サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 50
  • Amazon.co.jp ・本 (267ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167269012

作品紹介・あらすじ

戦火のサイゴンで子連れのベトナム女性と結婚した新聞記者が、家庭内で起こる小事件を通してアジア人同士のカルチャーギャップを軽妙に描く。大宅賞受賞作品。(井尻千男)

感想・レビュー・書評

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  • 気になっていたのにずっと読まなかったのには理由がある。著者が早くに亡くなったのは知っていたので、ベトナムから来た奥さんと娘が心配だったのだ。やっと平和な生活を手に入れたのに、その後どうしているのだろう、本書はハッピーエンドでも、その後のことを考えると・・・ともやもやして、いまいち手に取る気にならなかった。

    読んで笑ってしまった。奥さんタフ。これなら旦那の一人や二人亡くしたところでどうということはないだろう。上から目線の同情は必要なさそうだ。泥沼の戦時下のベトナムで、一族郎党を率いて生き抜いてきた女性を甘く見るな、というところか。
    国民性もあるだろう。ベトナムは近代戦でフランスとアメリカに勝った国だ。ベトナム人が弱虫のはずがない。中国人のタフさとはまた一味ちがう強靭さ。

    ベトナムについてずっと興味を持っていていろいろ本を読んできたが、面白かったし、読みごたえがあった。奥さんタフで面白いし、娘のユンちゃんもかわいい。
    ベトナム人の友達が欲しくなった。

  •  婚活参考本である。それは最後に書く。
     ベトナムは仏教と先祖崇拝の国であることが本書を読んでよくわかるし、オカルトとして、ベトナムには「コン・クイ」という本物の悪霊と「コン・マ」という、悪さをするかわりに親切にしてやれば向こうも人助けしてくれる二種類の幽霊がいることが、面白かった。

     正調ベトナム語つまりハノイを中心とする北ベトナム地方のベトナム語では「D」という文字は英語の「Z」と同じ発音になる。優雅であることを好む南部の人々は「Z」の発音を嫌う。トゥーゾー(自由)は、ホーチミンでは「トゥーヨー」となること。アオザイも南部ではアオヤイだ。それも勉強になった。

     戦火たけなわの南ベトナムに来て、飢餓をイメージしていたけれども、都市でも地方でも米、肉、魚、野菜、果物が山ほどあり、相当な貧乏人でも、少し不味いとまだ食べられるものでも平気で捨てていた。ベトナムは凄まじい食の宝庫なのだ。食い物が豊富だったからこそ、この国は中国にもアメリカにもタフでいられる。庶民の貧困への同情や義憤を基調に、この国の戦争を眺めたら、いずれ辻褄が合わなくなることが出てくると著者は述べている。今こそ考えるべき重要な指摘だと思う。

     本著ではベトナムから連れ帰った妻の食に対するこだわり、美食文化ベトナムの諸相が書かれていて、漬物一つにしても、執念で探し回り、注文する。パパイヤの切干とナマズの肉の合わせ漬けとか、庶民のおかずでも、何としてでも手に入れる様が面白い。ピトロンという孵化一週間前のアヒルの卵を蒸したものは女子高生から大人までみんなのおやつだというのも、知らなかった。ホーチミンはある程度うろついた経験があるけれども、見かけなかった。
     ベトナム人は動物好きで、動物と人間がほとんど同じように扱われているのが面白かった。娘への体罰と、動物への罰がほとんど同じような場面として描かれている。それから、うさぎが殺されるところも、良い。動物は自分たちと同じ。なのでとんでもなく大事に育てる。そして、容赦なく食う。しかも食う時は、なんらかの理由をつけて、まっすぐに食う。センチメンタルなしで大事にし、センチメンタルなしで喰う。この切り替えの論理は、よく覚えておかないといけない。
     食にこだわるベトナム人妻が本当にだめだったのは、餅と納豆だったという。これも印象的だった。

     また定価販売のない買い物のやり取りが、当たり前のようにあり、釈迦と先祖という二つの抽象的基準はあるものの、具体的基準は自分たちの自由で決めなければいけないという。いかに安く買って得をするか。日常からして生存競争を鍛え続けている様が描かれている。

