洞爺丸はなぜ沈んだか (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (1983年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784167248048

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  • 水上勉氏の「飢餓海峡」を読み、そこで事件の発端となる青函連絡船層雲丸の沈没という事故のモデルとなった洞爺丸沈没事故のノンフィクションがあると知り、図書館で借りて読みました。
    昭和29年(1954年)、従来のパターンを破って強力になり、日本海側から北上する台風15号(当時は米軍占領期の慣習で番号ではなく女性名「マリー」と呼ばれてもいた)。その台風が接近している中で函館から定刻の出航を一度は見送った洞爺丸は、天候の状況で台風の目が通り過ぎたと判断して出港を決めるが、すぐに強風と大波に襲われたことによる浸水により発電機と動力が停止、コントロール不能となって洞爺丸は沈没する。
    1100名以上の死者を出し、当時タイタニック号の事故に次ぐ規模の海難事故と呼ばれた洞爺丸沈没事故。
    船長はじめ、多くの乗組員、乗客が犠牲となっているため、どうして強烈な台風(風速50メートル。人が風で飛ばされるほどの威力)の中、定時の出航は見送ったにも関わらず船長は出航を決断したのか、乗り込んでいた乗員や乗客はどのように感じていたのか、そもそも当時のシステムとして出航する最終判断の権限は誰にあったのか?青函連絡船を運行する国鉄幹部はどう考えたのか?他の船、例えば洞爺丸と逆方向、青森側で出航を見送った羊蹄丸の船長の判断はどういうものだったのか?などを後の海難審判の証言や生き残った乗員、乗客への取材によって時系列で明らかにしていく。

    勿論、出航を決断した近藤船長は船の運命を共にしたため、彼の本心を直接聞き出す事はできないが、生き残った乗員との会話や、彼らが記憶している船長の言動などからその背景を探っていて、その流れは納得のいくものになっていると感じた。

    小説の「飢餓海峡」ではこの洞爺丸沈没事故と同日に起きた岩内大火が重要なポイントになっているが、このノンフィクション作品の中でも、ほんの数行岩内大火が起きたことに触れている。

  • とても興味深い内容でした。でも、本はもう手元にありません。いつか見つかるかな?

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