紅梅 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2013年7月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784167265144

作品紹介・あらすじ

吉村昭没後五年を経て書かれた渾身作、待望の文庫化



癌が転移し、自らの死を強く意識する夫を、妻と作家両方の目で見つめ、全身全霊で文学に昇華させた衝撃作。第59回菊池寛賞受賞。

みんなの感想まとめ

癌に苦しむ夫を妻が見守り、共に過ごした日々を文学へと昇華させた作品は、深い愛情と切なさを描いています。著者は、著名な作家同士の夫婦である吉村昭と津村節子の実体験を基に、闘病生活の中での悔恨や思いを淡々...

感想・レビュー・書評

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  • 夫の吉村氏が舌癌で、一旦治ったと言われて改めて検査中に今度は膵臓癌がみつかる。最後は延命治療を望まず自ら点滴の管や、ポートを外し家族だけに看取られて亡くなった。静かな悲しみのこもったノンフィクション。

    吉村昭氏の本はすこし読んだことがある。記憶に残っているのは「破船」と戦艦の話くらいだけれど。ほかに積み本に埋もれていたのを出して置きなおしたまま、まだ減らせていない。


    舌癌は手術しない治療法を選んだが、ひどい痛みに苦しむ。少し回復し体調も良くなってきたところにみつかった膵臓癌は周りの臓器も一部を取る12時間半の大手術になった。自宅療養に切り替えて看病を続ける。

    夫婦ともに世に認められた作家で忙しい、夫は、治療中もペンをおかず約束の締め切りを守り、妻であっても看病をおいて出かけなくてはならない公用が待っていた。

    私は読んで、とてもよくわかるとは言えない。わたしも一時癌を患ったが、舌癌や、膵臓癌に勝る苦痛を味わってはいない。
    12時間に及ぶ手術の後も、痛み緩和ケアのおかげで翌日から歩き、家族の見舞も本やビデオを見て退屈しないので、隔日でいいよといった。そう出来る病気だったし看護体制も暖かく整っていた。今では体力も元に戻り完治した。


    津村さんは、看護の辛さによく耐えられたと思う。 吉村氏が亡くなった後、後悔に苛まれ仕事も手につかなかったのが理解できる。

    闘病している本人は、辛過ぎて気持ちが乱れ、周りに当たることもわかる。しかし看護者は神の手を持たない。
    本人はそれもよくわかっている。たぶん奇跡もないとわかってはいるが何とかならないのか、耐えていけるのかと思う。
    そうして自分と闘い、いつか少しずつ肉体と離れる覚悟が出来るのだろう。もしかしたらもう感じる力がなくなるくらい病が進んで楽になるのかもしれない、いつか来る自分の姿に重ねながら楽観視してみる。

    まだ時間があったかもしれない時、死を覚悟して自分で最後を決めた勇気に驚き感嘆した。

    吉村氏は癌とわかった時、家族以外には知らせるなといった。
    たぶんわたしにはわからない深い心情があったのだろう。
    そして「なぜ自分が」と日記に書かれたという。

    わたしも、なぜ私がよりによってと、無性に腹立たしかった。医師がいくら手を尽くしてくれるとはいえ、命の保証はできるものではない、いくら研究が進んでも、究極、人の命は神の領域にある、どんなことが起きるか人知で測ることは難しい。
    元気で活動中の仲間を思い出し、これではまだ早いと悔しかった。

    そして同じように、わたしも家族に固く口止した。
    友人や知り合いに留守を聞かれたら田舎に行った、長期で娘のところに行った、と言ってくれるように頼んだ。
    癌と言われたとき、人生に負けた、残念だと思った。もし死に繋がっていたら、痛みにだけは治療を受け延命はやめようと覚悟した。
    幸い進んだ医学と優秀な医師の判断のおかげで完治したが、吉村氏は放射線治療で舌癌がなおったあとで、更に膵臓癌がみつかった、その衝撃によく耐えられたとおもう。

    誰にもこういう時はいつか平等に訪れる。その時残されたものの後悔や哀しみに思い当たる。
    これが生まれた時から持っているという,背負って生まれるという「四苦八苦」中でもこれが「愛別離苦」なのかと思った。
    よく時が悲しみを薄れさせるなどというがそうではないと思う。