     ベトナムにいる家族に妻が送金すると、すべて届いたというエピソードも面白かった。
    「ベトナム人はお金のことには厳しい。たとえ一回でも送金が届かなかったり、ごまかされたりしたら、次からはもうけっして送らない」「そんなことになったら、政府だってドルが入ってこなくなるから困るでしょ」ということらしい。

     ベトナム戦争をめぐる印象的な場面はここだ。
    「こうして難民の中に入ると、私はいつも、あの、陥落直前のサイゴンを襲った形容しがたいパニックの情景を思い出す。
     多くの人々が動転し、形相を変え、なりふり捨てて逃げようとした。突き飛ばし、押しのけながら、米大使館の塀に一歩でも近づこうとしていた群衆。」
    「日頃、火を吐くような弁舌で反チュー(グエン・バン・チュー)、反米、民族和解をぶちまくっていた行動派のインテリまでが、ほとんど私の袖を握りしめんばかりにして、「俺たちはどうなるんだ。どうしてくれるんだ。日本大使館にかけ合って、俺と家族のパスポートを取ってくれ」と叫んだ。このせっぱつまった町の空気は、何か滑稽でもあり、また、ふと足をとめて思いに沈むと耐え難く悲しい凄絶でもあった。」

     さて、このエッセイを読む限り、著者の旦那さんは嫁や娘に対し相当努力している。だぶんとてつもなく良い家に彼は生まれ育ったのだろう。愛情を持って眺めすぎている。極端な言い方だが、愛情が無駄である文化と愛情をはぐくむ文化とを、彼は気づいていながら、無視してしまったのかもしれない。
     この本のタイトルでグーグル検索をすると、結構悲しい結末が待っている。
     著者が晩年、妻と娘の夢を叶えさせるためにフランスに先に移住させていたら、そこで著者に秘密でベトナム人の元旦那をよんで一緒に暮らしていたそうだ。著者はたいそう残念がっていたとか。娘は、フランス人と結婚。背の高いイケメン好き娘は、妻に鍛えられた意志力で見事成し遂げる。
     妻は、晩年病気になった夫を捨てて、元旦那で食っていこうとしたのだし、娘はベトナムに帰ったりせずフランス人との結婚という気持ちであり、中身が大事だとか、愛とか、義理とか、それは確かにあるにはあるが、一番ではない。一番は、自分が自由を保てるかどうかだ。自分がより満足できるかどうかだ。妻は、元旦那を秘密に呼びつけて、夫の金でフランスで暮らし自由を確保し、娘はフランス人と結婚して自由を確保した。ベトナム外交のやりかたも、要するに損をしないように浮気外交なのだ。こうしたしたたかさは、本当に見事だと思う。
     ベトナムでエロ動画を検索するとゲイばかりが出てくる。女性がしたたかすぎて、男同士が一番やな!ってなっているのかもしれない。この本にも、亭主関白なんてありえない、恐妻国であることが書かれている。
     私も、はじめてベトナムに行ったとき、夜中ホテルの外へ出て街をうろついていると「いい男いるよ?」とおっさんに親指をたてて話しかけられた。私にはじめて話しかけてきたベトナム人のおっさんの笑顔は、大輪の花のようだった。キャバクラのベトナム人女性からは「オカマですか?」と真顔で言われた。
     ベトナム人は良いけれど、ベトナム人妻(もしくはベトナム人妻みたいだなと思えるやつ)だけはやめとけ、と結論が出てくる。気をつけよう。
     また、著者の近藤氏だが、とてつもなく前妻のことを愛していたのだが、この本にはほとんど書かれていない。前の妻の写真はいつでもどこでも持ち歩いていたという。もし前妻が生きていたら……そんなことを考えても仕方がない。著者はあまりにもはやく亡くなってしまった。ベトナム人妻を引き取った著者の年齢は32歳。なるほど、もう若くないことを自覚し、男が情に厚くなる年齢だ。

  • 来日した作者の妻がベトナムでの食生活を懐かしみ、どうにか日本でもベトナム食を食べようと工夫する姿に脱帽した。
    妻が夫に年頃の娘の身体を見せようとするエピソードにはどん引き。私も女性だが、あんなことをされたら、大人になっても嫌な思い出として残り続けるだろう。これも文化の違いなのだろうか?

