ソウルと平壌 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (1998年10月1日発売)
3.38
  • (1)
  • (3)
  • (9)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 51
感想 : 6
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784167260040

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  萩原遼氏による『北朝鮮に消えた友と私の物語』の内容が興味深いものだったので、同氏の著作を続けて読んでみた。1989年に大月書店から刊行された本書の原著は、刊行当時、南北両朝鮮に一年以上常駐した世界で唯一人のジャーナリストの手記として話題を呼んだ。また、北朝鮮について、極端に情報が少なかった当時、左派の側から率直な批判的実態が報告された初めての事例であった。

     本書で述べられる萩原氏による見聞は、1988年にソウル・オリンピックの取材で「赤旗」記者としてはじめて韓国に25日間滞在したときのものが一つ。もう一つは、1972年に「赤旗」平壌特派員として北朝鮮に常駐するが、スパイ容疑で追放されるまでの11ヶ月間の見聞となっている。これらが南北の比較を交えながら描かれる。

     まず、最初の頁をめくると、その目次に並ぶ言葉が韓国についての章、北朝鮮についての章で見事なまでにコントラストをなしたものとなっていることが目をひく。本書の原著の刊行当時、漢江の奇跡と呼ばれる急激な発展を遂げていた韓国の章では、「活気にみちた街」「人びとの親切」「変容する街」「民主化」といった今後の発展などを思わせるポジティブな言葉が節のタイトルとして続き、ネガティブなものは「貧富の差」「質素な食事内容」くらいだ。これに対し、北朝鮮の章については「貧しい人びと」「笑いのない社会」「子どもにまで嘘を」「100%賛成のカラクリ」「巨大な虚偽の社会」「強まる監視」「侵入、そして退去命令」といった具合だ。これは萩原氏による演出なのかもしれないが、これらの標語は、本書で描かれる両者のイメージをまさに端的に言い表したものとなっている。

     本書で印象的なのは、臨場感を伴って描かれる、平壌滞在中の萩原氏に対して徐々に強まっていく監視と圧迫だ。萩原氏は、北でタブー視されている在日朝鮮人帰国者の友人を探し回ったことを当局から問題視されたのだという。

    「その日の私は少々忙しかった。昼休みに昼食もとらず原稿を書いていた。(※通訳兼案内人の)李は早ばやと一階の控室に下りていった。一時ごろだろうか。階段を上って廊下を誰かがそろそろ歩いてくる音がする。誰だろう。そのまま原稿を書いていた。足音はだんだん私のいる部屋に近づいてくる。そろりそろりと。まもなくそっとドアが開いた。顔を上げた。李が目に入った。私の姿を見て彼は棒立ちになった。私が昼食をとりにいって、いないと思って忍びこんできたのだ。目的は明らかだった。私の書いているものを盗み読みするためだ。李はしどろもどろの言い訳をしながら部屋を出ていった。」
    「そのころから私の身辺に腑におちないことが目立ち始めた。ノートの位置がずれていたり、閉めたはずの寝室の鍵がはずれていたり。妻との会話にもみえない影がさした。盗聴器を恐れてラジオのボリュームを上げたり、耳に口をあててしゃべるようになった。筆談も多くなった。手もとに紙や鉛筆のないときはてのひらに指で書く。」
    「そのころ一人の掃除婦が入ってきた。四十代である。交代という名目だった。この女はどこか卑屈な、いやしい雰囲気をただよわせていて好感をもてなかった。階段や廊下の掃除をするのが仕事だが、いつか忘れものを取りに三階の私の仕事部屋に駆け上がると、女があわてて部屋から飛びだしてきたこともあった。廊下を拭き掃除している彼女と会ったときも何かおどおどした態度だった。いまにして思えば公安関係者だったのだろう。特別な目的をもって配置されたのだろう。いつか、ふと向いの棟の建物に目をやったとき、ベランダの柵を拭くふりをしながらその女がじっとこちらをうかがっていた。……ある夕方、見られてはまずいメモを台所で小さな空缶の中で燃やした。台所の燃料はすべて電気コンロだったから、火のない所に時ならぬ小さな焔と煙が上がった。みつかりはしないかと、はっと向かいのアパートをみた。例の女がいた。冷たい戦慄が走った。」
    「一九七三年二月中旬のある午後。なにげなしに寝室にある洋服ダンスをあけ、衣類などの下に隠してあったノート類の入った紙封筒を手にした。どういうわけかノートが封筒の外に出ている。おかしい。こんな不注意なことをしたのだろうか。封筒の中のさらにもう一つの小さな封筒をみた。その中には私のもっとも大切にしていた薄紙のメモが入っている。そのメモはたたまれないままにぐしゃぐしゃにしてさかさまにつっこんであった。そのほか仕事に必要な若干のノート類やメモの位置も乱れている。読みあさり、あわただしく元にもどした狼狽ぶりが歴然としていた。あわてて私は妻を呼んだ。彼女も蒼ざめて『消されるのでは――』といった。前途に暗たんとした不安と恐怖が広がっていく。」
    「危ないと思ってメモ類も極端に少なくしていたし、焼いたりしていた。しかし物を書く仕事で最小限のメモは不可欠だ。それらがすべて彼らに察知されたことの恐怖。頭の中まで押し入り、のぞきこみ、それをもとに罪状を作りあげていく社会。この国を覆う恐怖の正体をまのあたりにみたようないいしれぬ恐ろしさにとらわれた。」

     この踏み込みからしばらくして、萩原氏は好ましくない人物として北朝鮮からの退去を通告されることとなった。

  • 70年代に「赤旗」特派員として平壌にいたことのある人物によるルポ。

  •  数年で餓死者が数百万人を数える北朝鮮は、アフリカの最貧国以下の危機的な状態なのだとか。各国の援助は北朝鮮の最下層に届くことは無い、上位20%の金親子に忠誠を誓ったものだけに配給される。これだけ苦しめられている国民がなぜ暴動を起さないのか不思議でならない。金親子3代目となる統制がいつまで続くのか、実は周辺国が金親子の統治を支えているという記載もあり、現実は混沌としているのである。

  • 北朝鮮に1年間いたことがある著者のソウルと平壌論。
    当時は日本共産党の記者だったため、さすがに、左よりだが、
    北朝鮮の実態を知るためにはとてもよかった。

    背筋が凍る想いだ。

  • (2003.03.17読了)(2003.03.08購入)
    <赤旗記者による朝鮮半島の様子>
    本屋で、「ソウルと平壌」(萩原遼著、文春文庫)というもと赤旗に記者が書いた本を見つけたので、買って読んでみました。
    赤旗記者として、北朝鮮にいたことがあるということでそのときの様子が書いてありました。 四六時中監視されていたようです。
    大阪にいたときの友達を捜し歩いたために、追放処分になったとのことです。 なんとも恐ろしい話です。
    オリンピックのときには、韓国を訪問したそうです。
    赤旗記者でも入れるようになり、マルクス理論の本も売っている韓国の変わり様にも感心していました。
    面白かったので、「朝鮮戦争」も買いました。
    (2003年3月25日・記)

全5件中 1 - 5件を表示

萩原遼の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×