    悲しく強い本を読んだ。
    長く避けてきたこういう本に向き合えるようになったことでは、一歩前進した。

  • 吉村昭、津村節子夫妻はどちらも著名な小説家。
    吉村がガンになり、その様子を妻の津村が小説仕立てに書き上げたのが本作。
    夫婦の細やかな心配りや愛情がさり気なく伝わってくる内容です。病床でも欠かさず日記をつける夫とそれを時々チェックする妻、夫は妻が目を通すことも知っており、面と向かって言いづらい感謝の言葉も間接的に伝えるという作家同士ならではのやり取りが秀逸。
    例えば、「育子(小説内での津村節子)、寝ているうちに帰る」と素っ気なく書かれた日記の一文は、夫が死を意識し遺言書を残そうとした時期のもの。後でそれを読んだ妻は、「育子は、夫が目を覚ました時に育子がいないことを、どれほど寂しく思ったことだろう、と胸を鋭利な刃物で刺されたような気がした」
    そして、「夫が枕元に置いていた日記をどうして読まなかったのだろう。育子は天候とその日の出来事しか書かれていない夫の日記をよく借りて、自分の日記のまとめ書きをしていたから、読むことに抵抗がなかった。それなのに、なぜかベッドの脇に置かれている日記を読むのはためらわれた。病気が進むにつれて、日常のことではなく、心情が書かれているだろう、と思ってためらいを抱いたのである」と後悔する。
    津村節子も売れっ子作家だったので、どうしても外せない仕事や会合が頻繁にあり、しかも夫の病気は世間にナイショにしている為に欠席するにも本当のことが言えないという状況。夫は夫で、「君は自分の仕事をしろ」と言ってはくれるが、やはり側に妻がいないのは寂しい。そんな様々な感情が、「寝ているうちに帰る」という一文に凝縮されている。
    夫も体が許す限り、執筆仕事や講演もこなそうとするし、闘病に対して前向きで、常にユーモアも忘れない。
    『夫は患者として実に従順であった。医師の指示は忠実に守る。以前肝臓の数値が悪いから二週間アルコールをやめて下さい、と言われたことがあった。医師が海外で行われる学会へ出席するため二ヶ月以上も留守になった時、夫は医師が帰国するまで禁酒していた。「先生に、全然飲まなかったのですか、と驚かれたよ。私は辛抱強くて、女房とずっと一緒に暮らしています、と言ったんだ」』
    闘病中の痛みや不自由さにずっと耐えながら、大きく取り乱すこともなく、周りの人間を気遣う人間だったが故に、余計に彼の最期にとった行動は衝撃的でした。
    このノンフィクション作品は夫婦の愛の物語です。

  • 吉村昭の妻の手による、夫闘病から死までの日々を小説の形で描いた作品。

    夫婦の情愛とか、共に小説家である妻の看護における悔恨とかが淡々と描かれる。
    もう少し感情を揺さぶられるかと思ったけどそれもなく読み終わる。
    有名作家ともなると、大病院の教授陣が気にかけてくれて、ずいぶん恵まれた闘病生活だなと本筋と違うところで感心したり。

  • 小説…とはいえ、ほぼノンフィクションと考えていい、津村節子が、夫吉村昭の舌癌発見から看取るまでの闘病記録的私小説。

    死ぬことを克明につづった文章を読むのは、とてもストレスに感じる行為で、この本も読む前に覚悟をしたのだが、そのストレスは想像していたものとは違って、していた覚悟は別のものに変わっていった。

    俺はどう死にたいのか?妻や家族を看取る時、どういう態度と行動をとりたいのか。観念的なものもそうだが、もっと行動に落とし込んだ具体的な気持ちの持ちようを考えるきっかけを作ってくれたと感じた。

    俺も家族もいつ死に至る病気になってもおかしくないし、まして俺も妻も半世紀以上生きてきてるわけで、世間的にまだまだ若いと言われたところで、時間を追うごとに寿命に近づいているわけで…。いつまでも、まだ悲しいことを考えたくない、では済まされないと思う。

    居住まいをきちんと整理しておくとか、自分の気持ち(延命治療についてとか簡単な遺言とか)を簡単でもいいのでまとめておくとか、保険とか財産(ほとんどないけど)の処し方とか。