  • 産経新聞記者としてベトナム駐在していた筆者のエッセイ。筆者と奥様の馴れ初めも、妻や娘とのかなりオープンな発言や関係も、陥落前のサイゴンの混沌とした様子も全て興味深い。この頃ボートピープルが出てきたんだな、与那国に流れ着いた人に会いに行く話も強烈だ。登場人物、そしてとくにベトナムの人にパワーに圧倒された。

  • 図書館で。
    もう大分前のお話なので今とはずいぶん情勢も、他国との距離感も変わっているとは思うのですが。今でも変わらないことはあるんだろうなぁと思いながら読みました。国際結婚って大変そう…

    ベトナム語はまだしも、日本語もフランス語もそれなりに…というお嬢さんは大変だったろうなぁ。その後はお嬢さんと奥さんはフランスで暮らしているそうですが、さもありなん。日本は今でもですが、当時は外国の人は住みにくかったのではないだろうか…なんて考えました。

    ま、でもベランダにウサギを捌いて干していたら確かにぎょっとするとは思うので仕方ないのかな。

  • 解説:井尻千男、大宅壮一賞

  • 新聞記者の近藤紘一氏による、ベトナム人の妻と娘との日常を描いた作品。

    近藤氏は1971年からベトナムへ派遣され、現地の女性とその一族と同棲生活をしていたが、1975年のサイゴン陥落をきっかけに、女性とその娘を連れ出国し東京での暮らしを始めたのであった。

    作品の中では、日本人とベトナム人の文化や気質の違いが非常に多く描かれている、互いの主食であるお米の違い、子供の教育方針、性に関する事などなど。もしかしたら近藤氏の奥さんが特別短気な人なのかもしれないが、ベトナム式の子育ては超スパルタである。

    メコンデルタのように豊穣な穀倉地帯を抱えるベトナムでは、それほど必死に働かなくても食うには困らなかったのに対し、国土が狭く資源が少ない日本では、古来より質素倹約や勤勉が励行されていた事。また日本人が好む団結や協調という考えが、逆に個性や自主性にとってはマイナスに作用してしまう事など、気候や国民性による美徳意識の違いという考察は、非常に興味深いものがあった。

    ベトナムは歴史的に見ると、中国やフランスから支配された時期が長かった。そんなベトナム革命政府が「平和」よりも、「独立と自由」をスローガンに掲げていたという事実がとても印象的だった。

  • サンケイ新聞(現・産経新聞)記者の近藤さんの文章が軽妙でいい。
    そしてベトナム人の妻と娘のあっけらかんとした明るさ! 実に楽しい。ベトナム性はたくましいわ~。
    彼女たちの日々の行動から文化の違い、考え方の違い、歴史や風土の違いが浮き彫りになるとともに、近藤さんなりの見解や意見も随所にあって、とても興味深い。
    もちろん1978年に書かれた本書は価値観とか時代背景とか、かなり古くて今とは異なる。
    でもそれがまた面白い。
    冒頭で描かれるのは1975年4月30日のベトナム戦争終結、サイゴン陥落。
    近藤さんは記者としてその時まさにかの地に駐在しており、
    その様子を克明に描いていて臨場感があるし、歴史的価値がある。

    続編も2作品あって「3部作」と言われているらしい。これらも読みたい。
    (※調べてみて驚いたのだけど、近藤さんは1986年に45歳という若さで亡くなっるのですね。)

  • ベトナムについて、自らの体験や考えをユーモラスに書いた本。
    同じ人間なのに、こうも違うのかといった異文化への驚きと、作者の反応がまた面白い。
    作者のベトナム妻への愛情をひしひしと感じた。

  • 2016/04/23 読了

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