- Amazon.co.jp ・本 (507ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167224103
感想・レビュー・書評
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<上下巻読了>
天平期の平城京を舞台に、皇統の血脈の転換と、政権闘争に纏わる人間模様が描かれる。
一貫した主人公はなく、複数の狂言回し及び観察者の主観が交互に現れる。
皇族政治家・長屋王家の資人であった手代夏雄と大伴子虫、渡来の医師と工人の父娘・張上福と晧英。
王の妻妾・藤原長娥子と、忘れ形見の末娘・小黒女。
そして聖武天皇と光明皇后、彼女の二親族・藤原氏と橘氏。
皇族から有力氏族・官人・庶民に至るまで、多様な立場と思念が交叉する。
重層的な視点を置く試みが成功しているかどうかは多少疑問ではあるし、鑑真和上の渡日と大安寺の普照の帰国に触れていない等、尻窄みな伏線も一部ある。
著者の考察をそのまま代弁したような、現代から俯瞰する解説調の台詞が多いのも特徴ながら、若干鼻につく。
とはいえ、考証や研究の成果が詳細に列挙されているので描写には厚みがあり、当時の階層や身分を一方的な理屈や心情で片付けずに社会構造として分析するなど、偏り過ぎまいとする姿勢も窺える。
施薬院や悲田院の具体的活動が見られたのは新鮮だったし、長屋王の変における実弟・鈴鹿王の位置付けや、謀(はかりごと)の逆発想も個性的。
件の政変から大仏開眼に至るまでの皇位継承と簒奪を巡る相克は、大化の改新と壬申の乱に遠因する、蘇我系皇女と藤原氏族の抗争劇。
持統・元明・元正ら蘇我系歴代女帝の奮闘は、左大臣の要職にあった長屋王と正室の吉備内親王、彼女の血を嗣(つ)ぐ諸王子の抹殺により大きく蹉跌する。
不安定な世上に混迷する王都。
愛憎と報復、欲望や野望は折り重なり、反復し、保身や処世の灰汁でもって更に増幅される。
俗世の人間達の迷妄や懊悩、苦悶や贖罪、希求、その血肉を吸って築かれた巨大な毘盧遮那仏。
王者とは、権力とは、救済とは、何なのか。
生と死、罪と業への思索、生きる答えを求める思想としての仏教が花開く。
出家した夏雄や小黒女の奉仕と献身に僅かでも安らぎを感じる反面、同じく長屋王の遺児である三兄弟(安宿・黄文・山背)の破局と末路に酷薄な無常を覚えずにはいられない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
長屋王に仕えていた男性を主な視点に、激動の時代を描き上げた重層的な物語。
持統、元明、元正ら蘇我系の血を引く女帝たちと、藤原の血を天皇家に送り込んで繁栄していく一族。
聖武天皇の跡継ぎは誰か…?
誇り高く気性の激しい長屋王が、謀略によって追い落とされていく顛末。
思いがけない一族の滅亡…
手代夏雄(たしろなつお)は、左兵衛府(さひょうえふ)の府生(ふせい)という役所勤めの身だが、長屋王邸に付けられた資人(しじん)でもあり、主な役目は王族の護衛。
長屋王は左大臣の要職にあり、皇位継承の可能性もないではない血筋。天武の息子の高市皇子と天智の娘との子で、正妻は吉備内親王。内親王というとおり、元明天皇の娘で元正天皇の姉妹なのだから、吉備が天皇になってもおかしくないほど。
長屋王の弟の鈴鹿王はずっと気が弱いが、藤原氏の動向を巡って神経をとがらせ、厳格な長屋王には知らせず、吉備王妃に陰謀を持ちかける。
もとは吉備の内親王の女嬬で今は典薬寮の女医博士になっている忍羽部綾児(おしはべのあやこ)をいざとなれば使おうというのだ…
年上で理知的な美女の綾児に恋している夏雄は、近づくチャンスを待ちながら、言われるままに都を動き回る。
だがどうも様子がおかしい…?
町の医師の娘で夏雄に好意を持つ染め物師・張皓英など市井の人も光っています。
光明皇后に生まれた男児・基皇太子はあえなく早世してしまうが、後に長屋王に毒殺の疑いがかかる。
長屋王は乱を起こしたという印象でしたが、これだと一方的に罪を着せられて襲われた?それとも…
どっちの陰謀にしても、証明はできないんでしょうが、なかなか説得力あります。
人間関係は複雑ですが、持統天皇が生きている時期から書き起こし、系図もついてます。
登場人物がいきいきとしていて、個性がはっきりしていて、目の前に現れるようです。
権力争いが繰り広げられる宮中から目を転じれば、貧しい人のために尽くしている行基という僧の存在も。
力強い筆致のさすが女流文学賞受賞作。