    痛いのは嫌いやし、忍耐なんて大嫌いなので、大病を患ったと分かった瞬間に、タイムリミットを決めて安楽死させてもらうようにしておこうと思っているが、それにはどうしたらいいのか等の下調べもしておかないと。

    なんか読書感想から大きくずれてしまったが、夫妻の闘病記を読むにつれ、この夫婦はお互いを尊敬しあっていたのだなと思えたし、尊厳を認め合ったからこその闘病記だなとも思えた。

    貧乏なのでお手伝いさんが云々とか、病院のDX個室みたいなところは無理だが、見習えることは見習いたいなぁと。

  • まだ身近な人が亡くなったことがないのでグサグサ刺さったわけではないけど最後はザワッときた

    こんな最後の最後まで想ってくれる人がおるなんて幸せやな、吉村さんの本も読んでみたくなった

  • 作家吉村昭の妻であり小説家でもある津村節子が、吉村の闘病から死に至るまでを小説として書いたもの。もともとそれぞれが小説家として活躍して多忙を極めた二人であり、病気が深刻化してからもその淡々としたところはあまり変わらない。しかし、病気のことを家族以外には一切伏せている事から大小様々な問題も起こる。静かに良い死に方を考える夫に対し、自分の仕事をしながら夫の代理をつめめることもある妻は、夫に優しくできないことを悔やむ。夫の体を洗ったり、足を揉んだりする描写が、表には出ない二人の愛情の一端を覗き見た気もして、こんな最後もいいかもしれない。

  • ふむ

  • ー臨終まですら愛ー

     夫婦ともに小説家の育子の夫が癌になる。

     入退院、検査、治療、療養と人は簡単には死ねるはずもなく。看病する方も、ひしと迫りくる患者の死の前にひたすらに生きるしかない。

     しかし、育子は、小説家であり、夫の看病に充分に注力できない。

     闘病と看病とは、交わりがたい個人の営みであると同時に、血のつながらない二人がもっとも自身を繋げていく過程でもある。

     つまりは愛。

     臨終とは、この世の愛の総決算なのかもしれない。

     夫の死を見つめる視線も、鋭く描写される。死は誰にとっても等しく未知。遺言をしたため、土地や家財、関係各位の人への対応、葬式の段取りなど、詳細に描かれていたのを読むのは初めての事だったので、死すら、個人的なイベントではなく、公のものなのかと思うと、なんとなく社会生活のイベントの一つのようなきがして、ニュースに流れる、恐らく昵懇ではない、ほぼ他人の死を、肉親の死と言わんばかりの悲し気な表情で知らせるニュースのアナウンサーほど嫌気がした。

     そんな背景からも、育子にとっての臨終と、看病生活は、ひと時、夫との私的な時を過ごせた時間なのだろうと思うと、二人の愛が嚙み合ったり、すれ違ったりするさまは、どんな夫婦にも、どんな二人にも当てはまるのだろうなぁと感慨を受けた。

  • この本を読む前、ご主人の吉村昭さんの「冷い夏、熱い夏」を読みました。
    弟の凄絶な癌の闘病や死を書いた吉村さんが、ご本人が癌になった時、どう向き合ったのか知りたくて手に取りました。

    この本は、同じ作家であり、吉村昭さんの妻である津村節子さんの目から見た、吉村さんの癌発覚から最期の様子を記した本です。

    吉村さんは、辛い症状に苦しんでいたかもしれないけれど、病気を受け入れて、自分なりの死生観を貫いて、とても落ち着いて亡くなったのだなと思いました。

    最期の最期の行動は、衝撃的だったけれど、本人にとっては一番納得のいく方法だったと思うし、それを受け入れた奥さんと娘さんも素晴らしいと思います。

    日記に書かれていた奥さんに対する短い言葉に、感動もしました。日記、ちょっとつけたくなってしまいます。

    淡々とした文章なのに、伝わってくる想いは大きくていい本でした。

  • 吉村昭が好きで、よく作品を読んでいる。若いころ結核で死を宣告されたも同然の時期があり、吉村昭の死への思いはとても強い。
    その作家の最期はすさまじく、自分で呼吸器を外しての死だった。自分で安楽死した、というと語弊があるかもしれない。
    その光景を見た妻がどう感じていたのか知りたくて購入したのだが、ここに現れない様々な苦労が滲んでいて、読み進めるのがつらかった。
    あの年代だから、女性が作家として生きていることへの後ろめたさ、でも作家として生きていること、夫への思い、そしてそれらに全部寄り添ってきた夫。
    うらやましい夫婦であると同時に、吉村昭は彼の作品にあるような死生観を、そのまま自分の最期に実行させたこと、そしてその現場の凄まじさ…言葉もない。

