもそも事件によってケリーがどうなったか、ベンが知らなかったはずはない。ルークも知っていた。(かつての)同級生はじめ、街の人たちも知っていたはずだが、真実は慎重に伏せられている。ちょっとアンフェアな気もするが、これについては作者による読者サービスとしての確信的誤導だと受け止めておこう。

    ゲイツがその日、ブレークハート・ヒルを訪れたのは、偶然に過ぎないようだ(上述のように、ベンは、そうは思っていなかった。エディからケリーの出自に関する噂を聞いたことがその理由だと思っていた(420P))がこの偶然があまりに作為的なのが残念だ。

    それにしても、ゲイツが裁判になっても特に争うそぶりもないのは、ベンの主観によって回顧されているからだろうか。
    ゲイツがその後、自ら死を選んだのは、不運な自分に(その不運は自分が招いたものであるということに)絶望したのだろうか。
    ゲイツの人間性は興味深いのだが、ここをあまり膨らませることは物語全体のバランスを欠くことになるだろうし、語り手がベンである以上、無理なことなのだろう。

  • ミステリーは、自分の場合、ともすれば、先を急ぐあまり、作品を吟味し、堪能することを忘れて一息に読みすすめてしまいがちだ。
    それがミステリーを読む快さのひとつかもしれないが、
    走り抜けるように読み飛ばして、快感だけを記憶し、タイトルしか覚えていない場合が多い。ということでミステリーは自分にとって危険なジャンルだ。
    しかし、クックの作品は、ページを手繰る手を止めさせず、かつ、文章を味わう喜びも満足させる。
    物語人物の抱える謎と秘密、悲哀や心の機微、皮肉な運命は、
    読む者に美しい映像浮かばせる、ビロードの手触りのような精緻な描写で綴られていく。
    読書を終えたとき迷子に気づいたような心細さを感じるが、
    それは今始まったことではなく、
    もっと以前から迷い子の孤独を抱えながら過ごしてきたこと、
    そしてこれからもそれは終わることはないのだという、深い感慨を覚える。
    クックの作品の稀有な点は、生きて老いることの悲しさを改めて読む者に確認させながらも、
    けしてその事実が人を打ちのめさないところだと思う。
    罪も悲しみも悲惨も、美しく輝いていた場面や記憶とともに、抱えていくということを、静かに受け入れようと決心させる厳粛さが、人を惹きつけてやまないのだと思う。

  • 名医として町の尊敬を集めるベンだが、今まで暗い記憶を胸に秘めてきた。それは30年前に起こったある痛ましい事件に関することだ。犠牲者となった美しい少女ケリーをもっとも身近に見てきたベンが、ほろ苦い初恋の回想と共にたどりついた事件の真相は、誰もが予想しえないものだった!ミステリの枠を超えて迫る犯罪小説の傑作。
    原題:Breakheart Hill
    (1995年)

  • ミステリーと言えるだろうが、青春犯罪小説と言いたい。

    恋愛小説より美しい書き方はしていないが、十代の恋する少年の心理がこまやかに書いてある。

    初恋の狂おしさと喜び、失った怒りと虚しさが鮮烈。

    童貞であることを恥ずかしく思ったり、好きな女の子のピンチを救って惚れさせようとか、将来結婚する未来を妄想したりと、初恋に狂う少年の心理は日米共通だ。

    主人公のささやかな悪意がきっかけになって、クラスメートたちを三十年後も苦しめていると思いこんでいるのだが、その真相は明らかにならない。

    ケリーが植物状態で生きているとわかって、いっそうクラスメートたちの人生の重苦しさがのしかかってきたような気がした。

  • 記憶シリーズ3部作の最終巻。前作の『死の記憶』が自分の中でイマイチだった為、やはり『緋色の記憶』のインパクトは超えられないのかなあとあまり期待をせず読み進めていました。相変わらず大変な長編で、まあこの記憶シリーズが長編なのは最後の最後で衝撃的などんでん返しがあるからなのですが、今回のどんでん返しは私にとって本当にどんでん返しで、自分が今まで読み進めてきた上で理解していたと思っていた事は間違いだったのかー??と前のページを何度も繰ってしまう程、驚きのラストでした。いやーびつくり。完璧にしてやられました。ここまで長いのも納得、って感じのエンディング。ここまで頑張って読んできてよかった、と思えるエンディング。ラストシーンも余韻があってとてもよかったです。とにかくエンディング数ページの為だけに書かれているような本なので、その数ページの為にそこまでの400P強を読んだろうじゃないか!という根性ある方にはぜひぜひおススメしたい1冊です。

  • 転校生ケリー・トロイを想う主人公ベン・ウェイドが現在から高校時代を振り返る一人称の独白として語られる。切なく、悲しい物語。

    吉野仁氏による後書きにある作者の「闇をつかむ男」の一節、「大量死の時代にあっても、ミステリーは不法に奪われた人ひとりの生命がなおも人間の世界で重要な意味を持つと主張する、ロマンティックな個人主義の最後の砦となっている。」という文章。ミステリーが面白いのはまさにその点だと思った。言い換えると、その他大勢の命ではなく、家族や親友の人生を扱うようなものだから面白いということか。

  • 記憶三部作と言われるている中の一冊。

    主人公の一人称で語られるミステリーなのだが、最後の最後までミステリーらしくなく、文学のような感じで進んでいくが、読み終わったときに色々な仕掛けに気付かされた。

    最後の場面が冒頭へと続く感じのになっている。
    主人公の現在の視点と30年前の学生の視点で描かれているのだが、事件は30年前に起こっている。

    転校してきたケリーに恋心を抱く主人公のベン。
    あたかも恋に破れたベンがケリーを殺したような文章が並ぶ。
    それがミスリードで最後に真犯人が分かる。
    またケリーは殺されたような印象を持たせて 最後にドンデン返しするのも作者の狙い。

  • 冒頭の『私の記憶にあるなかでもっとも暗い話である』に思わず突っ込んでしまった。
    いやいやクックさん、これ迄六冊読んできたけど、結構何ともならない暗ーいお話ばかりですよね。
    でも読み終わって、あぁ確かにそうなのかもと納得。
    それにしてもベンはあの事件以来どうして一度もケリーに会わずにいられたのか、ライルは何故現場にいたのか、エディには良心の呵責は無かったのか…読み直したけどここは分からない

  • 高校生の時、文化祭で演劇を創り上げたことを思い出した。

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