  • 私が最も愛する作家、吉村昭の最期を妻が綴った手記。壮絶な最期を遂げた吉村昭の生き様が語られる。潔く死ぬというのを選んだ彼らしい最期。

  • 吉村昭と津村節子がどのように死に向かって対応していくのか、淡々とした描写の中で色々考えさせられるものがあった。
    癌の宣告をうけた時、治療の時、最後の時、吉村昭の立場、津村節子の立場、子供の立場、色々な場面で自分ならどうするか?これが出来るだろうか?こうなってしまうのだろうか?と考えさせられた。

  • 【吉村昭没後五年を経て書かれた渾身作、待望の文庫化】癌が転移し、自らの死を強く意識する夫を、妻と作家両方の目で見つめ、全身全霊で文学に昇華させた衝撃作。第59回菊池寛賞受賞。

  • 辛い。
    健康に生きるのは簡単じゃないけど、死ぬのはもっと難しい。ちゃんと向き合いたいけど、そんなこと出来るだろうか。
    津村さんの本を読んで、吉村さんの本を読んでみたくなりました。

  • 20140515読了
    またまた読みたい登録した理由が不明な本。登録してかなり経ってから読むこともあるので、今度から登録した理由も書いておくようにしよう、と反省。●夫は吉村昭。ともに小説家を生業とする夫婦。妻である筆者が、癌になった夫を看取るまでの話。●2005年1月、舌の痛み。2月、大学病院で舌癌の診断で切除手術を勧められる。3月、小線源治療のため大学病院に23日間入院。6月、同治療のため同病院へ3日間入院。11月、同じく6日間入院。2006年1月、膵臓癌の診断、同病院入院。2月、切除手術(膵臓全摘、十二指腸全摘、胃半分摘出、舌癌の切除)。3月、退院(入院日数40日)。4月、抗癌剤点滴のため通院開始。5月、腹膜付近のリンパ節に転移。抗癌剤は点滴でなく服薬に変更。抗癌剤をやめて免疫治療開始。7月、前出の大学病院に入院するが退院し在宅看護開始。地元のクリニックと訪問看護ステーションと連携。79歳で死去。●抗癌剤って苦しいんだな。大変そうな手術をしているので、まだお若いご主人なのかしらと思ったら80歳手前と年齢が出てきてびっくり。その年でこんなつらい思いをするなんて。QOLも大事だと思う。切除手術や放射線、抗癌剤のほかに緩和ケアも選択肢にあると覚えておこう。

  • 三木卓の「K」と対で読んだので、夫婦のかたちとして、こちらも胸を打つ。最後数ページの凄み、対照的に淡々とした語り口のラスト。年を重ねるとこういうものが書けるんだな。

  • 吉村昭の最期の様子を新聞で読み、感動したものだが、その病気から臨終の様子を克明に淡々と描写していく。そして、合間合間に二人の作家の過ぎ去りし日々が語られていく。夫婦愛の物語でもあり、戦後を生きてきた夫婦の物語でもある。老境にさしかかりつつるある自分の身を振り返りながら読み進め、ずっしりと胸に響く一冊となった。

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著者プロフィール

津村節子(つむら せつこ)
1928年 福井市生まれ。
学習院短期大学国文科卒。
1953年 吉村昭と結婚。
1964年 「さい果て」新潮社同人雑誌賞受賞。
1965年 「玩具」芥川賞受賞。
1990年 『流星雨』女流文学賞受賞。
1998年 『智恵子飛ぶ』芸術選奨文部大臣賞受賞。
2003年 恩賜賞・日本芸術院賞受賞。
2011年 「異郷」川端康成文学賞、『紅梅』菊池寛賞受賞。
日本芸術院会員。
主な作品
『重い歳月』『冬の虹』『海鳴』『炎の舞い』『黒い潮』『星祭りの町』『土恋』『三陸の海』等。
2005年『津村節子自選作品集』(全6巻)刊行。

「2022年 『紅色のあじさい 津村節子 自選作品集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

津村節子の作品

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